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作品名:Yamizo Story Part1 米沢の廃屋 作者:Tosh

第11回   シュウ
 冷たい風に吹かれながら、ネオンが輝く飲み屋街をのらりくらりと歩き出した。二人は泉町の飲み屋街を抜け、更にその奥に進んでいった。そこは、それまでとは趣が違っていた。ネオンはあるものの、ポツリポツリとしかなく、かなり暗かった。道の両脇には、顔ははっきり見えないものの、暗闇でも目立つほど派手な服を身に纏った女性達が何人か立っていた。

 「どうやらこごが、噂に聞く赤線地帯っつーとこが?」

 セイは、以前から、宇都宮には赤線地帯というところがあると聞いていた。そこには、夜になると、怪しげに着飾った女性が何人か立っていて、彼女らは、一夜をかけて男に“春”を見せてくれるのだそうだ。しかし、セイにはその意味が全く分からなかった。

 「そうだあ。おめー、いつもまじめに仕事してっから、こーゆーとごは、初めてだっぺ?」

 タケはいつものしり上がりの調子で話しかけた。

 セイは、今、自分が初めて“その場所”に立っていると思うと、不安であるような、わくわくするような妙な気持ちだった。

 「いったいこごは何すっとごなんだんべ?」

 セイはキョロキョロとあたりを見回しながら、タケの後をついて行った。

 「ん?何かいいことだ。」

 とタケ言って、肩で風を切りながら、セイの前を闊歩した。このときタケの背中には活力がみなぎっていた。

 タケは“暗闇”に佇む女性たちの間を進んでいく。すると、左傍らに居た一人が歩み寄ってきて声を掛けてきた。タケはニコニコしてしばし話をしたあと、

 「今日はもう決まってっから。また今度な。」

 と言って、女性を振り切って通りを進んだ。

 二人が歩くにつれ、女性たちは次から次へとタケに声を掛けてきた。後ろにいるセイは、何が何だか分からず、声を掛けられても黙っていた。しどろもどろな気持ちで必死にタケについていった。タケはズンズンと歩き続け、赤線地帯を通り抜け、明かりのない真っ暗な路地に出てしまった。セイはいったいこの先どこへ行くのだろうと不安だった。すると、タケはくるりとセイの方に振り向いて、

 「そしたら、今日の相手はきめだな?」

 と言って通りすぎてきた女性たちの方向に引き返して行った。

 「は?」

 セイは、意味が分からず、ポカンとタケの顔を見た。タケはこのときばかりはいつもと違って、なぜか精悍な顔つきで格好良かった。

 あっけにとられているセイを見て、タケは、

 「俺は、今夜一緒にオネンネする女は見っけたぞ。オメーも早く探せ。」

 と言って、足を速めた。

 タケはお目当て以外の女性には目もくれず、スタスタと女性の元へに歩いて行ってはピタリと前で足を止めて声を掛けた。
セイは、タケが話をしている間、どうしていいのか分からず、彼の後ろに立って下を向いてモジモジしていた。

 そんなセイの姿を、じっと見ている女性がいた。その女性は二人が赤線地帯に入ってきたときから、セイのことが気になっていた。友達の言うことに任せてとぼと歩く男の姿に、この界隈に来る男たちにはない”何か特別なもの”を感じていた。

 女は、セイが、佇んで迷っているのを見て、すかさず近付いた。

 「コンバンハ」

 セイはビクリとし、声のする方に向いては、何か怖いものでも見たかのように後ずさりした。暗闇にはぼんやりと女のシルエットが浮かんでいた。セイはとても緊張していた。酔いも半ば醒め、心臓がドクンドクンと強く打ち、鼓動も早くなった。額や脇の下からは冷たい汗が流れ出た。

