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作品名:石田村のけんちゃん 作者:晴夢

第15回   相撲大会
俺、佐々木松雄。けんちゃんと同い年だけど、けんちゃんには助けられているんだ。
柏木の沙希とバドミントンやっていたとき、羽根がスズメバチの巣に当たってね。
それで物凄い数のスズメバチが飛び出して来て、俺たちに襲い掛かってきたんだ。
もう死ぬかと思ったよ。そしたらちょうどそこにけんちゃんが来て、二人の持っていたラケットを両手に持って、スズメバチを叩き落してくれたのさ。
俺と沙希は地面に伏せていて、けんちゃんは風の音をビュンビュン言わせて振り回していた。
するとバッシュッビッシッて叩き潰す音がして、地面はハチの死骸で一杯になった。
最後にけんちゃんは袋を持ってきて、木の上の巣をすっぽりその中に入れて、残っているハチを水に漬けて溺れさせたんだ。
ラケットを振って空中のハチを殺すなんて思いつかなかったけど、けんちゃんのお陰で俺も沙希も助かったんだ。
助けられたのは俺たちだけじゃない。青陸町役場のおじさんが国勢調査に村まで来たとき、熊が現れたんだ。
そのとき役場のおじさんが襲われてね。けんちゃんが助けたんだよ。
けんちゃんに岩をぶつけられて熊がひるんだところを山本さんが鉄砲で仕留めた。
だからそのおじさんにとって命の恩人ってことになるんだ。
だからけんちゃんのことをしつこく聞こうとしなかったんだ。
それからまだあるよ。
銀海の方から山菜採りに来たお婆さんがお腹が痛くて苦しんでいるとき、けんちゃんは背負子に乗せて銀海の病院まで走って運んでやったこともあったらしい。
それ以来けんちゃんは『天狗の子』だって町のみんなに騒がれたんだ。町の子の魚住君ならそのことは良く知っているだろう?
けれども同じ町でも青陸町の祭りのことは知らないだろう?
あれは俺が4年生のときだったけれど、その頃はけんちゃんはおれ達の餓鬼大将みたいな存在だったから、みんなで青陸町の祭りに行こうってことになったんだ。
もちろんけんちゃんが行くことは村の大人たちにも秘密だった。
人前で姿を見せてはいけないとしつこく言われてたけんちゃんだったけれど、祭りの相撲大会の景品が欲しくってこっそりついて来たんだ。
あのときはけんちゃんはおれ達のグループにこっそり入り込んで、飛び入りの子供の相撲大会に参加したんだ。
景品は5人抜きでノート2冊と鉛筆のセット。10人抜きでインスタントラーメン10個が当たるんだ。
俺達は4年生の部で出たけれど、同じ部の者は戦わなくて良いから、けんちゃんとやりあうことはなかった。
けんちゃんは5人抜きでも10人抜きでもあっという間に勝って、青陸小学校4年の進藤修って超デブの子も簡単に負かしてしまったんだ。
その超デブには兄弟がいて6年生と中学3年にその何倍も大きいデブ兄貴たちがいるんだ。
それで進藤進って6年生の兄貴が小学生チャンピオンになるために下級生の優勝者に胸を貸すことになった。
もちろん6年生が一番強いに決まっているんだけれど、けんちゃんがその常識をひっくり返してしまったんだ。
立ち会った途端、けんちゃんが進の腕を掴んで前に引っ張ったもんだから、進は両手を土につけてしまい、あっと言う間に負けてしまった。
けんちゃんはそういう奇襲作戦みたいな形ばかりとって勝っていた。
まともにやっても絶対強いのに、すばしこさで勝っているように見せかけたんだ。
小学校チャンピオンの賞品の米5キロを貰うと嬉しそうにしてけんちゃんは石田に戻ろうとした。
すると、祭りの役員のおじさんに呼び止められた。
「君、石田村の子かい?名前はなんて言うの?この後中学校チャンピオンの胸を借りて子供チャンピオンを決めてくれないかね」
けんちゃんは口から出任せに『森野健一』とか言って、石田村の親戚に遊びに来た広国市の小学生だと言った。
