けんちゃんは今、干した南蛮を切っている。 軍手を履いてマスクをして赤南蛮を輪切りにしている。 匂いが辛いのと、素手だと辛味が手につくからだ。 「黄色い南蛮や赤黒い南蛮は混ぜないでね。それは捨ててしまうから」 私が言うとけんちゃんは手をとめて、『どうして?もったいないのに』とでも言うように不思議そうに顔を向けた。 私は色の悪い南蛮を試しに切ってみるように言った。すると中からは黒いカビと一緒に変色した種が出て来た。 「色が悪いということは中が腐っているということなんだよ」 「それじゃあ、中も確かめずにミキサーにかけて粉南蛮にしたら大変だね」 「誰かそれをやった人がいるのかい? 誰だい、その間抜けさんは」 するとけんちゃんは指を口の前に一本立てた。 「言えないよ。悪口になるから。でもその人にはぼく、今日中に教えとかなきゃ。それを食べたら駄目だよって」 「偉いね。けんちゃんは絶対告げ口はしない。きっと私の失敗も秘密にしてくれてるんだろうね」 「お菓子のおばさんは失敗なんかしたことないじゃない」 けんちゃんが『お菓子のおばさん』と呼んでいる私は徳成ハマ、64才。 夫の幸一は1つ上で65才。私は村では料理名人で通っている。 と言っても、狭い田舎の村での団栗の背比べの結果であることには変わりない。 いちおう得意なのはお菓子作りだ。洋菓子から和菓子何でも作る。 ここは蜂蜜も卵も牛乳も良質なものが手に入るから洋菓子も作れる。 だが、カステラだけは未だに作れない。 けんちゃんがここに来るようになってから1年以上経つ。 力仕事が得意な割には細かな手仕事も熱心にする。 特にこの子は料理の才能があると思う。私はなるべくけんちゃんを使って、料理を作らせるようにしている。 ところで私は特に料理を専門に習った訳ではない。町で行われる講習会などになるべく顔を出して覚えたり、料理の本を見て作ったり、食べ歩いておしかったものを自分でも作ってみて覚えていったのだ。 「きょうはナスビの甘辛炒めを教えてあげる」 この村でナスビの料理といえば、焼きナス・天ぷら・油炒めくらいなものだから、私は色々な応用を教えることにしている。 ナスビのヘタを取って縦に切ってから横に切って少し手ごろなサイズにする。フライパンにナスビと水を入れて蓋をして煮る。 ナスビが十分に水を吸ったら湯を切って、油を入れフライパンを振って炒める。 少し焦げ目がついたらピーマンを一口サイズに切ったものを加えて、また炒める。 そして醤油と酢と砂糖と輪切り南蛮を混ぜたものを加えてからめる。 全体にタレがからまったらできあがりだ。 特にけんちゃんは力が強いのでフライパンを振るのが上手だ。 「ナスビを素揚げしてから湯をかけて油抜きをするのが正式だけれど、これだと油が倹約されるから簡単にできるんだよ。 本当は下味をつけた鶏の腿肉を竜田揚げにしたものを一緒に絡めると更においしいんだけれどね」 できたものを味見しながらけんちゃんは言った。 「実はこの間、教えてもらったカボチャのクリーム煮を清水さんに作ってあげたらとっても喜んでいたよ。 カボチャを牛乳と蜂蜜で煮るだけなんだけれどあんなにおいしくなるなんてって大人気だったよ」 「そうかい。そうやって自分でも覚えたものは人に教えても構わないよ。 村全体がおいしいもので一杯になるのには反対しないからね」 「他にナスビの料理ってある?」 「マーボナスは今度教えるよ。それとナスの田舎煮かな。けれども来月だと旬が過ぎるから来年だね」 「そんなこと言わないでよ。非番の日にも来るからすぐ教えてね、お菓子のおばさん」 「お菓子で思い出したよ。午後には田舎饅頭の作り方をやるよ」 「うん」 けんちゃんは目を輝かせた。けんちゃんは耳学問でなんでもよく覚える。 だが、実はメモを取っていることが最近わかった。 メモと言ってもチンプンカンプンな落書きのようなもので、けんちゃんだけが読める謎の符丁だ。 学校で字を習わない分、対抗して自分で考え出したのだろうか?
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