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作品名:思い出の傘 作者:七藤四季

最終回   1
 女性は電車の中でうたた寝をしていた。残業でこの日も帰りが遅くなっていた。

 やがて電車が止まった。女性は目を覚まし、バックを片手に慌てて電車を降りる。

 その直後にまた電車が動き出した。女性はほっとして改札口に向かおうと歩き出す。

 すると後ろから声をかけられた。

 彼女が振り返ると、そこにはスーツ姿の男性が立っている。

「傘、忘れてますよ」

 男性の右手には傘が握られている。細長く、鮮やかな赤一色の傘が。

「……あ、ありがとうございます」

 女性はお礼を言って傘を受け取った――




 ランドセルを背負った女の子が玄関で靴を履いている。女性はその姿を見守っていた。

「今日は雨が降る予報だから、傘を持っていきなさい」

 女の子は靴を履き終えると立ちあがり、傘立てから一本の傘を選んだ。

 それはあの赤い傘だった。

「これもっていってもいい?」

「それはダメ」

「どうして?」

 女の子は丸く大きな目で女性を見つめている。その瞳は彼女にそっくりだった。

「その傘はね……」

 女性は一旦言葉を区切る。女の子は興味津津にその答えを待っている。

「ママのじゃないから」

 その傘は確かに女性のものではなかった。あの日、彼女のバックには折りたたみ傘が入っていた。

 女性は人差し指を立てて、唇に当てる仕草をして続けた。

「パパには内緒だよ」


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