レイナは言った。 「なるほど、藤村准教授と、藤田彩はレッド・コード規格のデータ交換端末「スパイ・キャッチ」にデータを記録させた訳では無いか。ならば狩川渉だ。レイナ。狩川渉の家族の親等数を三にして、インターネットに接続しないコンピュータの購入履歴が在るか調べてくれ」 耕太郎は言った。 「在りました」 レイナは言った。 「レイナ。データを画面に転送してくれ」 データ処理室の大画面のモニターに映し出された。それも幾つものコンピュータが映し出された。 「レイナ、これが全部、インターネットに接続しないコンピュータなのか」 耕太郎は困惑して言った。 「はい、そうです」 レイナは言った。 「狩川渉は、文系の政治商科研究大学の学生だ。なぜ、こんなにインターネットに接続しないコンピュータを沢山持って居るんだ」 耕太郎は三十台近くある、コンピュータを見て言った。 「狩川渉の所有物では在りません」 レイナは言った。 「それならば、家族の誰かが、こんなに沢山のコンピュータを持って居るのか」 耕太郎は言った。 「そうです、全て狩川渉の実兄である狩川伊織(カリカワ・イオリ)の買った物です」 レイナは言った。 「これは、コレクターだ。狩川伊織は羽田宇宙港で働いて居たはずだが。レイナ、狩川伊織の最終学歴を出してくれ」 耕太郎は言った。 「宇宙工科大学、宇宙工学部の情報処理科を卒業しています」 レイナは言った。そしてデータ処理室の大画面のモニターに狩川伊織の電子化された、卒業証書と宇宙工科大学の電子認証が映し出された。 「狩川渉の兄は情報処理系の理系か。だが、なぜ、こんなに沢山のインターネットに接続しないコンピュータを持って居るんだ。どういう事だか判るかレイナ」 耕太郎は見当が付かず言った。 「このインターネットに接続しないコンピュータの中には、組み込み用のコンピュータも含まれています」 レイナは言った。 「組み込み用のコンピュータか。レイナ、良く判らないから説明してくれ」 耕太郎は更に訳が判らなくなって言った。 「自動車や宇宙船、工場の工作機械などの制御用のコンピュータを組み込み用と言います。特定の目的に特化し、インターネットに接続しないで使われます」 レイナは言った。 「だが、そんな物で、レッド・コード規格のデータ交換端末「スパイ・キャッチ」のデータの記録や保存が出来るのか?」 耕太郎は言った。 「出来ます。インターネットに繋がないコンピュータのソフト・ウェアを作る文化がコンピュータのプログラマー達の一部には在ります」 レイナは言った。 「だが、コンピュータはインターネットに繋げて使う物だ」 耕太郎は怪訝に思って言った。 「現在の普通の人間達が使う事の無い、コンピュータのプログラミング言語やアセンブリ言語を使う人間達の文化です」 レイナは言った。 「管区の警察に、狩川伊織のコンピュータを押収させる。レイナ、手配を頼む」 耕太郎は言った。 「判りました」 レイナは言った。 「大分、石村教授の殺人事件の全体像は見えてきた」 耕太郎は言った。 「そうです」 レイナは言った。 その時、耕太郎の携帯端末が振動した。 電話だった。 発信元は、エリア・筑波の名波刑事だった。 耕太郎は電話に出た。 「エリア・筑波の名波だ」 名波刑事は言った。 「狩川渉の逃走ルートを警察犬を使って調べさせた。側溝で狩川渉の指紋が内側に残っているゴム手袋が発見された。証拠としてデータ・ベースに載せておく。判ったな東京の若造」 名波刑事は言った。 「判りましたよ。感謝します。狩川渉を追い詰める証拠になります。レッド・コード規格のデータ交換端末を石村教授の家に持ち込んだ証拠です。レッド・コード規格のデータ交換端末に指紋が残っていない理由がゴム手袋を付けて居たのなら説明が付きます。そしてゴム手袋には、狩川渉の指紋が残っている」 耕太郎は言った。 「ああ、そうだ。狩川渉を裁判で有罪にしろ。わかったな東京の若造」 名波刑事は言った。 そして電話を切った。 耕太郎はレイナを見た。 「よし、レイナ。石村教授を殺した事件は証拠が揃った。狩川渉を有罪に出来る。後は細かいところのデータを集めていくだけだ」 耕太郎は言った。
第28章 すぐやる課の仕事
すぐやる課に紗緒里と牛島来美は戻った。 「永嶋課長、コージャ国の解体は失敗しました」 紗緒里は言った。 「ああ、そうなの」 永嶋課長は、いつもの調子で言った。 「はい、そうなんです」 紗緒里は言った。 「どうして失敗したの」 永嶋課長は言った。 紗緒里は手短に事態の推移を説明した。 「それじゃ仕方が無いね。とりあえず、終礼までの空いた時間で事務処理をして頂戴」 永嶋課長は言った。 「事務処理ですか」 紗緒里は言った。 「そうなんだよ。明日、エリア・東京では非常事態宣言を出す予定なんだよ。そのため、事務処理が溜まるから、先に事務処理を開始するんだ」 永嶋課長は言った。 「非常事態宣言ですか」 紗緒里は言った。 「そう。その通り。非常事態宣言が出されるんだよ」 永嶋課長は言った。 「なぜですか」 紗緒里は言った。 「それは、明日、国家主義者達の大規模なデモが発生するからなんだよ」 永嶋課長は言った。 「それが原因ですか」 紗緒里は牛島来美を見た。 牛島来美も頷いた。 「すぐやる課の仕事は、明日も、あるけれど、すぐやる課は、こういう非常事態宣言が出されるような時こそ真価を発揮するべきなんだよ」 永嶋課長は言った。 「どのように真価を発揮するのですか」 紗緒里は言った。 「つまり,いつもの業務の様に苦情が来たら、すぐに迅速対応し、出動する。それが、すぐやる課の全てだよ」 永嶋課長は言った。
