喫茶店での出来事以降、モクとはしばらく会わなかった。そして学期末のテストを無事乗り越えると、とてつもなく長い夏休みに入った(大学の夏休みは二カ月程あり、また宿題も出ないため、その全てが自由な時間である)。初めはテスト勉強から解放された喜びでワクワクしていたが、一週間もしないうちに何もしないことに飽きてしまった(その時、私には趣味と言えるものがなかった)。暇を持て余して仕方がなかったので、私はアルバイトを始めることにした。大学の周辺は定食屋や居酒屋が多く(大学生向けの安くて量が多いものばかりであるが)、以前にある定食屋の店の前にアルバイト募集の紙が貼ってあったのを思い出し、その店まで昼食がてら赴いた。 幸いまだ募集が張り出されていて、会計の際、店主らしき男にバイトのことについて尋ねてみた。するとその人物は、「平日の三時くらいならいつでも暇だ」とおもむろに口を開け、その時間に面接をするから履歴書を持ってきてほしいという趣旨を言ってきた(その話し方から、相当無口な人物だということが窺いしれた)。「では明日にでも」と私は言って店を出た。 帰りは文具屋に寄って履歴書を買い、証明写真もついでに撮ってからアパートに戻った(六畳の狭く、うす暗い所である。ユニットバスが付いていたから辛うじて及第点といった所だ)。 履歴書に必要事項を記入した後は(大した経歴も、また特技もないのですぐに終わった)、昼寝をしたり、テレビを見たりした。最初は嬉しかったこの二つも、夏休みに入ってからは飽き飽きしていた。 次の日、例の定食屋に行って面接を受けたが、終わるや否やすぐに「採用する」とあの人物(やはり店主であった)に伝えられ、仕事内容やレジの使い方を、もうその日のうちに教わった。案外すんなりと決まり、私は胸をなで下ろした(これで退屈から少し解放されると思ったからだ)。 翌週の月曜日から私のアルバイトは始まった。週に四回入り、一日当たり七時間近く働いた(もちろん途中で休憩はある)。主に接客が私の仕事だった。客が入ってきたら挨拶をし、お冷とおしぼりを持って行く。そして注文を取り、それを店主に伝えた。後は料理を運び、食べ終えたらその食器を片づける。会計は女将さんが行い、私はやらなくて済んだ(というのも私のレジ打ちはあまりにも遅かったので、客をイライラさせてしまう恐れがあったからだ)。最初はてんてこ舞いだったが、二週間もすると大体の要領は掴め、立ち振る舞いも様になった。それ以降はリラックスとまでとは言えないが、緊張せずに働けた(店主や女将さんは、あまり細かい人ではなかったのも助かった)。 こうして私の大学生活初めての夏休みはバイトをして終わった(バイトが無い日は相変わらずアパートでゴロゴロしていただけであったが)。 モクと次に会ったのは十月、夏休みが終わり、二学期が始まってすぐのことであった。
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