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作品名:5号車3番ドアにて 作者:妄想おやじ

最終回   5号車3番ドアにて

 T駅止まりの電車を見送ってから、N駅行きの電車が来るまで、ずっと本田君のことを考えていたようだ。本田君のこと、というより、再来週のシフトで、本田君と全くシフトが重なっていないこと、について、嘆いたり、シフトを作った店長を殺してやろうと思ったり、とうの昔に辞めた山下君や園田君を想ったり・・・「乗らなきゃ。」

 時計上の日付はとっくに変わっていて、この電車は終電の一つ前くらいの電車ではないだろうか?いつもの時間に終わるアルバイトの帰り足として乗る、いつもの時間の電車。こんな遅い時間でも、いつも満杯の電車。一応、乗り込んですぐ、座席が空いていないか見渡してはみるが、大抵は空いていなくて、ドアの前が、俺のいつもの席。ドアに寄り掛かって、立ちっぱなしで疲弊した足の負担を、慰め程度に軽くしてやる。

 山下君も、園田君も、いつのまにか辞めていて、いろいろと面倒見てやったんだから、辞める前に礼の一つぐらいあっても良いのではないか?もしかして俺の好意に感づいていて、辞めた原因がそれ・・・

 「なくなくなくなぁい?」
 「なくなくなくなくなぁい?」

 聴いたことのあるフレーズ。俺が小学生の頃、そんなヒップホップの曲が在った。十・・・、十・・・、とりあえず十年以上前の話。話じゃない、曲。ヒップホップ。

 「っていうかもう、なくなくなくなぁい?」

 オタクっぽい男子三人。オタクな男子とオタクじゃない男子の違いなんて外見では分からない。分かりかねます!私には。俺のバイト先で働いている大学生たちも、オタクと思えばオタクに見えるけどオタクじゃない。

 「それって今の流行?なくなくなくなぁい?って。」

 男子たちに問いかけてみた。急に見知らぬ男から声を掛けられたのだから、当然彼らは、戸惑ったり、怪訝そうに俺を見たり。しかし、問いかけた時点で、『なくなくなくなぁい?』に対する俺の興味は薄まっていたから、問いの応えを執拗に求めるつもりもなかった。電車はS駅に着いて、パラパラと乗客が降りる。俺も早く降りて自宅に帰って寝たい。これ以上、足を酷使したくない。ドアが閉まると、俺はまた、身体をドアに寄り掛けた。

 山下君や園田君が辞めた理由は、間違いなく、仕事の内容によるものであろう。法定の最低賃金では、この仕事は割に合わない。他に働き先が有れば移るのが正しくて、ましてや山下君も園田君も学生なのだから、辞めたところで、すぐに生活に困るわけでもないのだろう。ただ、辞めるのであれば、その前に、俺の好意をはっきりと伝えたかったし、もし、俺の好意に気づいていたのならば、どんな酷い応えでも良い、何かしらの応えが欲しかった。そうすれば、こうやって頭の中でグルグルと君たちを想ったりすることもなく・・・、なく・・・、

 「なくなくなくなぁい?なくなくなくなぁい?なくなくなくなくなくなくなぁい?」

 すっきりするのは、ほんの一瞬。こんな誤魔化しが通用するほど、俺の恋慕は安くなかったんだ。電車はN駅に着いた。また乗客がパラパラと降りる。振り返って俺を嘲笑う奴が一人二人三人にんにんにんにん・・・

 「ニンニン!」

 ドアが閉まって、また身体をドアに寄り掛ける。車内から俺を嘲笑う声が聞こえる、ドアに、俺を見てゲラゲラしてるカップルが映っている。この時に限ったことではない、『ニンニン!』だの、『なくなくなぁい?』だの、そんな奇声を上げず黙って居たって、あちらこちらから、俺を奇人を見る様な視線を向けてくる。電車の中だろうと街中だろうとお構いなしにだ。




 飽きた。




 ワンパターンな嘲笑。ワンパターンな乗客。ワンパターンな時刻に乗るワンパーターンな電車。ワンパターンな、恋の始まりと終わり。




 ドアに映っていたカップルの前に立ち、俺は言った。

 「さようなら人間たちよ。君たちが拒むのであれば、それを無理矢理に連れて行くわけにもいかない。だからもう一度言おう。さようなら。」

 言い終わった頃に、電車はA駅に着いた。電車を降り、改札に向かいながら、頭の中では、再来週のシフトが本田君と重なっていないことに苛々していた。

                                                                                 (了)


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