第29章 動機
耕太郎は、ツワブキに携帯端末で連絡を取った。 そしてデータ処理室の大画面のコンピュータを使った。 耕太郎は、狩川渉の経歴を調べた。アソシエーションのデータ・センターのライフログを操作すると、簡単な略歴が出てきた。 狩川渉は、小学生までは、アソシエーションの企業が運営するエリア・東京の公立学校に通っているが、中学生からは、大学進学用のサービスを提供する企業の進学校に通っている。そして同じ企業の系列の大学進学用のサービスを提供する高校に進学している。 そして政治商科研究大学に現役で合格して居る。 耕太郎は、データの精度を少し上げた。狩川渉のライフログの略歴を少し精度を上げることで、理解しようとした。 狩川渉は政治商科研究大学の一年生の時に、エリア・アフリカの国に青年アソシエーション協力隊に参加して、半年間日本を離れている。 エリア・日本へ帰ってきてから、「国家建設会議」にメンバーとして登録して入っている。 それまでには、目立った経歴の変化は無い。 耕太郎は、エリア・アフリカでの半年間に及ぶ狩川渉の履歴を調べた。平行して、画面にエリア・アフリカのニュースを並べた。「水晶宮の虐殺事件」が在った。これは、耕太郎もテレビで見た記憶が在った。 エリア・アフリカでは、アソシエーションの機能が働かずに、時折、虐殺などの事件を起こしたりするエリアがあった。「水晶宮の虐殺事件」は、ほんの一年ぐらい前の出来事だった。 狩川渉のライフ・ログの精度を上げた。 この「水晶宮の虐殺事件」が在った、 耕太郎は、おかしな事に気がついた。 狩川渉は、「水晶宮の虐殺事件」が在った、エリア・セントラル・ソマリアに居ることに。 日付を確認した。「水晶宮の虐殺事件」が在った当日を調べた。狩川渉は間違い無く、 エリア・セントラル・ソマリアに居た。 大規模な企業同士の紛争が在り、虐殺が在った。狩川渉が難民キャンプで、青年アソシエーション協力隊の一員として働いていた事を知った。 狩川渉の経歴の中で、アルバイトの経歴が在った。神田の古書店街の本屋、正文堂でアルバイトをしている。政治商科研究大学から二駅ぐらいの距離に在る。 狩川渉の働いて居た本屋、正文堂の事業内容アソシエーションのデータセンターから取り出した。 正文堂は、石村教授の趣味だと聞いた、原書の複製品を作って販売する本屋だった。 この繋がりで、狩川渉は、石村教授の家に入ったことになる。 耕太郎は確認の為に、正文堂の収支を税務署企業に電子処理で申告する為のデータを調べた。収入の名簿の中に石村教授のデータが在った。そして狩川渉が、このデータベースにアクセスした記録が残っている。 そして、石村教授のアソシエーションのデータ・センターのライフ・ログを調べた。正文堂で、幾つもの複製品の本を買っている。 石村教授が殺された日に、複製品の本を届ける予定が入っていた。その担当者が狩川渉だった。 証拠は十分揃った。 耕太郎は志賀班長に連絡をとり、狩川渉の取り調べを行った。 取り調べには,耕太郎の他に志賀班長と、記録を取るアンドロイドのレイナ、サブローが入った。 「なぜ、石村教授を国家主義者に仕立て上げようとした」 耕太郎は言った。 「アイツは国家主義者だ。国家主義者内部の路線対立で殺されたんだよ。刑事さんも知っているだろう?いわゆる「国家建設漸進派」と「国家建設強硬派」の争いってヤツ?そんな感じだよ」 狩川渉は言った。 「いや、石村教授は、国家主義者では無かった。ニケ出版の人が証言した」 耕太郎は言った。 「ニケ出版も国家主義を支持する学者の本を出版する会社だ」 狩川渉は言った。 「嘘をつくな。ニケ出版は、アソシエーションを支持する学者達の論文や本を扱う出版社だ」 耕太郎は言った。 「なんだ、刑事さんも、少しは勉強しているのかよ。偉いよアンタ」 狩川渉は言った。 「ふざけるな。「イェーリングはイェイ」に、石村教授が出演した動画を見た」 耕太郎は言った。 「刑事さん内容は判った?ははっ」 狩川渉は言った。 「ああ、十分に判った。石村教授は、アソシエーションの擁護を一貫して続けていた。そして、反アソシエーションの国家主義者達を論駁していった。論駁した相手の中に藤村准教授が居た」 耕太郎は言った。 狩川渉の顔が変わった。 耕太郎は続けた。 「藤村准教授は国家主義者だ。国家主義者の側に立って「イェーリングはイェイ」で石村教授と論争を行って論駁され敗北した」 耕太郎は言った。 「確かに「イェーリングはイェイ」の動画を調べられたら、石村が国家主義者じゃないことは判るよな」 狩川渉は不承不承認めるように言った。 「政治商科研究大学の「国家建設会議」の「国家建設強硬派」の中になぜ、リーダーが居ないか不思議だった。必ず、犯罪者の集団の中には首謀者、つまりリーダーが居るからだ」 耕太郎は言った。 「何だよ。オレ達、犯罪者かよ。アソシエーションを、ぶっ壊して地球の社会を、今より少し良くしようとしている善意のボランティア集団だぜ」 狩川渉は言った。 