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作品名:電脳世紀東京ネイショニスト・ワルツ下 作者:m.yamada

最終回   三分冊3
 サラシナは言った。
 「もしかして国家主義者達の、全てのデモ隊がコージャ国に、押し寄せてくるのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「違う。国家主義者達の中でも一部が動くだけのはずだ。ネオウヨ達と国家主義者達は、デモやカウンターのデモで互いに暴力事件を起こしている。今年に入って既に、逮捕者や検挙者達はエリア・日本全体で四千人前後出している」
 サラシナは言った。
 「それで、なぜ、国家主義者達がコージャ国に来るのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「理由は簡単だ。逮捕者や検挙者達の他にも暴力事件を起こしている人間達は沢山国家主義者達の中にも居る、そして同調者達も居る」
 サラシナは言った。
 「その人達がコージャ国に行くのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「そうなる」
 サラシナは頷いて言った。
 「本当に上手く行くのでしょうか。国家主義者達は、そんなに簡単に引っかかるのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「コージャ国の情報をインターネット上に流している。これに対する反応は悪くない。手応えはある。確実に国家主義者達のデモ隊からコージャ国に向かって、デモを行おうとする人間達が、対テロ課が流す情報以外にも現れて呼びかけを始めている」
 サラシナは言った。
 「情報を流すだけで、そんなに簡単にコージャ国に向かうのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「インターネット上の世論の形成の為に、ミニブログを使って、コージャ国の情報を国家主義者達に向けて流している。このミニブログの書き込みはbotを使うほかに、対テロ課の権限で、永続的にビッグ・データから国家主義者達の好む言葉にヒットするように仕組んである」
 サラシナは言った。
 「そうなんですか」
 紗緒里はイマイチ釈然としなくて言った。
 「どうやら納得出来ないようだな」
 サラシナは言った。
 「はい、実はそうです」
 紗緒里は認めた。
 サラシナは頷いて電子黒板を指で示した。
 「今、電子黒板にエリア東京の国家主義者達のGPS移動履歴を表示する」
 電子黒板には、国家主義者達の移動が映し出された。
 「これは、まさか……。コージャ国に向かって移動している国家主義者達が居るのですか」
 紗緒里は言った。
 「九千人近くだ。コージャ国の解体を行う為には十分な戦力となる。これが情報操作だ」
 サラシナは言った。
 「こんな風に、情報操作で、簡単に人間を騙して操って良いのでしょうか」
 紗緒里は生唾を飲み込んで言った。
 「構わない」
 サラシナは頷いて言った。

 第33章 デモの結末

 耕太郎とレイナは藤村准教授を追って地下鉄の駅の階段を駆け下りた。人の気配は無い。駅の構内は無人だった。
 上りと下りのホームに通じる分かれる分岐点があった。
 耕太郎は焦った。
 「レイナ、監視カメラの映像から、藤村准教授が、どのホームに行ったか調べてくれ」
 耕太郎は言った。
 「ダメです。この駅の監視カメラは全て、デモ隊によって破壊されています」
 レイナは言った。
 「仕方ないカンに頼るか」
 耕太郎は言った。
 だが耕太郎は、咄嗟に気がついた。政治企業ポリティクス・ファースト社の議事堂「ポリティクス・ドーム」が在る方向は、上りだった。
 「こっちだレイナ!」
 耕太郎は上りのホームを目指してブラスターを片手に走った。
 改札口の横には不安そうな顔をした駅員達が二人居た。
 「人が通った?」
 耕太郎は自動改札口を指さした。
 「ええ」
 駅員は頷いた。
 間違い無い。耕太郎は、携帯端末を自動改札口に当ててレイナと駅のホームに入った。
 駅のホームは、人が居なかった。東京非常事態宣言が出されているから、外出する人間達の数は極端に少なくなっている。
 つまり国家主義者達のデモが行われる、霞ヶ関や、政治企業ポリティクス・ファースト社の議事堂「ポリティクス・ドーム」に向かって外出する一般の人間達は居なくなる。
 警察関係者か、国家主義者達に絞られてくる。
 国家主義者達は移動する際に地下鉄には乗らない。既に、地上でデモ行進を開始しているからだ。警察も国家主義者達のデモに合わせて地上で警備に当たっている。
 結果的に地下鉄は運行されていても無人に近い状態だった。
 そのホームに背広を着た男が一人居た。藤村准教授だった。
 「藤村待て!」
 藤村准教授も耕太郎とレイナがホームへ続く階段を駆け下りる音を聞いたのか、密造拳銃を耕太郎に向けて構えていた。
 耕太郎はブラスターを藤村准教授に向けようとした。
 先に耕太郎の脇をボールベアリングの弾丸が飛んでいった。
 だが精度は低い。3メートル近く右脇を通り過ぎた。どうやら密造拳銃は、近距離では精度が高いが、2、30メートル離れると、大分精度が低くなるようだった。それか藤村准教授の射撃の腕前かもしれなかった。
 藤村准教授は、密造拳銃を一発撃つと駅のホームの円柱状の柱の陰に隠れた。
 「私を捕まえても無駄だ!アソシエーションは転覆する!」
 藤村准教授の声が駅のホームに響いた。
 「ふざけるな!」
 耕太郎は威嚇射撃でブラスターを何発も時間の間隔をおいて、藤村准教授の隠れた柱の脇を目がけて撃った。
 「今回のアソシエーション転覆デモは、今までのデモとは桁が違う。世界の人間達はアソシエーションが用意した社会にウンザリしている。つまり倦んでいる。もう既にアソシエーションには限界が来ていると言う事だ」
 藤村准教授は言った。
 「だからアソシエーションの転覆を行うのか」
 耕太郎は言った。