 「ドシタノ?ココハジメテ?」女は言った。

 「うん」

 セイは答えた。

 「トモダチ、ココニナニシニキタカワカル?」

 良く聞いてみると、女の言葉はぎこちなかった。

 「んん?良くはわかんね。」

 「じゃあ、私、今夜いっしょにいる。お兄さんと一緒にイタイ。」

 どうやら女が日本人ではないらしい。

 タケはもう自分の“商談”が成立したらしく、今日のお相手と腕を組みながら、セイと女の話を聞いていた。

 「チットいいかい?」

 タケはセイと話している女の腕を掴み、一寸離れたところに連れて行き、セイに背を向けてしばし話をした。二人は間もなくるりと振り帰り、セイに歩み寄った。

 「今夜はこの子が部屋に泊めてくれるってよ。なあに、俺の知り合いだ。もう全部話し済んだから。ま、心配すんな。それじゃ、また明日な。朝の10時、ここでな!いい夢見ろよ!」と一方的に言ってはセイの肩をポンとたたき、待たせておいた女性と腕を組んで歩き去って行った。セイは二人の後ろ姿をしばらく見ていた。タケたちは通りからそれて細い路地に入って行った。

 セイは、まだ同じ場所に立っていた。女、セイの右腕に自分の両腕を絡ませていたが、なかなか動こうとしないセイにやきもきしたのか、その腕を解いてセイの目の前に立ちふさがりセイの目をじっと見つめた。セイが女に気が付くと、女は今度は、セイの左腕に自分の右腕を絡めた。女はセイのたくましい腕にゆっくりと頭をもたれかけた。セイは女の一連のしぐさや行動を見た。改めて女を見ているうちに、一度静まった胸がまたドキドキしてきた。こんな風にピッタリと身体を着けられるのは、セイにとって生まれて初めてのことだった。身体の中からなにやら熱いものが煮えあがってきた。同時に、力が身体の芯から抜けて行った。

 「もう、寒いね。早く私のお部屋行こう!」と女は、上目使いにセイを見つめた。

 セイは女と目を合わせる。なぜか、とても恥ずかしかった。セイは一度目をそらしてまた合わせた。女の目の奥に何かを感じた。それが何なのかはわからないが、セイの中の何かが吸い込まれていった。セイには何か共鳴するものがあるのかもしれない。女とは初めて会ったばかりなのに、

 …懐かしい…

 なぜか、そう感じていた。

 瞳を見つめているうちに、

 …このヒトをもっと知りたい…

 そう思うようになっていた。セイが視線を外すたびに、女は視線を拾い、しっかりと受け止めた。それはまるで「私をもっと見てほしい、知ってほしい」と言う言葉を目で投げかけているかのようだった。目は心の扉。二人は、無言のままお互いの心を探り合った。

 セイは女の顔全体を見た。輪郭を確認してから、頬、唇、鼻を目で追った。暗闇に慣れないうちは、女がどのような様子なのかよく見なかったが、改めてよく見てみると、目鼻立ちがはっきりとし、とても整った顔立ちをしていた。強い視線で見つめるものの、表情には口元に優しさがにじみ出ていて、彼女にはなんともいえない不思議な魅力を感じていた。セイは、再び目を合わせた。そして再びどっぷりと彼女の瞳にのめり込んで行った。セイの胸はまた「ドキドキ」してきた。しかし、今度の鼓動は、さっきのものとは別のものだった。

 「それで、あなた、どこからきたのですか?」と女は言った。ぎこちない言葉だったが、酒場で聞く言葉にしてはいささか丁寧さを感じた。

 「伊王野っつーとこ。知ってっかい?」

 セイは緊張してガチガチだった。

 「知らない。それってウツノミヤの近く?」

 「いや八溝(やみぞ)っつーとこ、福島と茨城の県境だ。ずっと北だ。知らねえけ?」

 「知らない。ワタシ、ウツノミヤに来たばかりだから。」

 「そうかい、八溝はなあ、宇都宮駅から汽車に乗って一時間半位で黒磯駅に着いて、そこからバスに乗って三十分くらいのところだ。」

 「ふーん、どこかワカラナイけど、遠いところから来たんだね。」

 二人は言葉を交わしながら歩き始めた。

 二人は、ポツンポツンと明かりの灯る細い路地を、腕を組みながら歩いていった。その間、その通りに灯る明かりのように、ポツリポツリと会話を交わした。話しをしているうちに少しずつ二人の心は打ち解けていった。女の名前はシュウと言った。シュウは朝鮮人で、日本の軍人に、日本まで連れてこられたと言うことだった。初めは東京にいたが、3ヶ月前にウツノミヤに来たということだった。



