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作品名:『探偵』やらされてます 作者:いさき奈那

第1回   1

「先生、今月は依頼があまり無いですね」
「何よりだ」
「依頼が無いって事は収入が無いって事ですよ?」
「困ってない、変な依頼があるよりよっぽどマシだ」
「変って、どの辺がです?」
「お前が受けてくる依頼は仕事じゃねえ、あれは子ども相談のレベルだ」
「失礼ですね、楽しかったじゃないですか」

頬を膨らませて文句を言う。怒りたいのはこちらだ。訳の分からない依頼ばかり
受けてきやがって。
一番最近の依頼主は小学生。空き地で野球をした翌日、ホームベースがなくなって
しまったというものだ。空き地は殆ど遊具がなく、ブランコ・滑り台があるだけで
あとは雑草が覆い茂っていたり、土が掘り返されていたり、木の枝や石ころで
如何にも子どもが描きました。と言わんばかりの絵が沢山描かれているくらいだ。
おかしなところは何も無い。野球をした当日は、風が強くなってきたからそのままにして家に帰ったらしい。ホームベースは誰も持っていかないだろうと置き去りにした。
で、翌日遊びに行ったら消えていた。という物だった。

「先生だって少しは不思議に思ったでしょう?」
「全然」
「一見何も無かったじゃないですか、ミステリーじゃないですか」
「お前はそう思っただけだろう、私には直ぐに分かった」
「もう、謎って事を楽しむのが良いんじゃ無いですか」
「あのな、ちょっと土を退かしただけで出てきたじゃないか、あれのどこが
謎で、楽しめる程難しい問題だよ」

子ども達が遊んでいたという辺りの土は線が何本か走っていた。それはとても歪では
あったが、野球のベースを繋ぐ線だと直ぐに分かった。二本の線が繋がるところに
ホームベースがあるのは、そんなに頭を使わなくても分かる。

「お前のそのミステリー好きは勘弁して欲しいものだ」
「世の中はミステリーだらけですよ先生、ボクが此処に辿り着けたのだっていわば
ミステリー」
「それを言うなら偶然とか奇跡とか運命と言った方がちょっとは賢く見えるぞ」
「もう、失礼です、これでもそれなりに頭は良いんですからね」
「頭脳がある=賢い、という訳じゃない、お前を見てるとそれを痛感する」
「・・・珈琲を淹れて来ます」

再びリスの様に頬を膨らませると、キッチンへと入っていく。
 確かに、あいつが此処に来たのはある意味ミステリーだ。私は所謂探偵をやっているが、別に生活が掛かっている訳ではない。この事務所も自宅だし、両親は鬼籍に入っていて生きている内にかなりな蓄えがあった。兄弟もない私はその財産を一人で受け取った。家も金もある。生活には困っていない。だから探偵もやっているというか、
何でも屋の様に隣近所での何かを請け負っているに過ぎない。
看板だって掲げていない。それなのに、あいつは此処に辿り着いた。そして勝手に
住み着き『助手』に買って出たのだ。
 何もしていないに等しいのに、助手などと無駄な労力だ。そして何よりあのミステリー好きは手に負えない。珍しい事件?と騒いでは依頼と称して引き受けてくるのだ。
勿論、一銭の稼ぎにもならない事が殆どだ。
私の事を『先生』と呼び、身の回りの事をしてくれる。それだけならまだ良いのだが。
何しろ私は生活には困らないが、生活力という物は皆無だ。だが料理が出来なくても、
洗濯が出来なくても、掃除が出来なくても生きてはいける。何しろ、財産はある。
最初はあいつも財産目当てかと思ったのだが、それは違うらしい。給料も殆ど払えない
(払う気も無いのだが)中でも、必要以上に金品を要求はして来ない。まぁ食事等、
生活に掛かった費用は請求をしてくるが。

「先生、珈琲入りましたよ」

 キッチンから戻って来た助手は、お盆を持ちその上にカップが二つと砂糖・牛乳が
入った小壺がある。いや、生クリームかも知れない。

「お前は甘党だよな」
「先生と違ってブラックは飲めないので」

 そういうと、私の所に一つカップを置き、残りはテーブルの上に置いて自分の
珈琲にこれでもかとそれらを入れて嬉々としてスプーンで混ぜ、ふうふうと息を
吹きかけて飲む。甘党で、猫舌なのだ。
 この奇妙な助手の所為で、私は探偵という肩書きの仕事をしている。
私は何もしないが、こいつがチラシを配ったりそれなりに大きな看板を手作りで
玄関先に掲げてくれやがった所為で、たまーにまともな依頼も舞い込んでくる。
まぁこのご時世、探偵なんて頼まなくても、きっとどうにかなるだろうに。
一口珈琲を飲む。こいつは口は煩いし変な趣味を持ってはいるが、珈琲を淹れる事も
料理、掃除、洗濯一通りこなせる。全く持って、こんな所で何をしてるんだろうと
いった感じだ。












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