子猫のように身を寄せ合って。二人のの世界は、毎年「此処」から始まる。
『こたつの世界』
……なんて、俺達の関係はそんな甘酸っぱい間柄では更々無いわけで。 今年の冬休みも、俺達は俺の部屋のこたつに寝転がってマンガを読んでいる。隣に視線をやると、やはり同じ様にこたつに寝転がっているエリは、この時期にありがちな特番に夢中だった。 これが幼馴染の腐れ縁と言う奴なのだろうか。成程、ドキドキも無ければ浪漫の欠片も感じない。
「……なぁ」
何の気なしにちょっと声をかけてみたが、ほら。テレビに夢中で振り向くどころか返事もしない。……ま、俺達の冬休みなんてこんなもんだ。毎年俺の部屋に集まって、のんびりまったりするのが、いつの間にか習慣化してしまった。部屋に二人きりでいて、コレだけ色気の無い男女も珍しいんじゃないか。なんて、ちょっとむくれてしまう。 しばらくそのままエリの横顔を眺めている俺にすら、彼女は気がつかない。 小さくて丸い頭、フワフワの髪、ちょっと低いけど愛嬌のある鼻筋。長い睫毛に、真ん丸の目。何か最近良い匂いもするし……なんか最近大人っぽくなったよな。 色気が無いのか自分だけか? などと考えたものだから更に少し落ち込んでしまった。
「アキ、さっき呼んだ?」
時間をおいてエリが振り向いた。テレビ画面はチョコレートのCMに切り替わっていた。 考え事をしている時に急に名前を呼ばれたものだから、不覚にも一瞬息が止まるほど驚いてしまった。
「……いや」
きっと自分が驚いた顔をしていたのだろう。訝る彼女の視線に気付かないふりをしながら、そっと視線を逸らした。不審に思わなかっただろうか。……そんな事を考えていたらなんか心臓の辺が痛くなってきた。 ちなみに、こんな感じのつかず離れずのこんな関係が子供の頃からずっと続いている。
「なら良いんだけど。……そういえば、そろそろ夜が明けるね」
俺の心境なんか全く気にも留めずに、エリは時計を指した。もう少しで日の出の時間だった。 別にこのままの関係が良いわけではない、というよりもむしろ俺は付き合いたい。別に焦っているわけではないが、隙あらば今年こそは! なんて毎年思うのだけど。 カーテンを開けると、外はもう今年最初の朝日が昇り始めたようだったが、前日から降り始めていた雪と、部屋の暖かさで曇ったガラス窓の所為で外の様子は全くわからなかった。
「ねぇ、アキ」 「ん?」
眩しかったのだろうか、カーテンの際に座っていた俺をエリがいつの間にか目を細めて見ていた。さっきの今でどうにも悔しいが、不器用な俺は彼女の声が聞こえない振りなんて出来るわけがない。
「手を出して」 「手?」 「うん。手」
手相でも見てくれんのか。と思って差し出した手のひらに、エリは何かをポンと落とした。手の上に置かれたそれは、この季節にはありふれたお年玉袋。ちょっぴり膨らんでいる。何か入っているようだ。
「何これ」 「お年玉袋だよ」
いやいや。そんなの……
「見りゃわかるよ。くれんの?」 「うん。開けて見て」
やたらと可愛いピンクのハート柄のお年玉袋を、ドキドキしながら開けてみる。 逆さにして手のひらに落ちてきたのは、一個の大きな飴玉だった。
「……何これ」
拍子抜けしてしまった俺は、情けない声でさっきと同じ質問を繰り返した。
「アメ」
いやいや、そんなの見りゃわかるよ。
「……そうじゃなくて」 「それ、今年のお年玉ね」
そう言ってエリはニコニコ笑った。どうやら悪意があるわけでは無いらしい。
「飴って……お前なぁ」
いまどきそんなので喜ぶ奴はいないよ。頭の中で文句は言うけど、正直言うと今の顔、情けないくらい緩んでると思う。笑いを堪えて、ハートの模様のお年玉袋をしげしげ眺めてみた。彼女はごくごくたまに、こういう可愛いことをする。 別に俺が期待するような深い意味なんて何も無いのだろうが。手の中の可愛い袋を見て昔、女の子からハートの絵文字のメールが届くと何となくドキドキする。という風な話をしていたら、男って単純よね。とか言って、散々からかわれた事があった。
(やっぱ俺って単純なのかな)
またもや苦悩する俺なんか気にしないでエリが言った。
「で、あたしのお年玉なんだけど……」 「げっ……俺何も持ってねーよ」 「そのくらい、わかってるよ。はい」
彼女が差し出したのは、彼女の小銭入れだった。