 「そうだ。私が学生だった頃。アソシエーションに疑いの目を向ける人間は少なかった。アソシエーションは、いつでも上手く行っていると大部分の人間達はアソシエーションに加盟する企業群の広告に騙され、考えていた。だが…」
 藤村准教授は皮肉めいた口調で、もったいぶって「だが」と言った。
 「だが、何だ」
 耕太郎はブラスターを両手で握り直して構えながら言った。
 「だが、時代は変わってきた。アソシエーションでは上手く行かないことが判ってきた。世界中の人間達が気がついた、つまりアソシエーションは必要ない。必要なのは、全世界を統一する一つの政府による一つの国家という事だ」
 藤村准教授は言った。
 藤村准教授は円柱の陰から出て密造拳銃を撃った。ボールベアリングの着弾点が近くで耕太郎は慌てて駅のホームの円柱の陰に隠れた。
 レイナがエネルギーカートリッジを耕太郎に差し出した。
 耕太郎はブラスターのエネルギーカートリッジを本体からリリースして捨てた。そしてレイナが差し出した新しいエネルギーカートリッジに交換した。
 「だが、世界統一国家は歴史上存在していない。そんな国家を作り上げて上手く行くと言うのか」
 耕太郎は言った。
 「今のアソシエーションがダメなら、新しい世界統一国家を作ればいい。少なくとも今よりマシな世界が出来るはずだ」
 藤村准教授は言った。
 「保証はあるのか」
 耕太郎は言った。
 「無い。だが、試してみる価値はある」
 藤村准教授は言った。
 「そんな不確かな物に、世界の全ての人間の未来を委ねる事は出来ない」
 耕太郎は言った。
 「だが、このままアソシエーションによる支配が世界を覆うことに、世界の全ての人間達が耐えられるのかな?我々国家主義者達が起こしているデモへの支持と参加が、その結論だ」
 藤村准教授は言った。
 藤村准教授の密造拳銃のボール・ベアリングが止まっていた。
 駅に地下鉄の車両が入ってきた。
 転落防止のガード・ドアが開いた。
 耕太郎は意を決して、ブラスターを構えたまま飛び出た。藤村准教授は円柱の陰から出て居なかった。
 「それは、根拠の無いアジテーションだ!」
 耕太郎は威嚇射撃でブラスターを撃ちながら言った。
 威嚇射撃の間隔を見抜いたのか藤村准教授が円柱の陰から出て、密造拳銃を撃った。密造拳銃を撃ちながら地下鉄の開いた扉から中に入った。耕太郎とレイナも後を追った。
 連結された車両の間には扉が無い。
 密造拳銃を構えた藤村准教授が居た。
 「停滞より行動だ。我々国家主義者達は、そして、その中でも「国家建設強硬派」は時代の前衛になる覚悟がある」
 藤村准教授は言った。
 「だが、狩川渉は国家主義に入った結果、殺人という人の犯してはならない犯罪を行った」
 耕太郎とレイナは連結された車両の車体の陰に入りながら言った。
 「それは時代の前衛になる覚悟の当然の帰結だよ」
 藤村准教授は言った。
 「あんたが、焚き付けたんだろう!藤村!」
 耕太郎は言った。
 耕太郎は座席の陰から膝を付いてブラスターを撃った。
 「そうだよ!時代を変革するために命を差し出せと狩川渉を焚き付けた!そして石村を殺させた!」
 藤村准教授は言った。
 「そんなことが人として許せる物か!」
 耕太郎は言った。
 「時代の変革には犠牲が必要なのだよ!常に犠牲を求める!特に若い情熱の犠牲を!」
 藤村准教授は言った。
 「それが間違いだって、なぜ気がつかない!」
 耕太郎は言った。
 「我々国家主義者達は正義を行って居るからだ!」
 藤村准教授は言った。
 「そんな、やり方に正義があるか!」
 耕太郎は言った。
 「あるから、やって居るんだよ!世界を動かす為には国家主義者達は命を差し出さなければならない!我々は大義を持って居る!」
 藤村准教授は言った。
 「法を破って何の大義だ!」
 耕太郎は言った。
 「その法を作っているアソシエーションを破壊する事が大義だ!アソシエーションが定めた法律自体が意味を持たないのだよ!」
 藤村准教授は言った。
 「なぜ石村教授を狩川渉に殺させた!「イェーリングはイェイ」で、論駁された腹いせからか!」
 耕太郎は言った。
 「確かに、それもある。だが、より重要な理由は「国家建設強硬派」にアソシエーションを転覆させる決意を抱かせる為に、石村という「アソシエーション政治学」の権威を殺す必要があった。アソシエーションの絶対性を具現化する偶像を国家主義者の手によって破壊する必要があった!世界統一国家を実現するという真理のために!メッセージを国家主義者全体に投げ与えアソシエーションを転覆させるために!」
 藤村准教授は言った。
 「そのために、狩川渉を利用したのか!」
 耕太郎は言った。
 「そうだ!」
 藤村准教授は言った。
「お前達はテロリストだ!」
 耕太郎は言った。
 「違う!我々は善を為そうとしている!」
 藤村准教授は言った。
 「お前達が建設しようとする世界統一国家には何の正義も無い!間違った方法で建設される国家に何の正義がある!」
 耕太郎は叫んだ。
 そして座席の陰から出てブラスターを何発も撃った。
 「判っていないな。アソシエーションの誕生自体が暴力を経ている歴史的な事実がある。アソシエーションの正体は、血塗られた歴史で綴られているのだよ」
 藤村准教授は言った。口調が変わっていた。諦めているような言い方だった。
 その言い方がなぜか、気に掛かった。
 言葉の裏にある意味が理解できずに焦りのような感情に突き動かされた。
 地下鉄は止まった。
 そして藤村准教授は駅のホームに駆け降りた。そして駅のホームの端にあるエスカレーターを駆け上った。
 「ポリティクス・ドーム前」駅だった。
 「レイナ追うぞ」
 耕太郎はブラスターを構えた。
 「判りました」
 レイナは言った。
 耕太郎とレイナは藤村准教授の後を追った。
 耕太郎は,地下鉄の駅の構内の階段を駆け上がった。
 地下鉄の構内には音がしていた。
 何かの爆発音のようだった。
 階段の先に太陽光が入ってきている。
 だが、爆発音が続いている。
 今日は「ポリティクス・ドーム」で議会がある。この日を選んで国家主義者達がデモを行った事は間違いなかった。
 耕太郎は政治企業が運営する「ポリティクス・ドーム」の前に出た。
 !
