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作品名:『鬱ロボ・愛子』 作者:胡桃

第1回   栄二の章
鬱ロボ 愛子           松野胡桃


       【1】栄二の章

 厳格な家に育ったつもりだ。しかし、思えば厳格な親に育てられただけで格式が育ったわけではない。かなりの反抗期もあった。その分、感情や気持ちの制御、感謝や人当たりのこともわかったつもりだ。しかし、大人になっていく上で肝心なものが僕には抜けていた。優しくする力の使い方だ。
 病気で困っている人を直接、救うことはできない。人はあらゆることを人に頼って生きている。逆に言えば頼られなきゃ人にあらず。
 僕は近道として、元から趣味でもあったコンピュータを通じて、人になろうと思った。
 警察官になり、技術課勤務を志望したが、実際は派出所を回った。数年経っても技術課からの声は掛からなかった。僕は自分が十分に活躍できる環境でないと感じていた。それどころか、理想に燃えた警察官がいかに理想を捨てていくかを何度も見せ付けられた。そもそも警察学校の段階で、警察の体制や不自由さが分かり、イメージと違うものは感じていた。警察官は優しくするために存在するのだ。優しくするとは、救うことだ。その代替として収入があるのだと思っている。僕は一刻も早く技術者として社会を救いたいと考えた。それは能力を見失った奇麗事ではあった。
 CCDセンサはひとつではだめだ。人間の目が二つで意味を成すように、二つ付けて目にする。二つの映像を論理演算してズレを求め、風景の遠近を捉えなければならない。そこに必要なのはひらめきと器用さだ。正確に取り付ける能力だ。これはもはや電子工学ではない。手先の器用さと確かな取り付けが最後にものを言う。
 温度の検出は必要だ。火のないところで赤外線を発するものは日光によって暖まった物と体温だ。これを捕らえるのも必要だ。映像とシンクロして見えているものの温度の変化量を監視することで人が視野に入ってきたのが解かる筈だ。それでこのポンコツロボットが「誰か来たよ」と知らせてくれれば僕は映像を収集して確認すればいい。
 移動はできない。車輪を付けても実際に走らせるわけには行かない。しかし、ガンの照準を移動できないのではいけない。人間の首が回るように幾らかの左右回転機構は必要だろう。底面を固定して正確な角度で回転する機構が低電流で可能でなければならない。それだけ角度の正確性にこだわるのはレーザビームを正確にターゲットに発射するためだ。
 アクリル板をベースにするのは重量による回転の負荷を抑えるためだ。これは正確な角度にも通じる。ガンの照準とCCDの画像は一致していなければならない。この取り付けも実に難しい。電子回路から少しでも外れると途端に専門外になる弱味が分かる。さらに、上下運動の機構も何かヒントになるものがないか模索することになる。外装は缶だ。この不安定な外装に電子基盤やセンサやらのベースを固定すること自体がナンセンスだ。ここは頭が痛い。が、外側はすでにいい色と質感を出すスプレーなど目処がついている。外装は錆び果てたスチール缶に見えなければならない。似たような缶が積み上げられて放置してあるゴミの庭とも言うべき場所に無人の小屋がある。そのゴミ山に紛れ込ませれば全くロボットとは分からない。錆びだらけの野暮ったい缶が僕の稚拙な技術の粋を集めた『愛子』だ。
 横にある小さな公園には長椅子と灰皿がある。そこにターゲットが現れるのは確認済みだ。
 愛子と名付けたロボットは人が見えたら知らせてくれる。画像を要求すると送ってくれて、ターゲットを確認次第、僕は電話機の操作でレーザビームを照射する。もちろん、照準を人知れず合わせてからのことだ。これが僕の最後の自由なわがままだ。実際、僕にわがままが許されたことなどない。しかし、僕のために強行するしかないのだ。それを『愛子』が叶えてくれるのだ。
 さて、外界の様子をどうやって見るか。画像そのものを電波に乗せて送ることはできない。誰かが受信しないとも限らないからだ。改造携帯電話から、メールで送ってもらうにしても、愛子が敵に捕らえられれば、電話から足がついてしまう。
