僕はゆっくりと前へ進んだ。薄暗くひんやりとしていたのが一変、強い日差し、それによってこんなに高くまで伝わってくる熱気が僕を襲う。おそらく熱気の原因はそれだけではないだろう。視界の端で周囲を見渡す。アッズの試合にしてはこの日はたくさん観客がいた。ぐるっと大勢の人が取り囲んでいて、そのほとんどの視線が僕の目の前からだんだんと近づいてる対戦相手に注がれていた。 ミーセは同じ衣装を身に纏い、銀色のバンダナが僕から見て右側へ流れている。右手には剣を、左手には大きな盾を持っている。剣は一般のものに比べるとやや細身で、先端にゆくにつれ少し反った形をしている。軽くて使い勝手の良さそうな代物だった。盾はそんな剣とは対照的にものものしくて、彼女の身体をほとんど隠せるほどの大きさだった。薄くしてあるはずだが、それでも重量はかなりあるに違いない。おそらく盾にベルトのようなものが付いていて、それで左腕を固定して極力負担を和らげているのだろう。 僕とミーセはお互いの距離が3トーメナ〈メートル〉の位置で静止した。その横にいるジューディ〈審判〉がその様子を見て、ピストルを持った片腕を上げた。僕は目をつむって合図を待つ。それがいつもの癖だった。その方がいいスタートを切れるからだ。 喧騒の中、僕の耳に鋭い音が突き刺さった。アンロ〈トリエーレの試合の正式名称〉の始まりだ。 目を開いて、僕は相手の姿をしっかりと見据えた。ミーセは身体を縮込ませ、大きな盾にその姿をすっぽりと隠した。僕は構わず盾に向かって一回切り上げた。金属と金属が悲鳴を上げる。僕はすばやく手首を返し、そのまま斬りかかる。今度は音とともに火花が散る。僕は少し後方へ移動し、間合いを取った。彼女の身体は依然として見えなかった。次に高度を上げ、彼女の上から二回鋭い突きを繰り出した。彼女は落ち着いて盾の角度を変え、僕との間にそれを垂直に構えて、一番衝撃が少なくなるように盾の真ん中でしっかりと受け止めた。 僕はひるまず飛びまわり、様々な方向から突きや斬りを繰り出した。彼女は一つ一つ冷静に受け止める。ミーセはその間一度も攻撃をすることはなかった。彼女は一瞬のチャンスを狙っている。僕もそんなことは彼女の盾を見たときから考えていたから、決して隙を見せないように感情を抑えていた。 焦ってはいけない。 気を緩めてはいけない。 それこそ相手の思うつぼだった。盾を使う者の戦い方と言ってもいい。
かなりの時間僕は盾を斬りつけていた。今までのどの試合よりも長かった。集中力はまだ切れていなかったが、かなり疲れていたのは確かだった。いや、そう考えること自体が集中力が下がっている証拠かもしれない。しかし相手の疲労はそれ以上のもののはずだ。確かに盾があることで攻撃をしっかりと受け止められるが、重量が増える分小回りは効かないので、受け損なったら大きな隙が生じ、それこそ一転危機に瀕する。盾を使うなら一つ一つきちんと対処しなければならない。そしてそれに伴う神経の減りも著しい。 それからさらに長い間僕は盾と戦っていた。観客はいつまでも変わらない戦況に飽きてきて、次第に騒がしさが増していった。僕はそろそろ決着を着けようと思っていた。見物人のためではなく、相手は僕以上に疲労の色が濃いはずだから今なら自分の方に歩があるはずだと考えたからだ。このまま相手の気をすり減らして決定的な瞬間を待つのも手かもしれないが、それよりも前に僕の方にミスが出る可能性もある。 真正面に向かい合っている状態から、背中の力を抜いて、僕はほんの少し下方へ落ちた。その様子を察知して、ミーセは対処するために盾をほんの少しだけ下へ向けた。 それは自分の頭の中でイメージしていた通りだった。死角になった一瞬に僕は大きく羽を一回羽ばたかせ、上向きの力を得て、そして彼女の頭上が見下ろせるところまで一気に上がった。下を向こうとしていた彼女の頭が慌てて上がった。 彼女と目があった。 その瞬間には僕は次の動作に移っていた。もう一度羽を動かして今後はやや下方への力を生じさせる。身体を一本の棒のようにまっすぐ伸ばし、前転のように半回転して、ぐるりと相手の背後に回り込む。頭を地に、足を空へ向けた状態で上下左右が逆になってしまったが、今僕の目の前には相手の腰の辺りが無防備に見える。とどめを刺すには十分だった。僕は縮めていた腕を大きく振り払って彼女の背中を斬りつけようとした。その時になってようやく彼女は身体をこちらへひねらせようとしていたが、全て遅かった。僕の剣先は今にも彼女の背中に接しようとしていた。 でもその時、頭の中に悲鳴が聞こえた。 女性の声だった。 今まで聞いてきたどの音よりも鋭く耳を貫いた。 これは誰の声だろう? その次の瞬間、胸の辺りに熱い線が走った。いつの間にか彼女はこちらに向き直っていた。彼女の剣を見ると先が赤く染まっている。彼女はいつ反転したのだろう? それに僕は彼女の背を深く斬りつけたはずなのにどうして彼女は生きているのだろう? そこで僕の意識はなくなってしまった。
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