「そこのコンビニまでアイス買ってきて〜バニラとチョコ味のミックスのやつ」 「はぁ? やだよ。外、雪降ってんだろ?」 「さっき止んだよ」
エリから有無を言わさず小銭入れを持たされた。 その時俺には、眩いばかりの笑みを浮かべるエリの背中に、何か黒い色の羽みたいなのが見えたような気がした。
前言撤回。やっぱあったわ、悪意。
渋々出た外は、冬特有の冷たくて透明な空気が満ちていた。 エリが言ったとおり夜通し降っていた雪はいつの間にか止んでいて、薄く積もった歩道を歩きながら、昔うちのじいさんが、一年の災いは大晦日の夜に全部祓われるから一年のうちで元旦の朝の空気が一番キレイなんだって言っていたのを思い出した。 成程。年寄りの話は聞いておくものだ。俺はそんな事を考えながら新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
冬は良い。自分の体の底から真っ白になれるような気がした。
「あれ、アキじゃん」
コンビニへ行く途中、急に名前を呼ばれて振り返ると、そこにはダウンジャケットを羽織った全体的に小ざっぱりした印象の男が立っていた。 一瞬誰だかわからなかったが、中学の時のクラスメイトだ。……流石は地元。
「おぅ。久しぶり」 「久しぶり。お前何やってんの? 一人?」 (訳・お前正月からこんなところ一人で歩いて何してんの?)
俺には、何―となくこう聞こえた。
「別に。お前こそ一人で何処行くん?」 「初詣行くから彼女迎えに行くんだよ」
不覚にも、彼のちょっと誇らしげな声色に目を丸くしてしまった。 お前も知ってるぞ、と言うので名前を聞いたが、ちょっと聞き覚えのない名前だった。 興味はないが多分、他クラスの子だろう。
「じゃあなっ」
ご機嫌で駆けていく元旧友の背を見送った。何だか自分だけ、置いて行かれたような気がしてちょっとむなしくなる。
やっぱり来るんじゃなかった。 コンビニの出口でアイスの袋を持った俺は改めて、早くもあのじんわりとした、こたつの暖かさが恋しくなってきていた。別に部屋が恋しいのはこたつがある所為だけじゃないけど。
「ったく、人使い荒いよな……」
コンビニの帰りに通りかかった公園で、小さな子達が雪だるまを作っていた。 その微笑ましい様子を横目に見ながら、俺は寒さにかじかんだ手をポケットに突っ込んだ。中には財布とケータイ。それに、さっき貰った飴玉が一個。俺は何気なくその包み紙を開いて口に放り込んだ。
彼女のくれた飴玉はほんのり甘いレモン味がして、ちょっとだけ嬉しくな った。
「あっ、おかえり〜」
エリは、俺が出かける前と寸分たがわぬ姿勢でこたつにうずくまったまま、俺に向かって陽気に手を振った。全く、良いご身分だ。
「ちゃんと買えた?」 「馬鹿にすんなよ。ほら」
俺はちょっとむっとしながらも、頼まれていたコンビニの袋を彼女の方に手渡した。
「なぁエリ、それ何に見える?」
「何って……コンビニの袋でしょ」 「お年玉袋だよ」 「?」
彼女は一瞬コンビニ袋を眺めてから、キョトンとした顔で俺を見上げた。
「中見てみ」
俺がニヤッとすると、彼女の訝しげな顔は、見る間に好奇心旺盛な、何かを面白いものを見つけた子供のような顔になった。その表情に俺はいつもホッとする。俺が彼女を好きになったのは、きっとこういうところだ。
「何、アキまた変なもの買ってきたんでしょ〜?」 「いいから。出してみろって」
彼女は素直に俺に言われた通り、袋に手を突っ込んだ。
「冷たっ! 何これ!?」 御所望のアイスの上に乗っていたのは、手のひらサイズの雪だるま。俺がさっ き帰りついでに通った公園で作ったものだ。 しかし、俺の質問に対する彼女の答えは否だったので、俺は首を横に振ってこう答えた。
「それ、今年のお年玉な」
……彼女が朝日を背にしていた所為で顔がよく見えないのは残念だ。見なくてもわかるけど、きっと可愛い顔で笑っているはず。
さっきは今年こそ……! なんて思ったけど、柄にも無くもう少しだけこの関係のままで。もう少しだけ二人でこたつの世界に寄り添っていても良いかな。……なんて、ご機嫌でアイスをほおばる彼女とその笑顔を目を細めて見ながら、俺は思った。
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