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作品名:石田村のけんちゃん 作者:晴夢

第7回   7
私は山本真美子52才。主人は山本幸一60才で猟友会の会員です。子供達は都会に出て自立しています。
主人の山本は一昨日の熊事件以来興奮しています。熊を銃を使わずに生け捕りにしたけんちゃんのことです。
熊を射殺して毛皮を剥ぎ、肉を切り分けた作業も昨日までかかりました。うちには北部犬の2頭がいますが、久しぶりに熊の肉が当たって大喜びでした。
主人は熊肉を燻製にしてジャーキーにする積りです。主人の父親の代のように仲間で肉を分け合うことはあまりなくなりました。
特に今回は人食い熊の肉ですから、誰もほしがりません。主人は人を殺しても実際に食べてはいない筈だと言ってますが、村の人達は信じません。
解体して主人は驚いていました。
「全身あちこちの骨がひび割れていたり、折れているんだ。けんちゃんに岩をぶつけられて全身内出血がひどかった。処置が遅ければ肉も食べられなかったろう」
けんちゃんが何故そこまでしたのかというと、熊自身が狂ったように襲いかかって来たからと言うのだ。
痛い目に遭えば大抵の獣は逃げて行く筈なのだが、この熊は動ける限り襲い掛かろうとしたのだと言う。木で作った槍は前足の一振りでへし折られたらしい。
そのため追いかけごっこをしながら、ロープつきの岩を振り回して、主に足を狙って動きを封じたという。
立ち上がった熊の懐に飛び込んで突き飛ばしたり、熊の背中に飛び乗ったり、木に登って逃げたり、追いかけて登って来る熊を飛び降りてやり過ごしたり、200キロもある大型獣相手に何十分も死闘を続けたというのだ。
だから主人に言わせれば6才のけんちゃんは猟師仲間の間でも『英雄』なのだという。むしろ『神』に近い存在だともいう。
主人は畑仕事を休んで朝からけんちゃんを待っていた。私はけんちゃんの分のお弁当を作ってすぐ二人が出かけられるように準備していた。
けんちゃんが来ると早速『害獣駆除』に森に連れていったのだ。
猪の一団が村の畑を食い荒らしているので、けんちゃんの助けを借りて退治するのだという。
くくり罠が効かないずる賢いリーダーがいて、それを捕まえない限り駄目だと言っていた。
だが猟は単独では危険だ。必ずグループで動かなければならない。その危険を冒してまでけんちゃんを連れて行ったのには、余程の信頼があったのだろう。
それに月一回のチャンスを逃がしたくなかったらしい。

