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作品名:朝までやってる喫茶店 作者:荒谷

第4回   盤上の決戦
 カラリと晴れた昼間。家にいた俺の携帯が着信を知らせる音を鳴らした。
「ん? 店からか…」
 画面に表示された文字は喫茶店『たんぽぽ』。そして店からの連絡って、あんまりいいお知らせって無い気がするんだよな。
「はいもしもし…」
 出ないわけにはいかないから、俺はしぶしぶでてみた。
「あ、店長、坂本です」
 電話に出たのは坂本という、男子大学生のバイトの子だった。
「お、どうしたんだ? 何か急用か?」
「それがですね、店に来ているお客さんが、…なんとうか、ちょっと、喧嘩じゃ無いんですけど、なんというか、勝手に大会をおっ始めてしまいまして…」
 とりあえず意味がよく分からん。
「大会?」
「はい。大会です」
「…で、何の大会を始めたんだ?」
 店の中で勝手にイベントを開催されてはちょっと困る。
「それが、なんだか将棋、みたいな、…でも違うような…」
 はっきりしないな。
「将棋じゃないなら、なんなんだ?」
「はい、大会を始めたのが、川の向こうの大学の同好会の人たちで、どうやら、…自分たちで考えちゃったゲームみたいな、そんな感じの手に負えない痛々しい雰囲気満載の大会なんです…。それで、もしよかったら…」
「ああ…、わかった、今から行く。とりあえず穏便に事を運べ。急いでいくから」
「はい、助かります。それでは」
 通話終了の画面表示を見ながら、
「マジかよめんどくせぇ…」
 思わず声も漏れてしまう。
 支度をして急いできてみると、すでに大盛況だった。
 もう、なんでこんな事になってんだよ。
 私服のまま裏口から入った俺は、ひとつのテーブルを取り囲む学生たちを見た。
「何やってんだまったく…。こちとらまだ仕事の時間じゃないってのに」
 文句を言ったところで仕方が無いが、それでもため息は止まらない。
 止まらないため息を無視して自分のロッカーに足を向けると、坂本がこっちに歩いてきていた。
「あ、おはようございますマスター」
「おはよう。…で、どうなってんだ?」
 なんて、訊いたところで分かるはずも無いだろうが。
「えっとですね…」
 それだけを口にすると、クルリと店内へ視線を向けた。
「まあ、いいや。…ちょっと着替えてくるから。…あ、すみれちゃんってまだ来てないよね?」
 もう苦笑いしか浮かべていない坂本が向き直る。
 分かるよ。あんな人の塊、どうすればいいのかなんて俺でも分からん。…マスターながらちょっと情けないが…。
「え、あ、はい。来てないです。…呼んだほうが良かったですか?」
「いや、いいよ。とりあえず、他のお客さんに迷惑が掛からないように計らっといて」
「ああ…、というか、他のお客さんも一緒になって盛り上がってます…」
「え…」
 もう一度店内を見渡すと、それはそれは、誰一人としてかかわってない人がいない。
「ま、ちょっと見てくるよ」
 俺はロッカーから自分の着替えを取り出してさっさと着替えた。
 まずは状況把握、とばかりに店内の人に話を掛けてみる。
「あのー、お客様。すみません、これはいったい…」
 尋ねて気がついた。
「お、マスターじゃねーか。こんな時間にどうしたんだよ」
 そりゃこっちのセリフだ!
 のんきに手を上げて俺の肩をたたいてきたのは、
「原田さん。どうしたんですか、探偵は暇なんですか?」
 嫌味とかもうほとんど通り越して、ちょっとイラッとしながら自称探偵原田を見てやった。
「おお、ちょっと頼まれてよー。何でも、ココで将棋vsオセロをやるから、試合に出てくれってな。俺も頭は良いほうだからな、仕方ないとしぶしぶやって来たって訳だ」
「ああそうですか」
 しかたなく…。どこがだよ! お前思いっきりビール片手につまみ食ってるじゃねーかよコンチキショー!