 耕太郎は凄惨な光景に我が目を疑った。
 国家主義者達は、投擲爆弾を投げて、警察の機動隊と一進一退の攻防を行って居た。
 機動隊は暴徒鎮圧用のラバー弾を発射するライアット・ガンと放水車で対処しようとしていた。
 だが、警察の機動隊は、既に警察車両を燃やされて、投擲爆弾の爆発で大破させられ居てた。
 なんと言う数だろうか,国家主義者達のデモの参加者達は一万人以上が「国家建設強硬派」として押し寄せているのでは無いだろうか。手には密造拳銃と瓶詰めの投擲爆弾を持って居る。
 それに対して、警察も機動隊を一万人前後動員している。
 耕太郎は、争いの中で、藤村准教授を見失った。
 「レイナ、ツワブキ刑事から借りた、「イーグル・サーチャー」の映像を携帯端末に送ってくれ。藤村准教授を捜す。だが、この争いの中で、藤村准教授を見つけても逮捕できるか。これは警察の対処するべき段階を超えている」
 耕太郎は狼狽しながら言った。
 既に何人もの死傷者が出ていた。
 国家主義者達の方が優勢だった。投擲爆弾が強化プラスチックの透明な盾を並べて身を守る警察の機動隊に、投げつけられる。
 投擲爆弾が投げられると退避して、後退する警察の機動隊達。
 導火線が爆薬を詰めた一升瓶を爆破させる。
 後退が遅れた先頭の機動隊員が爆発に巻き込まれる。
 そして手足が吹き飛ばされて死んでしまう。
 「ポリティクス・ドーム」の門を破壊して、「国家建設強硬派」達は敷地内に押し入ろうとしていた。
 「あれは,重機動特警のパワード・スーツか?アソシエーションは重機動特警を出動させたのか」
 レイナは言った。
 「間違い在りません、重機動特警の採用しているパワード・スーツ、MPAS31型です」
 レイナは言った。
 「なぜ、重機動特警が出動したんだ。確かに、既に警察の機動隊の手に負える段階を超えているが」
 耕太郎は投擲爆弾の爆発する光景を見ながら言った。
 耕太郎は、「ポリティクス・ドームに輸送ヘリから投下される。パワード・スーツを見て居た。落下傘を使って次々と、ポリティカル・ドームの敷地に降下してくる。
 そして、右腕に装備した四十oのグレネード弾の速射砲M787を撃ち始めた。ベルト・給弾式で、パワード・スーツの背中の弾倉から次々と四十ミリグレネード弾が送り込まれる。
 国家主義者達の集団に爆発が立て続けに起きた。
 国家主義者達のデモ隊の間に爆発音と共に白い煙が上がった。
 「何てことをしているんだ。これは殺し合いだ。戦争だ。アソシエーションの誕生でなくなったはずの戦争だ。戦争が行われている」
 耕太郎は狼狽して言った。
 「よく見ておけ、これがアソシエーションの、やり方だ」
 藤村准教授の声が背後からした。
 「藤村准教授か」
 耕太郎は、地下鉄の入り口の横に居た藤村准教授を見た。
 耕太郎はブラスターを構えようとした。
 だが、先に、藤村准教授の密造拳銃から発射された威嚇射撃のボールベアリングが、路面で跳ねた。
 耕太郎はブラスターを構えようとした途中で動きを止めた。
 藤村准教授が今、殺す気で密造拳銃を撃てば、耕太郎は撃たれて殺されるしか無い状況だった。
 だが、藤村准教授はボールベアリングの弾丸を当てなかった。
 「なぜ、弾丸を外したんだ」
 耕太郎は言った。
 「お前は歴史の目撃者だからだ。だから生きろ」
 藤村准教授は言った。
 「何が言いたい」
 耕太郎は藤村准教授の意図が読めず言った。
 「警官よ、お前は、まだ若い。しっかりと,この光景を見ておけ。そして決して忘れるな。次の時代へ語り継げ。今日という日に何が起き、アソシエーションが何をしたのかと言うことを」
 藤村准教授は言った。
 その背後では警察の機動隊が重機動特警の援護を受けて国家主義者達のデモ隊を押し返し始めた。
 重機動特警は、政治企業ポリティクス・ファースト社の議事堂「ポリティクス・ドーム」
の敷地内に入った国家主義者達を四十ミリグレネード弾の速射砲で一方的な殺戮を行っていた。
 「俺は、お前を逮捕しなければならない」
 耕太郎は言った。
 「私は逮捕はされない。国家主義に殉じて、この歴史に残る闘争の中で闘士として死んでいく」
 藤村准教授は言った。
 そして密造拳銃を持って重機動特警とデモ隊の戦う場所に走って行った。
 耕太郎は、その背中にブラスターを向けたが、なぜか引き金を引けなかった。
 重機動特警のパワード・スーツも投擲爆弾に対して完全な防御ができないのか、国家主義者達が投げ込んだ、一升瓶に爆発物を詰めた爆弾で破壊されて地表上にバラバラになって転がっていた。
 耕太郎は狼狽していた。
 これは完全に殺し合いだった。
 アソシエーションの誕生で無くなったはずの戦争だった。
 耕太郎の携帯端末に緊急のアラーム音が鳴り、振動した。自動的に音声が最大のボリュームで鳴り始めた。辺りの爆発音と怒号の中で国家主義者達の上げる、一体となった気勢の中でも聞こえる音だった。
 非常回線「警察関係者に告げます。これから空爆が開始されます。現在、あなたが居る場所は空爆対象エリアです。速やかに退避してください」
 空爆?