俺は山本幸一。人食い熊を生け捕りにしたけんちゃんを連れて『背黒』を捕まえに森に向かった。森は正直俺でも怖い。だが、けんちゃんは森を熟知している。
行方不明の女性たちの死体も見つけたし、人食い熊も見つけて捕まえた。案の定、背中の黒い大きな猪の一団がいる所も知っていると言う。
今回はその『背黒』だけを駆除するという約束で案内してもらうことにした。
背黒は普通の雄の成獣の倍ほどもある大きい奴だ。猟友会で10人ほどで駆除に向かったとき、一人がはね飛ばされて大怪我をしている。
まずどんな速い陸上の短距離選手よりも速い。秒速13mだと言われている。これは100mを8秒で走るということだ。
だが、驚いたことに熊はもっと速い。それよりも1秒以上速い。その熊と追いかけごっこしたというから、けんちゃんは『神』なのだ。
けんちゃんは猪たちの沼田場(ぬたば)と言われる所を知っているのだ。それは沼地で泥がある場所だ。猪はそこでよく泥浴びをするのだ。
「おじさん、これ以上近づくと気づかれるよ」
俺はけんちゃんと相談して風向きを考えながら丘の上から沼地を覗いた。風下で200mも離れているから猟銃の射程距離ではない。動くもの相手だから50mくらい近づきたい。
するとけんちゃんは指をさした。その先に沼田場から少し離れたところに一段と大きな猪が仲間を見守っている。『背黒』だ。
「ぼく……なんとか誘き出してみるよ」
けんちゃんは、そういうと丘を降りて近づいて行った。もう途中から猪たちが騒ぎ出して沼田場から出始める。奴らは鼻が効くから風下から近づいても敏感だ。
すると背黒がけんちゃんに向かって脅しをかけて来た。けんちゃんは逃げる素振りを見せながら、巧みに群れから背黒を引き離そうとした。
俺は連れて来た北部犬のムサシとクロベエを放した。2頭は群れと背黒の間に入り込み吠え立てた。
そしてけんちゃんは背黒を挑発しながら俺の方に逃げて来た。背黒はそれまでは本気でなかったが、犬が吠え出すと最高速度でけんちゃんに向かって行った。
猪が直進しかできないというのは嘘である。カーブもするし、急停止だってできる。方向転換も自在である。だからけんちゃんがいくら速く走っても必ず追いつかれる。
だがけんちゃんは追いつかれそうになると驚異的なジャンプをしてやり過ごす。そしてまた走り出す。そのうち背黒の背中に飛び乗って、背黒をパニックにさせる。
犬たちも追いついてお尻や後ろ足に噛み付く。けんちゃんはまた走り出し、俺の前まで来るとジャンプして飛び越して行った。俺は引き金を引いた。
「ダーン!」
背黒は前につんのめるようにして倒れた。急所に当たったのだ。
ところが俺はとんでもない計算違いをしていた。背黒の奴は体重が150キロもあるのだ。結局けんちゃんに頼んで、担いでもらった。
ムサシもクロベエも俺以外を決して尊敬しない。事実最初はけんちゃんのことを馬鹿にしていたが、この後態度ががらりと変わった。けんちゃんは犬たちから見ても『英雄』か『神』に見えたに違いない。けんちゃんに対して服従の態度を見せるようになったのだ。
結局けんちゃんのお陰で猟は午前中に終わり、家に戻ってから弁当を食べることになった。
家内の真美子はお茶を入れながら、言った。
「今夜はぼたん鍋にしますね。あなた解体もけんちゃんに見せるんですか?」
「当たり前だ。けんちゃんは普通の子供と違うんだ」
俺は昼飯の後、けんちゃんと一緒に解体作業をした。そして自慢の山刀を見せた。
「けんちゃんならこれが一丁あれば熊でも猪でもすぐ殺せるぜ。なに背中に飛び乗って首の血管を切ればすぐ倒せる」
俺がそういうと、けんちゃんは弱弱しく笑って手を振った。
「僕……殺すのは、無理みたいです」
「それでも、藪をはらったり木を削ったり、役に立つから貰ってくれ」
俺がそう言うと、けんちゃんは申し訳なさそうに言った。
「でも、こんなものを持って歩いてたら、村の人が怖がるから」
俺はなるほどと思い、それ以上勧めるのはやめた。
刀長8寸の山刀は鞘をつけて歩いたとしても、物騒に違いないからだ。
けんちゃんは皮を剥いだりするのは離れて見ていたが、肉を切り分けるときは手伝ってくれた。実に胆の太い子供だと思った。
俺はその晩に食べる肉以外は全て熊肉と同じようにジャーキーにすることにした。
そして、まだ作っている途中の熊肉も見せて言った。
「ジャーキーにしたら、けんちゃんに半分権利があるから、食べたくなったらいつでも取りにくるんだよ。食べる分だけあげる。そのほかは家で預かっておくから。
それからこの山刀も俺がここに預かっておくけど、いつでも必要なときは取りに来てくれ。これはけんちゃんの物だから」
その後せがまれてジャーキーの作り方を説明した。時間がかかる料理なので、実演つきではできなかったが、じゅうぶん理解できたと思う。
醤油や酒、砂糖、ニンニクなどで味をつけるところまで見せて明日燻製にするときに見に来るように言った。
午後から山口さんの牧場に鹿が現れたという情報が来た。だが、牧場では銃が使えない。牛が驚いて乳が出なくなるからだ。
そのことを知ってかどうかわからないが、鹿の奴はよく牧場に逃げ込む。そうなるとお手上げだ。それでムサシやクロベエを使って追い出すことにしている。
鹿とか熊は犬よりも速いが、犬には持続力がある。だが、たまに走らせたくらいでは期待できない。せいぜい追い払うくらいなものだろう。
牧場に着くと雄と雌の番と小鹿が1頭いた。豆の新芽や唐黍を食べるのでくくり罠をしかけたり網で作物を囲んだりするのだが、なかなか防げない。
ムサシたちを放したが、鹿は適当にあしらって出て行こうとしない。そのうち雌や小鹿をクロベエが追いかけているのを見て、雄がクロベエを角で追い払った。
「銃は使わないんですか?」
俺が使えない訳を話すとけんちゃんは地面に落ちている手ごろな石を拾って、助走をつけて投げた。
「カーン!」
雄鹿の角に石が当たって、相手はけんちゃんを睨んだ。そしてけんちゃんに向かって突進して来た。相手は100kgはある雄である。しかも熊よりも速い。
俺は銃を構えた。けんちゃんも走り出したが見る見る距離は縮まって行く。俺はいよいよ銃を使わなければ駄目かと引き金に指を当てた。
すると妙な光景を見た。けんちゃんが四つん這いになって走り出したのだ。その様子に雄鹿は一瞬速度が落ちた。そのときけんちゃんが反転して飛び上がり雄鹿の角を両手で掴んだ。
雄鹿はけんちゃんを振り回す。だがけんちゃんは手を離さない。けんちゃんの体はゴム人形のようにフニャフニャ曲がり、体を反らせるといつの間に後ろ向きになって両足で雄鹿の首を挟んでいた。
そして両手は背中を掴み後ろ向きにしがみついていた。雄鹿は飛び跳ねて狂ったようにもがいたが、やがて口から泡を吹いて倒れた。
けんちゃんは鹿から体を離すと、あの小さな体で100kgもある雄鹿を担ぎ上げて、俺の所まで歩いて来た。
「まだ生きているけれど、どうする、おじさん?」
結局足を縛ってそのまま家に持って帰った。もちろんけんちゃんに担いでもらった。100kgなら大人二人でも運ぶのに苦労するからだ。
雌鹿と子鹿が遠く離れたところからついて来るので、けんちゃんは逃がしてやれないかと俺に言ったが、俺は首を横に振った。
「畑を荒らす鹿を助けたら村のみんなに恨まれるから」
その一言でけんちゃんはそれ以上鹿の命乞いをしなかった。村のみんなという言葉には逆らえなかったのだと思う。
だが、けんちゃんのことを考えて俺は翌朝けんちゃんが出て行ってから、山刀で雄鹿を殺して解体した。
けんちゃんお陰で今回はボタンとモミジの両手に花だった。


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