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作品名:石田村のけんちゃん 作者:晴夢

第8回   養鶏の家
今日は14日だ。けんちゃんが家に来る日だ。主人が村の集まりで必ず『けんちゃん』と『ちゃん』付けで呼ぶようにすると確認して来たと言う。
それとしつこく言われたことは、けんちゃんを男の子として逞しく育てることだ。
私は坂東ヨシで73才。もうお婆ちゃんだが、孫たちは滅多に遊びには来ない。主人は1つ下で72才だ。
村の他の家と同じく百姓をしている。けれどちょっと違うのは小規模だけど養鶏もやっていることだ。
だから狐やイタチ、アライグマなどには神経を尖らせる。日中はモモタという雑種犬が放し飼い用の柵の周りを張り番していて、夜間は頑丈な鶏小屋に入れる。もちろん近くに犬小屋がある。
一応犬の鎖は太い針金の上をスライド式に移動できるようになっていて、獣の侵入を阻むようになっている。
それでも鎖の届かない所から土を掘って侵入する場合があるので、夜中でもぐっすり寝てはいられない。
モモタが吼えたらすぐ起きて鶏小屋に向かうのだ。
話がだいぶ脱線した。けんちゃんは朝9時ごろ現れた。きちんと挨拶して何か手伝うことはないかと聞いてきた。
それで鶏小屋の補強を頼んだ。鶏小屋の金網は5cmくらい土に埋めてあるが、それくらいじゃ掘って中に入られてしまう。ステンレスの網を50cmくらい埋めてもらうことにした。
普通こんなことは6才の子供に頼むことではないが、6才の子供は人食い熊を生け捕りになんかしない。それよりもずっと簡単なことだと思うので頼んでみた。
すると見てる間に剣スコップを上手に使って、鶏小屋の周りに50cmほどの溝を掘った。そして幅90cmほどのステンレスの巻き網を埋めて行ったのだ。
余った網は金切り鋏で切って、実に丁寧に仕事をしてくれた。その後放し飼い用の柵の移動を主人と一緒にした。
柵の中の草は僅か数日でなくなる。もちろん餌も与えるのだが量を少なく与えるので鶏たちは草を毟って食べるのだ。卵も土の上に勝手に産んで行く。
だから柵は組み立て式で移動ができるのだ。鶏も割りと自由に運動できるので僅かな距離だが飛ぶこともできる。だが、柵を越えようとするとモモタが吠えて追い返す。
1枚5kgの金網を折りたたみ式の屏風のように5・6枚持って運ぶのだが、けんちゃんは2〜30枚重ねてひょいと持ち上げる。
鶏の移動も鶏小屋から出すとき要領が良い。大抵何羽か逃げ出すのだが、けんちゃんは逃がさないのだ。足を掴んだと思うと首も掴んで、動けないようにしてしまう。
相手が気の荒い雄鶏でも平気で掴む。というかけんちゃんに反撃することができないのだ。けんちゃんは力が強いだけでなく、手が速くて、鶏よりも動きが素早いらしい。
柵の移動が終わったらけんちゃんは鶏糞を角スコップと一輪車を使って集めてくれた。全部は集めずに半分はそのまま次に草が生えるための肥料にするのだ。
集めた半分は畑に肥料として入れる。そして収穫した作物からでるゴミや野菜屑を餌にするのだ。だから、無駄がないのだ。
昼になったら私は親子丼を作ってあげた。けんちゃんはおいしいと言って喜んで食べていた。夜は鶏鍋にする積りだ。
午後になるとけんちゃんは薪割りをさせてくれと言い、主人でも持て余していた大きな丸太をパリンパリンといとも簡単に割り出した。
これには私も主人もびっくりした。そして割り台に使っていた一抱えもある丸太まで一緒に割ってしまったとき、二人とも腰を抜かしてしまった。
「ごめんなさい。力を入れすぎちゃった」
結局割り台は代わりのものを使うことにして、古いのは薪にしてもらうことにした。
けんちゃんにとって、薪割りは私が羊羹を切るのと大した違いがないくらいの簡単な作業らしい。
暮れには腰の痛い主人に代わって餅つきを頼もうかしらとか、そんなことを考えてしまった。
それが終わって姿が見えないなと思ったら、放し飼いの柵の中に入って鶏たちと遊んでいた。どうやら鬼ごっこをしているらしい。
狙いを定めた一羽を追いかけて捕まえるのだが、全く勝負にならない。あっという間に捕まえて、体を撫ぜてやると勝手に名前をつけるのだ。
「よし、お前はハネ子さんだ。次はそこのトトミちゃんを捕まえるぞ」
そうやって百羽以上の鶏を捕まえては名前をつけて離してやる。そのうちにどの鶏も観念して逃げなくなった。逃げても捕まるし、捕まっても安全だとわかったからだ。
そして私が今夜鶏鍋のためにしめようと予定していた老いぼれの雌鳥を抱えてけんちゃんは言った。
「よしお前は優子婆ちゃんだ」
私は嫌な予感がした。だが、けんちゃんは遊び終わると私に言ったのだ。
「ちょっとだけ山本さんの所に行って来ます。すぐ戻りますから」
私はその隙にけんちゃんが『優子婆ちゃん』と名づけた雌鳥をしめて下ごしらえした。
けんちゃんが山本さんのところから戻って来て牛肉のジャーキーをお土産に持ってきてくれたが、その後また放し飼いの柵を覗いてしきりに首を傾げていた。
私はまさかばれないだろうと思ったが、夕食の鶏鍋を食べた後けんちゃんは、はっとしてまた外に飛び出した。
戻って来たときけんちゃんは目に涙を浮かべていた。
「ヨシ婆ちゃん、さっき食べたのは優子婆ちゃんだったんだね」
私は黙って頷いた。何かけんちゃんに悪いことしたような気がしてしまった。でも、けんちゃんはその私の様子を見てすぐに言ったのだ。
「でもとってもおいしかったよ。うん、とっても」
私は黙って頷いた。こんな6才の子が大人に気を遣うなんてと思うと何故か哀しくなった。
けんちゃんにはその晩子供達の部屋だった所に布団を敷いて寝かせた。布団は昼間のうちに干しておいたのでふかふかだったと思う。