 愛子か……杉本という辞めてしまった女子社員の名だ。直属の上司でもない僕の言うことを素直に聞いてくれる姿勢が可愛かった。

 −−僕の技術は人を救わなかった。僕は超高温検査システムのハードウェアを担っていた。会社にとっては命運もかかっていた。僕はハードウェアチームのサブリーダーとして仕事を進めた。
 僕に限ったことではないが三十代以上の技術者は別件を抱えている人が多かった。僕は無線関係の出張絡みの仕事と平行に進めた。完成間近の立ち会いで客先の技術担当者が「急速高温に切り替えても動作しないようですが」と言う。
 僕は「内部のケーブルが一部つながってません」と、気がつくままに答えた。
「試運転までにはテストを済まされるように」客先の前川さんに言われた。
「了解しました」と、確かに僕が前川さんに答えた。
 うっかりしていた。あそこをつながないとソフトチームは動作させられない。ソフトチームにケーブルなしじゃテストできないよなとか言って、すぐに接続することを約束した。
 その時点で、僕の中ではフトチームに「テストしてよ」という意味であるし、当然、ソフト担当が動作チェックをすると思っていた。僕はケーブルを作り、若手に接続を指示した。
 程なくして無線の件で大阪に出張した。現場は寒いビルの上だ。そこから防犯関係のデータを送信するテストをしていた。携帯電話が鳴る。ソフトチームのサブリーダー花田がかけてきた。
『古沢さん、火、入れていいの?』
「いいよ」
『まってください。……あれ?動きませんよ』
「ごめん、メインコネクターを抜いたままだと思う。中を開いて見てくれないか」
 間もなく、パネルを外して装置内を見た彼は『抜けている』と言う。
「基板が邪魔で取って作業したんだ。すまん、基板は戻ってるよね」
『大丈夫です。メインコネクタ付けますよ』
「うん」
『あ、コントロールできます。じゃあこれで動かします』
 そのとき、僕はひたすら寒さに耐えるだけの凍りつく頭でしっかり答えたつもりだった。
 やがて試運転の日が来た。そこで失態は起こった。客先の技術担当前川さんが手順通りに操作して、制御が完全に仕様に合っていることをを確認している。
 大方終わりに近づき、「じゃあ急速モードでやってみるよ」と、操作をしていると、発熱機が、異常な高温になる。
「危険温度を越えたよ」と前川さんは停止操作をした。
「温度計が振り切った。自動開は?」
「急速モードではすべてが手動です」と、ソフトチームの誰かが答える。
「非常停止!」
「非常停止は自動モードでしか効きません。そういう仕様ですよ」と、花田の声。
「ブレーカーを切れ」
「ブレーカーはプラスチックパネルの中です」と、僕が言う。手にしたドライバーを使ってパネルをはずしにかかる。
「誰か送電ブレーカーを切れ!」と、前川さんが叫ぶと従業員が走って行くが、すぐに小さな爆発音が起こる。客先従業員の一人が左手から肩にやけどを負い、救急車が来る騒ぎになった。もちろん装置は台無しだ。
 この事故はソフトウエアの停止操作に関する部分の不具合が直接の原因とされたが−−「急速のチェックはしたんでしょう?」と、前川さんは僕の顔を見る。
「チェック?おい花田君チェックしたよね」
「誰だ!急速モードのチェックをしたのは?」室野部長が社内関係者一同の前で怒鳴った。
 あろうことかチェックをしたのは僕、古沢ということになった。「また古沢か」と、部長は頭を抱えた。
「とうとう事故をやらかしたな。こういう時の原因はお前みたいなやつにあるんだ。お前、『了解しました』って言ってたよな。了解とはつまり……」
「言ってた、古沢さん言ってたよ」と、誰かが言う。そんなことわかっている。自分が言ったことだ。
「花田君チェックをしたんじゃないのか」と僕は当然のように問う。
「そんな……僕がするなんて全く意識してなかった」
「火を入れたとき……」
「気になるところをチェックしましたが……」
「しかし操作、ソフトに関することは君がチェックしないといけない」
「古沢!」と、また部長が怒鳴る。「お前は最低だな。謝ってしかるべきところだ。責任を他人になすりつける−−同じ社の人間に。なんて下劣なやつだ」
