クソ暑い太陽が照りつける中、僕は人気の少ない道路を歩く。 名前は【朝霧蒼炎(あさぎりそうえん)】、夢も希望も無い中学生だ。 登校中なのだが、熱中症にでもなるんじゃないかという程の暑さに負け、完全にバテていた。 足取りは重くも、前へ前へと歩かないと学校には辿り着かない。 と、その時、後ろから足音が聞こえた。
「よォ、ソーエン!」 「あぁ…タッちゃん…」
さらに暑いのが来た。 こいつは【山本辰也(やまもとたつや)】。 太陽よりも暑く、そして熱い奴だ。 最近オカルトにハマっているらしく、僕に色々な話題を持ちかける。 今日もだろうか?
「なぁ、【廃墟に現れる巨大な門】って知ってるか?」 「もしかして、あの危ない所?」 「そうだよ! 噂によると、門を潜れば何でも願いを叶えてくれるらしいぜ!」 「うわぁ〜…、嘘くさいな」
その後も巨大な門についての話題で持ち切りだったが、その廃墟には誰も近づかない。 幽霊が出るだとか不良の溜まり場だとか言っているが、僕の行きたくない理由はそれじゃない。 その廃墟は老朽化が進んでおり、去年も鉄骨が崩れ落ちて事故があった。 …つまり、自分の命を危険に曝したくないから行かないのだ。 話は変わるが、山本辰也という男は感情的な男だ。 興味の持った事は進んでやり、時には好奇心を抑えきれずどんな事でもやる。 僕が止めなければ、その廃墟にだって足を運んでいるだろう。
「廃墟に行くなつっても、僕を無理矢理連れて行くよな?」 「うん」 「じゃあ、一週間後に行こう」 「あぁ〜、じゃあ、何人か誘おうぜ」 「そうだな」
一週間後にしたのには訳がある。 都合が合わないというのもあるが、もう一つ重要な事があった。 それは、廃墟が今日から一週間後に取り壊されるという事だ。 取り壊されるなら、安全に入る事が出来る。
「おっとと、もう時間が無いな」 「やべぇ、遅刻しちまう! 急ぐぞソーエン!!」 「あいよ」
僕らの中学校が制服じゃなくて本当に助かった。 自分の服は走っても汗を吸収し風通しも良いが、制服は風通しが悪く、最悪だった。 僕の家は学校の近くにあるが、坂道が多く、僕とタッちゃんは息を切らしていた。 校門を通り過ぎ、正面玄関に入って靴を履き換え、チャイムが鳴る一、二秒手前で教室に入った。 僕とタッちゃんは同じ教室だが、席が離れていて会話する事が殆ど無い。 そして時間はアッと言う間に過ぎ、授業も給食も終え、放課後の教室に佇んでいた。 窓の外から聞こえる車やトラックの音が五月蠅かった。 僕はおもむろにケータイを取り出し、お気に入りのアプリで遊んでいた。 丁度、誰も居なく、同じ教室の生徒は部活に出払っていた。 僕は剣道部だが、担当の先生が全国大会に出ている為、連休中だった。 剣道部のメンバーは担任の先生の応援に行っているが、僕は薄情だからココにいる。 タッちゃんは帰ったらしいし、僕も帰ろうとしていた。 いつもは真っ直ぐに帰る僕だったが、今日はそうでは無かった。 学校を出て、駄菓子屋のお婆ちゃんに会いに行こうとしていた。 唯、何と無く。
「(もう夕方か、そんなに時間が経ったのか…)」
夕焼けを見つつ、木造の建物の中に足を踏み入れる。 駄菓子が棚にズラリと並んでいて、その奥の座敷には人が座っていた。 その人こそが、駄菓子屋のお婆ちゃんだった。
「お婆ちゃん、ちょっといいかい?」 「…ぁあ、蒼炎ちゃん、よく来たねぇ…」
お菓子を買うついでに、いつものアレを聞きに来たのだ。 いつものアレとは、お婆ちゃんの占いだが、これが結構当たる。 五回に一回は当たると言っても過言ではない。
「どう?」 「んん〜…、嫌な予感がするねぇ…」 「…?」 「凄く嫌な予感だよ、蒼炎ちゃんも気を付けなさい…」 「分かったよ、お婆ちゃん」
水色の飴玉を幾つか買い、そのまま店を出ようとした時、ピピピピピッ、とケータイが鳴った。
「もしもし?」 「蒼炎、山本君のお父さんが事故に遭ったって!!」 「お母さん? どうしたの!?」 「いいから! 学校の近くの病院にいるから早く来て!」
