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作品名:カレに代わってピッチャー元カノ 作者:雲翼

第4回   ボーイ・ミーツ・ボーイ
――きゃあっ……――
麗華が思わず悲鳴を上げそうになるその口を、フィリップは慌てて手でおさえた。
「どうしたのよ、その顔」
麗華は我に返り、部屋のドアを閉めてから声をひそめてそう聞いた。
夕食が終わり――父親の予告どおりトンカツだった――二階に上がってきたところに彼が待っていたのだが、その顔。
たった今、大型トラックにでも轢かれたのかと思うほど、グシャグシャだった。
左の耳は削げ、その上の側頭部の頭皮も剥がれて、その頭皮は髪の毛が生えたまま、耳と一緒にぶら下がっている。
頭皮があったはずの部分は骨が見えていて、しかも髪の毛は全体に火事場の中から這い出てきたかのように煤け、所々焼けて上に向かって突き立っていた。
右の頬は裂けていてそこから、口の中の奥歯が覗いて見えており。なぜか皮膚の裂けた肉の所はどこも出血しておらず、代わりに高熱で炙られたようにただれて痛々しげに外気にさらされていた。
「いやいや、交渉決裂だよ、これが」
フィリップは傷のことなどまるで気にしていないかのように、他人事のようにそう言った。
「大丈夫なの、そんな大怪我して?」
「少したてば治るよ」
麗華は救急箱を取りに戻ろうとしたが、フィリップは「大丈夫」と手を振った。
「やっぱりだめだったの?相手の悪魔」
「まあ、大方の予想どおり、ということさ、人間の方から魂を差し出すなんて、近代ではめったにないことだからね、ヤツが簡単に手放すなど考えられない、予想どおり激しい抵抗を受けてね」
「そんなに強いヤツだったの?そいつ」
「人間である君に名前は教えられないが、恐ろしく強力な一級の悪魔だった」
全ては今のフィリップの顔が物語っていた。
「じゃあ、あたしはまだこれからもジンでいなきゃなんないわけ?」
「すまんが、あと何日か引き受けてもらうことになるね」
麗華はさすがにフィリップが気の毒になる一方、仁の代役をした今日一日のことも思い出すと我慢できなくなり「もういいじゃん」と吐き捨てた。
「こんなドアホウ、もう放っときゃいいじゃん、どうせ自分から魂を売ったのはこいつなんだし、勝手にそいつに食べられちゃえばいいのよ」
「いやいや、そういうわけにもいかんよ」
フィリップはゆっくりと首を横に振った。
「悪魔が完全に復活してしまうのも確かに困るが。実は彼……仁君は、微力ではあるがこの町の運命を握っていてね」
「それってどういうことよ」
「君には協力してもらっているから特別に教えるのだが。この夏、仁君の高校は野球の全国大会で、ちょっとした旋風を巻き起こすことになっていたんだ」
「でも、それって、フィリップさんにとってはどっちでもいい話なんじゃないの?」
「私はこの町が好きでね。四十年も前まで、このあたりは本当にいい所だったんだよ。川の水は人が泳げるほど綺麗で、みんなその川で洗濯をしたりしてね。人々はみんな元気で、一生懸命畑で働いて、秋には祭のお囃子が鳴り渡っていたものだった」
「そんな所だったの?」
それは麗華の記憶には全くない風景だった。
麗華が生まれたころにはすでに、この町はほとんどアスファルトとコンクリートで固められていたのだ。
しかもこの数年、その上辺だけが近代的な田舎町は、中心部ですらシャッター街となっていたのである。
「今年の夏の野球大会をきっかけに、この町が少しでも元気になってくれれば、と思ったんだがね」
 「それじゃあ余計にあたしなんかじゃ無理よ、野球なんて素人なんだし」
麗華がそう訴えるとフィリップは麗華のカバンを指差して、
「そう言いながら君も、結構やる気じゃないかね?」
と、本人は笑ったつもりなのか、傷だらけの顔を歪めて見せた。
カバンの中には、学校の帰りに途中の書店で買った、野球入門の本が入っているのだった。
