彼女は二人掛けのベンチの左側で背筋をまっすぐに伸ばして座っている。 僕が彼女の横から近づくと、彼女はぼんやりとした視線を僕の方へ向けた。 真っ黒のワンピースが印象的だった。ショートカットのヘアスタイルであったが、活発的な印象は薄くどこかの令嬢といった感じだった。そうであればこの時間に、ここにいる理由がいくらかわかる。 「……なにか?」 僕がただかける言葉がなく立ちつくしていると、向こうから尋ねてきた。 「……いや。こんな時間に僕くらいの年の子がいるのが珍しく思って」 僕は少し緊張気味だった。ナイトに男性が多いため女の子に慣れていないというよりも、目の前の子が持つ独特の雰囲気に呑まれていた。 「……それで?他には?」 「他には……とくに。君は僕が来て珍しく思わなかったの?」 ナイトといってもこんな子供たちの遊び場に来る人は滅多にいないはずである。 「珍しいと思うよりもびっくりした。……まさかカムとこんな形で話すことになるなんて」 僕は一瞬自分の耳を疑った。「カム」という僕のノーメ〈それぞれのナイトに与えられる呼び名〉を目の前のおしとやかな女の子が知っていたからだ。 「……どうして?」 「どうしてあなたのノーメを知っているか? ノーメは訓練生からナイトになったときに与えられる一人前の証だものね。最近ナイトになったあなたのノーメを知っている人はまずいない。自分で言いふらさない限り」 目の前の女の子は可笑しそうに口元を緩めている。僕の反応が面白かったみたいだ。 「でもノーメで呼ばれることがあるでしょ? 試合が始まる前に司会者が呼んでいるのよ。もっともフィールドへと飛びだす出口で待機している選手にはほとんど聞こえないけど」 「君もナイトなの?」 ナイトに関する彼女の知識から僕は試しに聞いてみた。 「……そうよ。一番下のアッズ、あなたと同じクラッセよ」 僕はとても驚いた。女性のナイトもいない訳ではないが、目の前の彼女からまったくそのような気配を感じなかったからだ。同じナイトであれば大体はわかると思っていた。それはオーラというか、発するものが違うからだ。でも目の前の女の子から何も感じなかった。ただ一つ違う点といったら、やけに落ち着いているところだろうか。 「でも、アッズといっても1万人はざらにいるのに、どうして僕の名前を覚えているの?」 「……私が思っていたよりも大分違うのね。もっとあなたは鋭い人だと思っていたのに、こうして話してみると普通の男の子と変わらないのね。いや、そう演じているだけなのかしら」 彼女は小首を傾ける仕草をした。 「どうしてあなたの名前を知っているか? ……そんなの簡単じゃない。あなたのことを一目置いているからよ。あなたにはそういった自覚はないの?」 「自覚って?」 「自分が人よりもすぐれているといった自覚よ。あなたの腕はアッズの中では一際飛びぬけているわ」 「そんなことないよ。僕はまだまだ駆け出しだし」 「そう。それが一番気に入らない。私は自分の試合がない日も毎回アッズの試合を観戦しているから、1万人もいるアッズのナイトを一通り見ているわ。あなたを発見したのはつい最近。でもその腕前はとても素人ものではないわ」 彼女の目は僕を睨みつけるかのように厳しいものになっていた。 「あなたは一体何者? ……訓練所出身ではないことはわかっているわ。経歴を調べたし、それにあそこで練習してもそこまでの腕にはならないでしょうし」 彼女の言いたいことが一通り終わったみたいだ。僕は言葉を慎重に選ぶ。 「……確かに僕は訓練所には入らなかった。師匠がいてその人に鍛え上げられた。……それ以上詳しいことは言えない」 「……そう。まあ、ナイトになる人はいろいろな事情がある人が多いから、それ以上は聞かないわ」 彼女は軽く息を吐いた。 「あなたと戦える日を楽しみに待ってるわ。勝ち進めばいずれあたる確率も高くなるでしょうし」 彼女はベンチから立ち上がると翼を大きく広げ、身体を浮かした。真っ白な羽がまるで空気と調和するように舞っている。軽やかな舞いだった。 「待って。……君のノーメを教えてくれる?」 彼女は僕の方を見るために、ゆっくりと顔を下に向けた。 「……ミーセよ」
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