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作品名:Yamizo Story Part1 米沢の廃屋 作者:Tosh

第9回   見合い
 「あのー、趣味はなんですか?」

 尻上がりの独特な口調でセイは切り出した。

 今日は小学校の前にある伊王野食堂の二階の一室でお見合いをしている。テーブルを挟んだセイの向かいには隣の芦野村で一番金持ちの、材木問屋のお嬢様チヨが座っている。

 材木問屋は、仲買人のタツを通して、セイの作る和紙を買っていた。
 ある日、タツが紙を届けに行った際に、タツは、問屋の主人キスケにお茶を勧められた。上がりでしばし休ませてもらいながら、何気ないことをしゃべっていた。そのうちに、紙の話に発展し、やがて紙を作るセイのことが話題に登った。傍らでは材木問屋のお嬢様が話を聞いていた。彼女は、突然、セイに会ってみたいと言い出した。そんなことがあって、タツが二人の仲を取り持ち、セイに見合いの話を持ちかけたのだ。セイは、初めのうちこそ身分の違いに躊躇していたが、タツがチヨお嬢さんは本気で見合いのことを考えていると告げることで、やっと実現したのだった。

 チヨは、白地に椿の花柄の中振袖を身に纏いニコニコ笑いながら、セイの前に座っていた。髪に挿したカンザシがとても似合っていた。両脇にはチヨの両親がいた。右側には小袖を着た母親、左側には長袴を着た父親のキスケがいた。後ろにある4枚の障子戸からはまぶしいばかりの光が入ってくる。セイは、外行きのモンペを着てきた。ヨネも一番新しいモンペを履いてセイの左横に並んで座っていた。セイの家族とチヨの家族をはさむ上座には、タツが両家の仲を取り持ちながら座っていた。

 セイは緊張のあまりガチガチだった。チヨの年齢は聞いていなかったが、たぶん20歳ぐらいだろうか。チヨは屈託のない笑顔でセイに愛想よく話かけた。セイにとって、若いチヨはトテモまぶしかった。チヨはセイの仕事に興味深深な様子が伺えた。紙は何で作るのかとか、一日何枚できるのかとか、積極的に質問した。
 セイとヨネは、身分的にも経済的にもあまりにも違いすぎるチヨに引け目を感じていた。両家の違いは、チヨたち親子の身なりと自分たちの身なりを見るだけでもあからさまに分かった。比較にならないほどかけ離れているのだ。
 セイは、もともとブッキラボウな話し方をしていたが、このときは更にぎこちなかった。汗を額からダラダラ流しながら真摯な気持ちでチヨに話しかけた。話の間、チヨを見ていたかと思うと、目を伏せてちゃぶ台を見たり、また、チヨの方に視線を移しての表情を伺った。チヨはたまにセイと目が合うと、ニコッと微笑んだ。セイは、そのたびに胸がキュンとなり、どんどんチヨに惹かれていった。「なんと清楚で、可愛らしい人なんだろう。こんなお嬢さんが自分との見合いを真剣に考えてくれているなんて光栄だ」とセイは思った。セイは恥ずかしいのか、もじもじしていた。チヨの両親は、そんなセイの姿を見て微笑んだでいた。


 時が過ぎるうちに、セイはその場に打ち解けて、話が弾むようになった。そして、やっと出たのが、さきほどの趣味についての質問だったのだ。趣味という言葉は親友の鍛冶屋のタケに教わった。タケはセイの幼馴染で、鍛冶屋の息子だった。
セイは先日、タケに会い、見合いをどう進めたら良いのか相談した。するとタケは、まずは、趣味という言葉を使えといった。「趣味」という言葉は裕福な家庭にしか存在しない言葉だから必ずこの種の質問をしろと言った。セイは、その趣味というものがいったいどんな物なのか知らなかった。セイに限らずタケもあまり詳しくは知らないよで、質問しても説明が中途半端だった。だが、彼は趣味の質問はとにかくハイカラだから絶対使えと強く勧めた。

 「いったい、どんな答えが返ってくるんだろう?」

 とセイは神妙な面持ちで待っていた。

 「ドライブです」という答えだった。

 「…???…」セイには全く見当が付かなかった。

 「ソレッテ、ハイカラ過ぎて俺には分かんないげっと、どんな事するんですか?」と、いつものしり上がりの口調で言った。

 チヨは右手に持っていたハンカチを口元に当て、クスっと笑った。チヨの両親も笑った。セイはなぜ笑っているのかわからなかったが、皆が笑うのを見ていると、とてもうれしくなった。

 「自動車という乗り物に乗って、黒磯や大田原の町に行ったり、時には、那須や塩原温泉に行ったりすることです。」チヨは答えた。チヨの言葉はきれいで。この辺独特の訛りが無かった。