「今日の練習も逃げずに出たようだが」
「だって、ジンのお父さんとお母さんを悲しませたくないから……」
麗華は口を尖らせて呟いた。
麗華にとっては返って頭の痛いところだった。
最早この世に未練など微塵もないはずの麗華だったが、あの優しい両親にだけは特別に後ろ髪を引かれる思いを抱きはじめていたのである。
「でも、止められるなら今すぐにでも止めたいわよ、いったいいつになったらジンの魂を取り返せるのよ?」
「霊界では専門の交渉人を立てることにした、もう少しの辛抱だよ」
「そんな悠長なこと言ってて大丈夫なの?今こうしている間にも食べられちゃうんじゃないの、ジンの魂」
「それは問題ないね、ヤツらにはヤツらなりの儀式めいた決まり事があってね」
フィリップはそこまで言ってから、「おや?」と床を見下ろした。
「お友達がきたようだ」
「お友達?」
「私もそろそろ戻るとするか」
――ちょっと待って、まだ聞きたいことが……――
麗華がフィリップの背中に向かって叫ぼうとした瞬間、母親が階段の下から呼ぶ声が聞こえた。
――お友達って、誰よ?――
麗華が少しいらいらしながら降りて行くと、そこには遠藤が立っていた。
「こ……こんばんは」
――なにしにきたんだろう――
麗華は戸惑った。
意外といえば意外だし、明日の試合に備えてチームメイトが訪ねてくるのは、当たり前といえば当たり前とも言える。
だが、最大の問題はそんなことではない。
彼はゲイなのだ。
それも、カミングアウトするキッカケを狙っている、最も危険な男なのだ。
――二人きりになったら、急に襲ってきたりして――
昼間のあの、意味深なウインクもなにかの伏線がありそうだ。
そもそも仁と遠藤って、どんな関係だったんだろう。そんなに仲が良かったのだろうか。
ほんの一瞬の間にあれこれ考えてみたが、結局相手の出方を伺うしかなさそうだった。
「あのさ、お前が調子いい時のDVD持ってきたんだけど」
一瞬の沈黙が気まずかったのか、遠藤の方から先にそう切り出してきた。
「お前、今日なんだか調子悪そうだったからさ」
「ああ、ありがとう」
それは麗華にとっては本当にありがたい話だった。
――それだけならとってもありがたいんだけど本当にそれだけ?――
だが、そこまでしてくれている相手を帰してしまうわけにもいかない。
「まあ、上がったら?」
麗華は恐る恐る誘ってみるのだった。

「……ほら、ここで一度軸足にタメを作ってるだろ?そこから、体を開かないようにしながら一気に腕を振って……」
「なるほど、そうするわけね」
麗華の警戒心を完全に裏切るように、遠藤の解説は的確で親切だった。
だが、ここで新たな疑問も湧いてきた。
――でも、どうしてこんなに親切に教えてくれるのかしら?――
同じチームメイトとはいえ、エースの座を狙うピッチャー同士として、二人はライバルでもあるはずだ。
エースである麗華(仁)の不調は、第二投手の遠藤にとってむしろチャンスのはずなのだ。
「あのさ、話は変わるんだけど……」
遠藤は一通りレクチャーが終わると、言い難そうに話題を変えてくるのだった。
「お前さ、今日、妙に、その、なんというか、女の子っぽいというか、その、可愛かったじゃん?」
――やばい、やっぱりそうきたか――
「そ、そお?」
「うん、昨日までと全然違ったよ」
「そんなに変わんないと思うけどなあ」
麗華はごまかしながら、頭の中をフル回転させて考えていた。
会話に緊迫感こそ全くないが、これは絶体絶命なのだ。
「お前、なにか隠してないか?みんなに」
「そ、そんなこと、ない、よ」
「昨日までの嫌われキャラも、本当は演技だったのかな、なんて」
本当の仁ではないことを見破られたか。あるいは自分もゲイであることを隠している、などと誤解されたか。
遠藤は真っ青な顔になり、頬を震わせてためらっていたが、意を決したように、
「俺は演技してたよ」
と話はじめるのだった。
「俺、実は今まで、みんなに内緒にしていたことがあって……」