 「どーぞ」と言ってシュウは引き戸を開けた。

 セイは、今、女の部屋の入り口にいるセイは部屋の中をぐるりと見回した。部屋は小さく、四畳半ほどだろうか。部屋の真ん中には、小さな円筒型ストーブがあった。上には薬缶が載っていた。窓を見るとぶ厚いカーテンがかかっていた。右には、洗面台らしいほんのわずかな空間があった。どうやら、台所と兼用になっているようだ。足元に玄関らしき板の間があり、アパートの入り口から履いてきたスリッパをそこ脱ぎで座敷に入った。板の間と部屋との間には引き戸があり、シュウは、セイが入るなり引き戸を閉めた。すると玄関が見えなくなる代わりに、今度は押入れの中が見えるようになった。



 「そんで、あそこで、仕事してんだね?」セイはシュウの話を振り返りながら言った。

 「だって、それしか、できるシゴト、ないから。」シュウは、セイの目を見て、たどたどしく答えた。

 押入れは、上下二段に仕切られていて、上段には茶碗やお箸などの生活用品、下段には布団類が入っていた。
シュウは、上段から折りたたみ式の木製の小さなちゃぶ台を取り出し、ストーブの横にそれらを置き、下段から座布団を取り出して敷き、ちょっとした“茶の間”を作った。

 かれこれ15分はたったころだろうか、ストーブの上で薬缶が注ぎ口から白い煙を上げ始めた。シュウは薬缶を取り上げ、あらかじめ用意しておいた急須に注いだ。蓋を閉めて、セイの茶碗にタプタプと注いだ。それから受け皿に皿に載せて、

 「はい」

 とセイの前に差し出した。

 「どうも」と言ってお茶を自分の前に引き寄せ、セイは話を続ける。

 「さっき、軍人に日本さ連れで来られたって言ってたんだげっと、何で?」

 「うん・・・」

 セイはシュウの顔を見る。曇った表情から察するところ、あまりそのときの話はしたくないようだった。

 「………」

 しばしの沈黙。

 「ええと・・・」

 シュウは重々しく口をひらいた。

 その後、二人の会話は延々と続いた。ほとんどはセイが質問をし、シュウがその質問に答えるというパターンだったが・・・。

 シュウは、中国の延吉市という、朝鮮人の多くすむ地域に住んでいて、市の郊外で農家をしていた。家族は、両親と兄と自分の四人家族だった。シュウの父は中国人、母は朝鮮人だった。父はもともとはハルピンで毛皮の貿易商をやっていた。父は中国国内から足を伸ばしてソウルまで、シベリアから入ってくる毛皮を売りに行っていた。そのうち、取引先の娘、つまりシュウの母に恋をした。父と母の両親は二人の恋には大反対だったそうな。当時、中国人と朝鮮人は仲が悪かったらしい。なので、二人はお互いの願いを成就させるため、親の反対を押し切って、駆け落ちをし、延吉で暮らし始めたとのこと。
 延吉での二人の生活は、貧乏で大変だったが、食べ物は豊富にあり、大きな病気をすることなく、幸せだった。そんな幸せの絶頂期に兄がうまれ、そしてシュウが生まれた。平和な日々が続き、兄とシュウは何不自由なくすくすくと育った。

 しかしながら、そんな平和な日は突然終わった。シュウが15歳になった年のある春の日夜のこと、皆で夕食をとっていると、突然遠くから銃声と人の叫び声が聞こえてきた。父が驚いて外に出ると、村のあちこちから火の粉が上がり、黒い煙が立ち上っていたのだった。
 母は、なかなか戻らない父を心配して家の外に出ようした。すると、父が何人かの村人と一緒になだれ込んできた。そのうちの一人が言うには、日本兵が村を襲い人を惨殺した後、全ての家に火を付けたとのことだった。言い終えるや否や、今度は兵士が銃刀を持ってどかどかと入ってきた。

