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作品名:雲の道標 作者:桧山 渓

第6回   第六章 からくり箱
 名神高速から東海北陸自動車道に乗り、白川郷ICで降りると、岐阜県の白川村に到着する。ここは白川郷とも呼ばれていて世界遺産にも認定されているらしい。
 その白川郷ICで降りて、国道156号線を市街地方面へと車を走らせる。
 俺たちの目指す「帰雲山」は、ICより南の「木谷」という所にあるので、方角で言えば、岐阜市方向に少し引き返すことになる。

 氷上栞(ひかみしおり)の運転する車で、その白川村に向かったのは、俺たちが島根の俺の実家に行ってから、三日後のことだった。
「ねえ、何か分かった?」
 ハンドルを握りながら、栞は俺の方をちらっと見て尋ねた。もっともその口調には、期待している様子は微塵も感じられない。
「いや、何にも」
 俺は手にしていたコピーから目を離すと、大きく欠伸(あくび)をした。長時間、文字とにらめっこをしていて、目の奥が痛い。
「まあ、そんなに簡単に分かりっこないか」
 栞は当然だという風にうなずいた。やはり期待してはいなかったらしい。
「久しぶりに来たけれど、あまり変わってないわね」
 外の風景を眺めながら、栞はそう呟いた。
「来たことがあるのかい?」
「前に両親とね。もちろん観光じゃないわよ」
 この家族のことだから、当然、宝探しに決まっている。何しろ一家全員がトレジャーハンターだというのだから。
「でも、あの頃は内ヶ島家に子孫がいるなんて知らなかったから、何も手がかりがない状態でやってきたの。帰雲山の崩落部を上から探知機なんかで捜索したけれど、結局収穫は無かったわ」
「じゃあ、帰雲城の埋蔵金探しはそれっきり?」
「そうよ。もう帰雲山に来ることもないと思っていたけれど……。でも今回は違うわ」
 そう言って、俺が手にしているコピーに目をやって、うれしそうに笑った。
「何といっても、今回は内ヶ島家の『道標』(みちしるべ)があるんだもの!」



 あの日、氷上栞と実家の床の間を調べた俺は、死んだ祖父から聞かされていた、我が家の宝だという桐の箱の存在を思い出した。
 箱を開けてみると、中からは二幅(ふく)の掛け軸が出てきた。蓋の裏にある「菊水」の家紋が内ヶ島家に古くから伝えられてきた物であることを示している。
 掛け軸はそれぞれ「高砂」(たかさご)と「弓八幡」(ゆみやわた)という能の演目が描かれており、どちらも「世阿弥」(ぜあみ)がつくった演目だという。
 なぜ俺の実家にそんな掛け軸があるのかは分からないが、栞によるとこの掛け軸は「内ヶ島家」の出自の謎を解くカギになるかもしれない、ということだった。

 それ以上、特に目新しい発見もないまま、俺たちは続いて納戸を調べることにした。
 こちらは蔵や床の間と違い、普段から頻繁に使用している。今頃の家は納戸を多目的ルームのように使っているようだが、俺の実家のような古くて比較的部屋数のある家では基本的に物置部屋となっている。
 引き戸を開けると、薄暗い部屋の中は以前と変わらず、雑多に物が押し込まれていた。
「……さすがに、新しい物が多いわね」
 予想はしていたようだが、少し落胆したように栞は言った。
 確かに納戸の中に入ると、俺や妹が昔使っていた学習机や、以前台所にあった食器棚が大きく場所を占めている。蔵の中の物がご先祖様達の生活の跡だとするならば、納戸の中の物は今の俺達の生活の跡だろう。
「まずはこっちからかな?」
 納戸の中には、作りつけの収納棚が入って正面と右側に取り付けてある。俺たちはその右側の方に向かった。この右側の棚には比較的古い物もしまってあるので、そちらの方から捜索を開始した。

「あら?これは何かしら?」
 捜索を開始して五分もしたころ、栞が不思議な物を見つけた。その声に栞が手にしている物を見てみたが、俺にもそれが何なのかは判らなかった。今までに見た記憶もないし、何故そんな物が我が家の納戸にあるのかも分からない。ただ古そうな物だということだけは一見して分かった。
 それは木製の小さな祠(ほこら)のようなものだった。もちろん祠といっても、大きさは幅が20センチ、奥行30センチ、高さも30センチぐらいの小型版といった感じだ。神棚というには大きく、祠と呼ぶには小さい。屋根の形はどことなく出雲大社を連想させる。それは屋根が正面から見て、「ハ」の字のように曲線になっているからかもしれない。いずれにしろ、民家の納戸には場違いな代物だった。
「……中に何か入っているわ」
 栞が祠を少し傾けながら言った。音がするようだ。
「もしかして、この中に『暗号』が入っているのかな?」
「うーん、どうかしら。ただ確かにあまり見たことはないわね」
 そう言って、彼女は正面の小さな扉に手をかけた。俺の方も少し興味をそそられる。
「あら、動かないわ」
 栞が不思議そうな声を出した。どうやら扉が開かないらしい。
「俺がやってみるよ」
 多分、古い物だから動きも悪くなっているのだろうと思い強めに引っ張った。だが、この謎の祠はウンともスンともいわない。試しに押してもみたが、やはり同じだった。
「ちょっと見せて。……やっぱりね」
 俺から祠を受け取ると、全体を細かく観察して栞が頷いた。
「これは『からくり箱』よ」

