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作品名:石田村のけんちゃん 作者:晴夢

第4回   ハンターのけんちゃん
けんちゃんは思い出していた。
先月の末に坂野のおじさんが言ったこと。
「明日からは、けんちゃんは村の子になる。毎日交代で村の家の一軒一軒に泊まって歩くんだ。
ここにけんちゃんカレンダーがある。これを村の誰かに見せれば何日にはどこに泊まりにいけばいいかわかる。村の人は全員でけんちゃんを育ててくれることになったんだよ。
けんちゃんは泊まる家の手伝いを必ずすること。笑顔ではきはき挨拶してみんなに可愛がってもらうんだよ」
坂野のおじさんはそう言って、けんちゃんを送り出したのだ。

そしてけんちゃんは1日の日に行った清水さんの家のことを思い出した。
清水のおじさんは年取った人で、けんちゃんが家に入ったときに、玄関先でいきなり挨拶の訓練をさせられた。
「そうだ。まず目をしっかりと見て、頭を下げる。声ははっきりと。笑顔の方が良い。」
そうやっていると、おばさんが出て来て「もうそのくらいで良いでしょう」と止めてくれた。
なにしろ家に入るときの挨拶から出るときの挨拶まで教えられたのだから、びっくりした。
「うちが一番最初だから、あの家では何も教えなかった、と言われたくないのでね。
それとこれはこの村の地図だ。どこに誰の家があるか書いてある。誰かに見せれば読み方はわかると思う。
これはわたしらがこの村に5年前に来たとき、作った地図だ。けんちゃんにあげるから、大事に使ってくれ」
「あ……ありがとう」
「ありがとうございます、だよ」
「ありがとうございます」
清水のおじさんは6才のけんちゃんにいきなりこんなことを訊いた。
「生きて行く上で必要な力ってどんな力があるかわかるかい?」
「ええと……よくわかりません」
「生活力と経済力だよ。けんちゃんはそれを身につけなければいけないんだ。
生活力ってね、一人でも食べて行ける力だよ。畑で野菜を育てたり、薪を割ったり、料理をしたり、掃除や洗濯をしたり……そういう生活に必要なことを自分でやれるってこと。
それが生活力だよ。
経済力はお金をかせぐこと。これはまだけんちゃんには難しいけれど、その2つが生きて行く上で必ず必要なんだ。
子供は親に守られているからこの2つの力が弱くても生きていけるけれど、けんちゃんは村のみんなに守られていると言っても、それに甘えちゃいけない。
特に生活力はきちんと身につけよう。そのためにはお世話になる家の人のやり方を良く見て、良いことはどんどん真似するんだ。
けんちゃんは村全部の人から生活力をつけてもらうから、ラッキーなんだよ。じゃあ、さっそくお手伝いをしてもらう。
まず薪割りからだ。それが終わったら薪ストーブに火をつけるのをやってもらう。
なんでも覚えてしまえば慣れてしまうし、簡単になる。そうしたらもっと難しいことでもできてしまう。さあ、がんばろう」
清水さんの家では万事がこんな調子だった。この家では夫婦共に教えることが好きだった。
おばさんは料理の仕方や洗濯や掃除の仕方を教えた。
「掃除のしかたは、その家によって違うかもしれないから、よく聞いてからやるんだよ」
2日目の石崎さんのおじさんも元気なおもしろいおじさんだった。
「一宿一飯の恩義と言ってな、なにかを必ずして返すもんだ。なんでも良いんだ。その家の人が喜ぶことをしてやるといい。
うちか?うちは……浪花節を教えるからそれを覚えろ。良いか? 秋葉路や〜♪花たちばなの茶の香り〜♪ 流れも清き〜♪ 大田川〜♪ ここまでやってみろ」
結局おじさんのようには上手に歌えないので、薪割りをすることにした。
その後、草刈鎌で草を刈るやり方を教わり、藪の草を刈った。石崎のおじさんは感心して言った。
「うむ……、なかなか筋が良い。浪花節の方は見込みがないが、作業の飲み込みが早い」