 耕太郎は意味が取れなかった。
 「門倉刑事、退避しましょう」
 レイナは言った。
 「俺は、この光景を見なければ、ならない気がする」
 耕太郎は言った。
 「ダメです空爆が始まります。危険です。退避しなければだめです」
 レイナは言った、そして耕太郎の腕を握った。
 航空機がポリティクス・ドームの向こうの方から低空で進入してきた。
 そして爆音と共に爆発が始まった。
 そして耕太郎の方に爆撃機は小型の爆弾を撒き散らしながら飛んできた。
 「クラスター爆弾です!」
 レイナは言った。レイナは放心していた耕太郎に飛び付いた。
 そして地下鉄の駅の構内へ続く階段を耕太郎とレイナは転げ落ちた。耕太郎とレイナは階段を転がり落ちながら、地表の爆発の音を聞いた。
 ようやく階段からの転落が踊り場で止まった。
 耕太郎は、身体を動かそうとして痛みで気がついた。全身の、そこら中を、したたかに打ち付けた痛みで痛かった。
 「酷いなレイナ、何するんだ」
 耕太郎は言った。
 「こうでも、しなければ、あなたは死んでいました。これはロボティクス・ガイドラインに基づく、人間を危害から守る行動です」
 レイナは言った。
 レイナは、耕太郎の上から起き上がった。婦人警察官の制帽を落としていた。
 レイナは階段の途中に転がっている婦人警官の制帽を取りに行った。
 耕太郎は起き上がった。全身が痛んだ。骨折したかもしれないし,打撲や打ち身、捻挫も在るかもしれない。とりあえず出血はしていないようだった。
 あまりにも非現実的な凄惨な光景を見た結果、耕太郎には衝撃が大きすぎた。だから、我を忘れて放心してしまった。
 「外は、どうなったんだ」
 耕太郎は言った。
 「爆撃の警告は終わりました。安全ですが。対人クラスター爆弾には不発弾が含まれます。間違えて踏んだりして爆破させないように気をつけてください」
 レイナは言った。
 地下鉄の階段の踊り場から入り口の方を見ると、瓦礫が散乱していた。
 確かにレイナの言うとおり、あの場所に立っていたらクラスター爆弾の爆発で死んでいたことは間違い無かった。
 「レイナ、助けてくれたのにすまない」
 耕太郎は言った。
 「衝撃的な光景を見て、気が動転したことは判りますが、もう少し、自分を見失わないでください」
 レイナは言った。
 「判ったよレイナ。オレは、まだ名波刑事が言うように駆け出しの若造だな」
 耕太郎は言った。
 階段を昇って、入り口近くで崩れている地下鉄の駅の入り口のコンクリートを昇って外に出た。
 耕太郎は外の光景を見た。
 機動隊と戦っていた「国家建設強硬派」は空爆で倒れていた。
 手足を吹き飛ばされても、まだ生きている生存者達も居る。
 「これが、国家主義者のデモ隊に対するアソシエーションの攻撃か」
 耕太郎は言った。
 レイナは黙っていた。
 「レイナ。緊急救命隊が到着するまで生存者達を助けるぞ。手伝ってくれ」
 耕太郎は言った。
 「ええ、判りました」
 レイナは笑顔で言った。
 その日、エリア・東京で起きたアソシエーション転覆デモは、多数の死傷者を出して終幕した。
 警察側の死傷者は三千二百三十六人、内訳は死亡者千二百五十九人、負傷者は軽傷者も含め千九百七十七人。国家主義に参加したデモ隊の死傷者は一万八千七十二人、その内訳は死亡者九千百三十五人、負傷者は軽傷者も含めて八千九百三十七人。
 デモの規模は、三十六万人規模。警察官の動員数は、五万八千人。
 デモ隊の死亡者の殆どは、国家建設強硬派として、武装し、政治企業ポリティクス・フ
ァースト社の議事堂「ポリティクス・ドーム」
の敷地内で機動隊と武力闘争を行って居た人間達だった。
 アソシエーション転覆デモはエリア・日本では結果的に失敗に終わった。
 国家主義者達の、政治企業ポリティクス・ファースト社の議事堂「ポリティクス・ドーム」占拠の手前で、アソシエーション上層部の判断による、重機動特警のパワード・スーツ部隊の投入、局地制圧爆撃が行われた。
 だが、このアソシエーション転覆デモは、世界各地で行われ、国家建設に成功したエリアも幾つも在った。大きく二つにわけて、一つは民族主義、宗教的な国家の建設。二つめは世界統一国家を指向し連帯する国家建設。
この二つの路線が在った。
 前者の、民族主義、宗教的な国家は連帯をし、独立民族宗教国家共同体を、アソシエーション転覆直後に作り上げた。
 後者の、世界統一国家を指向する国家主義者達の国家同士も統一政府連合を作り上げた。
 そして、未だ世界最大の規模を誇りながらも残されたアソシエーション。
 これからの地球の世界は、アソシエーションの単一的な統治だけで無く、三つの勢力が独自の主張を続けていく、不安定な時代へと突入していった。

 第34章 コージャ国解体完了

 紗緒里と牛島来美は、コージャ国近くの公園で、事の推移を電子黒板を見ながら見守っていた。
 空から、映し出された、コージャ国の様子は間違い無く、サラシナの読み通りだった。
 国家主義者達は、コージャ国に押し寄せて、ビューロクラシー社コージャ支店付近で攻防戦を行って居た。
 空から見る限り両者の戦いは一進一退だった。
 「これぞ、ウヨネイ相食の計」
 サラシナは会心の笑みを浮かべて言った。