 てか、どんだけ探偵は暇なんだよ!
 …いや、それは本当に探偵をやってる人に失礼だ。この自称探偵原田限定にしないといけない。
 なんて考えてる場合じゃなかった。
「それで、…この人だかりは何なんですか? 川の向こうの大学の同好会だとか聞いたんですけど」
 川の向こうの大学にはきちんと名前があるが、なぜかみんな川の向こうの大学なんて呼んでる。
 本当に橋を渡った先にある大学だが、なぜか大学名では呼ばない。理由は知らん。
「おおそうなんだよ。なんでも、新しいスポーツを作り出すため、ここで実験をしてるみたいなんだ。ちょっと面白そうだろ」
 ニコッとか笑うなよ! 一応ここじゃあんたが一番年上なんだから、もうちょっと周りを見て一般常識で接してくれ。
「面白いかどうかは分かりませんが、店の中で、しかも勝手にこんなイベントじみた事をやられると、こっちとしても迷惑なんです。俺が直々に言っても良いですけど、ここは大人である原田さんが―――」
「原田さーん! 次お願いします!」
「おーう! 今行くぜ」
 コイツッ!
「ちょ、ちょっと原田さん」
「大丈夫だって、気が済めばこいつらも帰るだろうよ」
 引き止めるために出した手は届かず、自称探偵原田は、テーブルに群がる10人くらいの学生から花道を作られ、よっしゃよっしゃなんて声で肩を回していた。
 ああもう…。
 まあ、いきなり何もかもを否定するのは好きじゃないからな。ちょっとだけ見てやる。
 にしても、将棋と、オセロ…、だったか…。どうやって戦うんだ?
 中央のテーブルが見えるように、やや強引に入り様子を見ることにした。
「よっしゃやるぜ!」
 自称探偵原田が椅子に座っている。
 テーブルの上には将棋の盤があり、その上に将棋のコマとオセロが並んでいる。
 パッと見ただけじゃ意味不明だな。取りあえずルールでも聞いてみるか…。
「すみません、これって、ルールとかあるんですか?」
 あ、ちょっと聞き方おかしかったかな?
「ん? あ、いえ、正確なルールはまだ無いんです。まだ実験段階なので」
 この子は見たことあるな。向こうも、俺がこの喫茶店のマスターだって気づいたみたいで、ちょっと腰が低くなった気がする。
 にしても、
「ルールが無いなら、どうやって勝敗を決めるんだ?」
 思わず声に出してしまった。
「そうですね、取りあえず、相手の王将を取るか、陣地をより多く取った方の勝ちということにしています」
「は、はあ…」
 さっきの子が答えてくれたが…。まあ、訳が分からないな。
 こいつらは分かって観戦してるのか、それとも、ただ何となく見てるだけなのか。…俺はわからずにただ見てるだけだと思う。
 原田さんの相手は、なぜこんなにゴッツイ奴がテーブルゲームを…? なんて思ってしまうくらい筋骨隆々とした学生だった。肌も赤銅色で、スポーツバリバリだろ。
「彼はああ見えて、スポーツとか余りできないんですよ。それよりも頭を使う方が好きらしくて、自分がスカウトしたんです。あ、ちなみに自分がこの同好会の長で、長岡といいます」
「おっ、ああ、よろしく…」
 この子は人の考えを読んじゃうのか? 今ホントにビックリしたぞ。
 にしても、分からんことはこの…、ながおか君に聞くことにしよう。
 どっちを応援すれば良いのか分からんが、とりあえず自称探偵原田さんを応援することにした。
 応援と言っても、まっ、ただ見てるだけなんだけどな。
「よし、俺からいくぜ!」
 原田さんが自分の側に並べてあるオセロをひとつつまんで、1マス前進させた。
 オセロが移動するなんて、もう、ただ、ホントに適当なのか?