 室野部長はこれだ。まただ。これでよくわかった。僕を社の悪者にする、したがっているとしか思えない。ソフトチームがチェックするためにはケーブルが必要だ。それがなかったばっかりに立ち合いで操作できなかった。だから急いで作ったんだ。前川さんに「了解しました」と言ったのは、そこにいたみんなの代表として答えたんだ。前川さんが、僕の顔を見て言ったから僕が返事をしたんだ。それと社内の担当分けとは意味が違う。そもそも今までチェックしていない状態で放置したのは出張に出てたとき花田が操作をしたからだ。ケーブルを作ってつないだため、ソフトのチェックができる状態になった。そこに、花田の電話だ。当然、急速モードのチェックに決まっている。そう思うのは間違いじゃない。もちろん結果の質問も、やったかの一言も、なかった。思い込みではある。事故の全責任、そして保身のために同僚を犠牲にする人間性の劣悪さまで負いかぶさった。
 これが最後だ。これを最後にしないと僕はまともに存在できない。会社はこの件で僕を援助するつもりはないということになった。遠からず損害賠償に応じることになるだろう。
 これでやっと解放されるのだからそれでいいじゃないか。と思うだけでは歯止めが利かなくなった。少しでも人間性の面で、自分に非があるのなら事態は変わったかと思う。人間性をいとも簡単に卑下できる部長の人間性は僕の中でとっくに崩壊している。
 不本意ながら、僕がやけどを負った客先社員を見舞わなければならなかった。会社の命令は社員でなくなれば聞く必要はないと思った。これが最後だと誓ったからには退職願を出すのは時間の問題だ。誰も引き止める者はいないだろう。
「このままだと過労で泥沼から出られなくなります」と、愛子は言ってくれたそうだ。愛子の声は……どんなだったか思い出せなくなっている。そう思うと、灯火が消えていたことを思い知って今さら切ない。僕より五年遅れて入った愛子は僕に好意的だった。彼女の優しさという才能をもってすれば、僕の不器用さが早々に見て取れたのかもしれない。
 「この度は大変なことになりまして、会社へは社長からおわびに参りますが、人身事故ということで何より先にお怪我された方へお詫びにと思いまして」僕は数万円入りの封筒を差し出した。営業担当が持たせたものだが、案の定、先方は受け取らなかった。弁護士を介して民事調停に従うということで個別の取引はできないのだ。予想されたことだ。
 僕は状況の明文化をすることになったが、客観的に文書にしたところで僕の責任回避の部分は室野部長に削除された。つまり、僕は僕自身の弁護士を雇って僕の身を守るべきということになる。部長はほかの誰にも責任を取らせたくないのだ。やはり終りだ。我慢することで解決するということはない。僕に罪があるということでいい。これを片づけることがとりあえずは最後の仕事だ。僕は会社という舞台から去り、ポンコツ愛子に仇をとってもらって、無理やり白紙に戻すのだ。
 僕は愛子で部長を殺すのだ。愛子という名前をつけるのも最後のわがままだ。愛子は大学を中退していきなりソフトチームに入って実務をした杉本愛子から取ってある。ハードチームからの仕事も直接上司の許可なく率先してやってくれた。技術部内に女子は二人いた。一人は愛子より三年先輩の伊東君。彼女は実際、パソコンソフトを十分作って貢献していた。それに比べ愛子は伸び悩んだ。設計の通りにプログラミングする力がなかなか身に付かず、何となく理系に向いていない感じであった。
 愛子はそれでも、掃除や片付けやコーヒーを出すなどの仕事を担ってくれて、少しでも感謝され、何とか社内に溶け込もうとしていた。そんな愛子が辞めたのは、部長のせいだ。
 それも僕のせいになっているのだが……。僕は1年以上前、現地工場にある巨大機械設備の制御ソフトを全面改造する仕事をした。覚悟していたものの、想定以上に現地の調整が長引いた。ホテルと現場の行き来が四十日続いた。現場では一日十八時間に及ぶ作業を余儀なくされた。一ヶ月たった頃、部長から奇妙な電話があった。愛子に頼んでいた本件の流れ図作成がうまくいっていない事で、指示が悪いとの小言はいい。『毎日が辛いのはわかるし、逃げ出したいのもわかるが、救援や休養の要求を杉本に言わせるなんて卑怯だ』と言うのだ。『杉本に言わせる−−』いったい何のことだ。何のことか訊き返すと部長は一気に怒り始めた。現場がうまく行ってないから腹を立ててるのか、何か卑怯と感じることについて怒っているのかは未だに不明だ。
