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作品名:Yamizo Story Part1 米沢の廃屋 作者:Tosh

第19回   曾孫
 「早いなあ、今年も、もう秋になっちまったんだなあ。」

 縁側でお茶をすすりながらヨネが言った。セイとシュウが一緒になってからもう7年が経った。セイは竹林、シュウは雑木林を漫然と見ている。十月も終わりになると、広葉樹の葉が、赤・朱・黄と色とりどりに染まる。ゆるりと風が吹くと、だいたいは身をよじりながら懸命に枝にしがみついているが、ひらりひらりと葉が舞い落ちるものもある。秋は広葉樹が自己主張をする時。散りゆく葉が間際に華やかさを誇示する。後を一抹の寂しさが追いかけるのも事実ではあるが、3人は秋がお気に入りだっだ。

 セイは、昨日までの出来事を思い出していた。

 ヨネは1年ぐらい前から
 「死ぐまでに、早ぐ曾孫の顔みてえなあ」
 と突然言い始めた。

 それ以来、ヨネはこのせりふを、たびたび口にするようになり、最近では日に何度も繰り返すようになった。二人はもう32歳だ。努力はするものの、まだ子どもがいない。もうそろそろできてもいいはずだとヨネ考えていた。

 婆から、「曾孫」という言葉を聞くたびに痛かった。「本当に、自分達にはいったいいつになったら子どもができるのだろうか。できないのは自分に原因があるのだろうか。」とセイは悩んだ。その一方で、「いや、いつかは子供ができるだろう」と自分を励ました。
 セイは去年の夏から、神社にお参りを始めた。ボツボツと大雨の降る日も、ゴウゴウと吹く大風の日も、シンシンと降る大雪の日も、朝早く起きて努力した。しかしながら、事態は何も変わらなかった。
 セイはとうとうこの夏、思い切って、悩みを鍛冶屋のタケに打ち明けた。何度か話をしているうちに、紙屋敷に何か悪いものが憑いているのではないかという方向に進んでいった。タケは悪霊を振り払ってくれる”拝み屋”のばあさんをセイに紹介した。セイばあさんのところに行き、拝んでもらった。結果、話はシュウに進展し、とうとう家までやってきたのだった。

 「祓いたまえ!教えたまえ!」

 婆さんは、シュウを前にし、祓具を振った。
 
 「うーっ!」とうめき声を出したあと突然、

 「奥方の周りには、たくさんの人の影が見える!その人たちは生きている人もいるし、死んでいる人もいる!それが原因だ!」顔を伏せ、目を閉じたまま言った。

 「うーっ」

 ・・・しばしの沈黙・・・

 ギッと突然目を開き、シュウを睨んだ。
「たくさんの軍人、通りすぎたたくさんの男」
ばあさんは気が触れたかのような形相で言い放ち、それだけ言って正気に戻った。
 セイはシュウを見た。シュウは頭を垂れている。なにか思い当たる節があるような感じだったが、セイもヨネも、肩を落として沈んでいるシュウに声をかけることができなかった。



 セイは、縁側でお茶を飲みながら、昨日拝みやのばあさんに言われた“台詞”を思い出していた。原因が自分にではなく、シュウにあったのかと思うと、今まで自分を責めていたことが馬鹿らしく思えてきた。
 シュウは、隣でセイの様子をちらりちらりと伺った。セイと同じように、シュウも以前から子どもができない原因は自分にあるのではないかと考えていた。そしてとうとう、昨日、恐れていたことが明るみに出てしまった。

 シュウには思い当たる節があった。今それを言おうか言うまいか悩んでいる。ヨネは子どもができない自分を許さないだろうし、毎日神社へ拝みに行っていたセイの姿を思い出すととても言う気にはなれなかった。もし打ち明ければ、もうこの家には置いてもらえないかもしれないと考えていた。

 風がゴウッと吹いた。もみじの木にずっとしがみついていた僅かばかりの枯葉が枝から離れ、パラパラと地面に落ちていった。落ちた葉は、地上をころころと転げ、家の脇を走り抜けていった。


 「あのね」とシュウが切り出した。

 セイとヨネがシュウを見る。

 「実は、あたし、東京にいるとき、病気になったことがあるの。」
 シュウは、なぜか今までにないほど丁寧な口調で続けた。

 「1週間くらい高い熱がずっと続いて、それでずっと寝こんで・・・結局、治ったんだけど・・・もしかしたら、そのとき何かの病気を移されたのかもしれない」

 シュウによると、この症状は、将校が死んだ後、部下に身柄を預けていたときのことだった。彼は無類の好色で、夜の街を飲み歩いたあとは、必ず女郎屋に飛び込んだという。きっと、あちらこちら遊びまわるうちに病気を移されたのだろう。男は高熱を出して死んだ。間もなくシュウも高熱に侵され、そのままの状態でしばらく放って置かれた。しかしながら、不思議なことに。シュウは死ななかった。

 「・・・・・・」

 シュウが話を終えた後、しばしの沈黙が流れた。おのおのの気持ちが複雑に交錯していた。シュウが固唾を飲む音が響いた。シュウにはこんな時間、永遠に続くかのように感じられた。

 竹林からさらさらと葉が擦れ合う音がした。烏がカアカアと鳴きながら、田んぼの方から飛んできて、屋根の上を横切っていった。三人はまだ黙ったまま下を向きお茶を飲み続けた。啜る音がとても大きく聞こえた。


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