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作品名:Yamizo Story Part1 米沢の廃屋 作者:Tosh

第23回   日中戦争
 ちょうどヨネが死んだころだったろ。日本は中国の東北地方に満州国を打ち立て、植民地化を進めた。その皇帝は中国人だが、実権は日本軍が握っていた。
 ほんのわずかな土地を耕していた日本の農家の人々にとって、広大で肥えた土地が広がる満州は魅力的だった。軍は中国東北地方の大富豪と結託し、その地で既に農業を営んでいた満州人を蹴散らして、そこに日本人を入植させた。苦境に強い満州人たちは未開の奥地へと追いやられ、荒地から田畑を開拓し、己の食料を確保していった。こうすることにより広大な満州があっという間に開拓されていった。広大な農地を手に入れた日本人入植者は、豊富に採れる作物のおかげで豊かに暮らすことができた。
 だが、そんな暮らしはさほど長く続かなかった。軍人と富豪は、満州の今後の発展について語り合う宴をたびたび開いた。やがて二者間にほんのちょっとした意見のすれ違いが起こった。それが原因で両者の間に溝ができ、次第に深くなっていった。ある日のこと、長春市で日本からやってきた政府の役人が殺された。これをきっかけに日本軍は、大富豪の乗る列車を爆破し、とうとう日中戦争が始まった。
 ラジオで日中戦争のことが流れると、村の人たちのシュウへの風あたりは強くなった。シュウは朝鮮人ではあるが、村の人たちにとっては、満州も朝鮮も区別なく同じ属国の敵対者だった。海外から来た東洋人を全て三国人と呼び蔑んだ。刻一刻と戦争が激化するにつれ、シュウへの八つ当たりは強くなった。
 戦争が始まると商売はこれまでにない不振に陥った。以前にも一度経験したが、今回は、度を越えていた。どんなときであっても贔屓にしてくれたお得意様からの注文さへも途絶えてしまった。大きな戦争に突入したという状況下に、村人達がセイとシュウに対しての除外意識が高まっていったたことが原因だろう。

 彼らはセイと取引をしている相手を見つけては、嫌がらせをした。「非国民!死ね!」など、悪口や呪いの言葉を紙に書き、その紙で石を包んでぐるぐるとねじったものをセイの訪問時に屋敷内へ投げつけた。

 米沢の屋敷へは、以前したように、子どもたちを使って嫌がらせをしてきた。以前とはやってくる子供の数と頻度が桁違いだった。紙を干すとすぐぼろぼろになり、そればかりか、今回は子ども達はセイやシュウの顔をめがけて投げつけた。ときに頭の皮が裂け、垂れてきた血が服を汚した、服を脱ぐと身体のあちこちにあざができて絶えることがなかった。

 そんなことが1ヶ月続き、紙を作ることもままならなくなった。もう一銭のお金も入らなくなってしまった。

 「もう、だめだ。おわりだ。」

 セイはとうとう弱り果てて切り出した。

 「そんでも、俺たち、この仕事しかやれないよ。」

 シュウは自分に言い聞かせるかのように言った。

 「シュウ、おめえ、いろいろひでえこと言われたり、やられたりしてんのに、つらぐねえんか?」
 
 「そりゃ、辛いよ。けど、ほかに何ができんの?」

 原料を仕入れるお金さへなくなってしまった今は、もはや売り物にならなくなってしまった紙を水で戻して、質の悪い紙を作る以外手立てはなかった。二人は来る日も来る日もいつかは嫌がらせが止むだろうと期待し、めげずに紙を作り続けた。 
しかしながら、子どもたちの仕打ちは一向に止まなかった。3ヶ月もそんな生活が続いたあと、二人はとうとう精も根も尽き果てた。

