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作品名:石田村のけんちゃん 作者:晴夢

第2回   サーカスの子
僕は坂野茂樹小学3年だ。僕の家に秘密のカタマリが来たのは去年のことだった。僕も村の人も犬も猫も道端の草もその秘密は守らなければならない。
そのカタマリの名前はけんちゃんだ。『けん』と呼び捨てはいけない。『けん』と『ちゃん』で1セットになってるんだ。苗字はない。家もない。
でも寝泊りするところはある。それが今までは僕の家だった。けれど今度から村中の家に一晩ずつ泊まることになった。
僕の家はくじ引きで毎月7日に泊まる。家が29軒あるから、30日と31日はどこでも好きな所に泊まれる。僕はそんなのずるいと思った。だいいち毎日色々な家に泊まれるなんて楽しそうだ。僕や弟の尚樹だってやってみたい。
けんちゃんは尚樹と同じ6才だ。でも家にいたときはいつも黙り込んでいて陰気臭い奴だった。夜中に急に泣き出したり、急にいなくなってしまったり、手のかかるところもあった。
この村の子供では3番目の年長者なのに自覚が足りないっていうか、正直気にいらない奴だった。
だけど3日の日に山口さんの家に泊まったとき、3才の和志と1才の信也と仲良く遊んでくれたという。和志がそう言っていた。
4日の日の山口さんの爺ちゃん婆ちゃんの家に行ったときも、すごく良い子で助かると言ってた。
それで結香と尚樹と僕の3人で聞き込みをしたところ、けんちゃんは1日の日からとっても良い子で手伝いをしっかりしてるって言うんだ。
家にいたときはぼんやりめそめそして、家の手伝いを少しもしたことがない奴だったのに……。
だから5日の佐久間さんも6日の小室さんも、けんちゃんのことをとってもほめてるんだ。
きょうは家に来る予定だけれど、僕も尚樹も学校に行かなければいけないから、顔を合わせられない。15キロ離れた青陸小学校までバス通学なんだ。けんちゃんは学校に行かなくても良いから,本当にずるいと思う。
帰りのバスの中で石田村でたった3人の小学生が話をしていた。最年長者の僕は3年生。森山結香ちゃんは2年生、弟の尚樹は1年生だ。結香は言った。
「私んちには明後日来るんだよ。明日は沙希ちゃんたちのとこだし」
僕は言った。
「なんか聞いた話だと、今まで家にいたときとだいぶ様子が違うらしいんだ」
「それはね、きっと……」
結香は考え込むように言った。
「緊張しているせいだと思うよ。だって初めて泊まるところばっかだもん」
「そうか。それじゃあ、家に来たら慣れてるから元通りになってるかもな」
僕はそれで少し安心した。だって、急に人が変わったみたいにされたらやりづらいからだ。

だけど僕と尚樹が戻ると何か家の雰囲気が違ってた。まず庭が綺麗になっていた。新しい薪がきちんと積んであったし、庭の雑草が一本残らず無くなっていた。父ちゃんと母ちゃんは畑仕事で忙しいから、こんなに綺麗にすることは滅多にないんだ。
だけど家の中をいくら捜しても、けんちゃんの姿が見えない。その代わり庭の大きな栗の木の上に変なものがぶら下がっていた。
「兄ちゃん、あれ何だろう?」
尚樹が見つけて僕に聞いた。僕は前に本かなんかで見たことがあった。枝から布をぶら下げてその中で寝る道具だ。
だが、随分高い所にある。あそこまで登ることのできる子は石田村にはいない。じゃあ、大人がつけたのか? でも父ちゃんがあんなものをぶら下げる訳がない。第一父ちゃんは太っているからあんなところまで登れない。
とにかく僕らは畑に出た。父ちゃんと母ちゃんはジャガイモを植えていた。でも、けんちゃんの姿は見えない。尚樹が聞いた。
「父ちゃん、けんちゃん来た?」
父ちゃんは畝を切った跡に肥料を蒔いていた。
「ああ、尚樹たちが出た後、来たぞ」
母ちゃんは種芋を植えていた。
「薪割って、庭の草取ってくれたよ。あの子働くようになったから驚いたよ」
今度は僕が聞いた。
「で、今どこにいるの?」
母ちゃんは首に巻いた手ぬぐいで額の汗を拭った。
「石崎さんらと竹の子採りに行ったよ。約束してたって」
「石崎さんっていったら2日の当番じゃないか。きょうは家の当番なのに」
「あら、いいじゃないの。採って来た竹の子は家でみんなと食べるって言ってたから」
母ちゃんは笑った。だけれど僕はきょうは7日なんだからけんちゃんはここにいるべきだと思って、なんとなく面白くなかった。
それに竹の子採りは今年はまだ行ってないので、僕も行きたかった。というか先を越された気がして口惜しかった。虫食いとか細いのを採ってきてがっかりすれば良いのにと思った。
その後で僕の家が採りに行って、太くて柔らかいのを採って来るんだ。僕は尚樹よりも小さいときから竹の子採りには父ちゃんや母ちゃんと一緒に行って、子供用のリュック一杯採って来る名人なんだ。茹でた後の皮むきだって上手だし、けんちゃんなんかよりずっと慣れてるんだ。そう思っていると、父ちゃんが言った。
「そんなとこに突っ立ってないで、長靴履いて来い。芋に土かぶせてくれ」
僕と尚樹は長靴を取りに走った。

