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作品名:石田村のけんちゃん 作者:晴夢

第17回   けんちゃんの秘密
遠藤幸雄70才です。こっちが妻の奈津、年は18才です。
はははは。半世紀ほどサバを読みました。
あんたたちが魚住家の人たちかい。ときどき聞かされていたよ、けんちゃんからね。
銀海にちょっと知り合いができたってね。
ありゃ何年前だったかな? 
石田村会館をわしらが建てたとき、けんちゃんは廃屋から柱材を何本も持って来るんだよ。
でも、やがて結構新しい木材が大量に届いたときは驚いたね。
坂野さんに聞くと、けんちゃんの後援者が寄付してくれたんだそうだ。
それは誰かと聞いても坂野さんは決して言わなかった。
でもわしは察しがついたね。坂野さんの所に見慣れない若い人がときどき来るんだ。
そして少し家の中で話しこんだ後、帰って行く。
その人間はいつも同じではないが、だいたい2人の人間が代わりばんこに来ていたようだった。
礼儀が正しくって、村の者とすれ違っても目礼して行くんだが、話しかけても決して素性は明かさなかった。
わしの睨んだところ、あの男達は素人じゃないね。
役人とかサラリーマンとか教師とか商売人とか、それぞれ匂いみたいなものがあるだろう?
あの男達は人相も悪くないし、ことさら大人しく振舞っていたが、筋者の匂いがしたんだ。
それも今流行の暴力団とかじゃなくて、ほら清水次郎長なんかに出て来る侠客とかいう類の人間だよ。
そうなると、近江の夫婦が土砂崩れで死んだときに現れた二人連れのやくざ者と関係あると睨んだね。
後から来た品のないやくざ者連中とは全く違った二人だったな。
ちょうどあの二人と同じ匂いがしたんだ。
狡さのない、一本気な、義理と人情に厚い……ほらそういう昔気質の、そういう匂いだよ。
あの二人は近江一家を守るために来たような気がするんだ。
近江夫妻が死んだとわかって、坂野さんに黙って見舞金を渡したって言うじゃないか。
そして暗に二人をすぐ火葬して3人分の墓を建てるように教えてくれたんだ。
墓を建てる費用はその見舞金で賄えたし、村のみんなでけんちゃんを大事に守るようにほのめかしてくれたのもあの親分だ。
だから、わしはわかったよ。あの親分の子分さんが交代でけんちゃんの様子を聞きに来てくれてるんだってね。
だが、坂野さんは決して村の皆にはそのことを言わなかった。
例の男たちのことについては昔の知り合いが尋ねて来ている、としか言わなかった。
だからけんちゃんが村を去ることになって、あの親分たちが来たとき……、坂野さんは村人の前で演技していたように思えた。
実は、けんちゃんがもうこの村を出た方が良いと判断したのは坂野さんではなかったのかなって。
あのときは、相手の新岡という親分が判断してけんちゃんを連れて行くって話しだったが、二人は事前に相談してそういう風に取り決めたのじゃないかなって思ったよ。
最もこのことは誰にも黙っていてほしい。坂野さんがそう決めたということになったら皆は恨めしく思うだろうからね。
坂野さんは石田村が砦だったときにかなり位の高い家柄だったというので、あの若さで村長をしてもらってる。
ああ、今は自治会長という名前だけれどね。まあ、村長であり、殿様筋みたいなものさ。
だから村人ががっかりするようなことを自分から言い出すようなシナリオは避けたんだと思うんだ。
まあ、これはあくまでもわしの憶測だけれどね。殆どは当たっていると思うよ。
けんちゃんが今頃どこにいるかわからないけれど、きっとあの親分さんなら悪いようにはしないと思うよ。
それにけんちゃんは、この村に素晴らしいものを残して行ってくれた。
それはね、村の人間がけんちゃんを通して1つにまとまったってことさ。
けんちゃんは村の一人ひとりと家族として付き合ってくれたし、村人たち同士も家族のように近しくなるように骨を折ってくれた。
だから今まで村人が個人個人バラバラに持っていたものが村全体の財産になって行ったんだ。
中島さんとこのコーンスープ、作り方をみんなに教えてくれたのはけんちゃんだ。
何のことはない。スィート・コーンに牛乳を加えてミキサーにかけて暖めるだけなんだけれど、それがわかってみんな作るようになった。
東条さんの蜂蜜はなかなか手に入らない物だったが、けんちゃんが自分の巣箱を増やして行ってみんなに分けてくれるようになったから、みんなも蜂蜜を食べられるようになった。
だから立花さんのようにカボチャに牛乳と蜂蜜を加えて煮込む料理を考える人も出てきたし、それもけんちゃんが村全体に広めた。
すごいのはけんちゃんの説得で鹿糠(かぬか)さんが会館で豆腐作りの講習会をしてくれたことだ。
けんちゃんはそういう講習会もどんどん提案してくれた。あの小さな子供がだよ。
おかげで若井さんの駄洒落も松本さんのカレー雑炊も宇佐美さんのトマト・ソースも村全体の財産になったんだ。
さっきから食べ物のことばかり言っているように聞こえるかもしれないけれど、食文化は村の生活の基本だよ。
それを通じてみんなが心を1つにしていけるんだと思う。
けんちゃんはそういう力を持っていたんだと思うよ。
だからけんちゃんが出て行くってことになったとき、みんな自分の子がいなくなるような寂しさと悲しさに襲われたものさ。
でも結局けんちゃんのためにそれが必要だって自分たちに言い聞かせて納得したのさ。
だから、あなたたち魚住家の人たちがどんなに寂しいかよくわかるよ。
そうか、あなたたちもけんちゃんに石田村の文化を教わったんだね。
あなたたちは立派な石田村の村民だ。十分にその資格があると思うよ。
それじゃあ、また遊びに来て下さい。

ああ、行ってしまったな。そう、確かにあなたたちは村人と同じようなものだ。
でも村人が知っていて、あなたたちが知らないことが1つだけある。
けんちゃんの名前は「兼」とお墓に刻まれているけど、読み方は『けん』ではなく、『かね』と言うんだ。
そうさ、あの子は女の子なのさ。
でも、正体を隠すために男の子として育って来たんだ。
魚住家の人たちには男の子としてお付き合いして来た。
それには訳があるんだ。
村以外の人に言ってはいけないことになっていたから、それだけは言えなかったってことだ。
それは村の秘密だから、決してけんちゃんが女の子だということは口にしてはいけないタブーだったんだ。
これは村の子供達も守って来たことだ。
村の中で生活する者は、犬でも猫でも道端の石ころでも、そのことを口にしてはいけない。
これは村の大人も子供も必ず守って行くことなんだ。
最も犬猫や石は口を利けないけれどね。
だから、魚住さんたち、あなたたちにはこのことは教える訳にはいかないんだ。
すまないね。
ああ、もう見えなくなってしまったね。
本当にすまん。


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