ありのままに今起こった事を話す。 僕は草原を歩いていたらいつの間にか砂漠にいた。 何を言っているか分からないかと思うが、僕も何が起きたのか分からなかった。 時間経過が速いだとか超スピードで歩いたとかそんなモノでは断じて違う。 僕はとある漫画で見たキャラクターと同じ状態になり、頭がパンクしていた。 まさか魔法か、とは思ったものの近くに人はいないし、他人に幻覚を見せる魔法があるのかさえ分からない。
「(暑い…、アーマーの中が蒸れる…)」
大きな帽子の陰で熱中症になるほど暑くは無かったが、足や腕のアーマーの中に熱気がこもった。 バッグから地図を取り出し、もう一度確認した。 確かにルート上には砂漠がある。 草原と砂漠の境目には山が在ると記載されているが、そんなモノは全く見えない。 道を間違ったのかと気を落としていると、後ろからワンワン、と犬の鳴き声がした。
「(こんな所に犬? …でも可愛いな)」
中腰になり、近付いてきた犬を撫でようとした時だった。 犬の顔は糸を引きながら四等分になって開き、僕の手に咬みつこうとした。 四等分になった口らしき所にはビッシリ歯があり、犬歯の様に尖っていた。 僕は咄嗟に手を引込めたが、一匹だけでは無かった。 逃げようと振り向いた先にもう一匹おり、飛んで襲いかかって来た。 瞬発的に魔導書を腰から引き抜き、両手で構え、犬から顔を背けた。
「(どうにかなれ!!)」
魔導書は大きな盾になり、犬がぶつかりガゴンッ、と音を立てた。 一撃を防ぐと、よくあるエンブレム状の片手盾の形に変わった。 走って逃げていると、新しい事実が分かった。 その犬は、地面から出現しているという事だ。 後ろには何百匹という犬、正しく言うと犬擬きに追いかけられていた。 飛び跳ねて襲いかかって来る犬をパリィやシールドバッシュでかわしつつ、四方八方へ逃げていた。 疲れ果て息を切らしている時、大きな声が聞こえた。
「そこの人、手を取れ!!」
自分の真横に馬車が走っていて、その手綱を引いている者は手を出していた。 良く見ると、御者台に座っている人が人間ではない事に気が付いた。 全身が緑の鱗に覆われ、簡単に言うと【二足歩行して喋る人面トカゲ】だ。
「おい! 何をしている! 早く手を取るんだ!!」 「えっ、あ、はい!!」
通り過ぎようとしたそのトカゲの手を取ると、以外にも強い力で僕を引っ張り、馬車の中に放り込んだ。 馬車の中にはリンゴの様な果物や、何の肉か分からないが何種類かの肉が置いてあったり、装飾品や剣、盾、槍、などなどの武具まで置いてあった。
「助かりました、有難うございます!!」 「何も良いってことよ! それにその服装、あのジジィ新しい勇者さんを連れて来たのか」 「あ、はい、肩書は一応勇者です」 「アンタはこの世界を救う為の勇者さんだろ? 数秒前に来たのは破滅させる為にきた勇者さんだったな」
もしかして、タッちゃんのことだろうか。 それよりも、救うだとか破滅させるだとか言っているが、焦っている感じは全くない。 質問をして幾つか聞いたが、この世界を救うと聖女アテナの世界が続き、破滅すると邪王メルゼアの時代が続くという。 所謂、現実の政権交代みたいなモノで、聖女、邪王と言われるお方も優しく、それを楽しんでいるらしい。 ただし、一つ問題がある。 タッちゃんの様に誰かを生き返らせるという願いはこの星のエネルギーを全て使ってしまう為、本当に破滅、いや、消滅する危険性がある。 僕にも、タッちゃんとタッちゃんのお父さんを助けるという願いがあったが、話の通り駄目なようだ。 どうしたら良いものかと悩んだが、トカゲが口を開いた。
「悩んでるのか? 悩まない方がいいぜ、きっとアテナ様が導いてくれると思うぜ? それより、お前名前は?」 「あ、えぇと、蒼炎です」 「ソーエン…難しい名前だな…、俺は商人のマグ、よろしくな」
会話は弾み、どうやらマグも僕の目指している街に行くらしい。 街の名前は、【ハインリヒ】。 レンガ造りの建物が多く、宿屋や武器屋、防具を取り扱っている店が幾多もあり、冒険者の最初の出発地点になる事が多いそうだ。
「あぁ、それと」
マグが手渡してきたのは、六芒星にチェーンが付いた飾りだった。 不思議なオーラを発し、誰も寄せ付けない様な威圧感さえ感じた。
「草原歩いてたら砂漠に行ってたろ?」 「はい、そうです」 「その草原は僅かながら魔力を出していてな、ココに来たばっかりの人がそこに行くと幻術かけられたみてぇになっちまうんだよ」