私は坂野昌。息子の茂樹や尚樹が慌てて駆けて来た。
「父ちゃん、けんちゃんが!」「けんちゃんが南京袋2つを持って来た」
私が声のする方を見るとパンパンに膨らんだ南京袋を2つ荒縄で縛ったものを頭の上に載せてけんちゃんが歩いてくるではないか?
南京袋は昔南京米を60キロ入れた袋だ。それに採った竹の子をびっしり詰めて、2袋も重ねて頭に載せて歩いて来たのだ。大人の力持ちでも運べない物を身長115cm体重20キロのけんちゃんが軽々と運んでくるのだ。
それにどうやればあれだけの竹の子を採れるというのだ。出かけた時間から考えて今までいたとしても、超ベテランの大人の2倍から3倍近く採っている。私は妻のノブと顔を見合わせた。そしてけんちゃんに言った。
「こんなに家では食べられないし、処理するのも大変だからご近所に配ってもいいかな?けんちゃんが採って来たと言って配れば、みんな喜ぶと思うんだ」
けんちゃんは、鈴を転がしたような声で言った。
「うん。じゃあ、そうするよ」
それから私たちは家族総出で、南京袋の中身を地面に空けて、仕分けした。そして妻と相談して、村の中でも竹の子を自分では採れなくなったようなお年寄りを選んで配達することにした。
するとその配達をけんちゃんが自分でやると言い出した。そして自分の持ち物から石田村の手書き地図を出して場所を聞きながら印をつけた。
「おじさん、この印をつけたところに配れば良いんだね?」
「そうだけど、この手書き地図はどうしたんだい?」
「清水のおじさんがくれたんだよ」
それは1日の当番の家だった。石田村に来てから5年目くらいの夫婦で、退職後うつり住んで来た人たちだ。自分たちが覚える為に書いたものを譲ってくれたのだろう。
けんちゃんはどの順番で配って歩けば良いのかを聞いた後、配る竹の子を南京袋1つに詰めてひょいと頭の上に載せると、走り出した。自分の体重の倍以上もある竹の子を担いで走ったのだ。
私は勿論のことだが茂樹も尚樹も驚いて一言も言わなかった。妻のノブだけが亡くなった母親の美保さんから聞いていたらしく、ただにこにこしてその様子を見送っていた。
私達は山菜を煮るための大鍋を出した。薪ストーブの上に載せて湯を沸かしながら、竹の子に切れ目を入れる。なにせまだ相当量の竹の子が残っていたので、家族全員でその作業をしないと間に合わないのだ。
そこへ石崎さん夫婦が来た。諭さんと登美子さんだ。けんちゃんのことを話しに来てくれたのだ。
「竹の子の採り方を教えたら、コツを覚えてからが速かったな。竹藪を歩くのも速いし、見つけるのも速い。
太い根曲がり竹を軽く分けながらすいすいとただ歩いてるだけに見えたんだ。ところが背中に南京袋を結わえてひきずりながら、両手を物凄いスピードで動かして採って歩くんだ。
目が物凄く良い。手も恐ろしく速い。あっという間に南京袋一杯にして、今度はもう一つの袋を持って奥の方に採りに行ったらしい。
あの奥の方は迷うと出て来れなくなるから、慣れた者でも迷ってしまうんだが、どういう訳か地形に詳しいんだ。それで平気でわしらのとこに戻って来た。まだ、わしらが半分も採ってないうちにな。」
そんな話をしているうちにけんちゃんが戻って来た。小1時間しか経ってないのに、石田村の端から端を駆け巡って来たらしい。
「家にいないとこもあったから、玄関に置いてきたよ」
そういうとみんなのしてることを黙って見てから、自分も真似しだした。始めはゆっくりやってこれで良いかと聞きながらやっていたが、そのうちだんだん手早くなって目にも止まらぬスピードになっていった。
そうなるとみんな手を休めてけんちゃんの仕事ぶりを見物し始めた。左手に竹の子を一掴みつかむと、右手の小刀でスパッスパッと切る。すると10秒間に15〜18本くらい切れ目を入れてしまうのだ。1分間で100本近くもこなすのでまさしく神業に等しい。
諭さんも首を傾げて見ている。
「南京袋を2つも担ぎ上げる力といい、このスピードといい、並みの人間じゃない。天狗の子みたいなもんだ」
その後茹でて皮むきをするときも、けんちゃんは驚異的スピードで皮を剥いた。諭さんははっとすると言った。
「いけねえ、まだ家も処理してなかったんだった」
そして慌てて夫婦で帰って行った。

