20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:石田村のけんちゃん 作者:晴夢

第12回   「お菓子のおばさん」その2
午後から田舎饅頭を作りながら、けんちゃんに聞いてみた。
「けんちゃんはこの1年、月末はどこの家に泊まってたんだい?」
けんちゃんは少し黙っていたが、やがて口を開いた。
「森だよ。雪が積もってないときはね。それ以外は子供のいる家かな」
「森って寝泊りできるのかい?」
「できないことはないよ。寒くなったらさすがに無理だけれど」
「どうして森なんかに?」
「はじめはお父さんやお母さんの幽霊に会いたくて。でも幾ら待っても現れなかった。
そのうちに動物と仲良くなって、動物に会いたくて行くようになっちゃった」
「熊や鹿とも仲良くなったのかい」
「うん、熊も鹿もはじめは憎らしかったけれど、だんだん可愛くなってしまったんだ」
「それじゃあ、マタギの山本さんのお手伝いしたくないでしょう?」
「あっ、山本さんはマタギじゃないよ。猟友会だよ。」
そう言った後、けんちゃんはちょっと顔をそむけ上を見上げてからこっちを向いて言った。
「山本さんには、畑を荒らしに来る動物を捕まえるときだけ手伝うようにしてるんだ。
山本さんは動物を殺すけれど、それも仕方がないんだ。
山本さんも食べなきゃいけないから。
だから僕は森の動物たちには言うんだ。畑に来るなって。来たら僕は敵になるって」
私は厳しい自然界の掟みたいなものをけんちゃんが守っているような気がした。
私はもう一つ聞きたいことがあった。
「子供達が近江のお墓の前で歌を歌ってるって噂を聞いたんだけれど、知ってるかい?」
「ああ、あれは僕が始めたんだ。
トマトのおばさんにお経は難しいから、歌でも歌ってあげると良いって教えてもらったから。
だってほら、幽霊に会えないなら、仏さんを拝むしかないでしょう?
それで僕、トマトのおばさんがいつもやってるお経を教えてほしいって頼んだの」
トマトのおばさんと言うのは宇佐美千恵美さんのことだ。
私とは同級生でずっと独身だ。確か28日の当番の筈だ。私は言った。
「なるほどね。それでお墓の前で歌ってるところを他の子供達が聞いて、真似して歌うようになったのかい? でも何故みんな小さい声で歌うんだい?」
「お父さんやお母さんのお墓の前で大きな声を出したら、僕の正体を知られてしまうかもしれないから、内緒話のような声で歌うことにしたの。
そうしたら他の子たちが、僕が怪しまれることのないように、同じように小さな囁き声で歌うようになったんだよ。
真似したんじゃなくてカモフラージュで歌ってくれたの。僕が目立たないようにね」
私は、子供達が道を歩きながらでも、囁くような小声で歌っているのも聞いたことがあった。
そういう歌い方は、元気一杯に歌う子供らしい歌い方ではないけれども、なにかとても優しい心に染みる歌い方だと思った。
「みんな、僕と同じように近江のお墓の前で歌うようにして、それがいつの間にか習慣になってしまったんだよ。あ、皮が破けちゃった。これ難しいね」
田舎饅頭を握るのは普通の大人でも難しい。
ところどころ皮に穴が開いて餡子が透けて見えるようにするためか、皮の生地の量が少ないので、薄く延ばして餡を包む作業が一苦労なのだ。
私は最後にけんちゃんに聞いてみた。
「けんちゃんの夢は何? いつか叶えたいことってあるかな」
するとけんちゃんは目をきらきらさせて話しだした。
「僕、会館を作ってそこに住みたいんだ。
ほら松本さんとかトマトのおばさんみたいな一人で住んでる人とか、村の人が集まれるところを作るんだよ。
そこで料理を作って食べたり、お茶を飲んでお喋りしたり、村の寄り合いに使ったりするの。
1軒に1人ずつじゃなくて村の人全員集まっても座れるような広い場所だよ。
そこに集まって歌を歌ったり踊ったりできる場所なんだよ。
そこのちょっと上に天井の梁の上に床板をほんの少しはって貰えれば、そこが僕の部屋になる。
僕は梯子を使わずに登れるから、誰も僕の部屋までは来ない。
僕はいつもそこに住んでいて、集まって来る人たちと一緒にお喋りしたりするんだ。
それから僕に仕事を頼みたい人はそこに来れば僕に会える。
そういう村の会館みたいなものがあれば、僕は嬉しいな。そこが僕の家にもなるから」
私はけんちゃんの夢を聞いて、7才の子供にしては現実的で具体的なことに驚いた。
そして早速このことを坂野さんに伝えた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 3149