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作品名:Yamizo Story Part1 米沢の廃屋 作者:Tosh

第3回   廃屋
 後日、ヒサ爺がノートを読み終えたという電話があり取りに行く。爺さんの家は米沢に入ってすぐのところ。東側の山の麓にある平屋建ての小さな家で、屋根には水色の鉄板が敷いてある。俺は、薄っぺらの曇りガラスが六枚入った木製の引き戸をがらりと開けて、

 「こんちわー」と挨拶をした。

 爺さんは土間からすぐ上がった床の間の掘り炬燵で、掛けてある布団に手と足を突っ込んで背中を向けて座っていた。長年つれそった婆さんは、向い合って茶を飲んでいた。俺が玄関に足を踏み入れるなり、振り向いて手招きし、爺さんの左側の空いている席を指差した。「ここへ座れ」と言っているのだろう。婆さんは座布団を敷いてくれた。
 爺さんの手前にあるテーブルの上には、先日自分が持ってきたノートが開いてあった。どうやら読み返していたらしい。ちょうど廃屋の所が開いてあった。婆さんは横から茶を進めてくれた。

 俺は、礼を言って一口飲んだ、

 「あっちっち」

 ばあさんは、”はっはっは”と笑った。

 「だから、言ってたのに聞いてねえんだから…」

 爺さんはタイミングを見計らっていた様子。ボソボソと語り始めた。

 爺さんによると、ずーっと昔、米沢にボロボロの廃屋があったとのこと。今はもうなくなってしまって、実際に見たことがないが、建物とそこにまつわる話を聞いたことがあるとのことだった。

 小屋には、和紙職人が居たとのこと。しかしながら、家系が絶え、そのあとはずっと放って置かれたそうな。朽ち果てた小屋には、様々な噂が立ち、それがあまりにも薄気味悪いものだったので、村人は小屋を取り壊してしまったとのことだった。

 「夏に小屋の前を通った人の話だげどな、そん時は星が見えて静かだったんだど。風がなくてよ、虫が鳴いていて、蛍が飛んでたんだと。」

 じいさんは、そんな夜に、小屋の中に人魂のような大きな光の玉が出たと言った。                                                                 
 雨の日は、村の中がどんなに小雨でも、小屋の周りだけは大粒の、涙のような雨がボトボトと落ちるとのこと。加えて、雨音に混じって、時折誰かがシクリシクリと泣いているような声も聞こえるとのことだった。
 木枯らしが吹きはじめると、女の叫び声と、苦しげな猫のうめき声のようなものが風の音に交じって、聞こえてくるとのことだった。

 ヒサ爺は、小屋自体を見たことがない。だが、まるでそこに居合わせたかのように話をした。しかし、それには理由があったのだ。

 爺さんが子どものころに、近所にキミというヨボヨボになった婆様がいた。婆様は爺さんの親戚でだった。婆さんは小屋のことを良く知っていた。遊びに行くたびに、小屋にまつわる話をしてくれた。ヒサ爺はキミ婆を思い出しながら話す。