それで僕に渡したのが幻術無効の飾りだそうだ。 僕は帽子に括り付けた。 それから暫く、馬車に揺られマグと会話をしていた。 現実とこの世界の時間軸は違う上に、条件を満たせばいつでも現実に戻れる事を聞いて胸を撫で下ろした。 時々差し込む太陽の光に照らされて、ふと気がついた。 蹄が蹴る音は乾いた音になり、周りの風景が一変し、レンガ造りの建物がチラリと見えた。 箒に乗って飛ぶ者もいれば、馬に乗る者もいた。 ローブを被り仮面を付けた宗教的な人達もいた。 そして一つ、気になるモノがあった。 それは白い大きな帯に描かれていて、僕と同じ魔法使いの絵だった。 マグにあれは何ですか、と尋ねた。 大体予想通りの答えだった。 この街の大魔導師、この世界の言い方で【ジャッジメント】だそうだ。 元々ジャッジメントは審判者と言う意味を持つが、この世界では審判者にあたるのが魔法使いだそうだ。 因みに魔導士は【クエスチャン】。 魔導師と魔導士の違いは、魔導師が自らの意思と力量で魔術の力を得た者、他人の影響を受けていない者の事だ。 魔導士は公の命令などで魔術を使う者や、魔導師から魔術を教えて貰っている所謂修行中の者の事だ。 勿論僕はどちらにも分類されないので、唯の魔法使い、この世界では【ノーマ】と呼ばれる。 ノーマは唯の魔法使いという意味じゃないが、一般以下の知識人、異端者、魔法使いの血を穢した者、魔法を見出した者、などなど色々な呼ばれ方があり、一番近い言葉だそうだ。 一番酷い呼ばれ方はバカとか間抜け、かな。 どう言われようが自分が望んだ事じゃないしどうでも良いと思っていたが、魔法使いの間では差別が酷いらしい。
「まぁ、身分を隠すっつうのは良くある事だ」 「は、はぁ…」 「おっと、見えて来たな」
赤いレンガの大きな建物の前に止まった。 英語の文字が象形文字風になってある看板には、冒険者ギルドと刻まれていた。
「勇者さんならここで話聞いていけよ、またな、ソーエン」 「有難うございました、また何処かで!」
馬車から降りマグを見送った後、その建物に入った。 中は酒場になっており、討伐依頼の張り紙が貼ってあるボードや、それを管理している人がいた。 酒場のマスターも勿論いた。 誰一人として僕を見ていなかったが、帽子を深く被った。 人見知りというよりは、人が多い所は苦手だった。 背が低い為、ゴツイ体の人達に押され、流されていく。 そこで、大きな声が聞こえた。
「初めての方は此方へ―!! それ以外の方は席に座るかボードの前に一列に並んで下さーい!!!」
雑音の中で、よく通る声だった。 周りの人は渋々席に座り、僕は声が聞こえた方向に歩いた。 受付前の列には、背丈を遥かに超える両手剣を持った男や、マスケット銃によく似たフリントロック式の銃を担いだ女性、それに加えて筋骨隆々のマッチョ。 僕と同じ子供もいたが、どれも初心者向けな見栄えの悪い装備だった。 その中で一人、金糸と黒の装備でいる自分が恥ずかしかったが、周りの人は気にしていなかった。 魔法使いは皆こんな装備なのだろうか。 現実とはかけ離れた状況を見て唖然としていると、いつの間にか列が進み自分の番がきた。
「ギルド初心者の方は承認試験を行います、貴女はこちらの依頼をこなしていただきます」
ハインリヒ山岳地帯に現れた白いマントの男を発見しろ、という依頼だった。 目撃情報から数分しか経っていないらしく、危険と感じた市民が依頼を出したらしい。 兎に角、タッちゃんの情報が無いなら依頼をこなしつつ目撃情報などを仕入れるしか無い。 如何やら同行する人がいるらしく、その人は商人だそうだ。 依頼を受託して、同行人と顔を合わせた時だった。
「何だ、お前さんか」 「あ、マグさんじゃないですか」 「ハインリヒ山岳地帯の人探しの依頼だろ?」 「はい、そうです」 「ソイツ、この世界に来たばっかりの奴かもしれねぇな」 「え?」 「山岳地帯にはな、光無きエファクスってじーさんが居てな、聖女アテナの元へと向かうのに必須の人物なんだ」
聖女アテナの所へ向かう、それは自分の願いを叶える何らかの手がかりを掴む為と考えていいだろう。 そして願いを叶える事の出来る人物はこの世界に来たばっかりの人物だ。 ……という事は…。
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