そしてもし中学生チャンピオンに勝ったら賞品が貰えるのかと聞いていた。
役員のおじさんは笑ってこう言った。
「ああ、勿論。子供チャンピオンには米10キロが貰えるよ。但し、もし勝ったらの話しだけどね」
ところが、その『もし』が本当に起こったんだ。
中学校チャンピオンは進藤高って言うデブの兄貴だった。中学生なのに100キロもありそうな体で、どう見ても勝てそうな相手には見えなかったと思う。
試合が始まるとけんちゃんは横に飛んで土俵の中を逃げ回った。
追いかけているうちにけんちゃんに背後に廻られた高は送り出されて負けてしまった。
それがあんまりふいをつかれたあっけない負けだったんで、高はすごく口惜しがった。
ところがそれで終わりじゃなかったんだ。その次に青年部の相撲があって、高校生以上の成人前の相撲大会もあったんだ。それが終わるのを待たされると筋肉隆々の大山という男の人と相撲を取らせられることになったんだ。
俺らはいつけんちゃんの怪力がばれるのかとヒヤヒヤしながら見ていた。
ところが青年の部に優勝すると米が30キロ貰えると聞いて、けんちゃんは辞退する気持ちなんかさらさらないんだ。
大山って大きな青年チャンピオンはけんちゃんの小ささを見て、緊張感なく笑った。
「おい坊主。どんな手でこの俺を倒す気なんだい?」
ところが立会い直後、大山の横をすり抜けざま、片足の膝の裏を蹴ってカックンとあせたんだ。
大山はバランスを崩して膝をついてしまったよ。これにはみんな驚いたんだ。
それで大人の部の本物の草相撲の横綱とも立ち合わせようということになった。
それには米一俵が賞品についていたので、けんちゃんは断らなかった。
ただけんちゃんはTシャツに半ズボンの上から簡単にマワシをつけているだけだったので、服を脱いでちゃんとマワシをつけて欲しいと言われた。
でもけんちゃんは首を横に振った。けんちゃんは身長130cmくらいで体重も30キロくらいだったから、150キロもある横綱と比べると体重が5分の1くらいだったんだ。
横綱は大人の相撲が始まる前にけんちゃんに胸を貸すことになった。
これには黒山の人だかりって言うの? 沢山人が集まって来たよ。
するとけんちゃんは立ち合い直後、横綱の片足を掴んで持ち上げてそのまま土俵の外に押し出してしまったんだ。
でも、見ていた人は横綱がわざと負けてやったと思って、ただ笑っているだけだった。
役員も賞品の米俵を指さして笑いながら言った。
「君一人で持って行けるのなら、あげるよ」
米俵って60キロあるんだけれど、そんなのけんちゃんからすれば俺たちがランドセル背負うのと大した変わりがない。
予め南京袋に入れた5キロ・10キロ・20キロの米と一緒に米俵をひょいと頭の上に載せると合計100キロ近い米を運んで走って逃げて行ったんだ。
俺たち石田村の子供達は役員に捕まって、けんちゃんのことを聞かれたけれど、みんな口裏を合わせて、あんな子は知らないって言ったんだ。
「村に遊びに来た親戚の子じゃないのか?」
「違うよ。ここで初めて会って、おれ達の仲間に入れてくれって無理矢理頼まれたんだ。見たここともないよ、あんな子」
すると沙希が作り話をして大人たちを驚かせた。
「あのね、町外れの鳥居から出て来たのを見たわ。そのときお尻に尻尾をつけていたよ」
この沙希の大法螺が青陸町の人たちを慌てさせた。お祭りは八幡神社だったが、町外れにあったのは稲荷神社だった。
八幡神社の祭りに夢中になって稲荷様を疎かにした為に怒って相撲大会に出て来たんだということになったんだ。
それで町の役員たちがお供えを持って稲荷神社に宥めに行ったみたいだった。
俺達はさっさと帰って来たよ。ボロが出ないうちに姿を消した方がいいものね。
次の日にけんちゃんはみんなに大きなおにぎりを作って食べさせてくれたよ。


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