「ではいきます」
 マッチョな彼が、歩を1マス前進させた。
 次に原田さんがオセロを盤上の外から1つ手に取ると、さっきマッチョが進めた歩の後ろに置いた!
 なんなんだ! それは反則とかじゃ―――
「ぬぬううう! やりますね原田さん! それではこうです!」
 なぜかマッチョが驚きながら進めていた歩をバックさせた!
「いやいやいやいやいや! 歩のスペック間違ってる!」
「いいえ、あれはなかなか良い勝負です。コレは一瞬の隙を突かないと勝てない、まさに真剣勝負」
 なに言ってんのこの人?
 俺の思考じゃまったく歯が立たないってのは分かってる。けど、将棋じゃねーだろ。
「くそっ、1つ取られたか」
 歩によって討ち取られたオセロは今マッチョの手の中にある。
 一応、取ったことになったらしい…。
 ちなみにオセロは全部クロ。白は使わないのだろうかと考えてもアホらしいから考えないことにする。
「だがコレでどうだ!」
「なにーーーー!」
 原田さんが自分の陣地に並んでいるオセロを1つつまみ、それを事もあろうか、なんとさっき自分のオセロを取った歩の上に重ねた!
 何がしたいんだ。どうなってんだ。それで一体なにがどうなるんだよ。
「それでは私の番!」
 マッチョのターン。
 マッチョはさっき討ち取ったオセロをなんと、歩に重ねられたオセロの上にまた重ねるという大技に出た!
「っだあああああ! わけわかんねっ!」
 なんでこうなるんだよ!
 しかも乗せたオセロはグラつきながらとうとう盤上に落ちた。
「よしっ。そんじゃその歩は俺が操らせてもらうからな」
 なんでそうなるんだよ。
「なるほど…。支配権の争奪戦に持ち込み、勝利したほうが支配する。…なんて斬新な新システム。さすが原田さん」
 ええええええっ! 長岡君、それは間違いだよ。もうまさにこの盤上は無法地帯。だからすでに、もう探偵の出る幕じゃないんだ。……ああ、探偵じゃなかったな、この人。
 ルール無用の大激突はとうとう、マッチョの王将と、原田さんのオセロ1つになった。
 どうしてこうなったかというと、明らかに途中から将棋になり、オセロは全方位に1マスずつ動けるというルールになったらしく、晴れてやっと一騎打ちに雪崩れ込んだ訳だ。
 この状況でいったいどう動くか。
 王将とオセロの距離は8マス。バカ正直に前進させるなら、先に前進させたほうが勝つ。
 でも、横や後ろ、斜めに動くとなると、もう角に追い込むしか勝つ方法がない。
 ていうか、いつの間にか俺も熱くなってることに気づくが、もうどうでもいい。今日は朝からどうでもいい日なんだ!
「よし、それじゃ俺からいかせてもらうぜ!」
 原田さんがオセロをつまみ上げる! そして、スッと前進させて王将の目の前まで持っていった!
 なんと8マスも進めちゃったよこの人! なんで? なんでそんなことするの? せっかく勝つチャンスだったのに。
「な、何てことだ……」
 マッチョが盤上を見下ろしながら身震いさせている。
 そりゃーそうなるな。相手がバカ過ぎた。
「こうなれば」
 マッチョは王将をつかむと、なんと1マス後退させた!
「なんで! 前進させたらもう勝ちじゃん! どうして後ろに下がった!」
「これは…、まさか! 原田さんは狙い撃つつもりだったんですよ。見てください、原田さんの左手!」
 すると俺を含め、全員が原田さんの左手を見た。
 そこには、激戦の末討ち取っていた香車が握られている!
「うっそ〜ん」
 絶対ないだろそれ。
「やりますね原田さん」
 なんて声がそこらじゅうで沸きあがる。
 決して俺はそうは思わない。思うわけない。思ってなるものか!
