20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Yamizo Story Part1 米沢の廃屋 作者:Tosh

第10回   泉町
先日の見合いのあと、村中にセイの噂が広まった。流れる噂には言うまでもなくシゲが関わっていた、見合いはチヨの気まぐれが引き起こした単なる食事会。チヨはセイのところに嫁に行く気など全くないという内容は、チヨの父キスケが期待していたものに違いなかった。

噂を人伝いに聞いてセイは愕然とした。セイはそれまで「うそだろう。そんなことはない。見合いの返事はきっと良いものが来るに違いない」と期待していた。「今回の見合いは大丈夫!!」とセイは自信満々だった。素朴なセイは、勝手にそう思い込んでいたのだ。

セイは、チヨの笑顔が忘れられなかった。チヨの顔には田舎の女子(おなご)には清潔感があふれていた。彼女の仕草や振る舞いを思い出すたびに、よくため息をついたものだった。噂を耳にするたびに「あんな笑顔で人をだませるはずはない」といつも自分に言い聞かせた。そう自分を慰めるものの、待てど暮らせど返事はもらえなかった。返事を届けてくれるはずのタツは見合いの日以来、別な者を変わりによこした。セイは返事の結果を尋ねても知らないの一点張りだった。季節は秋を過ぎ、もう冬になってしまっていた。
セイは、どうしても返事が気になってならなかった。やはり、噂は本当なのかどうか確かめたい、噂どおりであってもきちんとした返事がもらえば気が済むだろうと思った。同時に、返事がとても怖いのも確かだった。傷ついて落ち込む自分の姿を思い浮かべるだけで鬱になるのだ。チヨへの思いがますます強くなる一方で、チヨはますます遠のき、自分には手の届かない存在になりつつあった。

そんなある日、幼馴染の鍛冶屋のタケが遊びに来た。いつものように、二人で囲炉裏の火を囲みながら酒飲みをはじめた。セイが、初めて酒を飲んだときは、どうしてこんな臭くて不味いものを大人は飲むのかと思っていたが、今となっては、酒宴は楽しみの一つになった。特に冬は楽しい。ほのぼのとした炭火の前に胡坐をかき、お互いの茶碗に酒を注ぎ合い、いろいろな話をしながら、ちびりちびりと飲むのはなんともいえなかった。肴は白菜や大根の糠漬けと、春にとったゼンマイの煮付け。宴の話題は主に山や川での遊びだった。この日は、タケが秋の野山の思い出を話し始めた。


米沢は現在冬のため殺風景だ。ナラやクヌギ、銀杏、紅葉などの広葉樹は全て枯れ果ててしまい、田には切り株しかない。冬は殺風景で寒い。でも、この囲炉裏の周りだけは違っている。ここにいると、なぜか暖かくて、自分が平和で心地よい世界に浸っているような感じがするのだった。

今日のセイはタケの話には乗れなかった。しばらく茶碗に酒をつがれるまま、黙りこくってチョビリと杯を舐めてはしばらくボーっとしていた。タケはすでに噂を聞いてたので、そのときのセイの気持ちを察することができた。

セイは深刻に考えごとをして、自分の世界に入っていた。だが、やがて重い口を開き、胸の内をタケに打ち明けた。口調や表情にはセイのどうしようもない苦悩が満ち溢れていた。タケには、見ているだけで、セイの痛々しさが伝わってきた。



タケは、酒屋のシゲの話を思い出していた。タケはセイの家へ来る前に、シゲの店に酒を買いに行った。シゲはお客さんと、セイとチヨの見合いの話をていた。セイが身分をわきまえずに見合いをしたこと。セイは、恥ずかしくも本来、男が出すべき見合いの費用を材木問屋に出させたこと。

「シゲさん!あんた、そんな噂を人に広げて何する気だ?そんなにセイを目の敵にしなけりゃ話の種も出ないのかい?」

客との話に割って入るものの、しかとされた。聞いているだけで腹が立った。シゲはいけ好かないやつだ。とはいうものの、材木問屋と取引があり、親密な関係を築いているのでその噂は本当だろう。



セイと飲んだ翌日、タケは隣町の材木問屋の家に行った。悩み苦ししんでいる先日のセイの顔がとても気の毒だったので、きちんとした結果をもらってこようと思った。シゲが店で言っていたことを確かめたいと思った。

