背中に、じんわりと痛みが広がった。 菖蒲を抱えた状態で後ろをチラリと見ると、クイーン本体の前脚が背中に刺さり貫通していた。
「菖蒲、泣くな」 「…え…?」 「痛くない、全然痛くないんだ」
ウイルスの効果だろうか。 全くと言っていい程、痛みは感じなかった。 血を吐き、意識が朦朧としていた時に無線が入った。
「【聞 え か? 水素 弾を 下する 逃げるんだ!!】」
無線は途切れていたが、確かに博士の声だった。 しかし、俺達は既に手遅れだ。 ウイルスに完全に乗っ取られるまでの時間、決着をつけようじゃないか。
「なぁ、クイーン?」 「ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ウ゛…」
菖蒲は、まるで掃除機のコンセントを戻す時の様にクイーンのコアに取り込まれた。 俺は前脚を引っこ抜いた。 傷口からは血が一滴も出ない。 VOLDVIRUSによって自己修復と感染領域の拡大をしているからだろう。 リンパ球などそんなモノは役に立たなかった。
「(…行くぞ!)」
近くにあるハワイと書かれた看板の瓦礫を拾い、逃げようとしているクイーンに飛び乗る。 瓦礫を両手で持ち、クイーンの頭に振り下ろす。
ガァンッ ゴンッ
剣が鎧に弾かれた様な音がしたが、足元がふらついている所を見るとダメージを与えているようだ。 そして、ウイルスの感染は加速し、遂には鉄骨を持ち上げる程の怪力になっていた。 勿論、スーツは壊れている。 だが、気にも留めずその大きな鉄骨で後ろ脚を重点的に叩く。 左後ろ脚は折れたようだが、残りの足がまだ生き残っていた。
「(視界が…)」
右目は自分の血で塞がったせいで、琥珀色の景色しか見えない左目で戦っていた。 最初は醜い景色だったが、美しく感じてきた。
「ふんッ!!」
鉄骨で地面を叩き飛び上がったコンクリートの瓦礫を鉄骨で飛ばし、クイーンに命中させる。 クイーンの後ろ脚は両方とも使い物にならなくなっていた。 グニャグニャに変形し、攻撃するたびに悲鳴を上げた。 前脚だけで、這いずる様に動く。 クイーンがダメージを負うごとに、俺の体もおかしくなっていく。
「ヴゥ゛ゥ゛…、あトもう少シ…」
言葉が思う様に喋れなかった。 ふと空を見ると、黄色っぽい空に戦闘機が飛んでいた。 落下してきたのは、《黒くて楕円形》の物。 クイーンの丁度真上だった。 俺は鉄骨を持ち直し、クイーンの背中に乗った。
「動クんジゃねェぞ!!!」
間髪入れずに太い鉄骨を背中に刺し、地面のコンクリートさえ貫いた。 ピクピクと痙攣し血を流していたが、奴はまだ生きていた。 俺は用心し、奴が動かなくなっても鉄骨を支えた。 そして、黒い楕円形の物がクイーンに当たり、途轍もなく明るい光を発した。 音が大きく、体が震えた。 体の節々が軋み、何も見えなくなった。
ふと目が覚めると体にはヒビ割れがあり、パリパリ、と剥げていく。 周りには、雪らしきフワフワとしたモノが体の上や建物に積もっていた。 確か現在位置はハワイ。 南国の島で、とても暑いのに。
現人口は70億人以上、その内6割以上が未知のウイルスに殺された。 しかし、現在のテクノロジーを考えるとたった六割で抑え切れた、と思う方が妥当だ。 前からそのウイルスを観測出来ていたこともあるが、《V.D.T》の迅速な対応もあるだろう。 そして、人類が元通りになるのには30年以上、水素爆弾が落とされたハワイが復興するのは60年以上も後の事で、島一つが爆発により消えた。
後に、《第一次VOLDVIRUS滅菌戦争》となずけられる事になった。
…そして人は、過ちを繰り返す。
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