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作品名:アンジエロ 作者:七藤四季

第4回   ネロの試合
 僕はアンフィテアートゥロ〈闘技場〉の近くへ来ていた。この日は最高位のクラッセ〈階級〉であるネロの試合がある日だ。
 アッズである僕たちの試合に比べると人の数は桁違いで、直径200トーメナ〈メートル〉あるアンフィの席はいっぱいになる。一周ぐるっとある「座り見席」はどこも埋まり、飛びながらでもいいから見たいという人がフィールドを覆い尽くす。日が遮られないように「飛び見席」は高さ150トーメナの規制があるが、それも第一戦が始まる前には無秩序な集まりと化す。
 僕が着いたのは、ほとんど始まる瞬間だったから、座り見は当然無理だった。飛び見はかろうじて隙間が開いていたので羽をはばたかせて空へ飛んだ。地上ではしっかりゲートとゲート員がいるが、空中ではゲートはない。しかしさすがに無料では見ることはできない。アンフィから少し離れたアーリオ〈アンフィの係員〉に料金を払ってからではないと近づけない。
 僕はアーリオの近くに行き、腰につけている獣の皮でできたポーチから無造作に1レウ硬化を10枚取り出した。それを係員が受け取ると同時に鋭いピストルの音が響いた。この日の試合の始まりだ。観客のボルテージはすでに最高潮に達している。ネロの試合の盛り上がり方は尋常ではない。トリエーレ〈戦士〉が一回攻撃するだけで場内はどよめき、必死の応援が飛び交う。高度な技術の連続で魅了されるのもそうだが、ネロの一つ下のロッソからトリエーレのどちらが勝つか賭けができるのも観客を盛り上がらせる要因だった。
 人と人のわずかな隙間から僕は少し見下ろすかたちで試合を見た。
 第一回戦は、槍対槍の戦いだった。地上から100トーメナの高さでお互い長い棒を自分の腕のように巧みに扱い、また流れるように攻撃と防御を繰り返している。両者の区別のために頭に巻かれた金色と銀色のバンダナもまたきれいに舞っていた。腕はほぼ互角のように見えたが、体格差はかなりありそうだ。金色のバンダナの方は1.8トーメナと成人男性の平均ほどですらりとしていたが、もう一方の銀色の方は1.6トーメナほどしかなく丸っこい。しかし小さい方は自分よりもはるかに長い槍をしなやかに振り回していた。普通は長槍といっても自分の身長よりも頭一つ分長いものが長さの限界とされているが、2トーメナは優にありそうなそれを小男は使っていた。低身長の彼にとっておそらくそれが生き残る道だったのだろう。でも強度を捨てどんなに軽量化を図っても、自分よりも長い槍を振り回すのはものすごく体力を使う。
 3モル〈分〉ほど立ち、小さい方の動きがわずかに鈍くなったのが見て取れた。他の観客は全然気づいてない様子だったが、僕はそれを見てもうすぐ勝負がつきそうだと思った。
 そして、僕の予感はすぐに当たった。大きな身体の男の突きを小さな男が受け損じ、態勢が悪くなった。それを立て直そうとした瞬間、大男の方が鋭い突きを出した。小男は避け切れず、槍は右肩に突き刺さった。観客が悲鳴とも歓喜とも似つかない声を発する。銀色の小男が反撃をしようと槍を引いて相手のど真ん中を突き破ろうとしたが、あっさりと大男はかわして、肩に突きさした槍を今度は相手の心臓に目掛けて、思いきり突き出した。小男の身体がびくんと軽くはねて、そして次の瞬間には胸に槍が刺さったまま落下していった。
 少しして大歓声が起こった。僕のところから直接は見えなかったけれど、それは男が地面に落下したことを意味していた。地面に接触した時点でそのトリエーレの負けである。地面に相手を落とすには、相手が飛んでいられなくなるほどの大きなダメージを与えるか、相手の命を奪うしかない。ロッソの下のクラッセであるジャロやヴェルデ、アッズでは地上から50トーメナの位置で剣をかわすから勝負に負けたとしても命は助かることがいくらかあるけれど、100トーメナ上空で強力な力と力、華麗な技と技をぶつける上級のクラッセでは地面に落ちることは即死を意味する。
 僕は人の隙間からもう一度フィールドを見た。長身のトリエーレが軽く手を上げ観衆の拍手に応えている。勝者を称える時間に見えるけれど、今この間に地上ではもう一人のトリエーレが“回収”されているはずだ。


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