――それは知ってる、知ってるから言わなくていいから、お願いだから襲ってきたりしないで……っつうか、待てよ――
「ちょっと待って。やっぱりあるわ、隠してたのよ」
麗華の頭に一瞬閃いたものがあった。
――もしかして、この子だったら、というかこの子だからこそ解ってくれるかも――
「や、やっぱり?」
遠藤は気の毒になるくらい顔を輝かせ、笑った。
――信じてくれようがくれまいが、もう、知ったこっちゃないわ――
麗華は「誰にも言わないでね」と念を押した後、自分が本当は麗華という女子高生であること、自殺してからの今までのこと、そして生前の仁との関係も含め、全て打ち明けてみるのだった。
考えてみれば、これは麗華にとって、いくつものメリットが期待できる半面、マイナスになることは一つもないのだ。
例えば遠藤が信じてくれなかったとしても、それは、仁という変態が世迷言のような妄想を語っただけで終わるだろうし、結果、この人の良さそうなゲイの青年をちょっと不愉快にさせるていどだろう。
一方で仮に信じてくれたとすれば……。
遠藤は不安げな視線をあちこち泳がせてから目を伏せ、必死で頭の中を整理しているようすだった。
――やっぱり信じられないか、仕方ないよね――
当の麗華は落胆するどころか、返ってとてもすっきりした気分になっていた。
ところが。
「すごい、すごいわ、そんな話があるんだあ」
遠藤は、両目にうっすらと涙さえ浮かべて、「素敵」とオネエ丸出しの口調で大いに感動して見せるのだった。
「うらやましいわ、そんな風に好きな男の子の体になれるなんて」
最早、先に自分がゲイであることを告白することも忘れ、仁の心配もそっちのけで、すっかり上機嫌で身も心も乙女になりきっていた。
「そうじゃないんだってば、もう好きでもなんでもないの」
「あたしも憑依したいなあ」
「だ、誰か好きな人がいるの?」
――っつうか、その考えもきめえっつうか――
遠藤は真っ赤になって「うん」とうなずくのだった。
――な、なんか痛いな、そういうのも――
「誰にも言わないでよ」
――まあ、聞いて欲しいんだろうけど――
そう思いながら麗華は胸が痛むのだった。
「あのね、その子はね……」
――えええっ?――
大江戸大鉄君なんだけど。
――同じ野球部かよ――
しかも、あの堅物の。
「そ、そうなんだ……」
麗華は当たり障りのないていどに、驚いてみせるのだった。
どこがいいんだろう、一体。
そう思っていると遠藤の方から堰を切ったように語りだすのだった。
「彼って、ずぼらに見えるけど意外と細かいところまで気を使うのよ、例えば、部員全員の誕生日を憶えてるし、一年生までよ」
「ふーん……」
「試合であたしがピンチになった時なんか、いつもマウンドまできて、変な顔したりして笑わせてくれるし……」
「ふ、ふーん」
遠藤はまるで決壊したダムのように、止め処なく喋り続けるのだった。
ついでに言うなら、今まで抑えていた女言葉も思う存分満喫しているようだ。
麗華には遠藤の、その幸せそうな「本来の姿」が痛々しく、見ていて涙が出そうになるのだった。
大鉄のあの性格からして、恐らく女の子との普通の恋愛すらまだ、ほとんど未経験なはずだ。
そう考えると、遠藤の大鉄への想いが成就する可能性は限りなくゼロに近いだろう。
だが一方で。
好きだった男にとことん裏切られ愛想をつかした自分と、報われる可能性のきわめて薄い片想いの遠藤と、いったいどちらが不幸だというのか。
麗華は、遠藤に対し今まで誰にも感じたことのない親近感が湧いてくるのを感じていた。
――もしかしたら、こういうのを親友っていうのかも――
こうして麗華は、生涯最高の親友(とも)を得、それ以来他に誰もいない所では「レイカ」「メアリー」と呼び合うようになったのだが、このメアリーというのは遠藤の希望で、彼は盛遠という自分の名前が気に入っていないのだそうだ。

 バックスクリーンの向こうには、入道雲がじっと動かずに球場を見下ろしている。