 「昔、米沢にはよ、ボロ小屋があってよ、その小屋の裏には、えらい太い杉が生えていてな、小屋はぐるりと山に包まれるように建っていたんだよ。そんでな、何でか知んねけど家が北を向いててな、建ってたんだわ。普通は南に向けて建てるのに不思議だ。家を背にして左側、方向で言うと西側にはなあ、ナラやクヌギの雑木林ずっと続いててよ。右側には竹林があったんだわ。雑木林と竹林は家の前で入り混じって、枝葉が重なりあってるんだよ。でそこにな、トンネルになって道が付いてるんだわ。ぬけていくと、田んぼが見えてくる。敷地とと田んぼの間には根岸川が流れていてな、そごに太さ十センチほどの杉の木を十本組んだだけの橋が架かっててよ。そごから田んぼにあぜ道が続いてたんだわ。そんでそれがな、いつもオメエが走っている道路にぶっつかるんだよ。まあ、こりぁあ、おめえも知ってっぺけどな。
 美濃沢から降りてきた道路から、田んぼ越しにその家を眺めっとな、なんか小屋は誰にも見つけられねえようにって感じで、林の奥にひっそりと建ってるんだわ。そんでもって、中さ入って小屋を見てみるとよ、屋根は杉の皮で葺かれててよ、所々が抜け落ちて穴が開いてたり、歪んでいたりしてたんだとよ。壁は漆喰の塀でよ、ヒビが入ってて、あっちこっち剥げ落ちてて、そこから骨組の竹とか藁が飛び出てたんだわ。
 小屋にはほとんど陽が当たらなくてなあ、庭は何かヒヤッとしててよ。そんでもグルッと辺りを見てみるとな、そごにはオメエが夢の中で見たように、一箇所だけ陽が当たるところがあってな、黄色いタンポポと赤いカタクリの花がびっしり生えてたんだとよ。
 あんまり見事に咲いてるもんで、そのことを知ってる人に言うと、そんときから村人が花を見に行くようになってな。人通りが多くなったんだわ。
 でもな、それも少しのあいだだけだったんだわ。すぐに、変な噂が立ち始めたんだ。確か…」

 爺さんは、話を再び繰り返し始めた、だが、今度はちょっと詳しかった。

 「キミ婆さんの友達の話ではよ・・・ある夏の夜、ふと蛍の光が見たくなったんだと。もちろん、ばあさんの家の周りにも蛍はいるんだけど、その日は、もっとたくさんの蛍を見に行きたくなったんだとよ。そんでよ、米沢の奥の方がいっぱい居るべと思って、ずっと奥さ行ったんだと。そしたら、あの屋敷にぶち当たってよ、案の定、そこには、蛍が家の外にも中にもえっぱいいてよ。すごがったんだと。でもよ、家の中によ、なんか、見たごどもねえ、すんげえでっけえ蛍が飛んでたんだと。どの位だったべな…このくらいだったっけなあ…」

 と言って、両手で直径十センチほどの玉を作った。

 「もうひとつはな、美野沢に住む男から聞いた話でな。そいつはな、冬のある日に伊王野の友達のところで夜遅くまで飲んでたんだと、米沢抜けた方がジブンチ(自宅)まで近かっぺと思ってボロ小屋家の前を通ったんだと、そしたらよ、木枯らしがビュッと吹いてきてよ、風に乗って小屋の方から、女の叫ぶ声が聞こえたんだってよ。そのときゃ、背筋ゾクリとしたってよ。そんでな、また吹いたときにはな、今度は猫の鳴き声が聞こえたんだってよ。でな、もう金縛りみてえになって凍りついた首を回して、小屋の方をチラリ見るとな、家の中がボヤっと明るがったんだとよ。われに返り、走り出し、ふとまた再び振り返ると、光はきえていたんだそうな。であとで、確かめると、その光は、ばあさんが見た位置と同じ場所にあったんだと。」

 ヒサは更に次のように続けた。

 「男の話を聞いてな、キミ婆さんとその友達とが一緒になって確かめに行って見たことがあったんだと。でもな、その後は、家の中の灯りは、いつ行っても点いていなかったんだとさ。
 それからはな、遊び半分で噂を作る人も出てきたりして、噂はドンドン大きくなりながら村中に広がっていったんだと。それから、まもなく誰かが屋敷を壊すべと言い出して、みんなで壊しにいったんだとよ。もちろんただ壊してそのままにすっと、なんかの祟りもおこるべから、最後に神社の神主さんにお払いもしてもらったっー事だ。」

 長老は、その後漫談を交えて、まるっきり同じ内容の話を何度も繰り返した。爺さんが話している間、自分が見た夢は漠然ではあるが、やはり何か訴えているような気がしてならなかった。いったい何なのかは分からなけど。でも爺さんも熱を入れての語りから察するところ、

…たぶん、なにかある…

と感じているんだろう。


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