わしは坂東貞男。夜中にモモタの吠え声で目が覚めた。わしはステッキを持って鶏小屋に飛んで行った。ところが驚いたことにわしより先に現場に着いていた者がいた。
けんちゃんだ。しかもけんちゃんはあの獰猛なアライグマの首根っこを押さえて捕まえていたんだ。
きょう補強したばかりの鶏小屋の網の下の地面を10cmくらい掘った跡があった。
もちろんモモタの鎖が届かない場所だ。明かりもなんにもない場所でよく素手でアライグマを捕まえたものだと呆れるばかりだ。
だが、山本さんから聞いた話だと、熊ばかりでなく猪や鹿も捕まえてしまうのだからアライグマなどは朝飯前なのだろう。そう思ったとき、自分の考えたことで思わず笑ってしまった。
そうだ。真夜中だけれどもまだ確かに『朝飯前』だと。
ちょうどアライグマ用の箱罠があったので、そこにアライグマを入れてもらって寝ることにした。
朝になったら朝御飯に卵飯を食べた。けんちゃんはおいしいおいしいと言って喜んでいた。
その後で大きな入れ物に水を張って箱罠ごとアライグマを入れ溺れさせた。死んだアライグマは土を掘って埋めた。モモタには彫り返さないように言い聞かせたが、用心のため重い石を上に乗っけてもらった。もちろんけんちゃんに頼んだ。
けんちゃんは200キロくらいの岩を見つけて来て上に乗っけた。
「いらなくなったら言ってね。ぼくが片付けるから」
もちろん言う積りだ。けんちゃん以外にこの岩を運べそうな者は村にはいないからだ。
けんちゃんは沢山の仕事をしてくれた。
その後すぐに丁寧に挨拶をして島田さんの家に向かった。
わしは婆さんに言った。
「はじめは村中で育てるなんてとんでもない考えだと内心思っていたけれど」
婆さんはわしの顔を見て大きく頷いて次の言葉を待った。わしは続けた。
「全く逆で、けんちゃんが村中の役に立っているんじゃないかな」
「そうですね。本当に」
婆さんは全くその通りだと大きくまた頷いた。


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