「藤村准教授が、政治商科研究大学の「国家建設会議」の「国家建設強硬派」のリーダーだったんだな」 耕太郎は言った。 「証拠はあるのかよ」 狩川渉は言った。 「ああ、在る,見てみろ,「国家建設強硬派」はライフ・ログのGPSの移動履歴が図書館で停止している。それも必ず図書館のロッカーでだ」 耕太郎は言った。 「そりゃ、図書館の中で勉強しているだけだよ。オレ達「国家建設会議」のメンバーも学生なんだ。単位を取るためにはノートの貸し借りだけじゃ無くて、自分で勉強もしなければならないわけだ」 狩川渉は言った。 「いや、違う。つまり、お前達「国家建設強硬派」は、図書館のロッカーに携帯端末を入れてGPSの移動履歴を隠していた。つまり誤魔化していた」 耕太郎は言った。 「それが藤村がリーダーだと言うことと繋がるのかよ」 狩川渉は言った。 「ああ、繋がる、お前達「国家建設強硬派」のGPS移動履歴が、図書館のロッカーで停止している間。必ず藤村准教授のGPS移動履歴も停止している」 耕太郎は言った。 「偶然の一致だろう」 狩川渉は言った。 「いや、偶然の一致が、一週間に、ほぼ毎日起きることは無い。お前達、「国家建設強硬派」達は藤村准教授と、一週間に何回も会っていた。つまり「国家建設強硬派」の会合が行われていた」 耕太郎は言った。 狩川渉は黙った。 耕太郎は続けた。 「藤村准教授は過去に、反アソシエーションへの暴力デモに参加した経歴がある。そして逮捕歴がある。藤村准教授は学生時代から「国家建設会議」の前身の「新世界国家同盟」の一員だった。そして、政治商科研究大学の「国家建設会議」の中で、暴力闘争を行う「国家建設強硬派」のリーダーをしていた」 狩川渉は大きく溜息を付いた。 「なんだ、そこまでバレたのかよ。だせぇなオレ」 狩川渉は言った。 「誰が石村教授を殺す計画の首謀者だ。藤村准教授か」 耕太郎は言った。 「藤田彩が、自分で言い出したことなんだよ」 狩川渉は言った。 「どういう事だ」 耕太郎は睨みつけながら言った。 「石村をハメて、国家主義者に仕立て上げる。そして殺す。そういう事だよ」 狩川渉は言った。 「お前はレッド・コード規格のデータ交換端末に捏造した石村教授と藤田彩の交信データを記録させた。そして、それを藤田彩は、対テロ課の刑事に、石村教授が、国家主義者として動かぬ証拠を持って居ると渡そうとした」 耕太郎は言った。 「ああ、そうだよ。だが、レッド・コード規格のデータ交換端末は単体では記録が残らないはずだろう」 狩川渉は言った。 狩川渉は証拠の「スパイ・キャッチ」を見たことが在る事を、アンドロイドの前で証言した事になる。裁判の時に使われる事になる。 「お前の兄、狩川伊織は、宇宙工科大学で宇宙工学部の情報処理科を卒業している。つまりコンピュータのプログラムを作る事が出来る。そしてインターネットに繋がないコンピュータを持って居る。インターネットに繋がない組み込み用のOSを搭載したコンピュータの購入履歴も在った。お前は、それを使ってレッド・コード規格のデータ交換端末「スパイ・キャッチ」にデータを移動させた。そうだな」 耕太郎は言った。 「兄貴のコレクションから一個くすねただけだよ。兄貴は自分のコンピュータのコレクションには、子供の頃から、絶対オレには触らせようとしないが、管理は、ずさんだ。使いもしない中古のコンピュータを部屋の中に沢山積み上げて喜んでいるだけだ。オレは、その中から一個借りて、レッド・コード規格のデータ交換端末用に文章を仕立て上げたのさ。簡単な、やり方だ。藤村准教授と藤田彩の会話記録を変えた。藤田准教授の名前をワープロ・ソフトの置き換え機能で石村に置き換えただけの代物だ」 狩川渉は言った。 「そのファイルをレッド・コード規格のデータ交換端末「スパイ・キャッチ」に記録させたな」 耕太郎は言った。 「そうだよ」 狩川渉は言った。 そして続けた。 「オレ達「国家建設強硬派」は国家主義の為に命を捧げることを誓っている。藤田彩も国家主義者として、捕まる覚悟で、石村をハメる計画を進めた。そのために、レッド・コード規格のデータ交換端末を持って居た。俺が石村を殺した後、石村の家から発見されるはずの、レッド・コード規格のデータ交換端末を警察に調べさせる。警察が調べれば藤田彩の名前が出てくる。そして警察が藤田彩を捕まえれば、藤田彩は警察に石村が国家主義者だと証言する予定だった。だが、藤田彩は殺されてしまった」 狩川渉は言った。 「なぜ藤田彩が殺されたのか判らないのか」 耕太郎は確認した。 「さっぱり判らないね。だが、藤田彩がオレの知らないトラブルを抱えていたのかもしれない」 狩川渉は言った。 「国家主義者達の繋がり以外でか」 耕太郎は言った。 「ああ、そうなるね」 狩川渉は言った。 「お前達は。つまり政治商科研究大学の「国家建設強硬派」は他の大学の「国家建設強硬派」達と接触は持たないのか」 耕太郎は言った。 「オレ達「国家建設強硬派」はアソシエーションを本気で転覆させるつもりだ。だから、「国家建設漸進派」のように他の大学の国家主義者達と友達ごっこをするわけじゃ無い。他の大学の「国家建設強硬派」とは藤村准教授を通じて以外は、接触しないんだよ。つまりオレ達は政治商科研究大学の細胞だ」 狩川渉は言った。 「なぜ石村教授を殺した」 耕太郎は話を変えた。 「さあね」 狩川渉は言った。 