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作品名:『気持ちの詰まったプレゼント』 作者:胡桃

最終回   (2/2)

 あまりにも思ったとおり、数分後に新斎藤邸のそばにたたずんで、行動と言えば、ただ、溜息一つこぼしただけの僕が居た。
 メリナは藤本本人が持って来た花束でもつき返したのだろうか。
 贈り物は二十数本の蓮華草の花束だった。身の丈に合ってないと違和感があるだろうし、これが価値を認められないなら、牙城の姫なんてこっちから願い下げだ。
 しかし、まぁ、当然のように、数段の階段の向こう、三メートルほど先にある玄関を、離れたところから見ているだけの僕が居た。
 上の階の窓が閉められた。ハッと見てもカーテンが見えるだけ。メリナ?僕、見られた?ドキッとしたが、そのまま何もなければ窓の音だけで玉砕かと思った。ついてない日の僕らしいじゃないか。
 しかし、玄関の扉が開く音がした。僕は今度はすぐに背を向けて自転車の籠カバーを見た。中には蓮華の束がある。誰かが出て、足音が、あろうことかこっちに来る。体が震えて脂汗すら出ようとしている。お前馬鹿か、メリナだったとしても前学年の同級生だぞ、みっともない慌てふためき様だ。
「あの」と、明らかに声を掛けられた。ホッとしてはいけないのかもしれないが、メリナじゃない。
「はい」と、振り返ると、メイドコスチュームみたいなコスプレの女性?「あ」と、遅まきに、さっきの女の子を連れて行った20代と思しき女性だとわかった。そして、コスプレじゃない、本物だと認識した。
「先ほどは失礼な態度をとりました。お嬢様が助けていただいたそうで、お侘びとお礼を申し上げます」と、一礼。
「いや、全然、気にしてませんから」そうか、お母さんにしては若いと思った。
「あの子が表に、お見かけしたようですので。では失礼します」と、玄関に向きを変える。
 僕は「さっき、花束が届いた…のを見たんです。メリナさんの誕生日ですよね」と言っていた。
 女は振り返ると、優しさが抜けた顔になっている。「めりなさんのお知り合い?あなたが贈ったの?」
「中学の同級生です」と、言いながら、いろんな思いがこみ上げてきた。「贈ったのは僕じゃないです。ただ、誕生日だからかなって思って」
「同級生。そういうことね。日本にほとんどお知り合いの居ないめりなさんに贈り物が届くなんて」
「どうして」と、僕は戦友に同情していた。「受け取らなかったんですか」なんて馬鹿なことを、自分の贈り物を捧げたいと言えと、自分に言いながら、声では違うことを言っている。
「見てたの」
「あれは高い花だよ、少しはわかる。少ない小遣いをはたいて買ったかもしれない。……気持ちの詰まったプレゼントなのに」
「めりなさんは冷たい人じゃないのよ。誤解なきよう」と、去ろうとする。が、立ち止まる。「その、キモチって……大切なものなの?だとしたら、誰にとって?」
「誰って……」そうだ、藤本にとってだ。メリナにとってではない。
 何もいえないで居ると、玄関の扉が開いた。そこに牙城の姫、メリナが顔を出した。「もなぁ」と、言うと、メリナの視線が僕に向く。
「いま戻ります」
「永井……くん」
 僕はメリナの声が僕の名前を呼んだ感激に、さらに言葉を失った。
 メリナは靴を履いて出てくると、五メートルまで近付いた。黄緑のラフかもしれないドレスは大輪の名花のようにまぶしかった。
「もうお客様が来ます、着替えてください」と、女が言う。
「わかってる。一言だけ。もなこそ戻って」
「でも……」
「もな」
 女は僕に向くと、小声で「お嬢様を責めるようなことを言ったら、撃ち殺しますから」と言う。
「う…」と、びっくりしていると、女が離れてメリナが近寄る。
「妹がお世話になりました」と、頭を下げる。
「ほんとに、もう、全然、お世話なんて。−−小学生の妹が居るんだ」
「あ、今のは聞かなかった事にします。中学二年生よ」
「あんなにちっちゃ……お姉さんと似てな……んも、何言ってんだ、ごめん」
 フフッと、メリナが笑った。そう、僕は何かメリナを笑わせることを言ったんだ。おなかいっぱい。もう、メリナへの希望は達成した。だから、玉砕の体験、受け取ってもらえないことのわけを知りたいと思った。モナと呼ばれる女が見ているから用心しながら……僕は自転車のカバー付籠から蓮華の束を取って、お誕生日、おめでとう、と、差し出した。何だ、あっさり出来るじゃないか。と、思いながら、何かにつかまりたいと思うほどのぼせているのが解る。ドラマで、ありがとうってキスされて気絶するのがあったが、ありえるのだ。
「あ、ありがとう」と、メリナはゆっくり手を伸ばしてそれを持った。「蓮華草なんてやっぱり……」
『やっぱり』の意味がわからないまま「アジサイ、ハイドレインジア」と言っていた。その蓮華の束はアジサイのように丸く揃えられている。
「いい発音ね。なるほど、これは蓮華で作ったアジサイなのね」
「めりなさん!」と、モナ。
「いいのよ」と、メリナは言うと、僕にもう一度「ありがとう」と言う。僕はカーッとなって立っているのがやっとだった。何が起こった?受け取られた?なんで?ひろった蓮華草を?
