どれくらい考え込んでいただろうか、何かが割れる音がしてようやく現実世界に意識が戻った。その音がした方を振り返ってみると、カップが割れ、黒い液体が床に広がっている。店員が、雑巾を片手にすぐ駆けつけ、それを拭き取っている。女子学生らしき人物が申し訳なさそうに横に立ち、必死に謝っていた。 しばらくすると床もきれいになり、騒動も収まったので私達は店を後にすることにした。私が誘ったのだから会計は私がしようとレシートを掴みかけだが、モクが先に取り「この前の礼を込めて自分が払う」と言う。おそらく居酒屋のことを言ったのであろう。私は律儀な奴だと思い、彼のその気持ちに応えることにした。 モクと別れた後はまっすぐアパートに帰り、テスト勉強を再開しようとした。大学の自習室で勉強することもできたが、人が多く、ひそひそ話が聞こえてきて集中できない時もあるため家に戻った。 だが結局家でも集中できなかった。数学の微分方程式を解こうとしたけれど(それが何に役立つかは知らないが)、頭の中を流れる情報はモクが言ったことばかりで、目の前の数式が一切入ってこない。仕方がないので教科書とノートをいったん畳み、寝そべって先ほどの会話を反芻することにした。しかし特に新しい発見は見つからず、ただただ彼との会話を脳に焼き付ける意味しか持たなかった。 そうして何回もモクとの会話を巻き戻しているうちに、気付いたら眠りについていた(しばらく徹夜続きだったから無理もない)。 目が覚めると部屋の中は真っ暗で、電気をつけて時刻を確認したら十一時を少し過ぎている。ひどく頭がぼうっとしていたのでその日は勉強を諦めて、布団に入ってしまった。 次の日からは、テストが終わるまではそれに集中しようと意識を改めた。空いている時間を全て勉強に当てた(バイトも休みをもらった)。そして十日後、無事全てのテストが終わる(結果もまずまずであった)。春休みになってからは、バイトと読書に時間をあてた(つまらない講義とめんどくさいレポートととはしばらく向かい合わなくて済んだ)。 バイトではすでに簡単な調理を任されていた。家では全く料理をしなかったが(弁当や外食で大体食事は済ませていたし、もし作るとしてもインスタントのラーメンくらいだった)、私の作るものはなかなかの評判であった(特にだし巻き卵は絶品だとお客に何回か褒められたこともある)。 二か月ばかりの時間があっという間に経ち、春休みもいつしか終わろうとしていた(バイトでは十万円程稼ぎ、本は三十冊は読破することができた)。そして四月、進級に必要な単位も無事そろっていたので、私は晴れて三年生になる(皮肉であるが)。
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