その日俺は、朝に米沢をジョギングしていた。時は春、俺のお気に入りの季節。晴れていて雲一つなく、とてもすがすがしい天気だった。自宅の横の細い路地を抜け、伊王野小学校の校庭の脇道を抜け、根岸橋を渡り、根岸川沿いの道を走って長源寺まで行き、寺の前にかかる橋を渡って坂を登り、ぶつかった丁字路を左に曲がって米沢に入った。眼下左側には、田一枚をはさんで根岸川。その奥には長源寺の墓地が広がっている。道はしばらくすると、川と平行して走るようになり、やがて、川は道路すぐ隣の二メートル下を走るようになる。 米沢の道は車一台がやっと通れるほどの狭い道だ。車には厳しいこの道だが、俺にとっては、快適なジョギングコースだった。きれいに舗装されていて、車や人とすれ違うことなどめったになく、自分のペースでのんびり、ゆっくりと走ることが出来るからだ。 俺がこの道を走るのにはもう一つの理由があった。それは自然のがまだ豊富に残っているからだ。春一番に走ると田んぼの土手にふきのとうが出る。帰りすがらそれを摘んでポケットに入れて持ち帰ったり、四月半ばには、山肌にポツリポツリと生えるタラボに新芽が出始めるころ、早く食べごろにならないかと思いたりしながら走るのが楽しかったのだ。 この日は、空に雲ひとつない快晴だった。ぽかぽかとした天気のせいか、俺はとても快適だった。左右の足を軽快に振り出して、勢いに任せてぐんぐんと前に進んだ。気づくと、俺はいつもよりも遠くまで来ていた。道路右の田を一枚、また一枚越えるたびに、左右両側の山並みが、互いの距離を縮め、どんどん俺に迫ってきた。徐々に自分の見える視界が変わっていき、前に広がる空がだんだん狭くなり、ついには視界から消え、頭上に広がり、とうとう山の合流地点に到着した。俺は、立ち止まった。右手には、鬱蒼とした雑木林があった。良く見ると奥にわずかな空き地が見えた。 「あれ?いったいなんだべ?こんなとごろに空き地なんてあったっけ?」 と俺は思った。 俺は道路から反れ、雑木林まで、あぜ道を走って行った。根岸川にボロボロの丸木橋がかかっていた。 俺は、橋の少し手前で一度立ち止まったが、再び誰かに誘われでもしているかのように、とぼとぼと歩き始めた。橋を渡ると、左手の竹林と右手の雑木林から伸びた枝が覆いかぶさってできたトンネルがあった。足元には背丈の高い草が茂っているものの、道らしきものがあり、奥に進んで行った。 空き地は家が一件建つほどの広さがあった。奥の山にはずっしりと太い杉が何本か生え ていた。敷地内には陽があたるところが少なく、薄暗く鬱蒼としていた。 あたりをぐるりと見回した。
「お?なんだ?」
俺は気づいた。 一箇所だけ陽が当たる場所があり、そこに黄色いタンポポと赤いカタクリが身を寄せ合って生えていた。 俺は不思議だった。これら2種類の花が、性質や住む場所が違うのに、一緒に仲よく”住んで”いるからだ。共通していることといえば、日光が必要なことと、根を地中に深く張ることぐらいだろうか。 俺は、この様子を見ながら考えた。たぶん、2種類の植物は、元はそれぞれが別な場所に生えていたのだろう。たまたま種が飛んできて、どちらが先というともなくこの場所に舞い降り、根を張り、がっちりと地中深くに根をおろしたのだろう。それから今までお互いに交わることはないものの、少しずつそれぞれの子孫を増やし続けていったのだろう。
|
|