「アジサイが好きって知ってたのね」
「そんな話してたから」
「私がね、小さい花が好きだって言って、できれば蓮華草を庭に植えたいって言ったら、周りの子が、エーッて引いたのに、永井君だけ、笑って、『確かにそうだね』って言ってくれた」
 僕がメリナに言った言葉は唯一『確かにそうだね』だけだ。そのことだったのかと蓮華の話は思い出せる。蓮華は雑草じゃない、庭にあっても目障りじゃないと思った。そうか、そういうことをメリナは憶えてたのか。
「ここが君の家だって知ってたんだ。あわよくば、渡せるかなと思ってたら、本当に君が……」
 二階の窓の音がすると、妹が居た。が、すぐに窓は締められてカーテンの向こうに消える。
「失礼な子」と、メリナ。「自分で言えなかったお礼を言えばいいのよ。いつまでも子供なんだから」
「まだ子供だし。僕らもまだ……」
「お嬢様、時間切れです。お客様が間もなくお着きです」と、モナ。
「わかりました」と、メリナは答える。「誕生日、面倒なことが多いの」
「僕、時々通るんだ」
「じゃ、会えるわね」
 この言葉をもらっただけで出来すぎだ。ついてない日にこれは出来すぎだ。
「行くわ」
「ありがとう」と、僕は言っていた。
 メリナが玄関から城に戻ると、モナはさっさと寄って来る「計画的犯行ですか?」
「は?いや、そんな」
「でも、あんなもの用意して」
「だって、どうして花束が受け取られないのか、自分で体験……。どんなに冷たくされるのか怖くてここに立ってるしか」
「日本の高校に行く予定が、中学三年の九月からになった理由は知らないでしょ」
「知りません」
「めりなさんは美しく、気高く、それでいて可愛い。私の恋人にしたいくらい」
「はぁ、そうですか」
「五年生のときから絶え間なく人を夢中にさせる、呪いがかかってる。って言うと叱られるわね。あの子は人の目を引いてしまうでしょ、大きくて可愛くて目立つのよ。とうとう、一人がシンガポールで自殺を図って、もう、耐えられなくなって、早めに日本に来たの」
「それって、ストーカーってことですか」
「そうよ。誰よりも君を幸せにすると言いながらめりなさんを苦しめる。毎日、最高の料理を君に食べさせるから僕から一歩も離れるなって人も居た。すべての敵から君を守るって言う敵。それはまだいいの。死ねと言われれば死ねるとか、解ってもらえないなら生きてる値打ちが無いなんて言い始めると危ないの……。中学生だというのに、なりたくてなったんじゃないストーカーメーカー……」
「そうだったんですか……」
「あの子はあの子なりに男の子の扱い方とか、あしらい方を知る必要がある。もう高校生なのだから。そういう御自覚の下に、勇気を持ってお受け取りになったということ、肝に銘じて。まして、あなたがストーカーになったら、救いが無い」
「あ、そうですね。そのときは撃ち殺されるんですか」
 真剣に首を縦に振る。「気持ちが詰まった贈り物かもしれないけど、値打ちを勘違いしないことよ。それから、無責任な誘惑も禁止」と言うと、少し緊張を解いて続ける。「−−優しさは魔術ですよお坊ちゃま。武器の使い方には気をつけて。興味本位でお伝えしますが、下のお嬢様があなたを気に入ったみたいです。妹、かりすさんの誕生日は七月二十日」
「え……ええ?」
「では、ごきげんよう」と、速い足取りで玄関に向かう。
 僕は今日の展開を消化できずに、モナさんが消えた後、自転車をゆっくり進めて噛み砕いた。
 藤本のあんな花束が届けられたら、ゾッとするやら、うんざりするやら、そんなとこだろう。女子高を選んでいたことなども納得できた。勇気はともかく、僕にも武器があった。図らずも姫の方から来てくれた。彼女は自分の手で愛情と宝石のように輝くものをつかんだ、と、思うには、僕自身も気持ちもおっかなびっくりでちっぽけでみすぼらしい。そうだね、モナさん、責任持って誘惑できるように、もっと、自信を持って、女性の心の扉をノックできるように、僕は精進して輝くようになるよ。
 僕はメリナに蓮華のアジサイを受け取ってもらったこととは違う次元でちょっと感動していた。
 こんなふうに人とのかかわりが、人としての考えを教えてくれるのだと気付いた。
 好きって気持ちは口から出た途端、わがままになる。それが常識だからなかなか言えない。わがままを通して、相手の優しさにつけこんで、付き合いが始まるのは恥ずべきものだ。そう自覚していたらまだいい。輝きを身につけることも、発見してもらうこともお互いに出来て変わってゆけるだろう。自覚が無い場合は問題だ。冷たくされると『僕は君にとってこんなに輝いてるのに』という勘違いは不当な軽蔑に怒りを生む。危険だ。
 ストーカーメーカーとは言い得ているのだろう。牙城の姫に仕立てたのは男たちのせいだ。男性の信頼回復の一歩を彼女が僕の贈り物で踏み出したのなら、光栄だ。
 とりあえず、メリナに「好きだ」と言ったら気持ちよく「私も」って言われるように精進しよう。来年の誕生日は、アジサイと戯れるメリナのイラストだ。この手作りの重みが拒否されないように自己鍛錬開始。きっと、今日はつき過ぎているから、前半で少しマイナススタートになったに違いない。

