大学の駐車場に、氷上栞(ひかみしおり)の車はあった。 郊外とはいえ、東京のような大都会では車なんか逆に不便だろうと、田舎育ちの俺などは思うのだが、彼女は別に何とも思わないらしく、慣れたハンドル捌きで楽々と車を走らせていく。 「本当に俺の家に行くのかい?」 念の為にもう一度確認してみる。たぶん何かの間違いだろう。あるいは手の込んだ新手の誘拐かもしれない。 だが、俺のそんな心配をよそに、彼女は言った。 「そうよ。今から島根に向かえば、夜には着くわ」 「えっ、島根?これから島根に行くのか?」 「もちろん。さっき家に行くって言ったでしょ?どこに行くと思ったの?……私はあなたの実家に興味があるのよ」 当たり前のような顔をしている。「家」とは俺の実家のことらしい。なぜか少しがっかりした。 それにしても、俺のことについていろいろと調べているようだ。名前だけでなく、実家が島根であることも。
「ねえ、内島君。あなた『帰雲城』(かえりくもじょう)って聞いたことある?」 彼女の顔つきが変わり、急に真剣な表情になった。 「帰雲城?いや、聞いたことないけど……。それは城の名前なのかい?」 「……そう、知らないのね。まあいいわ。ゆっくり説明してあげる。あなたにも関係のあることだしね」 そう言うと、彼女はコンビニの駐車場に車を入れた。そして、後ろ座席に乗せていたバッグから、使い古されたシステム手帳を取り出す。 「『帰雲城』とは戦国時代に、今の岐阜県の白川郷辺りにあった城よ。周りを飛騨山脈に囲まれた、言ってみれば山奥の辺境の城ね。城主は『内ヶ島』家よ」 「内ヶ島?」 「そう、『内ヶ島』。……似ているでしょう、あなたの苗字と。内島君、あなたは戦国時代に突然消えた内ヶ島家の末裔なの……。もちろん、苗字が似ているからという理由だけで子孫というつもりはないわ。その辺りのことはちゃんと調べたのよ。ものすごく大変だったんだから」 そう言うと、彼女は手帳を開いた。 「内ヶ島家はさっきも言ったように、飛騨の白川郷辺りを治めていた一族よ。時の室町幕府将軍、足利義政の命によりこの地を治め始めたといわれているわ。有名な『応仁の乱』が始まる直前ね。そして厳しい時代を生き抜いて、ようやく戦国時代も終わろうかという天正13年に『天正の大地震』によって、一夜にして一族全員が亡くなったのよ。地震で山が崩れて、城と城下は飲み込まれたらしいわ。それに、その日は偶然、城で祝宴が開かれていて、一族全員と家臣のほとんどが城に集まっていたことも不運だった……」
俺は言葉もなかった。俺の家はかなり古くから続いた家柄だというのは聞いたことがある。しかし今まで自分の家の歴史に興味なんてなかったから、調べたことなんてない。まさかそんな過去があるとは思ってもみなかった……。 だが、すぐに彼女の話がおかしいことに気がついた。 「俺は内ヶ島家の末裔だって言ったよな。でも今、一族全員が亡くなったって言ったけど、それならどうして子孫がいるんだ?」 その言葉に彼女は微笑みながら、うなずいた。 「当然、そう思うわよね。……実はね、長い間、内ヶ島一族は天正の大地震で滅亡したと思われていたわ。いえ、今でもそれが定説よ。誰もがそう思っているし、私たちもそう思っていた……。でもね、昨年、私は偶然発見したのよ。内ヶ島家の中に、地震から逃れた人物がいるという証拠をね」 そう言って、ちょっと得意そうに胸を張った。 「地震から逃れた人物?」 それが俺のご先祖様ということだろうか? 「発見したのは本当に偶然よ。別の埋蔵金の手がかりを探しに、私は京都のあるお寺に行ったの。残念ながら目的は空振りだったんだけど、代わりに別の書物を見つけたわ。……そこには『内ヶ島平九郎』という人物が、父親に命じられて、そのお寺を訪問したことが記載されていたの。その父親の名は『内ヶ島氏理』(うちがしま うじまさ)。帰雲城の最後の城主よ。目的は書き残してなかったけれど、日付は書いてあった。その日付を見て驚いたわ。彼がその日に京都から急いで帰っても、地震の前に城に着くことは難しかった。つまりこの『内ヶ島平九郎』という人物は、地震の時には城にいなかった可能性が高いことを、その資料は示していたの」 そこまで言うと、彼女は俺にコーヒーを買ってきて欲しいと言った。
