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作品名:Yamizo Story Part1 米沢の廃屋 作者:Tosh

第7回   親父
セイが父の紙すきの仕事を手伝うようになってから3年が過ぎた。セイはもう小学校を卒業した。中学校へは行かず、今は仕事に専念している。セイは毎日、意欲的に取り組んでいたが、とても不器用で、一日に何度となく父親に怒られた。それでも毎日が充実していた。「はやくセイを伸ばしてやりたい」という父の愛情が感じられたからだ。
 仕事では決して逆らうことができない強い父だが、普段はとても優しかった。時折横の竹林から竹を取ってきて、竹とんぼを作ってくれたり、釣りに行くといえば釣竿を作ってくれたりした。まだ気持ちが幼い彼にはとてもうれしかった。

 「セイ、貧乏でも飯だけは十分食わせてやっかんな」
 仕事中にセイと目を合わせると、たまにそんなことを今でも言う。物心ついたときから言っているセリフだ。

 そんな父のおかげでか、食べ物には不自由しなかった。日に日にぐんぐんと大きくなり、小学校を卒業するまでには背の丈が百七十センチもある父親を追い越した。仕事はまだまだまだ一人前というまでには至らなかったが、少しづつ覚え、大分できるようになった。



 時代は明治も三十年が過ぎ、セイは十八歳になった。人目にはセイはもう立派な大人だった。仕事もほとんど板に着き、スギもあまりセイを叱る必要が無くなった。とうとう一人前になったのだ。しかし、セイはそんな自分を自覚しておらず、未だに心は子供だった。

 父と仕事をしている間、セイは時折、


…父は、昔はいろいろと言ってくれたのに、最近はなぜ何も言ってくれないのだろう?…


 と疑問に思っていた。

 相変わらず、もくもくと作業にのめりこんでいる父ではあるが。最近では父との会話も更に減ってきたように感じられた。相手にされないと、セイは寂しくて不安だった。

 セイは、昔から、紙が出来上がると時々、

 「お父ちゃん、これどうだ?大丈夫か?売り物になっか?」

 と声をかけた。

 紙漉きをはじめたばかりは、

 「おめー、何やってんだ?そんなの売り物になんねえべよ」

 とよく怒声が飛んできたものだった。だが、その言葉さへ聞けない。怒られてもよいから父に相手にしてもらいたい。最近ではそんな寂しさを感じていた。

 今では、たとえ失敗しても、

 「大丈夫だあ。たまにはそういうこともあっぺ。俺もそういうごどたまにあっから。」

 というだけだった。

 返事は父からの励ましの言葉なのは分かっている。だがなぜか、セイは、聞くたびに、父に見放されてしまったような、物足りないような感じがしたのだ。



 ある冬の日のこと、スギは仕事が終わると、珍しく一升瓶を買ってきた。いつもは飲まないスギなのに、なぜかその日は未成年のセイに晩酌を付き合えと言って、コップを二つ持ってきた。スギはヨネにも勧めた。

 ヨネは、

 「未成年の子供に酒なんて飲ませるなんて、今にバチ当たっとお。俺は身体えから飲めねえ。すまねえな。」

 と言った。

 囲炉裏を囲んで父と子の宴となった。つまみは沢庵と白菜の漬物。

 スギが酒を買ってきてセイを誘った理由は単純だった。それは一人前になったセイの成長が嬉しくて、一緒に飲んで祝いたかったのだ。
 スギは1合コップにトクトクと酒を注いだ。

 「おっと、いけねえ、酒の一滴は血の一滴、酒好きが言ってたっけ。」

 注ぎすぎてわずかに床にこぼれてしまった酒を見ながら言った。それから、一升瓶のふたを閉めて床に置き、今度はコップをゆっくりと取り上げてセイに勧めた、セイはすぐさま口に着け、ガボガボと音をたてて、口の中に流しこみゴクリゴクリと一気に飲み干した。

 ゴホッ!ゴホッ!

 セイにとっては初めての酒、花の奥から湧き上がる日本酒独特の香りにむせ返った。


 …それにしても、何で大人はこんなものを好き好んで飲むんだろう。あまりうまくもないのに…それに、この腹が煮えくり返ってくるような感覚が湧き上がって感覚はいったい何なんだ?…

 スギは、このときばかりは口数が多く、良く笑い、ご機嫌だった。スギがせっかくおしゃべりしていて、うれしいのにも関わらず、セイは初めての酒に飲まれてしまった。酔いが回り、顔が赤くなった。それだけでなく、酒は全身に回り、指先やつま先まで真っ赤になった。天井がグルグルと回り、しばらくしないうちに、腰が砕け、ぐたりと床に横になって転がった。

 それをみてヨネは、

 「なんだあ、だらしねえなあ。身体は一人前なのに。」

 と言いながら、優しい暖かい眼差しでセイをしばらく見つめた。先ほど、未成年のどうのこうの言っていたにもかかわらず、そんなのお構いなしだった。
 スギは、そんなセイを見ながら、自分でコップに酒をたっぷりと注ぎ一気に煽った。そして、「わはは」と笑った。とても上機嫌だった。