3日と4日目は同じ家だった。山口さんという家なんだけれどお爺さんお婆さんの家とおじさんとおばさんと男の子2人の家が2軒分あるのだ。
そしてその家は牧場だった。行くと牛小屋の掃除や乳搾りを教えられた。おじさんは刈ってから乾いた牧草をロールにする機械を運転していた。そのロールが牧草地の斜面を転がりだしたので、みんなが騒いだ。
「道路の方に転がって水場に落ちるぞ!」
お爺さんがそう叫んだので、けんちゃんは恐ろしいスピードで牧草ロールを追いかけた。
そして道路に出る直前の牧草ロールを両手で止めたのだ。
牧草ロールは重さ300キロ以上もあるのだそうだ。
それを止めたばかりでなく、斜面を逆に押し上げて行って、転がらないように向きまで変えたので、山口牧場の人は驚いた。
そしてロールを止めてくれたので、損失がなくなったとけんちゃんのことを喜んでくれた。
ここのお婆さんはバターやチーズの作り方を教えてくれた。

それから5日目の佐久間さんの家も6日目の小室さんの家も力仕事を進んでやるようになった。
特に薪割りは大人の男の人よりも速く上手に割れるので、率先してやった。

そしてけんちゃんは9日目の家、森山さんの家に向かっている。
そこには結香(ゆいか)ちゃんという、けんちゃんより1つ年上の女の子がいるのだ。
女の子では自分と一番年が近い子なので、けんちゃんはなんとなく楽しみにしていた。

