僕は許可をもらってアンフィの中にある遺体安置所に入った。控室と同じく、湿気が多くだだっ広い空間だが、今は西日が差し込んでいて結構明るかった。五十体くらいの死体が並んでいて、その横にはそれぞれの武器が置かれている。面会に来ていたのは僕一人だけだった。あるいはもうみんな終わった後なのかもしれない。日が沈む頃にはここにある全てが焼却されると聞いている。 僕は一つずつゆっくり見て回った。多くが身体を黒い布で覆われている。傷口を隠すためだろうか。中には顔を隠されているのもある。おそらく頭から地面に落ちたのかもしれない。 ミーセのそれはすぐに見つかった。腹のあたりに布が巻かれていたが、幸い顔はきれいなままだった。でもそれは傷がついていないと言うだけで、実際は返り血が彼女の顔を始め、いたるところについていた。僕は自分の手拭いを使ってそれらを落とそうとしたが、もう固まり始めていてダメだった。彼女の無機物のような白い肌にできた斑点模様は消せなかった。 僕は諦めて立ちあがった。彼女の右腕側には、先がきれいな曲線を帯びている剣が、左手側にはあの物々しい盾が置かれている。どちらにもやはり黒い小さな塊が飛び散っているのが近づかなくてもよくわかる。 ――左手を使った方がいいわ。 病院での彼女の言葉が蘇った。僕の手は自然と片方を取り上げていた。
左耳に風圧を感じた。おそらく後少しでもずれていたら僕の耳は無くなっていただろう。でもそれはわざとであった。相手に仕留めの一撃ということで深く槍をつきださせるためだ。槍はここまで自分の身体と離してしまうと一度自分の方へ戻さないと強烈な一撃を放てない。だから今相手はかなりの隙を見せている事になる。とどめを差すには、あとは右手に握られた剣を突き出せばよかった。きれいに先が沿っているこの剣ならば、狙った所を確実にそして無慈悲に突き通すことができる。僕は相手の左胸に照準を定め、ゆっくりと突きを出した。この軽い剣は僕の右腕の一部かのように自由自在に操れる。 今思うと、彼女との出会いは夢であったかもしれないと思う。大勢いるトリエーレの中の偶然一人と出会い、そして彼女と対戦する可能性なんてほんのわずかしかないのに実際にそれが起こってしまった。 でも確かにそれは夢ではなかった。今こうして現実で彼女の剣を右手に握っているのがその証拠だ。でも、もしかするとその現実が実は夢であるかもしれないけれど。 気づくと相手はぐったりとしていたので、僕はまたゆっくりと剣を抜いた。相手は自然な落下運動を始める。僕は自分の左腕を見た。かなりの返り血を浴びていた。 左手は相変わらず手持無沙汰なままである。彼女の言葉は十分理解はできるが、受け入れることはできなかった。 ミーセの死からあっという間に月日が過ぎたように思う。その間に僕のクラッセは二つ上がり、ジャロになっていた。そして変わらずアンフィの上空を舞い続けていた。
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