 ブラスバンドの演奏と蝉時雨に混じって、どこからかヘリコプターの飛んでいる音が聞こえてきて、麗華は思わず空を見上げた。
 真っ青な空だ。
 はじめて歩く野球場のグラウンド。
 まるで大きなすり鉢の底を這っている、蟻になったような気分だ。
 グラウンドから見上げる空は、いつも見ているそれより丸く、青くて高いドーム型の天井のように見えた。
 地球ってやっぱり丸いんだ、と麗華は歩きながらどうでもいいことを考えていた。
 ――痛っ……――
 後ろから踵を蹴られて振り返ると、八郎が引きつった顔で「振り向くんじゃねえよ」とささやく。
 麗華をにらんでいるようだが、その視線は麗華の顔よりずっと後ろの、遠い所を見ているようだった。
 よほど緊張しているのか、手と足が一緒に出ている。
 ――あんたこそ、このくらいでアガってんじゃねえよ――
 とうとうはじまってしまった。
 ゆうべあれから遠藤と外へ出てキャッチボールをした。
 仁の家の近くにあるホームセンターの駐車場が、夜十時まで明かりをつけているのだ。
 それが消えてからも家に戻り、深夜まで話をした。
 野球のレクチャー、チームメイトの話、女の子同士?のとめどないお喋り。
 特に女の子同士のお喋りはうれしかった。
 一体何年ぶりだったか。
 麗華は何年も溜めていた心の澱みを、洗いざらい吐き出し聞いてもらった気分だった。
 実に心強い味方ができた。
 自分が麗華であることを打ち明けて良かったと思う。
 相手がお人よしで夢見がちな性格の遠藤であることも幸いした。
 麗華本人も戸惑うほど、すんなり受け入れてくれたのだ。
 もし相手が大鉄だったら、どうだっただろうか。
 麗華は前を歩いている大鉄の、大きな背中を見た。
 恐らくこれっぽっちも信じないだろうが、野球部にプラスになると解れば、話に付き合って協力くらいはしてくれるのではないか。
 頑固で強情だが、決して因業な性格というわけではなさそうだ。
 遠藤の話では、思いやりもユーモアもあるらしいし、顔立ちだって、決して悪い方ではない。
 仁のような優男とは正反対のタイプだが、時々見せる笑顔は確かに魅力的だった。
 なによりひた向きさと優しさがよく表に出た、好い人相……好相と言っていいだろう。
 ――その気になれば、結構モテそうだけど――
 麗華はそんな風に考えてから、ハッと我に返った。
 ほんの一瞬とはいえ、大鉄を好意的に見ていた自分に腹が立ってくると、目の前の筋肉質の背中が無性に憎らしくなって、蹴飛ばしたい衝動に駆られてくるのだった。
 ブラスバンドの行進曲に合わせて一歩一歩リズミカルに足を動かしているうちに、ついその一歩を大きく前に踏み出し、気がついた時には膝で蹴っていた。
 大鉄は反動で首を仰け反らせ「痛てっ」と短く呻くと、すぐに首を後ろに捻って、
 「場所柄をわきまえろ、バカヤロウ」
 と、麗華をにらみつけた。
 その、あまりにも当たり前すぎる反応に麗華は思わず噴き出し、そしてアカンベーを返すのだった。
 仁と比べれば、絵に描いたような平凡な常識人なのだろう。
 役員の挨拶が長々と続き、選手宣誓が終わり、球児たちは整然と野球場から退出する。
 野球場の外では、ついさっきまで牛のように黙りこくって歩いていた高校生たちが緊張から解かれ、同じ色のユニフォーム同士で固まって雑談に花を咲かせていた。
 相変わらず緊張に青ざめている者。
 力が余っているのか、チームメイトに格闘技の関節技をかけてふざけている者。
 麗華と同じチームのエンリケも、ノリノリでサンバのステップを踏んでいる。
 その中から不意に一つの顔が麗華の行く手を遮って立ちはだかった。
 「おい」
 と、そいつは不躾(ぶしつけ)に声をかけてきた。
 痩せているが、ひょろりと背だけが高い。
 身長百八十センチの仁の体でも見上げるほどの高さにある顔は、真っ黒に焼けている上頬がこけていて、ひどく小さく見えた。
 「今年は去年みてえなわけにはいかねえからな」
