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作品名:雲の道標 作者:桧山 渓

第4回   第三章 暗号
 氷上栞(ひかみしおり)の言葉通り、俺たちは夜の九時頃に島根県の出雲市に着いた。
 市役所の交差点を左折して市街地を南へと向かう。俺の実家は市内でも外れの方の、周りを畑や田んぼに囲まれた静かなところにある。故郷の懐かしい景色を目にすると、数時間前まで東京の喧騒の中にいたのが嘘のようだった。
 インターホンを押して待っていると母親が玄関を開けた。
「ただいま」
「直人!あんたどうしたの?もう少し向こうにいるって言ってたでしょう」
「いや、それが……」
 どう説明しようかと考えていると、後ろから氷上栞が、
「あの、こんばんわ。初めまして」
 と挨拶をした。その声でようやく栞の存在に気づいた母は目を白黒させた。
「あらあら、ごめんなさい。お友達?どうぞ上がって」
 家には親父も妹もいて、みんなでテレビを見ていたが、突然の栞の登場に大慌てになった。
「初めまして。氷上栞です」
「……ああ、どうも。ようこそいらっしゃいました。直人の父です」
 親父は慣れない状況に完全に焦っている。何と言っていいのか分からないようだ。
「どうぞ、そっちに座ってちょうだい」
 母が席をうながす。
「妹の茜です。初めまして。……兄貴と同じ大学の人ですか?」
 妹は早速質問を始めた。栞の方もありがとうございますと言って席につくと、妹の質問には微笑みで返す。あっという間にその場の空気に溶け込んでいた。そしてなぜか俺と親父だけが取り残された感じで、突っ立ったままだ。こういうときは女性の方が冷静になるのは早いらしい。
「何してんのよ?栞さんの横に座ったら?」
 母の言葉に、ようやく俺は座った。何となく恋人同士のような扱いになっている。本当は、ほんの数時間前に出会ったばかりなのだが……。
「ねえ、いつから付き合ってんの?」
 妹がストレートな質問を俺にぶつけてきた。いや彼女は、と言おうとすると横から栞が、
「二か月前からです」
 と、耳を疑うようなことを言い出した。おい、と言う俺を制して、
「ちょうど、夏休みにどこかに旅行しようと思っていたんです。そうしたら内島君は島根に帰省すると言うので、せっかくだからこっちの方をまわってみようかと……」
 その言葉に、母と妹は顔を見合わせながらニヤニヤしている。それがどういう意味なのか、俺にはまったく分からない。ただ栞の言葉に呆れていた。一体、こいつは何を考えているのだろう?どうもこのトレジャーハンターと名乗る少女の思考はつかめない。
 ふと気がつくと、親父はまだその場に突っ立ったままだった……。


 翌朝、氷上栞は九時に家に来た。
 土曜日だったが、両親はそれぞれ仕事に行き、妹は週末も部活なので、結果的に家には俺ひとりしかいない。
 昨夜はあの後、母が栞を泊める準備を始めたので驚いた。成り行きで一緒に帰省したが、いくらなんでも同じ屋根の下で一晩を過ごすのはまずい。寝る部屋が違っていてもだ。
 だが栞は、
「実は、もうホテルが取ってあるんです」
 と言った。聞けば駅前のホテルに予約を入れているらしい。どうやら準備万全で島根に来たようだ。

「昨日はごめんね。でもああ言った方が信用されるでしょ?」
 と栞が顔の前で手を合わせる。
 確かに、いきなり私はトレジャーハンターなんです、と言ってもあんなに簡単には受け入れてくれないだろう。俺の家族はかなりお人好しの方だと思うが、それでもさすがに警戒されるのは目にみえている。
 直接島根に行かずに、先に東京で暮らす俺のところを訪ねたのはこういう訳だったのかと、ようやく気がついた。それと同時に家族に嘘をついたことに、少しだけ罪悪感を感じてしまう。別に家のものを持ち出す訳ではないので、本来なら嘘をつく必要もないのかもしれないが……。
「さあ、内ヶ島家の『暗号』を探しましょう。これからが大変よ」
 栞の方はそんなことは気にしていないようだ。どうやら帰雲城に辿りつく手がかり探しで頭がいっぱいらしい。