プツリと電話が切れた。 タッちゃんにお母さんは居なく、父子家庭だ。 店から急いで出ようと扉を開いた時、不意にお婆ちゃんが呼び止めた。 この御守りを持って行きなさいと、浅葱色の袋を渡された。 僕はそれをポケットに突っ込み、走り出した。 病院までは、そう遠く無い。 スタミナは十分、全力で走れる。
「(ふぅ…ふぅ…)」
途中で疲れ足を止めたが、何とか病院に辿り着いた。 半袖のパーカーだが、首元が蒸れてキツい。 受付に行くと、看護師が強張った表情で僕を案内してくれた。
「山本さんのご親族方ですか?」 「はい、それで、大丈夫なんですか!?」 「いえ…、ただいま集中治療室で治療を施しておりますので、あちらの席でお待ち下さい」 「…わかりました」
僕が向かった席の横に僕のお母さんが座っていた。 話によると、トラックに轢かれたタッちゃんのお父さんを発見したのが僕のお母さんで、それで救急車を呼んだらしい。 トラックの運転手はその場には居なく、警察の方では轢き逃げとしてトラックの運転手を捜索しているらしい。 ついでに言うと、タッちゃんのお父さんの体の具合から見て、回復の見込みは無いらしい。 僕のお母さんも看護師だったので、僕はそれを信用してしまった。
「お母さん、タッちゃんは?」 「そう言えば、来て無いわねぇ…?」 「(……まさか)」
何度も言うが、山本辰也という男は感情的な男だ。 そしてココに居ないという事は、恐らく…。
「蒼炎!? どこに行くの!?」 「ちょっと用事!」
あの馬鹿はきっとオカルト系の話を信じ込む奴だ。 それに、お父さんの生死に関わる事故があったから尚言える。 あいつは絶対、あの廃墟に居る。 さっき走ったばかりで体は疲れていたが、脳は忘れていた。
「(あの馬鹿…! 廃墟に現れる巨大な門なんてある訳無いだろ…!!)」
すっかり暗くなった街並みに、満月の光が煌々と光る。 足が悲鳴を上げていたが、そんな場合じゃない。 あの廃墟はとても危険だ。 親子とも、死なせたくはない。
「お〜い! 聞こえるか!?」
廃墟に向かって叫んでも、返事は帰ってこない。 だが、満月の光に映し出された影には、確かに動くモノがいた。 ボロボロに崩れた階段を登り、崩れ落ちている所は今にも折れそうな程錆びついている鉄骨を渡る。 平均台を渡るのは得意だったが、今回は勝手が違う。 例えで言うと、平均台が傾いているのだから。 案の定、足を滑らせ落ちてしまった。 全身から冷や汗が噴き出たが、落ちた先は床だった為助かった。
「……いったぁ…」
お尻を擦りながら見上げると、満月と重なって人が見えた。 ボサボサの髪、長身の姿。 タッちゃんだ。
「…よく分かったな」 「長い付き合いだからな、さぁ、もう帰ろう」
タッちゃんの手を掴み帰ろうとすると、彼は大声で叫んだ。
「嫌だッ!」 「どうして?」 「…お前も分かってんだろ! 父さんが死にそうなんだよ!!」 「何でそう決めつけれるんだよ、死ぬって決まった訳じゃないだろ?」 「轢かれたのを見たんだよ、あの傷じゃ絶対に助からない!」 「何でもそうやって決めつけんなよ! この馬鹿が!」
この時僕はかなりイラついていた。 こんな危険な廃墟に長居は無用だし、早く二人で病院に戻ってタッちゃんのお父さんの安否を確認したい。 だから、つい、心にも無い事を言ってしまった。
「お前の目的は廃墟に現れる巨大な門だろ!? そんなガキくせぇモン在りゃあしねぇんだよ! 現実を見ろ! 第一ここに来る前に病院行って自分のお父さんの心配して泣いてろよ、親子なんだろ!?」 「………!」
彼の目には涙が溜まっていた。 拳を握り、小刻みに震えていた。
「…あ、ごめん、そんなつもりじゃ…」 「うわぁぁぁぁ!」
急に走りだし、僕をタックルで払い除けた。 だが、彼の走ったその先には瓦礫が崩れ落ちて出来た穴。 彼が落ちて、僕が助けようとその穴に手を差し伸べた瞬間だった。 眩い光と共に長方形の門が現れ、その中にタッちゃんは落ちて行った。 僕は唾をゴクリと呑んだ。
「(本当なのか…、こんな事が…)」
そんな事よりも、落ちたタッちゃんを助けなくては。 徐々に締まりつつある扉に、僕は身を投げた。
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