 「…乗って遠くに行く?…そしたら、俺はバスっちゅうもんは知っているんだけど、そのバスみてえな乗り物に乗ってどっか遠くさ行くことけ?」

 セイはニコニコしていた。

 チヨは、またクスっと笑って、

 「いいえ、自分用の車に乗ってあちこち走り回ることです。」と答えた。

 「ん?そんなら、お嬢さんは、自分のバス持ってんのけ?」セイは言った。

 「いや。でもバスではなく、バスよりもずっと小さな自動車です・・・4人しか乗れません。」

 と言いってセイに笑みを向け、

 「今度一緒にドライブに行きましょうか?」と誘った。

 セイはドキリとして、真剣なまなざしでチヨの顔を見た。

 「へ?ほんとげ?」

 と真剣に受け止めた。

 「はい」チヨはそう言いってまたニコリと笑った。

 「嬉しいなやあ。へへへ。」とセイ。

 「今度、日を改めてお誘いしますね。」とチヨ。

 その後セイはえらく上機嫌になった。口下手なセイが、この日ばかりは、ぺらぺらとしゃべった。

 「ごめんなせえ」食堂の女将が廊下から声を掛けた。

 「はい」と言って、タツがふすまのほうに身をよじり、ヨネの横をすり抜け、するりと障子の敷戸を開けた。

 女将が廊下に手を突いて座っていた。キスケの方に一礼をしてから、タツの耳元に手を添えて、

 「御前を持ってきたんだげど、出していいべか?」

 とささやいた。が、女将の声は大きなもので、部屋中に響き渡った。

 キスケが、タツに代わって、

 「いいですよ。」と即答した。タツはポカンとしてた。

 御前が運ばれ、おのおのの目の前に置かれていった。初めはキスケ、次にチヨの母親、その後、チヨ、タツ、セイ、ヨネの順に置かれた。それは何気ない普通の置かれ方で、セイには何も感じなかったが、ヨネには、一連の順序に差別が感じられた。

 セイは、目の前にご馳走が並ぶと、

 「うわーすっげー、これなんつー魚だっぺか?」

 とはしゃいだ。

 「それは鯛という魚ですよ。」チヨが答えた。

 そんなセイの姿をちらりと見て、少し恥ずかしいと思いながらも、

 「そういえばオメー食ったごどねがったっけ?」とヨネ言葉をつないだ。

 「うん、こんなの食うの初めてだあ。」

 といいながら、目の前の御膳にある料理を一皿ずつを嘗め回すように見た。チヨたち一家はそれを見てクスクスと笑っていた。
 膳の中央には皿の上にドンと大きな鯛。手前にはお新香、その右にはマツタケらしきキノコが入ったとても香りの良いのお吸い物、左には、ツヤツヤで、透き通ったご飯がふっくらと碗に盛られていた。

 じっと目の前のご馳走をにらみ続けているセイ。ヨネはセイの左の太ももを手のひらの甲で軽く叩いた。

 セイは我に返り、

 「すんません。見たこともねえご馳走だったんでつい見とれちまって・・・へへ」と言って後頭部を右手で撫でながら顔を崩して笑った。

 「ではいただきましょうか」

 とタツを出し抜いてキスケが言うか言わないうちに、

 「いただきまーす!」といってセイは勢い良くガツガツ食べ始めた。

 本当であれば、見合いの席ゆえに、皆でゆっくりと話をしながら食事を進めるべきであるが、セイはそんなことお構いなしだった。セイは一言も話さず、必死に食べた。鯛を口に詰めて数度噛んでは「うめー」と言い、御飯茶碗を口に当てて、箸で御飯を口の中に掻きこんだ。セイはほっぺたを膨らまし、何度かモグモグしたあとゴクリと喉を鳴らして豪快にゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。

 タツは、キスケやチヨの顔色を伺い、青い顔をして、「セイ、セイ」と言った。

 ヨネは、「そんなに慌てで食うもんでねえ、セイ」と注意した。

 「ん?わがった」

 そう言うものの、全くわかっていなかった。

 再びオカズを口に放り、御飯を掻き込み、しばらくモグモグと口を動かしてゴクリ、そしてまた口に入れてゴクリと飲み込んだ。その度に「うめー!」と叫んだ。今度は味噌汁に手を伸ばし、ズルズルッと音を立てながら啜ってゴクリ。また啜ってゴクリと飲み込んだ。全ての皿を平らげた後、最後に、残ったお新香を一気に口の中に放り込み、ボリボリと音を鳴らしながら噛み砕いてからゴクリと飲み込んだ。

 「あーうまがった。ごっつおーさん」と言ってセイは、そっくり返って手を突き、膨れた腹をポンポンとたたいた。

 セイはぐるりと皆の様子を見た。皆は箸を宙に浮かしたまま、あんぐりと口を開け、セイの顔を見ていた。

 「どうしたんでえ?食べないんけ?」相変わらずのしり上がりの口調で言った。

 「だってセイさんの食べ方、あまりにも男らしいんですもの」

 チヨはにこりと笑って言った。

 セイは、チヨにデレデレと笑顔を返した。全員の食事が終わり、茶がセイの前に出された。セイは出された茶を「ズッ」啜ってゴクリと飲み込み。「あっちい!」と言った。そして、再び茶を「ふーふー」吹いて「ズズッ」と啜って飲んだ。
 
