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作品名:石田村のけんちゃん 作者:晴夢

第14回   ごろつき
わしら夫婦は、よくけんちゃんのことを知っているとも。
菊池のおじさんおばさんってよく懐いてくれたもんさ。
そうだね、あの子が7才のときの暮れに石田村会館が完成した。
同時にけんちゃんの棲家もできあがったって訳だよ。
確かに当番制も楽しかった。わしら夫婦のところに毎月18日になると泊まりに来て、それが十数回も繰り返されたんだからなあ。
けれど当のけんちゃんからすれば、盥回しみたいなもんだし、腰を落ち着ける暇もなかったと思う。
会館には屋根裏部屋があって、そこがけんちゃんの本拠地だ。
噂によると森にも秘密の基地があるらしいが、冬には使えないと思う。
ここなら1年中腰を落ち着けるから大したもんだ。
会館には調理場もあるし、大きな薪ストーブもある。
会館の裏にはけんちゃんが割った薪が山積みになっている。
電気も引いたから冷蔵庫もある。それと大きな物置もある。
けんちゃんは今頃の季節になると、大根抜きを手伝って廻って、不細工な大根を貰って来るんだ。
ほら、肌がぶつぶつしたのや、二股三股に分かれているのや、小さいのや大きすぎるのや、割れたのや穴が開いたの、虫食いなど色々あるだろう。
それを自分で洗って会館の裏手に建てた干し場に全部干すんだ。
そしてタクアンを漬けるというから驚きだね。タクアンを漬けるのは確か8才くらいから始めたみたいだ。
梶さんや鈴木さんはおいしいタクアンを漬けるから、きっとその辺りから習ったんだと思う。
そうやって漬けたタクアンを宇佐美さんや松本さんのように自分で漬けることができない家に持って行くんだそうだ。
いくら不細工なタクアンでも切って食べる段になると、おいしいもんだ。
とにかくそういう漬物がどんどん増えて行ったんだ。
わしらの得意な赤カブの千枚漬けも、鈴木さんのタイ菜の粕味噌漬けもいつの間にか自分でも漬けるようになって、寄り合いのときに出してくれたりするんだ。
もっともそういうのは、ちゃんとそれに見合ったお金を払うようにしている。
ここでお金を使うことは殆どないけれど、けんちゃんは貯め込んで数えたりするのが好きだったらしいな。
けんちゃんは寄り合いのときには屋根裏に引っ込んで物音1つ立てない。
ときどき自分のことも話題になるんだけれど、決して首を突っ込んでこない。
だからわしらはそういう時、けんちゃんがいることすら忘れてしまうことがある。