 と、神経質そうな眉間に深いシワを寄せてそいつは言った。
 「え?」
 麗華が、わけが分からずまごまごしていると、
 「いつまでも調子に乗ってんじゃねえぞ、こら」
 相手はしびれを切らしたように凄んできた。
 「三日月山高校のピッチャーの鳥羽だよ、去年準々決勝でうちに負けたんだ」
 いつの間にか遠藤が隣に来ていて、そう耳打ちをした。
 「え?ああ、よろしく」
 麗華が右手を差し出すと、今度は鳥羽の方が「え?」と一瞬戸惑ったようだったが、すぐに「ふざけるな」とその右手を払いのけてしまった。
 「去年は試合の後まで散々バカにしやがって、急に優等生ヅラすんじゃねえよ」
 ――な、なるほど――
 「バカにしたんだ、ごめんね」
 麗華が素直に謝ると、鳥羽は一度気持ちの悪いものでも見るような目になったが、すぐにまた麗華をにらみつけて、
 「とにかくだ、今年は準決勝まではお前えと試合ができねえ、もっとも、お前えの方が負けずに勝ち上がってくればの話だがな」
 と、口の端を歪めて笑った。
 「うん、その時にはよろしくね」
 麗華は満面の笑顔で返した。
 仁になって三日目ともなると、麗華も次第に慣れて余裕が出てきたのだ。
 要するに、どんなに相手から怒られようと、罵(ののし)られようと挑発されようと、それは仁が言われているだけなのである。
 鳥羽はいまいましげに「けっ」と顔を歪めて、
 「せいぜい頑張るんだな」
 と背中を向けて行ってしまった。
 麗華はそれを見送りながら、短く溜息を吐いた。
 ――まったく、どこまで敵だらけなんだか、このバカ――
 恐らく試合で負かされた後になってまで、仁に余計な戯言(ざれごと)でも言われたのだろう。
 「あ、今度は向学大付属高校の足利が来た」
 遠藤がまたささやいてきた。
 「去年うちが準決勝で負けた学校の四番だよ」
 「やあ」
 足利は鳥羽とは対照的に、にこやかに握手を求めてきた。
 ――か、かっこいい――
 身長は仁より若干低いが、その風貌と体つきはまるでドーベルマンのように精悍である。
 「今年も君とこうして再会できて嬉しいよ」
 「う、うん、そうだね」
 「幸運と言うべきか、不運と言うべきか、君のチームとは決勝まで当たらないが、君たちならきっと勝ち上がってくると信じてるよ」
 ――かっこいいけど、なんかやっぱり違う――
 足利の態度は慇懃無礼というか、どこか堅苦しすぎるところがある。
 「去年はたまたまうちが勝たせてもらったが、勝負は時の運だ。今年もいい試合をしよう」
 「彼の先祖は、昔このあたりを治めていた殿さまなんだって」
 遠藤がまた耳打ちをしてきた。
 ――な、なるほど――
 「僕にとって君は永遠のライバルだ、健闘を祈るよ」
 「うん、君もね」
 ――どうして野球やる人って、みんなこうキャラが濃いんだろう――
 「去年は彼の学校が甲子園に出て、ベスト4まで勝ち進んだのよ」
 足利の背中を見送りながら遠藤は女言葉でささやいた。
 「そんなに強いの?」
 麗華は知らなかった。
 去年は仁と別れて、野球は全く見る気になれなかったのだ。
 遠藤はため息をつきながらうなずいた。
 「去年の感じでは全く勝てる気がしなかったけど、それは上級生にすごいピッチャーがいたからなの、今年はその人が卒業したからまだなんとかなりそうだけど、でも強敵には間違いないわね」
 麗華は遠藤と顔を見合わせ、肩をすくめた。
 「冗談じゃないわ、そんな先のことなんて。今日の試合だってかなり危ないのに」
 「大丈夫よ、相手の篠溜高校は強くないから、普通にやればうちがコールドで勝てる相手だし、あたしが投げても完封できるようなチームなの。ほんとにだめだったらあたしがいつでも代わってあげるから」
 遠藤はにっこりと微笑んでそう言ってくれた。
 口調は別として、その笑顔は麗華にはひどく頼もしくみえるのだった。


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