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作品名:朝までやってる喫茶店 作者:荒谷

第2回   異常気象
 一体どうなってやがる?俺が店を出るときはすみれちゃん一人だった。だから今現在、店には誰も居るはずがない。
 そうだ、俺が携帯を忘れたカウンターがある店には誰も居ないはずなのに、実際にはどうだ?誰も手にとる事のできない現状で、俺の携帯からすみれちゃんの携帯に着信があった…。
 ありえない。ありえないだろう!あっちゃいけいないだろう!
 喫茶店まではもうすぐ。外観は丸見えな位置にまで走ってきていた。
 両手に持ったビニールはグネグネとしなりながら、俺の走る動きに右往左往している。すみれちゃんも時々スカートを押さえ後ろを走ってきていた。肩口までのふんわりセットが上下に揺れて、なんだかとても活発に見えて…、じゃなくて、それどころじゃなくて!
 入り口のドアに手をかけたとき「マスター鍵!」とすみれちゃんから鍵をもらい、急いで中に飛び込んだ。
 カラン―――。聞きなれた音が店内に響くと、
「マスター、1周年おめでとう!」
 はあ、はあ、はあ、はあ……。あ…。
「いやーまいっだぜー。まさかもう1年経ってたなんてな」
「1年くらい経ちますわよ?時間なんてあっという間ですからね?」
「何にしても、このたんぽぽには色々とお世話になってますから」
「だよねー!とってもお世話になりまくりんだよー!てかマスター、早くこっち来てくださいよー!せっかくのピザが冷めちゃいますー!」
 おっさんの声とかおばさんの声とか若い子の声とか甘ったるい声とか。
 取りあえず、俺は、呼吸を、整えようと、一生懸命に胸を押さえて何とか、眩しいくらいに明るい店内を見渡すことができた。
 何が……、何がどうなってこうなったんだと、店内の異常気象を見渡すが、そんなことはしなくてもよかった…。
「ほいマスター。まずは乾杯しようぜ!」
 異常気象なんて目の前にある。
 差し出されたのはグラスに入ったビール。差し出してきたのは昔から顔なじみの客で、自称探偵だとか言ってしまっているおっさんで、原田さん。
 なんてこと考えている場合じゃない!
「ちょ、一体これはどういう…」
「いいから持て」
 強引に差し出されたグラスを持つため、手に持っていたビニール袋を床に置いて、されるがままグラスを持って、
「はい、かんぱーい!」
 音頭が上がると一斉に、「はいかんぱーい」などと言いながらカンコン音を立てあっている。
 しかし俺は状況が飲み込めず、上げたままのグラスを下ろすことができずにいた。…ていうか、あれ、…すっかり空気と言うか異常気象というかそんな強引極まりない流れに押されて忘れていたが。
 あれ…、俺って携帯のことで走ってきたんだよな…?それがどうしてこんな、ビックリ仰天玉手箱みたいなシチュになってんだ?いやいやいや、おかしいだろ。
 なんて呆けた顔で目の前の謎のパーティーを見ていると、トントンと肩をたたかれハッとした。
「マスター、これどうぞ」
「ん?」と振り返ると、まるで天使が降臨したかのような光に包まれてすみれちゃんがそこに立つ。
 差し出されたのは、俺の携帯…。一緒に添えられていたのは一冊の本。
「マスターが気に入るか分からないけど、1周年おめでとうございます」
「あ、ありがとう…」
 えっと…。あれ、つまりは…。とりあえず携帯の件は、
「マスターの携帯は店を出る時に見つけまして、あとはお芝居を打ってみました」
 ちょっと申し訳なさそうな感じで上目遣いのすみれちゃんはまばゆいほどに可愛く、勢い余ってペロッと……じゃなくて、
「えっと、あれ…じゃあ、今まさに後ろではしゃいでる事態は…」
「はい。マスターを驚かせようと思って呼びに行ったんです。でも、ただ呼びに行くだけじゃつまらないからって、原田さんとわたしで考えて、ちょっとビックリビックリさせようとしたんです」
 二回ビックリの部分は現実になったと思う。
 しかし、しかしながらだ!ちょっと待ってもらいたいのは何とも申し訳ないのだが、……1周年の意味が分からないという非常にちょっと取り残された感が否めないという事である!
 えっと、1周年って、一体なにが1周年なんだ…?まったくわからん。
 1年前に何があった?俺の記憶に残るほどのことじゃないにしても、他の人の記憶には残ってしまったことでもあっただろうか?いや、まてよ、これはまさか、俺の事じゃなくて、他の人の1周年なのか?だとしたら知らなくて当然…。いや違うな。それこそダメな気がする。だって、それじゃ、俺だけ覚えていない薄情者になっちまう。ダメだダメだダメだ。そんなの、店の店主として色々まずい…。
 ビニール袋を持っていた手で無理やり携帯と本をつかんで、それをジッと見ていた俺を、すみれちゃんがゆっくりと覗き込んできた。
 ちょっとビックリ、なんかうれしい。
「マスター。マスターになってから1年。…わたしは途中からしか知りませんけど、1年間おつかれさまでした。そして、これからもよろしくお願いします」
 ニコッと笑った彼女の顔はとてもやさしく、今だけは汚らわしい妄想もなりを潜めていた。
 って、あれ?俺って、マスターになって、もう2年くらい経つぞ…?
 なんか色々と話が繋がらないけど、そんな事はどうでもいいと思ってしまった。
 後ろでは……。おお、なんてこと…。
 もう勝手に店の飲み物が開け放たれて、次々とこいつらの体内に投下されていた。しかも、なんか、ちょっと、こいつら結構酔ってるし…。
「ちょっ、みなさん、あんまり飲まないでください。そこそこにしましょうね」
 グラスじゃなくビンを持って、
「おっけーわかった!」
 わかってねーよ!とツっこんでやりたいけど、グッと我慢して引き攣りながら笑顔を絶やさずビンを取り上げ、
「はい、まあまあ」
 後ろ向いてすみれちゃんに、小声で水、水。
 すると、どこぞの会長の秘書だとか言っているちょっと年齢が上の神林さんがメガネをクイクイっとさせながら、
「ほらほら酔ってますわよ探偵さん?酔った勢いで私になんとやらでも…、今なら許してあげましてよ?」
 あなたも結構酔ってますね。なんて冷静に観察してるヒマもなく、
「マスタ〜、いつものシャカシャカやってくださいよ〜」
 うおっ!飲んでたのはジュースだったはずなのに、空気で酔いやがったなこの子は。
「ああ、また今度な。ていうかちょっと色々言いたいけど、みんな、これいつまでやるの…?」
 誰に訊いたのか分からない質問なのは自覚してるが、ちょっとマジでもうどうすりゃいいんだよ…。
 後ろでは、すみれちゃんが水を入れたコップを酔った二人に差し出していて、テーブルに広げられた食べ物を平らげながら、女子高生2人がクスクスにゃにゃにゃにゃ笑い合い、いつの間にか他のスタッフの人も来ているカウンターではガヤガヤと何か始まっちまってる。
 おいおいいつ来たんだよおまえら…。てか、えええ…、これ、ちょっと、終わり見えねぇぇぇぇ〜。
 誰の勘違いか、俺のマスター就任1周年会は、もちろんその日の開店時間の10時まで続いてしまった……。


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