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作品名:Yamizo Story Part1 米沢の廃屋 作者:Tosh

第2回   米沢
 栃木・茨城・福島の3県にまたがり八溝(やみぞ)山地がある。八溝山地は茨城県にある八溝山を頂点とした山々の集合体だ。鬱蒼と樹木が繁り、空から見ると、濃緑色の海に穏かな波が立っているかのようだ。伊王野という集落は八溝樹海の栃木側の裾にある。米沢(よねさわ)は伊王野の北の山間(山間)にある。
 名前が示す通り、そこには、根岸川という沢が流れ、昔からその沢の水を利用して田が作られてきた。米沢は山合いからの流れが長源寺に達するまでの、ほんの数キロほどの地域だ。つまりのところ、ちょうど長源寺が米沢の入り口ということになる。
 米沢の田は、山の峰と峰の合間に作られている。沢は東の際を流れ、途中から西の山裾を走り、また東を走り、やがては西の山裾にある長源寺の前で緩やかな淀みとなる。
 米沢には、車が一台走るのがやっとの狭い道路も伸びている。道路は、山すその杉林から出たうねうねと曲がり、たびたび沢と交差し最後に沢とは離れる。
 空から見ると、緑と灰色の細く長い蛇が、米沢から交差しながら長源寺へ這い降りているように見える。
 灰色の“蛇”が出てくる杉林を山にに向かって道路を遡る。道路は薄暗い山の中をつづらに折れて這い上がり。やがて芦野と美野沢を結ぶ山道にぶつかる。
 山道は二つの集落を結ぶ近道でだが、好んで通る人はいない。薄暗く、険しく、気味が悪いほどひっそりとしている。利用する人は、田の手入れをする人か、山菜やきのこを採る人ぐらいのものだろう。
 それがゆえに、この周辺には自然がたっぷりと残っていると言える。沢には、蟹、泥鰌や山女魚などが棲んでいて、水際には年中、高菜が生い茂っている。
 四季の変化にも富んでいて、夏になると、日中、オニヤンマが飛び交い、夜には、蛍が舞って幻想的な世界が広がる。お盆をすぎると、稲の穂が、淡い太陽の光を浴びながら、そよ吹く風の中でのんびりと揺れる。穂がたわわに実るころには、山の木々が朱色に染まり始める。やがて、どこからともなくイナゴがやってきて、「早く刈ってしまわねば食べてしまうぞ」とばかりに飛び跳ねる。霜が降り、西から冷たいからっ風がビュウと吹くと長い冬がやって来る。寒さをじっと堪えているうちに、ふきのとうが土手から芽を出し、梅が咲いてウグイスが鳴き始める。椿や桜がその鳴き声に刺激されたかのように咲きはじめ、やがては、すべての花という花が、競うように咲き始め、春本番を迎える。郭公が鳴けば今度は田植えが始まり。水回りを見るだけしか仕事が無くなった農夫たちが、縁側でお茶を飲んでいる様子があちこちでチラホラ見れるようになると入梅となる。雨の合間に太陽を見るたびに、空に高く登っていく。やがて、ゴロゴロと雲を引き裂くような雷が鳴ると、再び米沢に暑い夏がやって来るのだ。


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