 紗緒里はサラシナに怖さを感じながら見て居た。牛島来美も不安そうな顔でサラシナを見て居た。
 ビューロクラシー社コージャ支店前での戦いは激しさを増していった。
 「本当に放っておいて良いのでしょうか」
 紗緒里は見るに見かねていった。
 「ああ、構わない。今は、動くタイミングでは無い」
 サラシナは言った。
 しばらくコージャ国と国家主義者達の戦いを空から見て居た。
 サラシナに携帯端末の電話が入った。
 「よし。動くぞ」
 サラシナは言った。
 「何を、どう動かすのでしょう」
 紗緒里は言った。
 「これから、ネオウヨと国家主義者達の一斉検挙を行う」
 サラシナは言った。
 「猪井隊長の機動隊だけでは無理ですよ」
 紗緒里は言った。
 横で牛島来美も、しきりに頷いていた。
 「今、通信が入った。国家主義者達の反アソシエーションのデモは解散した。デモの警備に当たっていた機動隊をコージャ国解体に回すことが出来る」
 サラシナは言った。
 「そのタイミングを今まで待っていたのですか」
 紗緒里は薄ら寒いモノを感じながら言った。
 「そうだ」
 サラシナは当然のように言った。
 紗緒里は牛島来美とエコプリに乗って、猪井隊長の機動隊の車列の中に入って、ビューロクラシー社コージャ支店を目指した。
 既に警察の機動隊が、ネオウヨと国家主義者達を捕まえて,手足をプラスチック製のヒモのようなモノで縛り付けていた。
 サラシナの乗った空飛ぶ車は止まった。
 紗緒里と牛島来美が乗るエコプリも止まった。
 紗緒里は、メガホンを持ってエコプリから降りた。
 「これで、本当にコージャ国は解体したのでしょうか?」
 紗緒里はメガホンを持ったまま言った。
 サラシナは首を振った。
 「いや、また、第二、第三のコージャ国がネオウヨ達の手によって生まれるかもしれない。我々、対テロ課は孤独な戦いを続けなければならない」
 サラシナは言った。
 「池野先輩」
 牛島来美は明るい声で言った。
 「どうしたの牛島さん」
 紗緒里は言った。
 「はやく、ビューロクラシー社コージャ支店の人質の人達を解放しましょう」
 牛島来美は笑顔で永嶋課長から渡された辞令の入ったプラスチック製の封筒を見せて言った。
 「そうね」
 紗緒里は言った。
 そして、ビューロクラシー社のコージャ支店の中へと入っていった。

 第35章 この宇宙の孤独の中で

 耕太郎は志賀班長と相談した。そして監査課に連絡を取った。
 シンドウと名乗った監査課の男性がやって来た。そして調査結果を口頭で述べ、志賀班長と耕太郎に一時的なデータ・アクセス権限を与えて去って行った。
 監査課も、また、対テロ課と同じように、警察内部でも存在が隠されている部署だった。
 耕太郎とレイナ、志賀班長とサブロー、科捜班の渡辺さんと鑑識用のアンドロイドが小会議室に入った。
 ツワブキは密造拳銃で撃たれた右膝の治療を受けているため、ギブスを付けて金属製の松葉杖をつきながら、歩いてきた。
 その横にはアンドロイドのカヨが居た。
 「何の用かな」
 ツワブキは言った。
 「ツワブキ刑事。あなたが藤田彩を殺した犯人ですね」
 耕太郎は言った。
 「藤田彩は国家主義者に殺されたのだろう」
 ツワブキは言った。
 「監査課が、対テロ課の刑事である、あなたに対して内部監査を行いました」
 耕太郎は言った。
 「なるほどな」
 ツワブキは言った。
 「他人事のように言わないでください、これは殺人事件です」
 耕太郎は言った。
 「他人事だとは考えて居ない。アソシエーションに比べれば、藤田彩が死んだことは小さな問題でしかない」
 ツワブキは言った。
 「そんな理由で藤田彩を殺したのですか」
 耕太郎は言った。
 志賀班長が手で制した。
 「門倉。犯行の証拠を全て突きつければいい。それが殺人課の仕事だ」
 志賀班長は言った。
 「判りました」
 耕太郎は言った。
 鑑識の渡辺さんが小会議室の電子黒板の電源を入れた。
 耕太郎は電子黒板を操作した。
 「ツワブキ刑事、あなたのアンドロイドのカヨが事件の映像と音声を全て記録していました」
 耕太郎は言った。
 「対テロ課のアクセス規制はどうした」
 ツワブキは言った。
 「監査課が限定的に解除して対テロ課のデータ・ベースへのアクセスが可能になりました」
 耕太郎は言った。
 「なるほどな」
 ツワブキは言った。
 耕太郎は藤田彩、殺害事件を解決させるべく言った。
 「あなたが犯人だったことで、藤田彩殺害事件の全ての謎は解けていきます。まず、藤田彩が殺された独身者用のワンルーム・マンションへの出入りの方法は、国家主義者達の繋がりなんかでは無かった。藤田彩と同じ棟の中に住む一階の国家主義者達が共謀してベランダ沿いの窓を解放し。マンションの中に、外部からの殺人者を招き入れたわけでは無かった」
 「どうやって私が入ったと言うのだ。国家主義者が協力しなければ、私は藤田彩のマンションの棟には入ることが出来ないぞ」
 ツワブキは言った。
 「あなたは、バンドー警備保障のガード・ロボットの目の前をアンドロイドのカヨと一緒に通過していった。つまり正面の入り口から入っていった」
 耕太郎は言った。
 「バンドー警備保障のガード・ロボットの記録映像には、残らないはずだ」
 ツワブキは言った。
 鑑識の渡辺さんが悔しそうに言った。