私は森山結香、7才。小学校2年生。きょうけんちゃんが家に泊まりに来ることになっている。
私たちが朝ごはんを食べ終わったとき、けんちゃんはやって来た。玄関のところで、男の子らしく、てきぱきと挨拶した。
「おはようございます。森山さん、僕けんちゃんです。きょう一日宜しくお願いします。」
お母さんもお父さんもにっこり笑ってけんちゃんを迎えたわ。
けんちゃんが何かお手伝いすることはないかと訊いたので、お母さんは言ったわ。
「いいのよ。あなたが働き者だってことみんなが知っているよ。
でもね、子供はたまに遊ばなきゃ駄目。きょうはお休みだから結香と遊んでね。」
そう言われるとちょっと困った顔をしてけんちゃんは頷いたの。
けんちゃんが他所の家の薪を割ったとか、畑の草取りをしたとか、そういう話は村の中ではすぐ聞こえてくる。
でもお母さんは言ってた。
「大人だってお休みの時があるじゃない。それなのにけんちゃんには休まる時がない。
だから家に来たときは休ませてあげようよ」
私はけんちゃんが来たときに一緒に行ってみたいところがあった。だからけんちゃんを誘ってそこに行くことにした。
「結香ちゃん、どこに行くの?」
けんちゃんが訊いたので私は言った。
「石田っ原だよ。あそこには綺麗な蝶々が飛んでいるんだよ。虫網と虫かごを持って捕まえに行こうよ」
虫網も虫かごも1つしかないけれど、2人で使えば良いと思ってた。
「じゃあ、僕はリュックを背負って行くよ。結香ちゃんは帽子をかぶらないの?」
けんちゃんは野球帽を被ったので、私は麦わら帽子を被った。そして水筒とお菓子を少し持った。
「石田っ原は名前は石田だけれど銀海町の一部なんだってさ」
「へえー……青陸町じゃないのね?」
「本当は昔この山は石田城という山賊の城が建ってたんだ。
山賊といっても大きな戦いに敗れた落ち武者が作ったお城で、山全体が砦のようになっていたんだって。
だから周りを囲むように大きな堀があって、そこを渡るのには吊り橋が一本だけしかなかったんだよ。」
「けんちゃん、どうしてそんなことを知っているの?」
「石崎のおじさんが、石田村の歴史を教えてくれたんだ」
そういえば石田村から石田っ原に行く道路がない。
反対側からなら青陸町に行く太い道路があるけれど、こっちは境目に川が流れていて低い崖を降りて浅瀬を渡って、また低い崖を登らなければ石田っ原には行けない。
でも道路を作ってはいけないことになっているらしい。
川をせき止めて道路を作るのは駄目だけれど、車が通るような橋も作らないことになっていると、いつかお父さんが言ってた。
「どうして通る道がないのだろうね?」
私が聞くとけんちゃんはすらっと答えた。
「銀海の方から攻めて行った武将がいたんだけれど、どうしても石田城を攻めることができなかったんだって。
だからつり橋を焼いて、石田からも銀海の方に来れないようにしたらしいよ。
そして石田っ原は銀海町のものになったんだけれど、名前はそのまま残ったんだって」
「じゃあ、私達の先祖は盗賊だったの?」
「それは違うよ。盗賊だった人たちは大昔に退治されて、その後に移住した人たちが結香ちゃんたちの先祖だと思うよ。
でも長い間の習慣から橋は作らないんだってさ。青陸町も銀海町もどっちとも作りたがらないんだって」
「へーえ、よくわかんないね」
「うん、そうだね」
「あっ」
「えっ、なに?」
私が驚いたのでけんちゃんも私が見る方向を見た。
だって、目の前に山吹色の花がたくさん咲いていて、その花の周りを黄アゲハや黒アゲハが何十頭もひらひら飛んでいるんだもの。
私は叫び声をあげて虫網を振り回したわ。アゲハってふわふわ飛んでいながら、絶対捕まらないのね。
どうしてなのって腹が立つくらいだけれど、捕まりそうで捕まらない!
そしたらけんちゃんが私の名前を呼ぶから振り向いたら、合わせた両手を目の前で開いたの。そしたら黄アゲハと黒アゲハが手の中から飛び出したわ。
「きゃー、なに? けんちゃん手品をしたの?」
「面白かった? また捕まえて見せてあげようか?」
「つ……捕まえて! 逃がすのやめて、捕まえてこの中に入れて!」
私は叫びながら虫かごを高く差し上げた。
そうしたらけんちゃんは蝶の方に歩いて行くと急にジャンプして飛びかかるとあっという間に手で黒アゲハを捕まえた。
そして、また歩いて行くとジャンプして黄アゲハを捕まえた。
「えっ、どうして網を使わないで取れるの?」
私は驚いた。けんちゃんはジャンプするとき、助走なしで軽く高く遠くまで飛んでしまうの。
まるでトランポリンの上で跳ねるようにピョーンって飛ぶ。そしてパッと手を素早く動かすと、もう蝶々を捕まえている。
もっと驚いたのは蝶々を追いかけて行って走って行って、手を使わずに木に登ったときだ。
トーンって木の幹に足をつけたかと思ったら大人の人でも手が届かないような枝の上に乗って立っているの。
真っ直ぐ立った木の幹の上を走ったんだよね。そして蝶々を捕まえたの。
