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作品名:新しい道 作者:七藤四季

第15回   14
久しぶりに行ったが、喫茶店は何も変わってはいなかった。モクと入って以来だったので結構な時間が経っている(私は一人で喫茶店に入る勇気はなく、またつるんでいる友人達ともそんな間がらではなかった)。相変わらず中はうす暗く、頭上ではプロペラがまるで時を刻んでいるかのように一定のスピードでゆっくりと回っている。ただ今日は幾分混んでいる。店内の席はほとんど埋まっており、おそらく学生であろう、どの席もノートやプリントを広げて何やら議論していた。こんなところで勉強する人達もいるようだ(傍目からだとしゃべっているようにしか見えないが)。
 とりあえず私達は座り、コーヒーを頼んだ。やがて周りで議論している学生達に負けないくらい熱々のコーヒーが出てきた。モクはブラックで飲んだが、私はいっしょについてきたスティックシュガーとポーションミルクを入れた(頭を使うと私は甘いものがほしくなる。テストのおかげで最近はずっと脳が動きっぱなしだったので、モクの分も使わせてもらい、うんと甘くした)。
 一息した所で私は例の質問を切り出した。「既視感について知っているか」と聞くと、彼はコーヒーのカップを持って「知ってるよ」とだけ言って一口飲んだ。
 私は自分のその体験を掻い摘んで、しかし忠実に伝えようとした。私が話し終わるまで彼は一切質問をしてこなかった。ときどき息もしていないのではないかと疑いたくなるほど黙っていたが「どう思うか」と話の最後に質問すると、まるでリレーのバトンが渡されたかのように勢いよく話し始めた。

「もしかするとそれは本当にその記憶があるのかもしれない。おそらく君は、前世の君と同じ人生を歩んでいる」と彼は言う。私はその意見を聞いて、ひどく驚いた。モクがそんなSF的な話しをするとは思ってもいなかったからだ(では何を期待していたのかと聞かれると答えに困るが)。彼は続ける。
「信じられないと思うが、僕は一つの可能性として挙げただけさ。だって死んだ後の魂がどこに行くのか知っている人はいない。それまでの記憶が一切無くなり、また新しい肉体に宿る。ただしこれは肉体と精神とが別個に存在すると考えた時に言えることだけどね」
「じゃあ、肉体があって、その上に精神が誕生するとしたら」と私は彼に質問を投げかけた。
「それはもっと現実的に考えろって事かい? おそらく君もとっくに調べたと思うが、既視感は例えば右目で見た風景と左目で見たそれとが頭の中で処理される際に生じるタイムラグが原因だという一説がある。だがあくまでも仮説であり、その原因はまだ特定されていない。ただ僕は君の言う《意識が遠くなる》という所が気になった。既視感は多くの人が体験しているが、意識が遠のくという経験をしている人はおそらく少ないだろう。それほどになるのはきっと実際にその記憶があるからだと思う。本当は君の心の奥底にそれが眠っているはずだ。でも君はそんな経験はしていないというから、僕としても少々奇抜な意見を言ってみただけさ」
 彼の話しを聞いているうちにしだいにその人生を繰り返しているという見方が正しいように思えてきた。――私は死んだ後にもう一度同じ人生を辿っている。一度? もしかすると何度も。

 既視感についていろいろ考えたときに、真っ先に彼の考えも浮かびはした。ただ私はひどく現実的なので、吟味する前にそのアイデアを捨ててしまった。だがこうして今モクの話しを聞いていると、どうしてだかそれが正しいように思えてくる(彼の言葉は不思議と私を納得させる)。
 私はモクが目の前にいることを忘れてすっかり考え込んでしまった。だが彼はそれを見守るように何も言ってこなかった。


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