 食後しばらくは、「セイの食べっぷり」の話題で持ちきりだった。

 時間が経つのは早いもので、部屋の柱時計を見ると、いつの間にかもう3時を回っていた。11時頃から続いた見合いはやっとお開きとなった。セイにとっては、とても有意義な1日だった。

 「婆ちゃん、今度はだいじだっぺえ」

 家までの帰り道、セイは隣を歩くヨネに声を掛けた。気分が良いのか、セイの声はいつもより張りがあって、明るかった。セイは、見合いが盛り上がったので、今度こそは嫁がもらえると思っていた。

 「そだなあ・・・」

 ヨネは、セイの横を下を向いてとぼとぼと歩きながら答えた。声の調子からして「大丈夫」とも「一寸気がかりだ」とも取れる力のない返事だった。
 確かに、見合いは盛り上がった。だが、ヨネは自分たちと相手家族の環境があまりにも違いすぎることがずっと気になっていた。時代は変わったとはいえ、身分差別はいまだに残っている。今回の見合いはどう考えてもヨネには納得が行かなかった。ご主人は本当にセイに娘をくれるつもりで見合いをしたのだろうか?もしセイとチヨが一緒になったとしても、お互いの関係は長く続くのだろうか?チヨは、やがて、親戚や地域の人に「なぜあんな身分の人間と一緒になったのだろう?」とか、「お金持ちで何も不自由もなく育ってきた人間が、あんな貧乏人のところで長く暮らせるはずがない!」とか噂されだろう。「チヨは、そんな圧力に耐えられるのだろうか?我々は彼女にとってそれほど価値のある人間なのだろうか?」とヨネはいろいろ考えていた。



 キスケはセイとヨネを見送っていた。

 「あ、旦那あ。久しぶりです。こんなところで何してんですか?」

 誰かがどこからか声を掛けてきた。酒屋のシゲだ。シゲはキスケの傍らに居る奥さんとチヨを見つけて、

 「奥さん、相変わらずお若いですねえ。お嬢さんもますます奥さんに似てお綺麗になられて。」とそれぞれにゴマをすった。

 キスケは言う、

 「いやあ、ありがと、ちょっと、娘がね、仲買人のタツの話を聞いているうちに、米沢の紙屋敷の職人に興味を持ってね。どーしても一度見てみたいと言うんで、それじゃあということで会わせてみたんだよ。いやー、会わせるでは大変だったよ。相手を用もないのに呼び出すのも変だし、わざわざ足を運んでいくのも変だし・・・そしたら、いつも出入りする、こちらのタツさんが『そんじゃあ、見合いっつー形で会ってみっけ?わだしが手配しますから』と言ってくれてねえ。」

 と説明した。

 すると、その話を聞いていたチヨが横から口を挟んだ。

 「あら、お父さん、私は見合いなんて人聞きの悪い。ただああいう身分の人たちとはお付き合いがなかったので、どんな人下品な人たちなのか見てみたいと思っただけですわ。ほほほ。」と見合いのときとは打って変わり、冷たい表情を浮かべ、口を押さえて笑った。

 「ほー。それはそれは・・・」と言い、シゲは意味ありげな視線を投げかけると、

 「当然です。私たちとは別な世界にいる人たちです。何一つ同じところがないじゃないですか?」と冷たい口調で言い、更に続けた。

 「見合いなのにモンペで来るし、御前が出てきたら物ほしそうな目つきで見るし、乞食のようにガツガツ食べるし。あ、乞食だったかしら…ほほほ」と笑った。

 「でも、それが面白かったんだべ?」とキスケが言った。

 「ふふふ、そうねえ、楽しかったわ。いまでもあんな原始的で野蛮な方々がいるなんてびっくりしたわ。見れたのはお父様のおかげよ。ありがとう。」とチヨは父に礼を言った。

 「それ聞いて嬉しいぞ。」チヨの方を見てニヤリとした。それから、シゲをチラリと見た。

 「しかし、あいつらって、見合いの費用さへ出せねーほど貧乏なんかなあ?タツさんが見合いの話を持ってったら、『お金が無くて見合いが出来ない』つって断ってきたんだわ。そんでな、タツさんに『そんなの心配すんな』って伝えてくれって言ったら、やっと来れることになったんだわ。」

 「旦那も物好きですねえ。あんな畜生のクズ共と、大事な娘さんを、たとえ形だけとは言え見合いなどさせるなんて・・・しばらくは変な噂が立ちますよ」とシゲが言った。

 キスケは、

 「別にいいべ。いつかそんな噂聞いたら『心優しい隣町の材木問屋が、米沢の貧しい、物乞いに食堂で飯を恵んでた。』とでも言っといておくれ。たっはっはっ!」
 
と大笑いをし、

 「じゃあ、これで周りの人にはうまく言っておいてくれよ」

 と言ってシゲの手をとり、紙で包んだお金を握らせたあと、妻とチヨを連れて去って行った。


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