私蝶々が気の毒になったわ。だって、けんちゃんに狙われた蝶々はどんなに逃げても、必ず捕まるんだもの。
「もういいよ、けんちゃん。もう虫かご一杯だから」
すると、けんちゃんは私においでおいでをするから行ってみたら、山椒の木を指さしているの。
「何いったい?」
見ると山椒の葉っぱがあちこちかじられていて、ころころ太った青虫が沢山ついていたの。
「何だろうね?」
けんちゃんが言うので私は、その大きな体を見て言った。
「キャベツにつくモンシロ蝶の青虫よりも大きくて風格があるから、きっとアゲハの幼虫に違いないわ」
するとけんちゃんは葉っぱからはがして5・6匹虫かごに入れてくれた。
「親子は離れ離れにするとかわいそうだから」
けんちゃんがそんなことを言ったので、ちょっと胸が痛くなったわ。けんちゃんにはもう甘えるお父さんもお母さんもいないのだから。
私は喉が渇いたので水筒の水を飲んだ。そしてけんちゃんにも「飲む?」って訊いた。
けんちゃんはリュックから空き瓶に入れた水を出して飲んだ。
私はけんちゃんにチョコのついたビスケットを分けてあげた。するとけんちゃんは豆粒のようなものをリュックから出して2粒くれた。
「なに、これ?」
「梅干の種を割ったら中に入っている実だよ。梅干の種の実……」
食べると不思議な味がした。梅干みたいな味にちょっとアーモンドのような苦い味がして結構良いかもと思った。
私の様子を見て、けんちゃんは何か思いついたように言った。
「結香ちゃんにおいしい物を食べさせてあげる。ちょっと待ってて」
そして地面から石を拾い始めた。ビー玉くらいの小さな石ばかりだ。
そしてそれを次から次へと空中に向かって投げ始めた。いったい何をしているのかわからなかったわ。
でもよく観察してると、けんちゃんはスズメを狙っているのがわかった。
しかも投げた石つぶてが結構スズメに当たっている!
当たるとスズメは気絶し地面に落ちる。
命中してもジタバタして飛んで逃げようとするスズメはけんちゃんが飛びついて手で捕まえた。
そして捕まえたスズメは全部リュックの中の布袋に突っ込んだ。十羽以上捕まえたと思う。
「どうするの? それ」
私が聞くとけんちゃんはにっこり笑って村へ帰り始めた。まだ昼前だ。
村に着くとけんちゃんは私に先に帰っててと言ったので、家に戻った。
お昼になった頃、けんちゃんはおいしい匂いのしたものを持ってきた。
それは串に刺した平べったい肉なの。お醤油の甘いタレが絡めてあってとってもおいしい。
「おいしいね、どうしたのこれ?」
「さっき取ったスズメ。石崎のおじさんに焼き鳥にしてもらった。それで一羽分だよ」
「えっ? そうなの」
結局けんちゃんは石崎さんに半分やるかわりに、残りの半分を焼き鳥にしてもらったらしい。
私とお父さんやお母さんに2つずつ当たった。
お昼はソーメンだったのでちょうどよかった。
私はけんちゃんが石つぶてだけでスズメを取るなんてすごいなと思った。
「羽をむしったり作ったりするの手伝ったから、今度僕だけで作れるよ」
「でも、タレは作れないだろう」
お父さんがそう言うと、けんちゃんはけろっとして言った。
「大丈夫、お砂糖と醤油を同じだけ混ぜて煮ればできあがりだよ」
「そうか、じゃあ今度作ってもらおうかな?」
「うん……いや、はい」
午後からけんちゃんはじっとしてるのが嫌らしく、薪割りをし出した。
お母さんが薪割り用のマサカリをわざと隠したので、何で割ってるかと思ったら手斧で軽くパキンパキンと割っていた。
太い切り株のような丸太を手斧だけで、竹でも割るように軽く割ってしまうのだ。
これにはお父さんも驚いた。お父さんも挑戦してみたが、ちょっと手斧の刃が突き刺さるだけで、びくともしない。
「けんちゃんは本当に怪力だね。でもその力は村の人以外に見せちゃ駄目だよ」
そういうとお父さんは笑って畑に行ってしまった。
私は不思議なので、けんちゃんの腕に触ってみた。でも別に力瘤も出ないし、太さもむしろ私より腕が細いくらいだ。触ると筋肉のところがゼリーのように柔らかい。
私達の筋肉とどこか違う。それにけんちゃんはお母さんに似たというけれど、とっても体が柔らかい。
体を丸めるとアルマジロみたいにまんまるいボールのようになってしまうの。
後ろに反ってブリッジをしても簡単に踵に頭をつけてしまう。
力が強いし、蝶を手づかみできるくらいすばしこいし、体もゴム人間みたいに柔らかい。
けんちゃんって本当に超人だなって思った。
次の日、学校にアゲハと幼虫を持っていったら、アゲハが大人気だった。
でも、先生が幼虫を図鑑で調べたら蛾の幼虫だってわかったの。
私腹が立ったから、家に帰ってから鶏に投げてやった。鶏は喜んで幼虫をぱくぱく食べていたわ。
けんちゃんの会った時さすがにそのことは話さなかった。親子でなくても一緒にさせてあげればよかったのにって、言われそうだから。


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