僕は尚樹だ。竹の子の皮むきが終わった後、母ちゃんが瓶詰めを作っている最中にも、けんちゃんは母ちゃんから離れずに黙ってやり方を見ている。
僕はけんちゃんのそばに言って聞いた。
「栗の木にぶら下がっているのは何?けんちゃんがつけたの?」
けんちゃんはこっくりと頷いた。
「あれ、ハンモックって言うんだ。山口さんちに泊まったとき布団がないから、あれを天井に吊るして寝たんだ」
「あれ、貰ったの?」
「というより、貸してもらってるんだ」
「でも、家にはけんちゃんの寝る布団あるよ」
「うん。でもハンモックで寝る練習したくって」
「どうして?」
「それは……」
けんちゃんは困った顔をした。で、僕を離れた所に呼んで耳打ちした。
「これ、秘密だよ。30日と31日に好きな所に泊まれるって言われてるから、そのときに森に泊まりに行くんだ。食べ物とか飲み物を持ってね」
「森って、撞輿(つっこし)の森のこと?」
「うん」
僕はびっくりした。撞輿の森といえば、竹の子を採りに行く撞輿岳の奥の奥だからだ。そこは大昔姥捨て山だったとか自殺する人が迷い込んだとか、死んだ人の幽霊がさ迷っているとか言われてて、だあれも近づかないところなんだ。
「しー!」
僕が何か言おうとしたら、けんちゃんは人差し指を僕の口の前に立てて黙らせた。
僕はそれ以上何も言えなかった。けんちゃんはまた母ちゃんのところに戻って瓶詰めの見物を続けた。
それから茂樹兄ちゃんが来た。栗の木のハンモックを指さして僕に聞いた。
「あれ、けんちゃんがやったのか?」
「うん。そう言ってた」
「下から2番目の枝までなら僕らでも登れるけど、3番目の枝は2mも離れているから大人でも無理だろう? でもあれは下から4番目の枝にぶら下がっている。どうやったんだ? 長い梯子使ったのかな」
それで二人でけんちゃんのところに行って聞いてみることにした。けんちゃんは、やってみせると言って登り始めた。
下から2番目の枝に乗ったけんちゃんは、そこで一回しゃがんでからジャンプしたんだ。そして斜め前の上に飛んで3番目の枝の上に足で着地した。それから幹に抱きつくと両手両足で上に登って、反対側についている4番目の枝に行き、葉っぱの陰に隠れた思ったら、ハンモックの所に飛び移っていた。
僕たちはびっくりした。まるでテレビで見た空中サーカスのようだ。それからまた幹を抱えて3番目の枝に戻るとそこからいきなり地面に飛び降りた。3番目の枝から地面までは2階から飛び降りるくらいの高さなんだ。
「真似しちゃ駄目だよ」
そう言ったのは母ちゃんだった。いつの間にか後ろに立っていたんだ。
「これは絶対秘密だけど、けんちゃんはサーカスにいたんだから、普通の子供と違うんだからね」
僕はけんちゃんの新しい秘密を聞いてしまって、びっくりしたんだ。
その日は夕食の竹の子ご飯を食べてから、子供部屋に行き、しばらくけんちゃんとおしゃべりした。
それによると、けんちゃんが以前家にいたときから撞輿の森には時々行っていたという。幽霊が出るというから、父ちゃんや母ちゃんの幽霊に会いたくて行ったんだそうだ。
でも、幽霊は出なかった。それは明るいうちには幽霊が出ないからだ。それで、今度泊りがけで行き、夜の森で幽霊に会いに行きたいのだと言った。
「怖くないのかい? 」
茂樹兄ちゃんが聞くとけんちゃんは丸い目をくるっと廻してから言った。
「少し怖いけど、幽霊に会いたい気持の方が強いから、勝ってしまうんだ」
それから兄ちゃんとけんちゃんの言い合いみたいのが始まった。
「夜露が降りたら体が濡れるぞ」
「木の葉っぱの下だと露が降りないし、いちおうシートをかけて寝るから」
「熊が出るぞ。熊は木に登るんだ」
「一度山奥で会ったけど、僕の方が早く登れた」
「だけど追い詰められたらどうすんだ?」
「大丈夫。飛び降りて違う木に登る。そのうち諦めるから」
「なんか危ないな。死んだらどうするんだ?」
「死んだら、父ちゃんや母ちゃんに会えるから、それもいいかも」
「ばかやろう!」
兄ちゃんがけんちゃんにビンタを出した。ビンタって掌で頬っぺたを叩くことだ。兄ちゃんのビンタはとっても痛い。一度されたときは涙が出てきた。でもけんちゃんは兄ちゃんのビンタを手で受けるとトンと兄ちゃんを押した。
そしたら兄ちゃんの体が後ろに飛んで部屋の壁に背中をぶつけて倒れた。けんちゃんはそのまま外に飛び出した。僕は兄ちゃんのところに行って体を起こしてあげた。兄ちゃんは背中が痛いって泣いている。
父ちゃんと母ちゃんは僕たちから話を聞いて、けんちゃんを捜した。そして栗の木の上のハンモックにいることがわかった。
父ちゃんも母ちゃんも降りて来るようにいったけれど、けんちゃんは降りたくないと言った。
しかたなしに父ちゃんも母ちゃんもそっとしておくことにした。その晩はとうとうけんちゃんは木の上から降りて来なかった。


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