 セイは腰が砕けて横になったものの、意識はまだはっきりしていた。セイはパチパチと炭が音を立てて燃えている囲炉裏をしばらく見つめていた。やわらかい熱を顔に浴びながらボーっとしていいた。

 …なるほど、これが酒か、身体が動かねえ…かったるい…けど何だこの感覚…宙を飛んでいるような…気持ちいい…

 セイの意識は薄れていった。

 「ほんとに、年端もいかねえ子供に酒飲ませるなんて、なに考えてんだ?オメーハ?」

 傍らで二人を見ていたヨネは、またもとに戻った。都合がよい性格だ。セイがまどろみをはじめると、ヨネは奥の押入れから掛け布団を持ってきてセイに掛けた。
 スギとヨネはいくつか言葉を交わした。セイは二人の交わす言葉を淡い意識の中で聞いたが、心地よい炭火の熱と、初めて飲んだ酒のせいで、まもなく転げるように深い眠りに落ちていった。

 次の日の朝、セイはいつもより早く目覚めた。いつの間にか、宴が終わり、自分が布団野中で寝ていることに気が付いた。

 …昨夜は始めて酒を飲んだ。スギに勧められてコップ1杯飲み、囲炉裏の横に寝転がったっけ…

 というところまでは覚えている。しかし、それから先は何も覚えていなかった。

 この日はとても寒くかった。顔が痛く、ほっぺたが布団に当たるとチクッと刺すような冷たさを感じた。掛け布団を見ると薄い氷の膜が付いていた。自分の吐く息が布団に付着し、凍ったものだった。セイは、快適な布団の中からなかなか出られないでいた。

 隣のスギの部屋から、「グーッ、カッ!グーッ、カッカッ!」と妙いびきが聞こえてきた。それはいつもと違うものだった。「でもしばらくすればナオッペ」と高をくくっていた。しかし、いつまでたっても変わることなかった。それどころか、だんだんとそのいびきはひどくなり、「カッ!カッ!」と、吸い込むだけのものになった。やがて、更に悪化し、呼吸が止まる様子が伺えるようになった。
 セイは心配になり、寒さをこらえて布団から抜け出した。隣のスギの寝ている部屋の襖をそっと開けると、火鉢で暖がとってあり暖かかった。スギの寝ている布団の枕元には、ヨネが座っていた。ヨネはスギの顔をじっと見ていた。

 ヨネはセイが襖を開けたことに気付くと、

 「まあ、そごに座ったらいいべ」

 と落ち着いて言って、スギの寝ている布団をはさんで向かい側に座らせた。ヨネは、セイが寝てから今までのことをゆっくりと話し始めた。
 ヨネは、スギが飲みすぎで夜遅く吐いてしまったこと、その時に血が混じっていたことなどを話した。

 ヨネはスギを心配し、声を掛けたが、

 「大丈夫だあ」

 と言っては、自分で布団を敷いて眠り始めたということだった。が、かくイビキがいつもと違っていた。ヨネは心配で声を掛けたり、身体を揺すったが、決して目覚めなかった。ヨネはそれからずっと付きっ切りだったのだった。

 ヨネが、話終わったところで、スギの呼吸がとうとう止まった。

 セイは一瞬ギクリとし、

 「お父ちゃん」

 と言って、父を揺すった。しかしながら、父はもう二度と返事をしてくれなかった。
セイの目には涙があふれてきた。セイは大声でセイは父の身体の上に泣き伏した。

 ヨネは、泣いているセイを見ながら、

 「本当はなあ、俺が先に行がねばなんねえのに、俺なんかが残っちまって…スギ、なんで、俺より先に言っちまったんだ?」

 と言ってポロリと涙を流した。

 「セイを一人ぼっちにしちまって・・・。セイ、俺みてえ老いぼれを残しっちまって」

 ヨネは言う。は一人残されたセイがとてもかわいそうだった。そして、自分もこれからセイに負担を掛けてしまうのではないかと思うと気の毒でならななかった。

 「そんなの、ばあちゃんのせいじゃねえべ!」

 セイが涙で塗れた顔を上げ、咽びながら言った。



 その後、身内で慎ましやかな葬式をした。なぜか、式にはお経を挙げる坊さんは来なかった。参列者は、セイとヨネ、そして隣り部落の親戚や知り合いだけだった。皆で食事を作り、家の裏の薄暗い杉林の中に、あらかじめ掘っておいた穴に亡骸を埋めて供養した。最後に、ヨネが自分で作った卒塔婆を立てて、皆で手を合わせて供養した。

 世間一般の葬式を見ているセイにとっては、とても奇妙な葬式だった。

 「お坊さんにお経を読んでもらわなきゃ、お父ちゃん、仏様になれめえや?」

 とセイは言った。

 ヨネは

 「仕方ねえんだ。訳は後で教えっからな。」

 と言った。  


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