「お前は、石村教授が許せなかったんだな。石村教授は、アソシエーションの正当性を主張する事では世界的に有名な学者だった。国家主義者にとっては天敵の様な存在だったからだ」 耕太郎は言った。 「そうだよ。アイツは何も判っていない。口先と統計学的な数字の操作でアソシエーションの方が国家の在った時代よりも良いパフォーマンスを成し遂げていると詭弁を弄する最低の学者だ。今の時代の何処が優れていると言うんだよ」 狩川渉は言った。 「お前も、アソシエーションが誕生する前の昔の時代の国家を知らないはずだ」 耕太郎は言った。 「刑事さんは何も判っていないな。オレ達国家主義者が作り上げようとしている国家は、全世界を統一する国家なんだよ。古くさい,民族や宗教や主義を単位とする国家じゃ無いんだ。オレ達は未来に進む新しい統一国家をアソシエーションに代わって作り上げようとしている」 狩川渉は言った。 「だが、お前は、懲役を終えなければ。未来に進むことは出来ないな。初犯とは言え、第一級殺人は重罪だ」 耕太郎は言った。 「俺が刑期を終える頃には、国家主義が世界統一国家を作り上げているさ。それとも恩赦かな」 狩川渉は、ふてぶてしく笑いながら言った。 「お前が、石村教授を殺した理由は。エリア・アフリカへの青年アソシエーション協力隊に参加した事が原因だな」 耕太郎は確認するために言った。 「!」 狩川渉の顔が変わった。 やはり、そうかと耕太郎は納得した。 耕太郎は続けた。 「そして、お前は、「水晶宮の虐殺事件」を目の当たりにした、お前のライフ・ログのGPS移動履歴は、エリア・セントラル・ソマリアの「水晶宮の虐殺事件」の現場に居たことを証明している。「水晶宮」と呼ばれるガラス張りの高層建築で埋め尽くされた近代的な都市全体が、虐殺の現場になった事件だ。お前は、その現場に居合わせた。そして、お前は移動して虐殺を逃れるために逃げてきた難民達のキャンプで働いた。だが、難民達の多くは援助物資が届かず死んでいった。お前の人生は、ここから狂い始めた。エリア・日本に戻った後、お前は、国家主義者のサークル「国家建設会議」に入会した。そしてアソシエーション転覆を行う事に積極的な「国家建設強硬派」になった」 耕太郎は言った。 「そうだよ。俺が石村を殺した理由は、アイツが、アソシエーションの政治を正当化し続けている人間だったからだ。アイツは、アソシエーションの綺麗な所しか見て居ない。そしてアソシエーションを擁護し続ける。アイツが学者人生を歩んできた経歴を見てみろ、エリア・アメリカ、エリア・イングランド、エリア・フランス、エリア・ジャーマン…どこも全て、アソシエーションが機能している場所だ、そこで、アソシエーションを賛美して、アソシエーションを形成する企業から勲章を得ている。アソシエーションの御用学者だ」 狩川渉は言った。 「それで殺したのか」 耕太郎は言った。 「ああ、そうだよ。アイツの講義の言葉を言おうか?エリア・アフリカの様に国民国家の形成を経ずに、植民地支配から独立し、アソシエーションに組み込まれた国家が基になるエリアは不安定だ。エリア・アフリカは、民族が細かく分かれている。これも不安定化の要因だ。だが、こんな大学の知識が現実の何の足しになると言うんだ。俺は見てきたんだよ。アソシエーションが何の役にも立たないで、人が虐殺で殺し合って死んでいく場所を。虐殺を逃げ延びた人間達が、気候の変動で餓死する地獄の様な場所を。俺は、そこに居たんだ。アソシエーションは何も出来ない。無力だ。だから、世界は国家主義による、統一国家の形成が不可欠なんだ。それを邪魔して、アソシエーションを正当化して存続させようとする、石村は殺さなければならなかった。アイツは、生きている限り、エリア・セントラル・ソマリアと同じ悲劇を作り続ける人間だった!」 狩川渉は全てを吐き出すように言い切ると黙った。 ふてぶてしい顔は影を潜め、真剣に耕太郎と志賀班長を見た。 「最後に判らない事が一つだけある、どうやって石村教授の家に入った。議論する学者以外は家に呼ばないと石村教授夫人は証言している」 耕太郎は言った。 「単純な話だ。オレがバイトしている、正文堂は、オリジナルの本を元にレプリカを作る本屋だ。石村に、ルターがドイツ語に翻訳した聖書のオリジナルの初版本を特別に見せると言ったら、奴は喜んで、オレを家に招待したよ」 狩川渉は言った。 「藤田彩の部屋に在った、国家主義の紙製の本も全て正文堂が作っているのか」 耕太郎は言った。 「そうだよ。だが正文堂だけじゃ無い。国家主義者達は全世界にいるんだ」 それから狩川渉は一言も喋らず黙ったまま,警察官に連れて行かれた。 耕太郎はその背中を見て居た。 そして、もどかしく思いながら言った。 「狩川渉も、アイツなりの正義を持っていた。そして、その正義に従って石村教授を殺した」 耕太郎は言った。 「やりきれない事件だな。正義感を持った若者が空回りして、殺人事件を起こした」 志賀班長は溜息をついて言った。 そして殺人課の部屋に戻った。 ツワブキとアンドロイドのカヨが居た。 「藤村准教授を捕まえてきます」 耕太郎は言った。 志賀班長は頷いた。 「藤村准教授は、国家主義者達の「国家建設強硬派」が行う暴力デモの関係者で間違い無い筈だ。石村教授と藤田彩の殺人事件を通じて、藤村准教授が浮かび上がった。十分な成果だ。山川や、和崎、如月達に知らせる。藤村准教授が「国家建設強硬派」の中心人物として、政治商科研究大学に関する密造拳銃と爆弾の運搬ルートが判る事になる」 志賀班長は言った。 「私も行こう」 ツワブキは言った。
