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作品名:新しい道 作者:七藤四季

第3回   2
 私がモクと初めて出会った場所は食堂であった(私が通っていた大学には、食堂だけでも全部で五つあり、喫茶店なども含めると、飲食できる場所はおそらく十箇所はあった)。その日、私は第三食堂に行き(普段は第五食堂を使うことがほとんどであったが、この日はなぜだか忘れてしまったが、第三食堂の近くに来ていた)、券売機で野菜炒め定食の切符を買い、料理と交換した後、席を探した。普段は同じ学科(私は建築を専攻していた)の友人と食事をすることが多いが、この日は一人だった。そのため、円形のテーブルを使うのは、何だか気が引けて、座席が横一列に並んでいる窓側のテーブルに座ろうとした。探すと、三人分の席が空いている所が見つかったので、私はその真ん中に腰を下ろした。
 半分ほど定食を食べ終わった所で、右側で人が立っている気配を感じた。見上げるとそこにはトレーを持った男が立っている。ぶかぶかのジーンズとTシャツといったファッションに身を包んでいたが、やや細身の体系はその服装からでもわかる。百八十近くある身長がさらに彼を細長く見せていた。髪は短髪とも長髪とも言えないどっちつかずの長さで、顔も特徴的な部分はない。しかし彼を一目見て、頭が切れそうな感じはした。またその男が発していた気配は明らかに他の人が発するそれとは違っていた(具体的にどこが違うのか言及されると当時の私は答えに窮しただろうが、異質だということだけは感じた。言うまでもないが、その男こそが「モク」である)。私は彼が座りやすいように、椅子を左に少しだけ滑らした。彼はトレーを机に置くなり、背負っていたリュックから文庫本を取り出した。腰を下ろすと、彼は左手で本をめくりながら、右手で箸を巧みに扱い、食事を始めた。
 それから五分後には私は食事を終え、ぼんやりと窓の外の風景を眺めていた(右隣の彼が発していた気配などはもうすっかり忘れていた)。窓の外には無数の木が植えられている。夏を前にして緑の葉が少し鬱陶しいほど枝にくっ付いていた。私は風で揺れる葉を見て、それらが擦り合って奏でる音を想像した。食堂はなかなかの喧騒だったが、私は集中して、目の前で揺れている葉の音を頭の中で再現した。
 しかしそれはすぐに断念せざるを得なかった。なぜなら右隣の彼の視線に気付いたからだ。私は彼の方に目を向けた。彼は本閉じており、また箸も置いている。目が合った瞬間、モクは口を開き、「人はどうして誕生したと思う」と突然、本当に何の前触れもなく私に聞いてきた。私は返事に困った。もちろん見知らぬ人からこんな唐突な質問を受けるなんて考えもしていなかったのも原因の一つだが、何よりも目の前の男が自分を試そうとしているのが明白だった。彼の眼は私の心を見透かそうとしている。私は喧嘩を売られていると思った。だから彼の満足する答えを必死に探して、私はおもむろに口を開けた。「それは絶滅するためだ」と。その後私はひどく後悔した。ちゃんとした考えがあった上でそう答えたのだが、もっとましなことが言えたはずだと自分の頭の悪さを呪った。目の前の男はまだ私の眼を見ていた。私は彼を失望させてしまったと思った。だが次の瞬間、彼は口元をゆるめて少し笑った(ように見えた)。「結構」とそれだけ言うと、文庫本をリュックにしまい、まだ半分以上料理が残っているにも関わらず、トレーを持って流し場所の方へ行ってしまった。


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