 村人は家の中を逃げ回った。シュウも食事を蹴散らしながら、部屋の隅から隅へと逃げ回った。兵士達は、逃げ回る村人達や家族を一人ずつ、まるで家畜を追うかのように詰め寄り、銃を胸元に突きつけて弾丸を数発打ち込んでいった。父親も母親もそして、兄もすべて殺され、残っているのはシュウだけになった。シュウは、逃げ場を失い部屋の片隅で背中を丸め、両足を抱え、顔を膝に伏してうずくまっていた。
 一人が近づいてきた。「自分も殺される」とおののいていたが、なかなかそうはならなかった。数人の兵士がシュウを囲んで何かを話したあと、シュウに目隠しをした。シュウは、手を縛られたことまでは覚えているが、その後は覚えていなかった。


 シュウは、自分がソウルに連れて来られているのが分かった。あとで、隊長がシュウを気に入り、コレクションとして囲いたかったのだという理由も聞かされた。
 ソウルは都会だと母からいつも聞いていた、一度は街を見てみたいといつも母に言っていた。でもまさか、こんな形でソウルにやって来るとは思ってもいなった。
 シュウは家族を殺した隊長を絶対に許せなかった。いつか家族の敵を討とうと思いつつも、実際には何もできないかった。そんな自分が情けないと思いながら毎日を送っていた。隊長には、シュウ以外にも何人か“女”がいた。全て、隊長が気に入って連れてきた者たちだ。韓国人の他には、中国人やロシア人もいた。

 隊長は、気が向くと、そのうちの一人を選んで自分の相手をさせた。いつも欲望を満たすものの、どの女にも愛情はなかった。シュウは、自分もそのうちの一人に過ぎないのだと理解していた。
 隊長は機嫌が悪くなると、女達にひどい扱いをした。殴る、蹴るのは当たり前で、時折、女の命さへ奪った。

 シュウには、決して忘れることができない出来事があった。それは中国女性に関する一件だ。その女性は隊長に一番思いを寄せ、一番尽くしていた。ある日、女性は隊長に呼ばれ、いつものように時を過ごしていたそうな。

 シュウはこのとき、自分の部屋で本を読んでいた。すると、突然、隊長の怒鳴り声が聞こえたのだ。

 「ギャー!」

 大きな叫び声が聞こえた。声のする隊長の部屋の前まで走って行くと、すでに他の女達がドアの前にいた。

 「ああっっ…ああっ…あ…」

 隊長の部屋で、女の声が途切れ途切れに聞こえた。徐々に小さくなっていった。隊長は何かブツブツ言っていた。

 「ウォー!」

 と突然隊長の叫び声が聞こえたかと思うと、

 「ぎゃーああああ!!!」

 残った力で、絞り出すようなるような女の声が続いた。

 …「ゴクリ!」…

 シュウは女達と廊下でと固唾を呑み、棒立ちしていた。

 …ト・ト・ト…

 足音が近づいてくる。

 ガチャッ!

 取っ手が廻った。

 …「ゴクリ!」…

 シュウたちはおののくような目つきで、肩を寄せ合い、じっと取っ手を見つめた。

 ガチャッ!

 取っ手が元に戻り、ドアは開けられなかった。

 …ト・ト・ト…

 足音が遠のく。

 部屋の中で、再び隊長が叫び、女が僅かに反応する声がした。

 その隙に、シュウが皆に目配せをし、全員でへやに戻った。

 間もなく、隊長はシャワーを浴びて、家から出て行った。

 女達は部屋からそろりそろりと出てきて隊長の部屋の前に集まった。シュウがそろりと取っ手を回し、ゆっくりとドアを押すと、血の匂いが鼻を突いた。

 キャー!!!

 シュウは腰を抜かし、気絶する者もいた。

 あとで、分かったことだが、中国人と親しかった朝鮮人の女の話によると、中国人の女は身ごもっていて、隊長に告げればきっと喜んでくれるだろうと言っていたのだそうだ。

 シュウがドアを開けたとき、部屋の中でむごたらしい姿で仰向けになっていた。彼女は、血の海の中にいた。傍らに日本刀が放置されている。腹を裂かれ、内臓も子供も引きずり出されたままうごめいていた。やがて彼女は朽ちるように死んでいった。



 シュウは、たびたびその夢を見てうなされると言った。

 …もしかしたらいつか私も・・・

 という思い出思いで、ずっと毎日を不安な気持ちで過ごしていた。だが、不思議なことに隊長はなぜかいつもシュウにはやさしかった。

 やがて、隊長に東京の本部から帰国の命令が来た。隊長は、数ある美しい女性達の中からかシュウを選んだ。シュウは、“お国”のための労働者として、貨物船の窮屈で汚い船底に詰められ、東京に送られたのだった。