 「騙されていた。対テロ課の権限で、バンドー警備保障のデータ・センターにアクセスして、ガード・ロボットの監視カメラの記録内容を書き換えることが出来るとは盲点だった」
 「ならば、バンドー警備保障で監視カメラの監視をしている警備員達の目を誤魔化すことは出来ないだろう」
 ツワブキは言った。
 「これも対テロ課の権限でしたよ。対テロ課のデータ改竄の速度は、人間の視覚が関知出来る時間よりも短い、リアル・タイム処理で行う事が出来る。だから、バンドー警備保障でガード・ロボットの監視カメラを監視している警備員達は気がつくことが出来なかった」
 耕太郎は言った。
 鑑識の渡辺さんが続けた。
 「だが、カヨのアイ・カメラは全ての情報を記録していた」
 耕太郎は、手元の電子黒板のコントローラーを操作した。
 背中からカヨのアイ・カメラで撮されたツワブキが藤田彩のマンションの棟の入り口に入っていく映像が表示された。バンドー警備保障のガード・ロボットが立っている。両開きの自動ドアは開いて中にツワブキと、記録をしているカヨは入っていく。
 耕太郎は映像を止めた。
 鑑識の渡辺さんが言った。
 「対テロ課の情報改竄は徹底している。藤田彩が入居している棟の入り口の自動ドアが開いた記録までリアルタイムで改竄が為されている。だから。藤田彩殺害の犯人が正面の入り口から入ったとは考えられなかった」
 「だが、私の姿は、藤田彩のマンションの棟に住む人間達の誰にも目撃されていない。偶然で片付けられるのかな」
 ツワブキは言った。
 耕太郎は言った。
 「もちろん偶然では無かった。だから、あなたとカヨが透明人間の様に行動できたのにも理由があった。これを見てください」
 耕太郎は電子黒板のコントローラーを操作した。
 藤田彩のマンションの棟の全ての部屋が表示される。そして、そこには,マンションの棟に住む全ての住人達のGPSの移動履歴が光るオレンジ色の点の形で表示されていた。
 「なるほどな。私が、どう行動したか判ったか」
 ツワブキは言った。
 「ええ、判りました。あなたは棟の住人達、全てのGPSの移動履歴をリアルタイムで見て居た。この処理はカヨが担当していました。そして、藤田彩が住んでいる棟の中のGPS移動履歴を全てカヨが把握し、あなたをナビゲートしていた。だから、マンションの部屋の中から出てきたり、廊下を通ったりエレベーターに乗る人間と会うことは無かった。だが五十三階までエレベーターに乗っていれば、不測の事態で、途中からエレベーターに乗り込んでくるマンションの住人達に目撃される可能性は残されている。エレベーターは拘束時間が長いからだ」
 「それなら私は、どうしたというのだ」
 ツワブキは言った。
 耕太郎は言った。
 「あなたは、非常階段を使った。非常階段なら、マンションの住人達と会う可能性は極力低下される。繰り返し言いますが、エレベーターに乗っていれば、五十三階に行く途中で、マンションの住人が部屋から出てきて、エレベーターに乗り込む可能性が在る。だが、非常階段ならば、これだけの高層マンションでは住人達は利用しようとは、しないはずだ。そして、あなたとカヨは透明人間になることに成功した」
 耕太郎は早送りで、ツワブキとカヨが非常階段を昇る映像を見せた。入り口のガード・ロボットの脇を通り非常階段を昇っていく。途中で何度か止まったりしているが。五十三階の藤田彩の5316号室の前まで辿り着いた。
 耕太郎は画像を止めた。
 耕太郎は言った。
 「そして、あなたとカヨは藤田彩の部屋に入った」
 「私が,なぜ入れたというのかな。確かに対テロ課のスパイという繋がりはあるが、夜の時間帯に若い女性が部屋に入れるのか?」
 ツワブキは言った。
 「それは、あなたが藤田彩の父親、藤田健次郎だったからです」
 耕太郎は言った。
 「どうやら、監査課は対テロ課のアクセス規制を不必要に侵害しているようだな」
 ツワブキは言った。
 鑑識の渡辺さんが言った。
 「藤田健次郎。つまり、あなたが勤めるファイン・トレードと言う会社は対テロ課が運営するダミー会社だった。そして藤田健次郎のアソシエーションのデータ・センターへの登録写真は対テロ課に、よって改竄されていた」
 ツワブキは言った。
 「困るな。監査課も、ずさんな仕事をする。ファイン・トレードは、対テロ課の職員が入っている会社だ。警察内部とはいえ情報が漏れた以上、ファイン・トレードは閉鎖し、解散しなければならない」
 耕太郎は言った。
 「カヨは記録していました」
 耕太郎は電子黒板のコントローラーを操作した。
 電子黒板の画面の中で藤田彩の部屋の5316号室のインターホンのボタンがカヨの指によって鳴らされた。
 藤田彩「はい、藤田です」
 ツワブキ「私だ父親の健次郎だ」
 藤田彩「何で、あなたが来たの。父親なんかじゃないのに」
 ツワブキ「国家主義者達の動きに関して知らせて、おきたい事がある。「国家建設強硬派」についてだ」
 藤田彩「メールじゃ駄目なの」
 ツワブキ「ああ、立ち話出来る様な内容では無い」
 藤田彩「判った」
 そしてドアの電子錠が解錠される音がした。
 そしてツワブキとカヨは藤田彩の住む5316号室に入っていった。
 死体が発見された時と全く同じ服を着ている藤田彩が室内のインターホンの前にいた。