第30章 東京非常事態宣言
翌日、紗緒里は、ビューロクラシー社から渡される、銀色の防災袋に入っている防災頭巾を被って出勤した。テレビのニュースで、国家主義者達が使う火焔瓶には防災頭巾が有効だと聞いたからだった。 電車の中では、防災頭巾を被っている人達が結構多かった。 そして、国家主義者達のデモに参加する人間達が、通勤電車の混雑ぶりを更に悪化させていた。 それでも何とか紗緒里は、すぐやる課に出勤した。通勤電車の乗り方を紗緒里は大分研究しており、その研究が今日のような突発的な超過乗車状態でも遺憾なく発揮された。 通勤電車を降りると、ビューロクラシー社東京本社の前には国家主義者のデモ隊が集まっていた。横断幕やプラカードを持っていて、いつでもデモ行進可能な状況だった。 そして攻撃的なヤジを叫んでいた。 「アソシエーションを、ぶっ壊せ!」 「アソシエーションは、要らない!」 「ビューロクラシー社を破壊せよ!」 だが、すぐやる課の奇妙な仕事場で働いて居る結果、現場慣れしている、紗緒里は、比較的、動揺もせずに、防災頭巾を被ったまま歩いて行った。 非友好的なヤジを浴びながら、紗緒里は、他のビューロクラシー社の役人達と一緒に玄関を潜った。男性の職員でも怯えている人も居るし、口を押さえて小走りで、ビューロクラシー社の建物に駆け込む女性の職員もいる。 だが紗緒里はマイペースで、いつのものように歩いて行った。 電子式のタイムカードのレコーダーに携帯端末を当てて登庁時間を記入した。 永嶋課長が、すぐやる課の職員達を集めて毎朝恒例の朝礼での訓辞を行いながら言った。 「えー、これから、すぐやる課は、東京非常事態宣言の中で仕事を行います。皆さん。東京非常事態宣言が解除されるまで、勤務時間が二十四時間にまで拡大されますが、不平や不満を言わないようにしましょう。わたしも言いません。だから、みなさん、不平不満は、くれぐれも言わないでください。東京非常事態宣言中に働けば、なんと,ボーナスも出ます。金額は期待しないでほしいですが、ボーナスはボーナスです。ですから,喜んで皆さん働きましょう。我々が勤めている虎ノ門にビューロクラシー社本社はありますから。国家主義者のデモ隊は直撃します。台風一過、暴風襲来、でも,すぐやる課は、くじけません。凹みません……」
第31章 デモ開始
耕太郎は志賀班長に聞いた。 「ボール・ベアリングと液化高圧ガス、爆発物の流通ルートは、どうなっていますか」 「ボール・ベアリングの製造元は数が少ない。だが、取引件数は、ここ一ヶ月の間に激増している。それは、液化高圧ガスと爆発物の原料も同じだ。個人が比較的大口の注文を出している」 志賀班長は言った。 「全て、国家主義者達がデモで使うためですか」 耕太郎は言った。 志賀班長は頷いた。そして言った。 「そうだろう。製造元は増産に踏み切った。そして、取引のデータが残っている。我々の殺人課第三十三班が担当する、政治商科研究大学は、一人の女子学生がボール・ベアリングと、液化高圧ガス、爆発物の原料を買っている。対テロ課のツワブキ刑事が渡したリストと照合した結果。政治商科研究大学の国家主義者達のサークル「国家建設会議」のメンバーだと判った。そして、「国家建設強硬派」らしいこともツワブキ刑事の報告で判っている」 「その通りだ」 ツワブキは頷いた。 「班長。山川達が押さえようとしているデモへの搬入ルートは判っていますか」 耕太郎は聞いた。 「全ては掴めていない。どうやら、搬入ルートを一括して管理しなかったらしい。複数に分散させている。和崎が追っているが、今のところ、搬入の経路が見えない」 志賀班長は言った。 「それでは、藤村准教授を捕まえてきます」 耕太郎は言った。 耕太郎はレイナとフライアーの駐機場にツワブキとアンドロイドのカヨと向かった。 藤村准教授達、政治商科研究大学の「国家建設強硬派」は密造拳銃で武装している可能性が高い。耕太郎はフライアーに積んである防弾チョッキを背広の上から着た。 レイナも防弾チョッキを着た。 耕太郎はブラスターのエネルギー・カートリッジを確認した。 そして直ぐにブラスターを抜けるように左脇のショルダー・ホルスターのストラップを外した。 ツワブキとアンドロイドのカヨが乗った、フライアーが先導した。 藤村准教授のアソシエーションのデーター・センターのライフ・ログGPS移動履歴は駅の構内の中で停止していた。 駅の構内に藤村准教授は居ることになる。 レイナの操縦するフライアーは降下を開始した。 駅の回りには既に大勢の人が集まってきている。みなデモに参加する人間達だった。 耕太郎は、ブラスターを構えてフライアーから降りた。 ツワブキもブラスターを持って居た。 耕太郎は、駅の構内に人混みを、かき分けて入っていった。 コインロッカーの前には、藤村准教授の姿は無かった。 「藤村准教授は居ないな」 ツワブキは言った。 「コインロッカーから電波が出ています」 レイナは言った。 「何だ、コインロッカーに、携帯端末を入れたのか」 耕太郎は銃撃戦を覚悟していたため、気が抜けて言った。 