タケは、門を通り製材所を通り抜け、左手の事務室のガラス戸をがらりと開けて挨拶をした。中には事務員が何人かいた。そのうちの一人が席を立って挨拶をし応対してくれた。その事務員は初めのうちは愛想よく応対していてくれていた。だが、話が本題に入ると、それまで穏やかだった表情が、ガラリと変わり、急に険しくなった。そして、屋敷内を確認することもせずに「チヨ様はいない」と言って、タケを事務室から追い出した。

追い出されたタケは、その奥にあるキスケ一家が住む家の玄関に向かった。事務員はそんなタケの様子を透明なガラスの引き戸越しに見るなり、事務所から出てタケに近寄り、追い払おうとした。しかしながら、タケは

「中には入らない!チヨが出てくるのをただ待っているだけだ。ご主人様からは、何を言われているか分からないけど、もし何か聞かれたら、知らぬ間に玄関の前にいたといってくれ。たのむから、ここで待たせてくれ。」

と言った。

事務員は、タケの友達を思う気持ちに折れたのか、

「もし玄関から誰かが出てきて顔を合わせて聞かれたら、来たばかりだと言ってください」

と言葉を残して仕事に戻った。

タケはそこで冬の寒空の下でずっと待ち続けた。2時間ほど経っただろうか、玄関口にチヨらしき女性の声が聞こえた。女性は誰かとしばし話をした後、がらりと戸を開けて外に出てきた。タケを見つけるなり、チヨは何者かと怪訝な目つきをした。

「こんにちは」

と挨拶をした後、タケは自分がセイの友達であることを告げた。そして、チヨにセイの今の気持ちを一部始終伝えた。

話を聞き終わると、チヨはタケの顔をみて穏やかに微笑んだ。タケはその笑顔を見るなり、

…なるほど、こんな無垢な笑顔をされたら、セイでなくてもイチコロだわな…

タケは思った。

チヨは、優しくて穏やかな口調で言葉を並べ始めた。まずわざわざセイの気持ちを伝えに来くれたタケに礼を言うことから始まり、しばし世間話をしたあと本題に入った。

 「私は、単に紙作りに興味があっただけで、あのエタヒニンの職人に興味があったわけではありませんの。彼に会ったら、お伝えください。『あんな卑しい食べ方は生まれて初めて見ましたわ。とてもお下品でしたね。でも、結構楽しめましたよ。』と。」

 チヨはそんなタケに笑顔を振りまきながら、

 「じゃ、私は、これから白河までドライブに行きますので失礼いたします」
と言って車庫に向かって去っていった。

 セイに対する返事はとても冷たく、残酷なものだった。タケは、あっけに取られて何も言えないでいた。

 タケは「ここのお嬢さんは、あの表情をして、そしてあのしゃべり方で、よくもこんなにもひどいこと平気で言うものだ。まだ、小娘のくせに・・末恐ろしい女だ!」そう思った。

 次の朝、タケは、チヨから聞いた事の真相を伝えようと思い、セイの家へ向かった。道すがら、セイにはどう伝えたらよいものか悩んでいた。

 タケは紙屋敷に到着し、仕事場の扉をがらりと開けた。「こんちはー」と言って仕事場を覗いた。セイは気のない返事をし、ゆっくりとタケのほうを振り向いた。表情がとても重く、タケはすぐに話を切り出すことが出来なかった。タケはセイと何気ない世間話をしていたが、やはり切り出すことができなかった。玄関を開けて挨拶したあと、

 「あ、あのお…よお…、今日よ、チッと遠くまで飲みにいかねえ?」

 というのが初めの言葉だった。

 「ああ???」

 突然の誘いをセイは飲み込めず、口をぽかりと開けたままでいた。



 もしかしたら場所を変えれば切り出せるかもしれない。タケは夕方にセイを連れて宇都宮の泉町(いずみちょう)まで行った。黒磯駅までバスに乗って30分、そこから列車に乗って1時間。列車の中で、タケはセイの気分を盛り上げるために和泉町がいかに華やかでにぎやかかを話した。思惑通りに、セイがウキウキして来た様子が見て取れた。
 泉町は駅の西口をでてから一キロほど行った、県庁の近くにある。彼らは泉町までの道のりを歩いている。セイにとって、泉町は初めてだった。
 県庁前から路地に入り、二人は泉町に到着した通りの両側には、さまざまな色のお店の名前が書いてあるネオンや提灯がずらりと並んでいた。通は沢山の人でにぎわっていた。あちこちから大きな話し声が聞こえ、とてもにぎやで楽しそうなところだとセイは思った。

