こつこつと殻を叩く音がして、サイタの頭が条件反射で痛み出す。 そんな内部の様子を気にすることもなく、ヒロシが言う。
「サイタ、すごくいい天気だよ。雲なんてどこにもない。そうだな、この気持ちよさを、歌ってあげよう」
いい終わるなり、ヒロシの歌声が壁を震わせ始める。 とうとう我慢できなくなったサイタは、荒っぽく殻の外に飛び出した。
眩しい光がサイタを包む。 目の前には小さなミドリガメ。ヒロシだ。
「あ、出てきた」
一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにヒロシはにっこり笑った。
サイタの二倍くらいはあるが、思っていたより小さい彼は、周囲の草に紛れると見失いそうだ。 きれいな新緑の甲羅は、太陽の光を反射させてぴかぴかしている。
「ヒロシ、お前は歌があまり得意じゃないだろう。音が安定しなくて聞いていられないよ。僕の歌を聞いてみなよ」
早口にまくし立て、サイタは一番得意な歌を歌い始めた。 しかし、間もなくサイタは、ひどくショックを受けた。 殻の中で美しく響いていた声は、なぜか全く別物になっていた。 殻の中では、声が響くから上手く聞こえていたのだ。
自分の歌声に絶対の自信を持っていたサイタは、目の前が暗くなった。
「なんだ、俺の方が上手いじゃないか」
ヒロシは嬉しそうに、微笑んだ。 サイタは、カチンときて言い返す。
「何を言ってるんだ。僕の方が上手いよ」
しばらく同じようなやり取りが続いて、二人は勝負をすることにした。
「交互に歌を歌って、負けた、と思ったら、意地を張らずに謝るんだ」
歌合戦は、一日中続いた。
太陽が高いところまで昇り、ゆっくりと落ちていく。 それに比例するように、サイタは歌うごとに落ち込んでいった。 自分の歌が、あまり上手くないことが悔しくて、悲しくて、いつの間にか涙をぼろぼろと流していた。
「僕には歌しかないと思っていたのに、それさえもダメだったなんて。やっぱり僕は出てこなければよかった」
泣きながら呟いたサイタは、再び殻の奥深くに潜り込もうとした。
「ちょっと待ってよ」
のんびりとした声が、サイタを引き止める。
「君が奥に帰るって言うなら、別に構わないんだけど、よく考えたら交互に歌ってばかりで、一度も一緒に歌ってないじゃないか。せっかくだから、一曲歌わないか」
サイタは迷った。 しかし、今まで誰かと一緒に歌ったことなどなかったため、その提案に惹かれた。
サイタが同意すると、ヒロシはリズムを取り、歌い始めた。 それに合わせてサイタも歌う。
歌い始めてすぐに、サイタは驚いた。
一人で歌っていた時ももちろん楽しかったのだが、それ以上に気持ちがいいのだ。 上手くないはずのサイタの歌声も、ほとんど気にならない。
ちらりとヒロシを見ると、にこにこしている。 それを見て、サイタは更に嬉しくなった。
二人はこれを期に、よく合唱するようになった。
「サイタ、また殻に潜っていたのか」
呆れたような声が聞こえて、サイタはいそいそと顔を出す。
「遅かったな、ヒロシ。殻に潜るのは、カタツムリなんだから当たり前だろう」
ヒロシの言葉に軽口を返しながら、サイタは空を見上げた。
今日の空も、きれいだ。
サイタは機嫌よく、殻の外で発声練習を始めた。
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