 耕太郎は電子黒板の画像を止めた。
 鑑識の渡辺さんが苦々しげに言った。
 「ツワブキ刑事の毛髪は発見されていた。だが、それも、証拠品のデータ・ベースにまで改竄が為されていた。だから、遺伝子が藤田彩の遺伝子しか出てこなかった」
 「なるほどな。監査課は余計な事を、し過ぎる」
 ツワブキは言った。
 耕太郎は電子黒板の画像を再び動かした。
 ツワブキと藤田彩は、ワンルームマンションの中で立ちながら話しをしていた。
 藤田彩「一体何の用なの。「国家建設強硬派」について話す必要が在る事って何よ。私は普通にスパイのアルバイトをしているでしょ」
 ツワブキ「お前は「国家建設強硬派」だな」
 藤田彩「そう見える。私はアルバイトが目的のスパイよ」
 ツワブキ「なぜ、「国家主義原論」、「アソシエーションから国家主義へ」などのアングラ本を持って居る」
 藤田彩「国家主義者達のサークル「国家建設会議」に入っていれば、サークル内の付き合いで、国家主義者の本を読んでも、おかしくは無いでしょ」
 ツワブキ「アルバイトじゃなかったのか」
 藤田彩「アルバイトよ」
 ツワブキ「アルバイトなら、「国家建設強硬派」のメンバーを教えろ」
 藤田彩「そんなの知っているわけ無いでしょ」
 ツワブキ「お前が「国家建設強硬派」で在る事は判っている」
 藤田彩「なぜよ。誰が告げ口をしたの」
 ツワブキ「告げ口では無い」
 藤田彩「じゃあ何で。どうして、私が「国家建設強硬派」だって決めつけるのよ」
 ツワブキ「それは、お前が、私、つまり藤田健次郎を憎んでいるからだ」
 藤田彩「そんなのが理由になるの。全然判らない」
 ツワブキ「お前が、「国家建設会議」に入った時点で、泳がせておいた。私、つまり藤田健次郎が警察企業の対テロ課の人間で在る事を知れば、お前は必ず「国家建設強硬派」に接触することが判っていた。私を憎んでいる、お前は、反発から必ず「国家建設会議」に入り「国家建設強硬派」に入ることは予想が出来る行動だった」
 藤田彩「もしかして、わざと私の前で、警察の関係者だって。……あれは全部演技だったの」
 ツワブキ「そうだ」
 藤田彩「家族と喧嘩して家を出た私なのに。なんで、あなたが私の大学に来ているのか判らなかった。それで跡を付けたけれど。あれは演技だった。騙して跡を付けさせて居たんだ」
 ツワブキ「お前は、私を、強請っているつもりだったのだろうが。私としては、政治商科研究大学の「国家建設強硬派」の全容を掴むことが目的だった」
藤田彩「騙したつもりが騙されていた」
 ツワブキ「だが、事態は変わった。アソシエーション転覆のデモが世界規模で起きようとしている。今すぐ、政治商科研究大学の「国家建設強硬派」のメンバーを全て教えろ」
 藤田彩「国家主義を裏切ることは出来ない」
 ツワブキ「国家主義など、子供の理屈だ」
 藤田彩「アソシエーションの、どこが良いって言うのよ。「国家建設強硬派」は、お互いに命を預け合った同志なのよ」
 ツワブキ「子供の世迷い事だ」
 藤田彩「私は言わない」
 映像が移動を開始した。カヨが動き始めた。
 藤田彩の背後にカヨが立った。だが、藤田彩はツワブキと口論を続けて気がついていない。カヨは藤田彩の背後に立っていた。
 ツワブキ「……話さないならば、お前にも役に立って貰う」
 藤田彩「何よそれ」
 ツワブキ「政治商科研究大学の「国家建設強硬派」にメッセージを与える」
 藤田彩「知らないのに、どうやってメッセージを与えるのよ」
 ツワブキ「お前が死ぬことは警告になる」
 藤田彩「何のつもり」
 ツワブキ「殺れ」
 藤田彩の背後に立ったカヨの右手が何かを握って殴りつけた。
 藤田彩の後頭部に、めり込んだ物は、ブラスターの銃把だった。カヨはブラスターの銃身を握って銃把で藤田彩を殴りつけた。
 藤田彩はブラスターの殴打で前のめりに倒れた。
 耕太郎は言った。
 「アンドロイドの人工筋肉は同じ筋肉量でも、人間の筋肉よりも高い力を発揮できる。それは、アンドロイドであるカヨの人工筋肉も同じだった。カヨの人工筋肉は、ブラスターを振り回せば、高い力学的なエネルギーを発生させることが出来る。つまり遠心力を効かせたハンマーと同じだけの破壊力を生じさせる」
 「だろうな」
 ツワブキは言った。
 耕太郎は言った。
 「通常のアンドロイドは、ロボティクス・ガイドラインによって人間に危害を加えることが出来ない。だが、対テロ課のアンドロイドは別だった。最初から人間を殺す事が出来る殺人ロボットだった」
 「そうなるな」
 ツワブキは言った。
 電子黒板の映像の中で手袋を着けたカヨは、藤田彩のタンスからストッキングを取り出して絞殺していた。
 鑑識の渡辺さんが遺伝子解読装置を動かした。
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「ツワブキ刑事。あなたのブラスターを渡してください」
 「いいだろう」
 ツワブキは、ブラスターを取り出して鑑識の渡辺さんに渡した。
 ツワブキのブラスターから鑑識の渡辺さんが遺伝子を採集していた。
 耕太郎は言った。
 「結局、あなたが藤田彩を殺した結果、逆に狩川渉は覚悟を決めたのでしょう」
 「そうかな」
 ツワブキは言った。