 まずは二人で蔵の中を調べることにした。栞の話では、本当に大切な物を蔵に隠すことは少ないそうで、やはり母屋が一番多いという。だが、今回の場合は我が家の宝を探す訳ではなく、目的は祖先が残した帰雲城に通じる裏道の『暗号』だ。城が消滅した今では隠す必要性も薄いように思われるし、残していない可能性さえある。仮に残していたとしても、その重要性は低かったはずだ。もしそうなら、ちょっとした物を保管しておくのに便利な蔵は、一番可能性の高い場所なのかもしれない。
 中に入ると、カビくさい臭いが鼻についた。子供の頃に入ったときと同じ臭いだ。とりあえず手近なタンスの引き出しを開けてみる。そこには古い着物や帯などが保管されていた。
「ところで暗号って言うけど、どんなものを探せばいいんだ?」
 正直、俺にはまったく想像もつかない。
「一口に暗号といってもいろいろとあるわ。そうね、例えばよくあるのが『絵地図』ね。財宝を隠した場所を地図で示しているけど、その中に地名は一切記してないわ。代わりに何かの意味を持たせた絵や記号が書いてあるの」
 なるほど、それなら何となく分かる。昔、テレビや漫画でみた海賊の宝の地図のようなものだろう。
 蔵にしまってあるのは着物や食器がほとんどだったが、ようやく書物が入っている書庫を見つけた。昔の文字は何が書いてあるのか、まったく判らないので、ここからは栞に任せることにした。
「他には家訓として受け継がれている言葉に、暗号が隠してあることもあるわ」
 ボロボロの本に目を通しながら言う。
「家訓?そんなものはないなぁ」
 少なくとも親父から聞かされたことなどない。もっとも、あの親父のことだから忘れていることもありうるが……。
「別の方法としては、暗号を歌として伝承する例もあるわね。有名なところでは『かごめかごめ』の歌は徳川幕府の埋蔵金の所在を隠し残したものだという説を唱える人もいるわ。あなたも聞いたことあるでしょ?」
 そういえば昔、テレビ番組か何かで見た覚えがある。有名な作家だったと思うが、赤城山に入っていろんな場所を発掘していた。
「他にもあるわよ」
 そう言って栞は持っていた本を一旦脇に置き、愛用のシステム手帳を開いた。
「ああ、これだわ。
 ──九里きて、九里行って、九里戻る
 ──朝日輝き、夕日が照らす
 ──ない椿の根に照らす
 ──祖谷の谷から何がきた
 ──恵比寿大黒、積みや降ろした
 ──伊勢の御宝、積みや降ろした
 ──みっつの宝は庭にある
 ──祖谷の谷から御龍車が三つ降る
 まあ、この後もずっと続くんだけど、こんな感じの歌の暗号もあるわ」
「何だい、それは?」
 どんな意味なのか、さっぱり分からない。確かに暗号としては申し分ないだろう。
「これは徳島県の祖谷地方に伝わる民謡よ。剣山に埋められたソロモン王の財宝の場所を示していると言われているわ」
「ソロモン王だって?いくらなんでもそれはありえないだろ」
 明らかに嘘っぽいというか馬鹿げている。なぜもう少し現実味のある伝承にしなかったのだろうか。
 だが、続く栞の言葉に驚かされた。
「でも、この民謡を解読して埋蔵金を見つけたのは私のおじいちゃんよ。もう二十年近く昔のことだけど……」
「えっ、本当にあったのか?そんなものがこの日本に?」
 耳を疑うとは、このことだろう。とても信じられない。
「本当よ。確かにおじいちゃんは財宝を見つけたわ。でもソロモン王の宝じゃなかったみたいね……。多分、古代の中国の物だろうと言っていたわ。おそらくは紀元前の」
 どちらにしろ大発見なのは間違いない。それにしても、よくあの意味不明の言葉を解読できたものだと思う。
「君の家は代々トレジャーハンターなのかい?」
「そう、父も母もハンターよ。父は今頃、南米にいるわ。母も一緒。おじいちゃんはどこにいるのか、よく分からないけど」
 何とも自由で行動的な一家だった。


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