「よくぞ見破った。だとしても、俺の射程範囲から逃げられるはずがない!」
 原田さんは持っていた香車を大きく振り上げると、
「これで、チェックメイトオオオオオオ!」
 違うゲームの掛け声と共に、香車はなんと王将の上に重ねられた!
「またかっ! またかよ! もういいよそれ!」
 手に汗握って損した……。
 もう、もうわかんねぇぇぇ。
 そんな時だった。
 カラン―――。
 久しく聞いていなかったような心地良い音に誰もが振り向く。
「ちょっとみんな! いつまでそんな事やってるの! 大会近いんだからちゃんと練習してよね!」
 突然現れたのは、おさげを両肩に流してむくっとほっぺたを膨らませた女性だった。
 しかもジャージ姿で、顔だけ見ると幼そう見えるが、瞳のレンズを引いてみると、それはそれは女性らしいスタイル。出るトコ出てる。
「うわっ、見つかった」
 え…。
「マジかよ。せっかく最新のスポーツを開発中だったのに」
「もうちょっとで新システムが完成しそうだったのに」
「うっさい! ほらっ、帰るよ!」
「へーい」
 なんて声が聞こえて、ワラワラと集っていた大学生たちは、なんだか清々しい顔でにこやかに肩などを回して解散し始めた。
「えっと、いったいどういう…」
「マネージャーに見つかってしまったので、この試合はお預けです。またの機会があれば再戦しましょう」
「あ、ああ、そうだな」
 長岡君は伝表を手に持ってレジまで歩いていくと、坂本がそれに対応していた。
「なんだったんだ…」
 もう一度テーブルを見る。すでに道具は片付けられており、そこには固い握手を交わすマッチョと自称探偵原田がいた。
 なんだか、もう完全に熱が冷めたな…。
「すみませんマスターさん」
 そう聞こえて振り向くと、さっき現れたマネージャーさんがいた。
「もうこんな事ないようしっかり言い聞かせておきます。どうも失礼しました!」
「ああ、まあ、うん。わかった。……ほどほどにね」
「はい、失礼します」
 そう言ったあと、まだ握手しているマッチョの足にローを1発入れると、原田さんにも頭を下げて、マッチョを引きずりながら店から出て行った。
 ああ、嵐だったな。
「なんとまあ清々しい気分だな。マスターよ」
「あんただけでしょ」
「おいおいつれないなー」
 そんなこんなで、俺はロッカーで着替え始めた。
「ま、マスター帰るんですか!」
「ああ、もう今日は疲れた」
「ちょっ、店番どうするんです?」
 ほんとどうしよう……。
 ボケーっと天井を眺める俺に、坂本が焦りながらあれこれ言ってるが、なんだか耳に入ってこない。
 という訳にもいかないな!
「しゃーない。もうこのまま居ることにしよう。それに、ちょうど本来の仕事の時間だ」
 壁に掛かっているハト時計を見て、気を落ち着かせた。
 なんだかんだと言いながら、俺もどこかで楽しかったのかもしれない。あんな無茶苦茶なトンデモゲーム始めて見たが、見てるうちに熱くなるもんだな…。
 客のいなくなった店内を見ながらカウンターに座っていると、
「マスター」
 ―――とんでもなく低い声が聞こえ振り返る。
 そこには料理長が立っていて、大盛のチャーハンとコーヒーが置かれていた。
「あ、ありがとうございます……」
 無表情なまま、料理長は1度うなずいてキッチンへと姿を消した。
「はは…。まったく、料理長にはかなわないな」
 正直、とてもうれしかった。
 俺はチャーハンにがっつき、空腹になっていた事にすら気づかなかった体内にエネルギーを送り込んだ。
 ああ、まったく…、美味い。これはマスターだけに許された至極の一品だな。
 こんな日もあるか……。
 静かになった店内を見渡して、そんな事を思った。
 ―――カラン。
「あ、いらっしゃい」
 さて、お仕事しますか!
 騒がしかった余韻を耳に残し、俺はカウンターから腰を上げた。


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