その晩のことだった。坂野さんはまた臨時の寄り合いを開いた。 「石田村会館の要望は以前にもありました。でも予算面のこととか人手の関係で実現できないでいました。 今回けんちゃんがそのことを言い出したのです。 そしてその一角を自分の部屋にしたいとも。皆さんはこのことをどう思いますか」 坂野さんの問いかけに若井老人が話しました。 「けんちゃんが村の子として全家庭を泊まり歩くのは、それなりに意味があったと思う。 けれどもそろそろ当番制を考え直す時期が来たと思うんだなあ。 けんちゃんにはけんちゃんの居場所が必要だと思うんだ。 当番の日にはわしも含めて皆待ち構えたように仕事を頼むだろう。 はっきり言うと居候に歩いて皆にこき使われているのが現状だ。 それでも立場上文句も言えない。 けんちゃんが仕事をしているとき、ときどき歌を歌っているのを知っているかい? やりきれない気持ちを歌うことで支えている。わしにはそう思えて仕方ないんだ。 会館は村にとっても必要だ。 予算面が心配なら廃屋になった所の材を使って再利用でやろうじゃないか。 この村の人間なら大工っ気が多少あるから、遠藤さんや森谷さんのような大工経験者に頭(かしら)になってもらえば、案外できるんじゃないか? それに一番の働き手はけんちゃんだよ。 太い柱材でも割り箸を持つくらい簡単に運んでしまうからね」 若井老人の言葉に反対を唱える者は一人もいなかった。 そして、当番制は明日から少しずつ崩して行こうということになったのだ。 つまり寝泊りと食事はさせるが、作業は免除しようと言うことになったのだ。 けんちゃんも会館作りに専念してほしいから、各家庭の雑用は自分たちでするように確認し合った。 だから実質的に当番制は、私の家で最後になったと言って良いのだ。 こうして石田村の会館作りはスタートを切ったのだった。
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