世界が歪み、ぐるぐると回転して真ん中に吸い込まれて暗黒の世界が広がり、一筋の光が差してきた。 気がつくと俺、三森直行は、足をかかえて土手に座っていた。何時ここに座り、寝入ってしまったのかは全く覚えていなかった。空には陽がずいぶんと高く昇っていた。だいたい九時ごろだろうか。4月初めなら、まだ寒いはず、だが風が吹いてないためか、なぜかこの日は不思議に暖かかった。
…どうやら少し眠っている間に、夢を見ていたらしい…
俺は夢の内容をあまりよく覚えてない。夢の中には女性が出てきて、なにやらとても後味の悪い結末となったことだけは鮮明に覚えている。 見下げると、まだ水は入ってはいないが、間もなくという田んぼがある。その田を一枚隔てた土手の下を流れる根岸川を境にして囃子が広がっていた。左手には竹、右手には雑木がずらりと生えている。その後ろには山の天辺まで太い杉がどっかりと陣をとっていて、山を深い緑色に染めていた。
…どこかで見たような風景だ…夢の中か?…
俺はゆっくりと立ち上がり、尻についた枯れ草を両手でパンパンと払い落とした。ふと足元を見ると、右足のすぐ脇に赤いカタクリの花と黄色いタンポポの花が隣り合って咲いているのに気付いた。南風がフワリと吹いてきた。二輪の花はゆるりゆるりと風に撫でられているかのように揺れた。 今度は強い風がずっと東のほうからブワリブワリと山の木を揺らしながらとやってきた。その塊はついに雑木林をなで上げ竹林にぶつかった。まだ葉の生えていない雑木の枝がこすれガリガリと音をたて、竹の葉が擦れ合いカサカサと音を立てた。
ゾクッ!
俺は急に背筋に寒気を感じた。暖かいとは言ってもやはり春、しばしのまどろみの間に、身体は冷え切っていた。 俺は、立ち上がり、モコモコとしたやわらかい土手の上を、ミシリミシリと足をのめり込ませるように歩きながら、アスファルトに向かって行った。道路に出ると手首をまわし、足首をまわし、身体の間接をゆっくりと回したあと、家路へ向かいゆっくりとジョグを始めた。
・・・しかしまあ、あの夢は何だったんだろう?・・・ 「カァカァ・・・バホッバホッ」カラスの集団が頭の上を上空を北西から南東に横切る。
・・・それに、俺は確か向こう岸の林の中にある空き地にいたはず・・・
妙な気持ちのまま家に到着。茶の間でお茶を飲み、一息入れていると、窓外の陽が陰り、徐々に暗くなってきた。ゆっくり本でも読もうと思い二階に上がる。部屋へ続く板の間からガラス越しに見る空には那須連山の方からどす黒い雲がグングンと押し寄せていた。前に座り本を手に取り数行目を走らせる。外はミルミルうちに黒く分厚い雲で覆われ、部屋の中の温度が急激に下りはじめた。風がビュウと吹き、道路越しにある前の家の銀杏を揺らした。直ぐに窓ガラスをガタガタと鳴らし始め、やがては霙交じりの雨をたたきつけた。
「・・・ちゃん!・・・オーイ!・・・」
誰かがどこかから自分に呼びかけてきた。 何かかが、霞んで見えてきた。だんだんその姿がはっきりしてきた。 長老のヒサ爺だった。
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