そうそうそんなときだったか、道に迷った旅行客が来てね。会館に一泊させてやったことがある。
わしらは他所の人間をそんなに冷たくはしない。
で、迷った訳を聞いたんだ。
その人たちは銀海町に行くのに車でここまで入って来たんだ。
ところが車で銀海に行くには、青陸町のもっと向こうまで戻って幹線道路に出なければならない。
でもその人達は地図を見てここが近道だと思って入って来たんだ。
ところがご存知のように、銀海にはここから車では行けない。
川を渡る橋がないからだ。
そのときはもう暗くなっていたので、会館に泊まって行くように勧めたんだ。
わしら村の者が集まって、少しだけお酒を一緒に飲んでから寝る時間になったんで置いて来た。
翌朝、その人達は言ったよ。『座敷わらしが出た』ってね。
わしら笑いたいのを堪えて驚いた振りをしたね。
恐らくけんちゃんが夜中に用足しに起きて降りて来たところを見たんだと思う。
「そういえば、そんな話も聞いたことがあります。座敷わらしが会館や村を守っているってね。よくまあ、見ることができましたね」
とまあ、わしらはそうやって誤魔化した訳さ。
ところがその人達は、ほら旅行記みたいな物を書いて雑誌に載せるようなことをしてたんだね。
何かの雑誌にその話を載せたもんだから、石田村の人間が旅人に親切で、おまけに村の会館には座敷わらしが出るってことまで広まってしまった。
そして、その影響からか、変な連中がやって来たんだ。
女を3人連れた中年の男が神様だって自分のことを名乗ってるのさ。
女は神様を大事に扱っているもんだから、わしらも一応丁寧に接した。
すると神様は言った。
「この村は旅人に親切にしているから、神の慈悲で救いの言葉を伝えに来た。
ぜひ村の者を集めてほしい。特に悩んでいる者たちを救ってやらねばならん」
わしらは会館の入り口の小部屋に待たされて、一人ずつ大広間に呼び出され『お告げ』を聞かされることになった。
ところがみんな感激して戻って来る。自分の悩みをぴたりと当てられたから本物の神様だって言うんだ。
そしてその悩みが解決するためにはお布施を後で出さなければならないと言っていた。
お布施は多ければ多いほど良い方向に運が開けると神様が言ってるそうだ。
お布施とはお金のことで、特に貯めてばかりいて使わないお金は運を悪くするので手放した方が良いということだった。
みんなはそれを本気で信じた。そして家に取りに戻る者も現れた。
ところでけんちゃんの屋根裏部屋には窓があって、そこから屋根に出ることも出来るし、もちろん屋根から飛び降りることも、けんちゃんには朝飯前なんだ。
そのけんちゃんがどうやら屋根から降りて来たらしく、会館の入り口に姿を現した。
そして村のみんなを手招きするので、そこにいた何人かは立ち上がってけんちゃんの所に行ったんだ。
そしてなにやら耳打ちされると、聞いた者はびっくりしていた。
わしも何事かと思って聞きに行くと、けんちゃんは笑いながら耳打ちするんだ。
「あのね。あのおじさんの手品の種わかったよ。天井から見ていたんだ」
けんちゃんの観察によると、助手の3人の女たちが、巧みに村人から情報を聞き出して神様に教えているのだという。
本人から聞かずに他の者から聞いて神様に教えるのだ。村人なら狭い社会に生きている為、一人ひとりの情報は詳しく知っているのだ。
けんちゃんは、最初から手品だと思っていたらしく、種を見破ったことが嬉しくて教えてくれたんだが、わしらとしてはインチキ神様に騙されるところだったんで、やたらと腹が立った。
そして全員のお告げが終わって、お布施を出す時間になったとき、みんなで神様を外に引きずり出して牛糞を投げつけてやったんだ。
さすがに女達3人には手を出さなかったが、4人とも大慌てで逃げて行ったよ。
ところがその神様ってのがただの詐欺師じゃなくて、とんでもない奴だったのさ。
何日か経ってからごろつきを7人も送りこんで来たんだ。
わしら村の者全員を罰当たりだと言って、成敗に来たって言うんだ。
腹にサラシを巻いてドスをちらつかせた男達が村の者を集めて、男たちを殴り始めた。
わしも殴られたよ。歯が2本折れたくらいだ。特に若い男はひどく殴られた。
山本さんは鉄砲を持ち出そうとしたが、坂野さんに止められて、やっぱり殴られていた。
奴らは年寄りも遠慮なく殴って、若井さんなんかは腹を殴られて気絶したくらいだ。
そして酒や食べ物を会館に用意させて、村の女に酌をさせろと言ったんだ。
村には若い娘なんていない。
坂野の奥さんが40前で森山さんが30過ぎで柏木の敦っちゃんが20代前半だと思うが、みんな人妻で子供もいる。
みんなけんちゃんだったら、なんとかしてくれるかもしれないと変なことを考えていた。
そのときはけんちゃんは9才くらいだったけれど、大人が束になってかかっても敵わないくらい強かったから。
でも、村の外の者にその本当の力を見せることは禁じられていたので、けんちゃんもどこかで見ていたけれど手を出せずにいたんだ。
すると会館の中から男達の怒鳴り声が聞こえて、急にけんちゃんが飛び出して来たんだ。
けんちゃんを追いかけて出て来た男達は顔や頭を押さえて血相を変えて追いかけている。
どうやら男達の口走っている内容から察するとけんちゃんは奴らに石をぶつけたらしい。
けんちゃんの石つぶては飛んでいる鳥も落とすほどだから、全員顔や頭に食らったのは間違いない。
けんちゃんは森に向かって逃げて行った。けれどもけんちゃんは本気を出せば誰も追いつけないほど速いのに、わざと転んだり、びっこをひいたりしてようやく逃げている振りをしたんだ。
親鳥が巣に近づく敵から雛を遠ざけるために、羽根を傷めた振りをして誘き出すのと同じことをやっているんだ。
「あの餓鬼をぶっ殺せ」「ただじゃおかねえ」「どこの餓鬼だ」
けれど村のみんなは口を揃えて、あんな子は見たことがない、どこからか迷い込んだ浮浪児だろうと言った。
中には諦めかけて引き返そうとする者もいたが、そういう場合はけんちゃんが石をぶつけて再び怒らせるようにした。
というのはわしらも何人か様子を見る為、後をつけていたからわかるのだ。
だが奴らが森に引き込まれた時は、わしらはそこで引き上げた。
あの森はマタギの山本さんですら自由には歩けない場所だからだ。
しばらくするとけんちゃんは村に戻って来たが、奴らのことは話そうとしなかった。
坂野さんが無理矢理聞きだした話によると、けんちゃんは奴らを森の奥深くまで案内するとさっさと帰って来たのだそうだ。
そして、多分彼らは自力では戻れないだろう、と言ったそうな。
その後坂野さんは捜索隊を出そうかとか、警察に届出しようかとか言ったが、誰も賛成しなかった。
坂野さん自身も殴られていたので、強くは主張しなかった。
そして村としては当分の間は何も行動しないことにした。
それから1週間ほど経ってから、けんちゃんの案内で森に行ったわしらは衰弱した奴らを保護した。
奴らは村の皆に平謝りに謝って泣き崩れた。ごろつきでも余程身に染みたと見える。
だが後で聞いた話によると、奴らが死なないように水場の近くに導いたのはけんちゃんだったし、山犬や熊に殺されないように、ときどき見回ったのもけんちゃんだったそうだ。
奴らは坂野さんに誓約書を書かされ、村人全員に謝ってから村を出た。
誓約書の内容は、二度と村に来ないこと、そしてけんちゃんのことは口外しないことだった。
けんちゃんはあくまで村とは関係ない子だが、そのことを口にすると災いが起きると暗に彼らを脅したんだ。
生死の境をさ迷っていた彼らにとって、二度と関わりたくないことでもあったので全員承諾した。
この話はこれで終わりだ。
けんちゃんは、その気になればあいつらを山犬の餌食にすることもできたんだが、敢えてそうしなかったのは、あの子の優しい心根のお陰だ。
ところであんたたち魚住家の人たちが初めて村の祭りに来たとき、あんまりわしらのことに詳しいもんだから、例の神様の回し者かと思ったよ。はははは。


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