 「あなたが藤田彩を殺したことは意味が無かったんですよ」
 耕太郎は言った。
 「だが、結果的には藤村准教授と政治商科研究大学の「国家建設強硬派」を全て焙り出した」
 ツワブキは言った。
 「なぜ藤田彩と家族は疎遠だったのですか。義理とは言え、あなたの子供ですよ」
 耕太郎は言った。
 「あれは最初から懐かない子供だった。妻が親権を持っていた。だが、私と再婚したことで妻も恨んでいた」
 ツワブキは言った。
 「だから簡単に殺したのですか」
 耕太郎は言った。
 「アソシエーションが存続する為には仕方が無かった。それだけだ」
 ツワブキは言った。
 鑑識の渡辺さんが言った。
 「藤田彩の遺伝子が出た」
 耕太郎は手錠をツワブキに掛けた。
 カヨがツワブキを支えた。
 「門倉刑事。なぜ、私が藤田彩を殺したと気がついた」
 ツワブキは言った。
 「一緒に捜査をしていて対テロ課の権限が、あまりにも大きすぎるように感じた。だから、もしかしたら、あなたが、犯人ではないかと疑った。そして、班長に頼んで監査課に、あなたの監査を依頼した」
 耕太郎は言った。
 「そうか。だが、私は捕まえても無罪になる。対テロ課の刑事には超法規的な処置が適用される。これがアソシエーションのルールだ」
 ツワブキは言った。
 「私は殺人課の刑事です。殺人犯を捕まえる事が私達のルールです」
 耕太郎は言った。
 「くだらない儀式だ」
 ツワブキは言った。
 ツワブキは制服の警察官に連れて行かれた。
 耕太郎は皆瀬靜美に報告した。
 皆瀬靜美は黒い喪服を着ていた。エゴギャルの化粧もせず、化粧も最小限だった。
 「犯人は捕まりました」
 耕太郎は言った。
 「刑事さん、有り難うございます。彩を殺した犯人を捕まえてくれて」
 皆瀬靜美は言った。
 「職務です」
 耕太郎は言った。
 「私、彩以上の友達に、これから会えないと思うんです。だから、彩の思い出を大事にして、人生を生きていくつもりです。私は死ぬまで彩のことは忘れません。いつまでも一番の友達は彩です……」
 皆瀬靜美は最後の方で嗚咽を漏らしながら右手で顔を押さえながら言った。
 「刑事さん。私達って,何て、ちっぽけな存在なんでしょう。ただ,生きていく事が、こんなにも辛いなんて。ただ生きていくだけなのに。心が張り裂けそうになって、苦しくて,悲しくて、そして運命が乱暴に私達を押しつぶそうとする。なぜ、こんなにも辛いのでしょうか。こんなにも、ちっぽけな私達を酷い目に遭わせているのに」
 皆瀬靜美は言った。
 「その答えは、私には言えません」
 耕太郎は言った。
 「そうですね。私は彩が死んで心が弱くなっています」
 皆瀬靜美は言った。
 「人生は自分で捜していくしか無いのですよ。あなたは、あなたの人生を歩むしか無い。あなたの人生については、私に何か言えることは無いはずです。ただ、あなたの話を聞くことが、できるだけです」
 耕太郎は言った。

終章 耕太郎と紗緒里

 耕太郎は花屋の女性に選んで貰った,花束を持って、姉の枝理の入院する病院に向かった。
 紗緒里はシェスタ堂でムースの載った焼きプリンと,ストロベリー・マドレーヌを買って枝理のために持って行った。親友の枝理の入院する病院に向かった。
 耕太郎は姉の枝理の病室で花瓶の花と水を取り換えていた。
 担当の看護士からの話では、枝理のリハビリは順調に進んでいるそうだった。
 頭に銃弾を受けて、結果生じた脳の損傷も再生医療での、幹細胞治療で、細胞と脳の神経が出来ているらしかった。
 紗緒里は、枝理の病室に入ると、先に耕太郎が来ている事に気がついた。
 「耕ちゃん来ていたの」
 紗緒里は言った。
 「紗緒里さんも来てくれたんですね」
 花束を花瓶に移し替えていた耕太郎は言った。
 「枝理は私の親友だから」
 紗緒里は言った。
 「姉貴は、なんだかんだ言っても俺の姉です。いつもガミガミ言って、俺を半人前扱いしているけれど、俺の姉なんです」
 耕太郎は言った。
 二人とも黙った。
 過去の枝理の話をすると、失われた枝理の記憶の重さが二人を黙らせた。
 しばらく静寂が病室を包んだ。
 「……さおり、こうたろう」
 姉の枝理は子供みたいな顔で笑って言った。
 「姉さん、喋れる様になったんだね」
 耕太郎は言った。
 「よかった。これなら、きっと元の枝理に戻ってくれる」
 紗緒里は言った。
 「さおり、わたしのともだち。こうたろう、わたしのおとうと……」
 枝理は子供みたいにニコニコしながら言った。
 耕太郎と紗緒里は顔を見合わせた。
 そして一緒に微笑んだ。

 電脳世紀東京 ネイショニスト・ワルツ(下)了

電脳世紀シリーズとは?

 二十年ぐらい昔に読んでいた、サイバーパンク系のSFは鮮烈だった。だが、結局は、アイザック・アシモフのロボット物も、サイバーパンクと並立するのではないかと思い。電脳世紀シリーズは、アジア系を舞台に書かれている。電脳世紀シリーズの社会はケイスやモリィ達の様なテクノロジーに耽溺する犯罪者達が居るが、イライジャ・ベイリや、ダニール・R・オリバーの様な警察達も居る。

 で、電脳世紀東京!次回は、「ノーブル・パゴーダ」!
 捜査開始!かな?


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