 帰ってわかったのだが、愛子は詳細を話そうとはしなかったが、およそ、『古沢さん、長引いてますけど、助けなくていいんですか?少し休ませてあげるとか……体制を立て直して再調整するとかしないんですか』のようなことらしい。それと「このままだと過労で泥沼から出られなくなります」と言ったと愛子が明かした。部長は僕が裏から愛子に訴えるなり、もっとストレートに部長を悪く言うなりして愛子を動かしたと思ったようだ。愛子は時々、自分の能力が仕事に及ばないときは仕事を断ることがあり、ある意味、自分の事に対しては積極的なところがあった。僕の任せている流れ図作成も一度は愛子に断られた。部長にとって、彼女の自分の想いによる行動は僕の件が初めてだったのか、『杉本が自分から言う筈ない』と、彼は思っていた。
 帰ってから同僚の僕に対する雰囲気に寒いものを感じたのは、卑怯者のレッテルを吹聴した部長のせいだ。僕は、あまり悪い見本にならないようにと、他の社員と密に接しないように言われた。僕が負の牽引者になることを阻止するものだ。極端に言えば僕は、誰かと二人だけで立ち話をすることも禁じられたということだ。
 それから一年後、愛子がやめた。彼女なりに居づらいものが募っていたに違いないが、詳しい事情は聞かなかった。
 さて、僕は警察署に勤めていたが、一応技術斑として勤務していた。しかし実際は、技術の仕事をすることはほとんどなく、交番勤務まですることになった。みんなそうなのか僕だけなのかよくわからなかったが、もともと技術志向だった僕は5年で辞めてしまった。そして、今の会社に転職し技術の仕事についた。
 その時から今の部長が僕の上司だ。部長は、警察官だった人間は使い物にならないと決め込んでいた。実際、入社時点の僕はミスが多く、部長の色眼鏡を濃くしたのは事実だ。
 実力が及ばなかったという結果を招く前に、手を打つ必要があり、ミスを犯したら謝る必要があるのだ。民間では始末書や減俸にはね返るということはすぐにはないことが多い。問題なのは、対外的な部分で、警察官は気をつけなければならない。場合によっては、対外的に自分の非を認めるということをやってはいけないと、指導される。少なくとも、僕はそうだった。すみませんと言うとただではすまないことになる覚悟が伴う。警察全体としての姿勢を発言することになりかねないのだ。その謝らないという習慣が部長の予想通り過ぎたのだ。僕は初めから色メガネで見られたが、見られるに足る癖を持っていたに違いない。
 警察官の世界がいやになって離脱したのに、すでにその世界の人間になっていたのだ。

 何か起こった時……つまりポンコツ愛子が発見されたり、仕事を済ました時は、時を見計らって僕との関係を隠滅しなければならない。塩酸にするか、発火にするか、できるだけ二次的に罪を作らなくて済むような潔さが必要だ。だから完全に焼いてしまうような大胆なことはできない。うまく必要最低限にとどめる必要がある。部長が断末魔で犯人の目星を立てることは構わないが、少なくとも、僕の縁者を守らなければならない。
 そもそも、これを読んでいる人、−愛子君−であるとしても、記憶にとどめたら速やかに焼かねばならない。僕が書いたものは最悪の事態しか残せなかった無念さから生まれたものだから、さらに最悪な事態を招くことは防がなければならない。