 からくり箱とは箱の内部や表面に仕掛けを施し、一定の操作を行わないと開かないように作られた容器のことで、どこかの部分から順番にスライドさせて開けることが多い。その動かす回数は、数回から数十回と箱によって違う。動かし方もだ。元々は中の貴重品を守るために考案されたのだという。
 もちろんこの知識はすべて、後で栞から教えてもらったものだが。
「……駄目ね。このからくり箱は複雑な造りみたいだわ」
 しばらく挑戦していた栞が、軽くため息をついた。どうやら一筋縄ではいかないようだ。
「どうやって開けるんだい?」
 横からのぞき込んでみたが、何をやっているのかさっぱり分からない。
「まず最初のカギになるところを見つけるの。多分、ここだと思うんだけど……」
 そう言って指差した部分を動かすと、確かに横に少し移動する。その後、更に横のパーツも動いた。
 だがそれを十回ほど繰り返すと、やがてどこも動かなくなってしまった。もちろん開いた訳ではなく、行き詰まってしまうのだ。
「難しいなぁ。よくこんな複雑な物を作ったものだ」
 昔の人の知恵と工夫に思わず感心してしまう。
「でも逆に考えたら、中には重要なものが入っているんじゃない?それこそ私たちが探している『暗号』とか……」
 栞は目をキラキラさせて見つめている。どうやら彼女は困難なことほどやり甲斐を感じる性格のようだ。もっともそうでなければトレジャーハンターなどは務まらないのかもしれない。
「だけど開け方が分からなければ意味ないぜ。ひょっとしたら開けるためには別の鍵が必要だとか?」
 だが俺の言葉に、栞は首を振った。
「それはないと思う。普通、からくり箱はそれだけで開けるものだし、もし鍵が別に必要なら、そもそもからくり箱にする必要はないわけでしょ?」
「そう言われればそうかな。じゃあ、俺達が気づかない方法があるってことかぁ」
「たぶんね」
 その時、俺はふと思いついた。どうしてこのからくり箱は祠の形をしているのだろう。飾りにしては凝り過ぎている。中に物を隠すだけなら普通の四角い箱で良かったはずだ。
 その形から、大学の友人で民俗学を専攻している佐々木が以前言っていたことを思い出した。まさかと思ったが一応確かめてみる。
 それは思った通り、この祠の形をしたからくり箱の底面にあった。ちょうど中心に三つある。なかば確信を持って、俺はその部分を引いてみた。
 すると、あのビクともしなかった箱が開いた。
「えっ、ウソでしょ?」
 栞が信じられないといった顔をしている。正直言って俺もまだ半信半疑だった。だが開いたことは間違いない。やはり最初に感じたように、この箱はただの祠や神棚ではなく、出雲大社を模していたのだ。底面にあった三つの丸い部分は出雲大社の宇豆柱(うずばしら)だろう。

 佐々木から聞いた話では、古代の出雲大社は日本最高の高さを誇り、それは地上48メートルもあったという。ちょっと信じられない伝説だが、実際にそれを証明する三本の巨大な柱も見つかっているそうだ。それが宇豆柱で、この柱が当時としてはずば抜けた高さの建造物を支えていたらしい。
 しかしその頃は今とは違い鉄筋コンクリートの建物を造る技術も知識もないので、出雲大社は何度も倒壊したという記録が残っている。それなのに何故高さにこだわったのか、俺にはまったく理解出来ないが、このからくり箱は最後に宇豆柱を引けば開く仕掛けになっていた。それが皮肉なのか別のことを意味しているのかは不明だ。

 だが容器の形が出雲大社を模している理由は何となく分かった。中に入っていたのは見るからに古い帳面だった。それほど厚いものではない。そしてそこに書かれていたのは……。
「祝詞(のりと)ね」
 栞が目を通しながら言った。それは、
──杵築の宮にむかひて神留座す 皇神等鋳顕給ふ
(きずきのみやにむかひてかみずまります すめかみたち いあらはしたまふ)
で始まる、長い祝詞だった。もちろん意味はまったく分からない。ただ、帳面の裏には一言、こう書かれていた。

──しろにいたる道標なり





【第六章に続く】


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