 東京に着くと、隊長は一戸建ての家を借り、そこにシュウを住まわせた。わずか3ヶ月で次の指令、満州出兵の命令が下った。隊長は、日本に腰を落ち着ける暇もなく出発の準備を始めた。
 出発の一週間前、隊長と部下たちのために宴が開かれた。そこで隊長は死んだのだそうだ。宴の終わりに、血を吐き、倒れこみ、そのまま意識が戻らなくなってしまったとのとのことだった。
 隊長の死はあまりにもあっけなかった。「いつか敵(かたき)を討ってやる!」と考えていたシュウにとっては納得がいかなかった。「もっと苦しんで死んでもよかったのに!」と正直にセイに話した。

 それからは、シュウは彼の部下の“女”となった。そして、部下はしばらくシュウと関係を持った後、シュウをウツノミヤに連れてきて“捨てた”そうだ。
 それが半年前のことだった。連れられてきた当日、シュウは宛ても無く、まま街をさ迷った。空腹のまま夜になり、灯りを求めてたどり着いたところが泉町だったのだそうだ。そして、“情け深い” 日本人女性の同業者に声を掛けられ、食事を与えられ、部屋を紹介してもらった。それからというもの”稼ぎ”の半分をその女性に支払うという、“キチン”とした生活を送るようになったとのことだった。

 「おめー、ひでー目にあったんだなあ。」セイはシュウが話し終わるとボソッと言った。

 「そんじゃあ、おめー、今、一人ぼっちなのけ?」と間をおいて続けた。

 「うん。」

 シュウはセイの目を見る。

 「おめー、そんなんで、寂しいべ?」

 「寂しいよ。」シュウは一寸俯いて唇を噛んだ。

 「でも、せっかく生まれて来たんだ。死ぬまでガンバルよ。そのうち何かいいことあるよ。」

 そう言う、シュウの目には憂いと強さが複雑に入り混じっていた。

 セイは、得体の知れない、何か大きなものに飲み込まれていく感覚を覚えた。シュウは家族全員を殺され、言葉も通じない日本に連れてこられた挙句、見知らぬ街で捨てられた。街には当然知り合いなど一人もいない。それでも前向きに生きようとしている。
 それに比べると、今の自分はどうだ?女に振られたくらいでウジウジと悩んでいる。なんと小さい人間か。ましてや、自分には血のつながるヨネもいるし、悩みを聞いてくれるタケもいる。

 「おめー、そんなら家さこねーげ?」セイは、無意識にプロポーズをしていた。

 「???」シュウには、筋が読めなかった。

 「おめー、明日一緒に俺と伊王野さ行くべ!だめか?」

 「??? それ、どういうこと?」

 「おれん家で、一緒に暮らすべっつってんだ!」

 シュウは、びっくりした。

 「え?だって、私、朝鮮人だよ。」

 シュウは、宇都宮へ来て以来、何人もの日本人と交流を持った。はじめは親しげに話をするが、ほとんどが、シュウが朝鮮人だと分かるや否や、言葉や態度が豹変した。自分を蔑み、乱暴に扱った。自分は差別をされているのだとシュウは感じた。セイも、自分が朝鮮人と分かればきっと同じように扱うだろうとシュウは思っていた。だが、セイは違っていた。

 「そんなの関係ねーべ!」セイは強い口調で言った。

 「それに、こんなシゴトしてるんだよ。」シュウは弱弱しく言った。

 「おめー、好きでやってるわけでネーベー!?俺のこと嫌いか?」セイは尋ねた。

 「好きだよ」シュウは、きっぱりと言った。

 セイは、あいまいな答えを出す日本人女性の返事に慣れていたため、こうもはっきり言われてしまうと、恥ずかしいよな、むず痒いような、それでもってとても嬉しい気持ちだった。

 「そんなら、一緒に帰っぺ!」セイは、今度はもじもじして恥ずかしそうに言った。

 「うん」

 と返事はしたものの、シュウは、まだ宙に浮いた気持ちでいた。

 窓のカーテンの合間から、明るい一筋の光が差し込み始めた。


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