「レイナ、コインロッカーを解錠してくれ」 耕太郎は言った。 コインロッカーの電子錠を警察の捜査権限で外して開けた。 コインロッカーの中には五つの携帯端末が入っていた。 「騙されたか」 ツワブキは言った。 「アソシエーションのデーター・センターのライフ・ログによるGPS移動履歴では追えなくなった」 耕太郎は言った。 「今、眼を用意する」 ツワブキは言った。 「そうですか。足取りを掴むには、政治商科研究大学の「国家建設会議」の人間達を発見する事です。「国家建設会議」の竹崎悦子の「国家建設漸進派」と行動を一緒にしている可能性が出てきます」 耕太郎は言った。 「そうだな。それも良いだろう」 ツワブキは言った。 耕太郎は竹崎悦子のアソシエーションのデーター・センターのライフ・ログGPS移動履歴を追った。中央の幹線道路上で止まっていた。駅の構内から、ツワブキとレイナ、カヨと出た。 耕太郎は、辺りを見回した。 人、人、人の集まりだった。 全てアソシエーション転覆のデモに参加する人間達だ。 耕太郎は、あまりにも人が多すぎて、圧迫感を感じていた。 「政治商科研究大学の「国家建設会議」はこっちだ。人が多すぎる」 耕太郎は早足で歩いた。 警察と書かれた防弾チョッキを着た耕太郎とツワブキ、アンドロイドのカヨ。婦人警察官の制服を着たレイナに罵声が飛んだ。 「警察は帰れ!」 「アソシエーションの手先!」 耕太郎達は罵声が浴びせられる中を歩いた。 耕太郎は確認しながら言った。 「政治商科研究大学の「国家建設会議」は必ず藤村准教授達「国家建設強硬派」と一緒に行動しているはずです。駅の構内までのアソシエーションのデーター・センターのライフ・ログGPS移動履歴は「国家建設会議」の会長、竹崎悦子と藤村准教授は近くに居る」 「いや、今は別行動の可能性が高い。コインロッカーに携帯端末を入れた時点で、別行動を取っているだろう」 ツワブキは言った。 「ですが、どちらの方角に行ったかぐらいは判るでしょう」 耕太郎は言った。 「確かに、そうだが、対テロ課も「国家建設強硬派」を捕まえる為の用意はしている。あれが眼だ」 ツワブキは空を指さしながら言った。 黒い小型の飛行機の様な物が飛んでいる。 「ラジコンの飛行機ですか」 耕太郎は言った。 「あれは、無人偵察機だ。GME−08型「イーグル・サーチャー」が正式名称だ。補給無しで89時間の間、飛行を続け偵察することが出来る」 ツワブキは言った。 「カヨ、「イーグル・サーチャー」の監視データから、藤村准教授の身体的特徴と一致させた人間を探し出してくれ」 ツワブキは言った。 「百五十三人の候補者は出ましたが、絞りきることは出来ません」 カヨは言った。 「カヨ。その百五十三人のアソシエーションのデータ・センターのGPS移動履歴と重ならない人間を捜してくれ。つまり携帯端末を持って居ない人間だ」 ツワブキは言った。 「一人です」 カヨは言った。 「間違い無い,藤村准教授です」 耕太郎は言った。 「カヨ、どこに居る」 ツワブキは言った。 「桜田通りを移動しています」 カヨは言った。 「カヨ、「イーグル・サーチャー」で藤村准教授を追跡してくれ」 ツワブキは言った。 「判りました」 カヨは言った。 「足取りは掴めた」 耕太郎は言った。 「その方向にあるのは、霞ヶ関の行政企業ビューロクラシー社の本店のビル群。そしてその先には政治企業ポリティクス・ファースト社の議事堂「ポリティクス・ドーム」が在る。ヤツラの目的は「ポリティクス・ドームで行われる、アソシエーションのエリア議会だ」 ツワブキは言った。 耕太郎達が、罵声を浴びながらデモの人混みを、かき分けて歩いて行くと突然声を掛けられた。 「ようこそ、刑事さん。お仕事ですか」 竹崎悦子が日傘を差して、耕太郎に手を振って言った。 回りには、「政治商科研究大学「国家建設会議」」と書かれた、横断幕やプラカードを持っていた。 他にもプラカードや、横断幕には「アソシエーション断固反対!」「アソシエーション支配にNO!」「我々は世界統一国家を要求する!」などの種類があった。 どうやら「国家建設漸進派」もアソシエーションに対する抗議は十分に行うらしかった。 「藤村准教授を知らないか」 耕太郎は言った。 「さあ、途中で別れましたけれど」 竹崎悦子は言った。 「それまでは一緒だったのか」 耕太郎は言った。 「ええ、そうですよ」 竹崎悦子は言った。 「変わった点は無かったかな」 耕太郎は言った。 「段ボール箱を幾つも持って居ましたけれど。何に使うんでしょうかね」 竹崎悦子は笑顔で言った。 「間違い無い」 耕太郎は、ツワブキの方を見た。ツワブキは頷いた。 「搬入に成功したな」 ツワブキは言った。 耕太郎達は、藤村准教授を「イーグル・サーチャー」で追った。 ツワブキは早足で歩きながら言った。 「「国家建設強硬派」は必ず、密造拳銃の銃弾のボール・ベアリングと、液化高圧ガスの供給を受けるはずだ。この二つが無ければ、密造拳銃も玩具のままだ」 「レイナ。捜査状況のデータ・ベースにアクセスしてくれ。山川達が、ボール・ベアリングと液化高圧ガス、投擲爆弾の搬入ルートを押さえたか進捗状況が知りたい」 耕太郎は言った。 「ええ。山川刑事は液化高圧ガス、和崎刑事はボール・ベアリング、如月刑事は投擲爆弾のそれぞれの搬入ルートを押さえました」 レイナは言った。 