どうやらしゃべり続けて、喉が渇いたらしい。仕方ないのでコンビニでコーヒーを2本買ってきて、1本を彼女に手渡した。上手く使われている気もする。 そういえば、学食で訊いたトレジャーハンターについて、まだ答えてもらっていないことを思い出した。 「もう一度訊くけど、君はトレジャーハンターだって言ってたよね。それは一体、何なんだい?」 「あれ、言ってなかった?まあ、簡単に言うと『宝物を探す探険家・冒険家』ね。さっきも言ったけど、埋蔵金とかを探すの。楽しいわよ」 美味しそうにコーヒーを飲みながら、笑顔で答えた。顔だけなら天使の微笑みだった。
──つまり俺の先祖の埋蔵金が目的ということか。 ようやく話が見えてきた。なぜこの氷上栞と名乗る少女は、俺に祖先の話をしたのか。なぜ俺の実家に行きたがるのか。 「もちろん、帰雲城の財宝を探しているのよ。その為には子孫である、あなたの協力が必要なの」 悪びれもせず、彼女はそう言った。ニコニコと微笑んでいる。やはり思った通りだ。だが彼女は勘違いをしている。 「残念ながら、うちの実家に帰雲城の財宝なんてないぞ」 自慢じゃないが、実家はけっして裕福な部類には入らない。埋蔵金なんて、床下を何百メートル掘っても出てくるはずもなかった。当然、財宝が家の中に転がっているなんてこともない。ごく普通の庶民の家庭だ。 「あなたの家に財宝がないことぐらい知ってるわ」 俺の言葉に吹き出しながら、彼女は言った。 「突然の地震で、内ヶ島一族とその家臣たちは城とともに消えたのよ。持ち出す時間なんてなかったはず……。財宝は、今でも城と同じ場所に眠っているのは間違いないわ。でも肝心の城の場所が分からないのよ……」 「城の場所が分からない?」 俺は首をかしげた。埋蔵金の在り処が分からないというのならともかく、城の場所が分からないとはどういうことだろう? 「帰雲城の財宝は、私たちトレジャーハンターの世界では有名よ。昔から大勢のハンターたちが探し求めてきた。でも誰も辿りついた人はいないの。なぜだか分かる?」 いや、と俺は首を振った。 「城の正確な場所を記したものが何も残っていないからなの。どこにあったのかも分からない。『帰雲城』という名前から帰雲山に建っていたと推測される程度で、それさえも確証はないわ」
彼女は再び手帳をめくって言った。 「それにもう一つ言い伝えがあってね。それは『帰雲城には道がない』っていう伝説よ」 「道がない?」 どういうことだろうか?城に行くための道が無い?そんな馬鹿な。 「つまり、表門にたどり着く道以外の別の道は無いって意味よ。実際には裏道もあったらしいんだけど、そっちは城の安全のために厳重に隠されていたらしいわ。なにせ戦国時代だものね」 怪訝そうな俺の顔をみて、彼女が補足する。 「なんだ、そういうことか。じゃあ、道はあるじゃないか」 「言ったでしょ、帰雲城の正確な場所は今では不明なの。当然、そこに到る道がどれかなんて分かりっこない。……でも内島君、あなたの言う通りよ。道はあるの。おそらくね」 とうとう、彼女の言っていることが理解不能になってきた。道がないと言ってみたり、あると言ってみたり。謎かけなのだろうか。 「実は、当時の他国の記録をみると、帰雲城の裏道はとても厳重に隠されていたので、内ヶ島家の人間でも通行が難しい程だったと記されているわ。だから、彼らは裏道を通るときのナビゲーターとして、『暗号』もしくは『符号』のようなものを用いていたようなの。詳しくは分からないんだけど、その『暗号』の通りに進めば城にたどり着く、みたいな感じかしら」 「暗号?」 「そうよ。だからこの『暗号』を手に入れて解くことができたら、帰雲城の位置も自ずと分かるわ」 つまり、発想の逆転ということか。ようやく俺にも理解することができた。 「だからあなたの実家に、『暗号』か『符号』が残されていないか、調査に行きたいの。いいでしょ?」
その顔を見て、俺はこれ以上何か言うのを止めた。何を言っても結果は同じことになりそうだ。ペースは最初から向こうに握られている。 彼女が引用したフランスのことわざを借りるならば、彼女が勝手にワインの栓を抜いて、飲まざるをえないようにしたのだが……。
とりあえず着替えがなければ実家に帰れないので、アパートに寄って着替えを用意すると、俺たちは島根に向けて出発した。 「まずはあなたの家で資料を探すわ。もちろん目的は『暗号』よ。それが見つかれば、飛騨に行って帰雲城の埋蔵金探しね。もちろん飛騨にはあなたも行くのよ。自分のご先祖様のことなんだから」 彼女は当然のことのように断言した。
なんだか長い夏休みになりそうな予感がした。
【第三章に続く】
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