 新卒で入社する人に下積みをさせるのも先輩の務めだと聞いた。僕は入社当時、新卒ではないからたいして下積みをする時間はなく、いきなり先輩状態から仕事をした。ある意味下積みがないのは厳しいが、努力でカバーするしかない。まだ、パソコンの部材を集めてオリジナルパソコンを納品することが多かった時代、僕はパーツ集めが終わったパソコンをさっさと組み立ててしまったことがあった。確かに命令されていないが、組み立てるのが当然の流れだった。しかし部長の思惑は新卒社員にさせるつもりだったらしく、ひどく怒った。お前ができても仕方がない、できる人を増やそうと努力しないその姿勢は最低の先輩だと言うのだ。それは強く僕の中に残ったため、以後、簡単なことは若い人にさせるようにした。しかし部長は、それも気に入らなかった。誰かから「ハードのスペックのまとめを杉本さんにさせている」と聞くや、それも攻撃材料となった。ソフトがハードにスペックを要求するのが普通だ。しかも、そのスペックをまとめるには、プログラミング能力以外の部分を使う。まさに新人の勉強になる。
「自分が手が空いてるのに先輩風吹かして都合よく若手を使ってるそうじゃないか」と、部長席の前で言われる。
「若手に経験を」などと言うと「君のは見栄でやってるだけだ。偉い人になりたいのはわかるが、何様になれる器量があるんだね」
 愛子は、聞こえていたに違いない。
 そんなことがあって、僕は愛子に「すまない、ソフトの仕様なり取説なり、君の資料をこっちへまわしてくれ」と言うしかなかった。
「時間かかってますけど、もう少しでできます」と、目を輝かせていた。しかし、取り上げるしかなかった。
 以後、初めから2人3人と決まっていない限り、僕は仕事を抱えるようになった。そうやって、さらに若手との交流が減り、手一杯になりがちの僕は後輩の面倒を見る余裕を無くしていった。そのうち、「古沢は冷たい」的なことが社内の常識になっていった。
 そのせいで僕の仕事でクレーム、問い合わせ、トラブルが重なり、出張先で身を裂かれる思いをした。会社も不在の僕のために右往左往した。部長は「仕事を分散しないで抱え込むから、君の件で対応できる人間が居ない。社としての対応が流れない」と言った。それだけならいい、そういう事態になったのは見栄でやってるという若手への作業の配分をしなくなったからだ。弱り目に祟り目。トラブルが出始めると随所で重なるというのが無理な仕事の法則だ。しかし流石の部長は僕を貶めることを忘れない。
「抱え込むと君しか対応できない。そういうことで貴重な存在になろうってのが卑劣なんだよ。君が動くことで君の売上も上がると思ったら大間違いだからな」
 みんなの前でよくもそれだけの台詞を思いつくものだと呆れる。追い討ちは続く。
「人を助ける気持ち、人から学ぶ気持ちなんてこれっぽっちもない。あるのは卑劣な競争心だけだ」
 僕に競争心がもっとあったら、もう少し前向きな人生になっていただろう。

 平らなところに立つとは限らないから、動作に何か異常を来たさないか。愛子は地球コマのような水平感覚をもたない。回路には不安はないからレーザ関係はどうか、実験する必要はある。触覚もないが、そもそも他人に触れられたりした時点で自爆ものだ。これ以上センサを増やすゆとりもない。聴覚は僕に対する発言でもある。周囲の音は僕に届く必要があるのか。いや、ない。そのための通信も不要だ。もちろん口は付けない。その場でただ、ひっそりと佇んでくれればいい。
 ただし、温度が上がりすぎると愛子は気が変になってしまう。しかし、冷やすということは電力を使う。ファンを付ける事すら電力の消費は激しくなる。風通しを良くすると内臓を露にするように、故障しやすくなる。人間用の熱を冷ますシートのようなものは使えないか検討してみよう。武器だけは確かでないといけない。レーザを弱くして画像の中心と光線の照準が一致しなければそれだけで、愛子はただのガラクタだ。
 調整をして正しくしたつもりでも缶にセンサと光源は別々にネジ止めされると姿勢の変化でズレが生じる。アクリル板ではなくアルミ厚板のようなものにいっしょに取り付けるべきだろうか。
 バッテリは十分大きく取れるがいくら取れても足りない心配がある。何度も充電してやる機会はないかもしれない。レーザ用のバッテリはCPUとは別にしなければノイズで暴走するかもしれない。電線の引き回しにも注意が必要だ。

                           ----愛子の章に続く


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