耕太郎はツワブキを見て言った。 「密造拳銃の搬入には成功しても、ボール・ベアリングと液化高圧ガス、投擲爆弾は山川達が押さえました」 「そうだな。段ボールに入れた密造拳銃だけでは殺傷能力は無い。もうじき、藤村准教授が視界に入る」 ツワブキは携帯端末を見ながら言った。 声を出している集団が在った。 「デモに参加する,みんな武器を取れ。これは、撃てば人が死ぬ本物の銃だ!アソシエーションを破壊する革命の為の武器だ!」 藤村准教授達、政治商科研究大学の「国家建設強硬派」達は、段ボールに放り込んだ密造拳銃を配っていた。 「なぜ、ボールベアリングの弾丸を発射できない密造拳銃を配っているんだ」 耕太郎は怪訝に思った。 「門倉刑事よく見ろ。液化高圧ガスのガスボンベが在る」 ツワブキは言った。 確かに人の背丈の五分の四ぐらいの高さのガスボンベが何本も置いてあった。 「おかしい。山川達は搬入阻止に成功したはずだ」 耕太郎は言った。 「あの校旗を見ろ、藤村准教授達は他の大学の「国家建設会議」から液化高圧ガスとボールベアリングの供給を受けている」 ツワブキは言った。 「狩川渉の証言では、協力をしていなかった。だが、政治商科研究大学の「国家建設強硬派」のリーダーである藤村准教授は他の大学の「国家建設強硬派」達と連絡が取れていた事になります」 耕太郎は言った。 「そうだ」 ツワブキは頷きながら言った。。 周囲では警察が来たことに国家主義者達が気がつき始めていた。 「警察だ」 「警察が来た」 藤村准教授が女学生に腕を引っ張られて、何か言われて、耕太郎達の方を見た。 そして、藤村准教授は笑みを浮かべた。 「警察だ!藤村!逮捕する!」 耕太郎はブラスターをショルダー・ホルスターから抜いて構えた。 ツワブキもブラスターを構えた。 「もう、国家建設デモは止められない段階に入った!アソシエーションは、今日崩壊する!」 藤村准教授は笑いながら言った。 そして、手に持った密造拳銃を耕太郎達に向けた。 藤村准教授達から密造拳銃を受け取った周囲の「国家建設強硬派」達が、一斉に手に持った密造拳銃を耕太郎達に向けた。数は十人から二十人近く。 ボールベアリングの弾丸が、周囲を飛び、舗装された路面を跳ねた。 「レイナ!隠れろ!」 耕太郎は言った。 耕太郎は反射的に身を隠す場所を探った。 レイナが,路上駐車されている車を指で指した。 耕太郎とレイナは、左側の車の影に飛び込むように隠れた。 銃を構えても,密造拳銃を撃つ事が出来なかった「国家建設強硬派」の学生達も居た。玩具のガスガンでも、暴発しないように実銃と同じように安全装置が付いている。安全装置の解除の仕方を知らなかった「国家建設強硬派」達も居たはずだ。 だから、耕太郎達は、十人から二十人近くに一方的に密造拳銃で撃たれる事は無かった。 「レイナ、鏡を使って、密造拳銃を持っている人数を確認して映像を送ってくれ」 耕太郎は言った。 「判りました」 レイナは化粧に使うチタニウム製のコンパクトを婦人警官の制服から取り出して、鏡の反射を利用して車の影から「国家建設強硬派」の様子を見た。 「密造拳銃を持っている人間の数は十七人です」 レイナは言った。 耕太郎は、レイナのアイカメラから送られてきた、映像を携帯端末で確認しながら見て居た。完全に素人だった。組織だった連携は無い。射撃も上手くない。 今日、殺傷能力のある密造拳銃を初めて握った人間達の様だった。 だが、そんな射撃能力が低い人間達でも、数が多ければ、銃撃戦に於いて十分な役割を果たすことが出来る。 「判った」 耕太郎は言った。 耕太郎とレイナが隠れた車の横の地面に気化した液化高圧ガスによって打ち出されたボール・ベアリングが跳弾として幾つも跳ねた。 そして隠れた車の車体に命中し突き刺さる様な音を立てる。 「玩具のガスガンを改造した密造拳銃とは言え、立派な銃撃戦だ。可哀想だが仕留める」 耕太郎は、ブラスターのナンブ四十一式の銃身に内蔵されたレーザーポインターをオンにした。両手でブラスターを握った。そして片手で携帯端末を操作してツワブキに電話を掛けた。 「銃撃戦です、攻撃に出ます。援護射撃を、お願いします」 耕太郎は言った。 「判った」 ツワブキは隠れた反対車線の車の影で携帯端末を使いながら、耕太郎の方を見て頷いて言った。 耕太郎は、車の影から顔とブラスターを出して、半身で撃った。警告の為の威嚇射撃も交えながらの射撃だった。だが、ブラスターの熱線の殺傷力を知らない、「国家建設強硬派」の学生達は、恐れを知らず、ゾンビの様に威嚇射撃を無視して密造拳銃を撃って居る。 耕太郎は包囲される前に当てることにした。 国家主義者達の誰かが怪我をすれは、ブラスターの威力を知り警告になる。つまり包囲されなくなる。 耕太郎は当てるためにブラスターを撃った。 ブラスターの熱線は、密造拳銃を握った 「国家建設強硬派」の男子学生の右手首に命中した。ブラスターの熱線は、密造拳銃を前に構えた手首から前腕に掛けて貫通した。 耕太郎は車の影に隠れた。 ボールベアリングの銃弾が、傍らを通り過ぎていく。 「一つ」 耕太郎は数えた。 射撃の精度が密造拳銃より高い、ライフル持ちを捜した。 居た。 耕太郎はブラスターを撃った。 密造ライフルを構えた女学生がブラスターで左肩を撃たれて、呆けた顔で自分の左肩を見て居た。 