 ちょうどそのころからのことである。一年ほど前から始まった徴兵令制度がとうとう伊王野にまで浸透してきた。ポツリポツリと若者達が徐々に戦争に借り出されるようになってきた。武器を作る鉄が不足しているということで、鉄や鉛が村中からかき集めらては持って行かれた。更に、時折軍隊がやって来て、「お国のため!」と言う名目でありとあらゆる家々から食料も奪って行った。

 幸か不幸かわからないが、そんなことがあってからは、村人達は嫌がらせはしなくなった。お金を持っている人でさへも何も手に入れることができないというひもじい生活を強いられるようになってしまったのだ。

 二人は思い切って仕事を辞め、お金に頼らない自給自足の生活を始めた。彼らは、山に出て食べ物を探した。まず、二人が頭に浮かんだのは栗だった。二人は山へ入り栗を探した、古い栗でも食べられそうなら拾った。始めのうちは一日分の食料を見つけて来るだけで手一杯だった。慣れてくると数日分の食料を蓄えるまでの余裕もできてきた。しかしながら、それもつかの間だった。人の考えることは同じもので、やがては里の村人も山に入るようになり、山には栗が全くなくなってしまった。

 「これからどうやって工面しよう。」と二人は考えた。それではと思い、今まで食べたことは無いが、工夫次第で食べれそうなものを試しすことにした。まずは小動物や、いのししが食べるドングリ。人間も食べられないことはないだろうということで、煮て食べてみた。とても苦かった。二人は工夫して上手く食べる方法はないものかと模索した。そのうちに、鍋に水を張り、火に掛けて一度煮こぼし、熱湯を捨てて再び煮こぼし、3度目に味をつけて食すと難なく食べられるようになった。ほかにも、椎の実や栃の実も工夫を重ねて食料にした。
 二人は主食を木の実で確保したあと、オカズの確保に力を入れた。初めは、根岸川から魚を採ってきて食べたが、やがて尽きた。次に沢蟹、タニシを取って食べた。沢のものがなくなるとイナゴ、ハチの子を取って保存食にした。仕舞いには、赤蛙、ヘビを採った。食料のない世の中ゆえ、何を食べるかという選択肢などなかった。食べれるものなら家の周りにいるありとあらゆるものを食べた。全ては、貴重なたんぱく質。どんなものでも工夫して立派なおかずに仕上げねばならなかった。
 野菜はというと、初めは、根岸川でとれるセリや高菜、周りの山で取れる山芋を食べていたが、これもまた尽きてしまい。やがては、タンポポやカエルッパに至るまで食べれそうなものを片っ端から食べてビタミンを補給した。

 傍目には、ひもじく惨めな生活だろう。

 「どーもなんねえ世の中になっちまったんだなあ」

 囲炉裏の前に座り、セイは愚痴る。

 だが、シュウは

 「東京のほうじゃあ、食べ物なんてなんも口にできねえんだってな。それに比べりゃあ、食べ物があるだけで幸せだよ。」

 とセイに言い聞かせ、微笑を浮かべた。

 「おめえ、こんな状態でよぐも幸せそうに笑っていられるよな?」

セイが言うと、

「幸せそうじゃなくて、幸せなの。食べ物があって、こうやってセイさんと暮らせるんだもの。」

「オメー・・・」

 セイはしばし言葉を失ったあと俯いた。びっくりしたのやら嬉しいのやら恥ずかしいのやら何やら分からぬ感情が渦巻いた。

「オメー・・・」

 セイはは目頭を押さえる。

 「・・・」

 シュウは俯いたセイの顔から床の間にポトリと涙が落ちたのを見逃さなかった。シュウは、セイの後ろに回り、ゆっくりと大きな背中にもたれた。そして両腕でセイを包み込みながら、

 「アーリラン、アーリラン」

 と歌い始めた。

 セイは八溝山に二人で行った日を思い出した。

 「あんがとな」

 「アーラーリヨー」

 シュウは歌い続ける。

 「アーリラン、アーリラン」

 セイは、袖に顔を埋めて子供のように泣いた。


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