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作品名:ひきこもりのカタツムリ 作者:saya

最終回   2
こつこつと殻を叩く音がして、サイタの頭が条件反射で痛み出す。
そんな内部の様子を気にすることもなく、ヒロシが言う。

「サイタ、すごくいい天気だよ。雲なんてどこにもない。そうだな、この気持ちよさを、歌ってあげよう」

いい終わるなり、ヒロシの歌声が壁を震わせ始める。
とうとう我慢できなくなったサイタは、荒っぽく殻の外に飛び出した。

眩しい光がサイタを包む。
目の前には小さなミドリガメ。ヒロシだ。

「あ、出てきた」

一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにヒロシはにっこり笑った。

サイタの二倍くらいはあるが、思っていたより小さい彼は、周囲の草に紛れると見失いそうだ。
きれいな新緑の甲羅は、太陽の光を反射させてぴかぴかしている。

「ヒロシ、お前は歌があまり得意じゃないだろう。音が安定しなくて聞いていられないよ。僕の歌を聞いてみなよ」

早口にまくし立て、サイタは一番得意な歌を歌い始めた。
しかし、間もなくサイタは、ひどくショックを受けた。
殻の中で美しく響いていた声は、なぜか全く別物になっていた。
殻の中では、声が響くから上手く聞こえていたのだ。

自分の歌声に絶対の自信を持っていたサイタは、目の前が暗くなった。

「なんだ、俺の方が上手いじゃないか」

ヒロシは嬉しそうに、微笑んだ。
サイタは、カチンときて言い返す。

「何を言ってるんだ。僕の方が上手いよ」

しばらく同じようなやり取りが続いて、二人は勝負をすることにした。

「交互に歌を歌って、負けた、と思ったら、意地を張らずに謝るんだ」

歌合戦は、一日中続いた。

太陽が高いところまで昇り、ゆっくりと落ちていく。
それに比例するように、サイタは歌うごとに落ち込んでいった。
自分の歌が、あまり上手くないことが悔しくて、悲しくて、いつの間にか涙をぼろぼろと流していた。

「僕には歌しかないと思っていたのに、それさえもダメだったなんて。やっぱり僕は出てこなければよかった」

泣きながら呟いたサイタは、再び殻の奥深くに潜り込もうとした。

「ちょっと待ってよ」

のんびりとした声が、サイタを引き止める。

「君が奥に帰るって言うなら、別に構わないんだけど、よく考えたら交互に歌ってばかりで、一度も一緒に歌ってないじゃないか。せっかくだから、一曲歌わないか」

サイタは迷った。
しかし、今まで誰かと一緒に歌ったことなどなかったため、その提案に惹かれた。

サイタが同意すると、ヒロシはリズムを取り、歌い始めた。
それに合わせてサイタも歌う。

歌い始めてすぐに、サイタは驚いた。

一人で歌っていた時ももちろん楽しかったのだが、それ以上に気持ちがいいのだ。
上手くないはずのサイタの歌声も、ほとんど気にならない。

ちらりとヒロシを見ると、にこにこしている。
それを見て、サイタは更に嬉しくなった。

二人はこれを期に、よく合唱するようになった。

「サイタ、また殻に潜っていたのか」

呆れたような声が聞こえて、サイタはいそいそと顔を出す。

「遅かったな、ヒロシ。殻に潜るのは、カタツムリなんだから当たり前だろう」

ヒロシの言葉に軽口を返しながら、サイタは空を見上げた。

今日の空も、きれいだ。

サイタは機嫌よく、殻の外で発声練習を始めた。


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