 ここはタケにとって特別な街だった。タケもセイのように何度となく見合いをした。しかし、彼もうまく行かなかった。タケは、そのたびにこの夜の街に来て、一人で酒をたらふく飲んでは、見知らぬ女性を抱いた。それは、欲望のためというよりも、‘女性’が原因でできた心の隙間を、‘女性’で埋め尽くしたいという傷心の気持ちが強かった。不思議なもので、いつもそうすることで、タケは自分を立て直すことができた。
 ここなら、タケは真実が話せると思った。たとえ、セイがそれを知って落胆しても、その傷をこの街が癒してくれるだろう。セイも自分と同じ男、同じ傷を負えば、同じように癒すことができるだろう。タケはそう考えていた。



 二人は、泉町の通りの入り口に立っている。再び通りを見渡す。その日はとても寒く、日本海から山を越えてやってくる冷たい西風がビュウビュウと通りを吹きぬけていた。タケは通りを歩き始めた。セイはその後ろを着いて行く。
 タケの後ろを歩きながら、セイは右に左に首を回し、目をキョロキョロさせながら周りの景色をものめずらしそうに眺めた。きっと、初めて見る泉町の飲み屋街がセイの心を高揚させたのだろう。タケの歩みがピタリと止まった。セイの大きな身体が小柄なタケにぶつかった。タケは転びそうになりった。

 「おっと、ワリーワリー」とセイに謝る。

 「俺こそ、どうしたんだ?…何した?」とセイ。

 「ここだよ。」とタケは指差して答えた。

 セイは、店の前に立ち、確かめるように店全体を見た。タケは「いずみ」と書いた暖簾をくぐり、引き戸を開けて中に入った。どうやら、ここはタケの行きつけの店らしい。
 店の中は人でごった返していた。各々のテーブルで客達は、お酒を飲み、肴をつまみながら、大声で話たり、楽しそうに笑ったりしていた。タケはそんな人たちの間をすり抜け、空いている席に着いた。タケは、即座に手を挙げて仲居を呼び、熱燗を注文した。

 熱燗がは5分もしないうちに出てきた。タケはセイに杯を勧め、なみなみにり注いだ。

 「おっとっと!」こぼれそうになる酒をわずかに啜った。

 杯を置き、今度はセイがタケに注いだ。

 「かんぱーい!」

 二人はカチリと杯を鳴らすとすぐにグイと飲み干した。酒は喉を熱くし、胃袋を熱くし、五臓六腑に染み渡り、冷え切った身体を内側からじわりと熱くした。

 「あー、うめえ!」

 「んだなあ!うめえ!」

 どちらからともなく言葉を発した。

 その後二人は、注文した「洗い」を食べながら、何度も何度も杯を交わした。

 「いやー、宇都宮って、すげーな。オメーこんなとこチョイチョイ来てんか?」

 セイは浮かれていた。

 「うん、たまにこういうとごもいいべ?」

 タケはニコニコしていた。タケは「どうやらセイの気持ちが少し晴れたようだ」と思うと嬉しかった。

 「んだな」

 セイは酔うにつれて少し饒舌になった。タケはそれを聞きながら、話を切り出す頃合を見計らっていた。




 「あのよお…」

 ついにチヨについて切り出した。タケが、ポツリポツリと話し始めると、セイの酔いはだんだん醒めていった。

 話始めてから、どれくらい時間が経ったのだろう。もう2合の銚子はとうに十本を越えていた。

 「エタヒニンだがら、何だ!貧乏だがらいったい何だっつーんだ!卑しいって?そりゃあ腹減ってれば目の前に出された馳走は食いてーべよ!」とセイは怒鳴ってからテーブルに顔を伏せた。

 タケは、

 「なあーに、結婚できねーでいるのは、オメーだけじゃねーべ。俺も、女には振られっぱなしなんだがらよ。俺たちって、女には縁がねーっうごどだっぺ。」と言って慰めた。

 「んだってよ・・・」

 セイは何か言おうとしたが、言葉を呑んだ。セイは、ぐるぐる回る頭の中で「そういえば、俺はエタヒニン出身であるがゆえに結婚できないのだろうが、タケはエタヒニンでもないのに、まだ結婚できないでいんだなあ。それって自分より気の毒なことだよな」と考えた。

 二人は居酒屋を出た。街をぶらつく。到着したばかりの頃と比べると、気温が下がり、風が強く吹いていた。すれ違うカップルを見ると、男達手をポケットに突っ込み、首を縮めて歩き、女は手袋をした手で、首に巻いた襟巻きを胸元でギュッと締めて歩いていた。一方、二人はたらふく酒を飲んでいたためか、寒さは微塵も感じなかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4326