 六日は金曜日、登校日だ。
 僕が注意すべきは藤本だ。打たれ強いことは歓迎できない。だからと言って、長期にしょげられるのもつらい。今日一日は色々、目を瞑ろう。月曜日には回復していることを希望する。
 朝は何と言うことはなかった。昼飯も離れたまま食べたが、そういうこともあるし、見るからにどうと言うことはない。
 気丈なやつだと思った。見直したぜ藤本……と、弁当箱を仕舞い始めると、彼の方から僕の前の席に掛けた。
 フッと、窓の方を見ながら笑った。
「何?」
「俺な、メリナに花束、贈ったんだ」
『おお、ストレートな報告だ』「そうか」
「何だ、驚かないな」
「してる、びっくり。端午の節句が誕生日って有名だったな」
「お前でも知ってたのか。でな、す、すげえ喜んでもらってな」
「えええ?」
「そこは驚くところか?」
『もう話すな、藤本』
「彼女にはゴージャス系が似合うんだよな」
『やめろ』
「だ、だからどうだって進展はないんだ。お茶する約束が出来たわけじゃないしな」
『この僕に対して、この世の僕だけに対して、一矢報おうとしているのか』
「牙城から飛び出させるまでには、もう少し腰を据えて考えなきゃな」
「また、何か贈るのか?」
「……お中元だな、何にするか今から考えるさ。電話掛けてもいい関係になることをあせると失敗する」
 僕は悲しくなって、とりあえず離れるしかなかった。「トイレ、行って来る。そうか、玉砕しなかったのか……」
 僕は廊下を歩いた。ゆっくり、歩きながら、噛み砕いて消化するしかなかった。そして、午後の授業が始まる6分前に、教室に戻った。藤本はそのままの位置で窓の外をぼんやり見ていた。
「どこもウォシュレットは人気だったよ」とか言って、反応しない藤本の側に掛けた。「実は、僕も、花を、贈ったんだ」と、小声で言っていた。
「な、え?」と、さすがにびっくりした様だ。
「でも、連絡があって、受け取ってもらえなかったらしい」
「そ、そうなのか」
「理由を言ってくれたみたいなんだ」と、言って藤本を見ると、真剣に見返している。「メリナは贈り物を受け取れない心を持ってるんだ」
「心?……何か病気…」
「メリナのことを好きだってやつが次々に現れて……好きってのは、わがままなんだ。わがままを通したい連中ばっかりが居た。そいつらはこんなに好きなのに、こんなに大切にすると言ってるのに、って連れないメリナを攻めたり、死ぬって脅した。実際に自殺しようとされて、逃げ出したんだ」
「……ど、どこへ」
「日本」
「あ、そうか」
「優しそうな顔して近付くやつも、プレゼントも、恐怖でしかないんだ。全然治ってないんだ」
「お前、そんな説明をしてもらったのか」
「あ、ああ、知ってる花屋さんでね。−−メリナが女子高に行ったのはお嬢様だからじゃないと思う。僕は、メリナを辛い目にあわせたくない。もっと長い目で見よう。頑張るなよ……藤本、君はいいやつだろ」
「……そうか……」
『解ってくれ。何年か先ならいい。でも、今は、僕はメリナを守る』

 僕はその日、何て馬鹿なんだと思いつつも、清清しい、落ち着きを感じていた。僕は藤本の意地からメリナを守ることができたと思う。ただし、藤本に対して言った言葉を嘘にしないために、僕はメリナを諦めると決めた。
 ずっと後に贈るかどうかは別として、来年用のアジサイのイラストを描こう。メリナと今、決別する証と癒しのためにしないでは居られないことだ。それから、散歩コースは変えない。メリナと友達になれたら、友達として守り、メリナに彼氏が出来てしまったら友達として祝福しよう。
 僕は少し男になった気がした。少し成長した目で感じてみると、僕こそ自分が輝いてもないのに、輝くメリナが好き……ただそれだけだ。本当のメリナなんて見えずに、盲目になってた。こんなもんじゃない、もっとすごい包容力があるやつじゃないと駄目だ。
 僕は小柄の子がタイプだったじゃないか。
 あの、もなって人は僕の程度を感じたのだ。同時に、少しは認められた部分もあるのか。メリナに蓮華を受け取らせた功績を認め、男性恐怖症になってないお子様なら近付いてもいいって事か。
 こんな僕をあっさり気に入った子……興味本位にもらった情報、七月二十日は遠くない、夏休みイヴ。




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