「二つ」 路面を跳ねるボールベアリングの弾丸が集まり始めた。 危険を感じた耕太郎は、再び車の影に隠れた。 ツワブキは道路に倒れた。右膝を押さえている。 「膝を撃たれた」 ツワブキが顔を、しかめながら言った。 ツワブキのアンドロイドのカヨが身を挺して,ツワブキを庇った。カヨの身体にも幾つものボールベアリングの銃弾が命中したが、右膝を撃たれて倒れたツワブキに肩を貸して 車の影に隠れた。 「レイナ、鏡で、「国家建設強硬派」達の様子を見てくれ」 耕太郎は言った。 「判りました」 レイナはコンパクトを出して様子を見た。 レイナの、アイカメラを通して耕太郎の携帯端末に送られ、様子が見えた。 「国家建設強硬派」達の前進は止まっていた。 「まずいな、銃撃戦では不利だ、銃を持っている国家建設強硬派達の数が多すぎる」 耕太郎はブラスターのエネルギー・カートリッジを交換した。腰のベルトには、スペアのエネルギーカートリッジを二個吊している、その内の一個を交換に使った。耕太郎の着ている防弾チョッキにはエネルギーカートリッジを四個収納している。 それに加えて、レイナもエネルギーカートリッジを婦人警官の制服に二個、それに加えて防弾チョッキにも四個収納している。 ブラスターのエネルギーカートーリッジには余裕が在るが、国家主義者達の方が人数が多い分有利だった。 「そうですね。応援の要請を、するしかありません」 レイナは言った。 「だが、割ける人員が今の状態で居るのか?機動隊も警察もデモの警備で手一杯のはずだ」 耕太郎は言った。 「志賀班長に相談しましょう」 レイナは言った。 「確かに、それしか無いな」 耕太郎は携帯端末を操作した。 「門倉、どうした」 志賀班長は電話の向こうで言った。 「今、銃撃戦に巻き込まれています。応援を要請します」 耕太郎は言った。 「今、私も含めて応援は向かっている。和崎、山川、如月達だ、すぐに到着するはずだ」 志賀班長は言った。 「そうですか」 耕太郎はホッとして言った。 「警察車両が降下します。危険ですからレーザー・ビーコンの範囲内に近づかないでください」 散々聞いているフライアーの降下誘導指示が聞こえた。それも複数だ。 志賀班長達の応援だった。 ブラスターの熱線が複数走っている。 「門倉!応援に来たぞ!」 耕太郎の携帯端末に山川刑事の声がした。 「門倉、ここは私達に任せて」 和崎刑事が言った 「あなたは、あなたが追っている犯人を、あなたの手で捕まえなさい」 如月刑事は言った。 「行け門倉」 志賀班長は言った。 「判りました班長」 耕太郎は携帯端末に言った。 「門倉刑事!藤村を追え!アソシエーション転覆デモを潰せ!」 車の影に隠れているツワブキは耕太郎に叱咤するように鋭い語調で叫んだ。 「了解!」 耕太郎は、志賀班長達のブラスターの援護を受けながら、藤村准教授が逃げた方角へ走っていった。 レイナは耕太郎の横を走りながら言った。 「門倉刑事。ツワブキ刑事から、対テロ課の「イーグル・サーチャー」からの情報提供権限を受けました。現在、上空から補足している藤村准教授の居場所を報告します。真っ直ぐ、通りを進んでください」 耕太郎とレイナは,デモに参加している、国家主義者達を、かき分けながら、藤村准教授を追った。 「何するんだよ警察!」 デモの参加者達を、かき分けながら進む、耕太郎とレイナに罵声が飛んだ。
第32章 反攻作戦
「あー、池野君、牛島君。今日の君達の仕事だけれど」 永嶋課長は言った。 「ええ、他の課に出向しての事務処理でしょうか」 紗緒里は言った。 「コージャ国解体の仕事を続けて欲しいんだけれど」 永嶋課長は言った。 「う゛っ」 紗緒里は青ざめて言った。 「何かな、その「う゛っ」は」 永嶋課長は扇子で自分の顔を扇ぎながら言った。 「あのう、永嶋課長。失礼ですが、あの仕事は私達二人の能力の及ぶ範囲を超えています」 紗緒里は言った。 隣りで牛島来美も、しきりに頷いていた。 「正確には君達の仕事は、コージャ国が解体した後の、人事の話だよ。コージャ国に参加した、首班可児川以下のビューロクラシー社の社員達の処分の辞令を持って行き、ビューロクラシー社のコージャ支店の運営の再開をスムーズに進行させることが目的だよ」 永嶋課長は言った。 「あのう、可児川さん達は、どうなるのでしょうか」 紗緒里は言った。 「当然、ビューロクラシー社から解雇されて刑務所行きだよ。国家建設は重犯罪なんだから」 永嶋課長は言った。 「そうなんですか」 紗緒里は言った。 確かに不味いことを可児川達はしたが、刑務所行きは少しばかり可哀想な気がした。 「池野君と牛島君は,辞令を持って、コージャ国の解体以降の行政手続きを行ってほしい。捕まって居る人質達の中には昇進する人間達も含まれている。これは、重犯罪を起こした結果なんだよ」 永嶋課長は、いつもの太平楽な好々爺のキャラクターとは違った真面目な顔で言った。 「そう、な、のですか」 紗緒里は緊張して詰まりながら言った。 「まあ、気にしないで、気楽に行ってきて頂戴。行政手続きを行うだけなんだから」 永嶋課長は元のキャラクターに戻ると言った。そして牛島来美に辞令の入ったプラスチック製の封筒を渡した。 紗緒里と牛島来美はエコプリに乗った。 「永嶋課長も侮れませんね」 牛島来美は言った。 「年期というか年輪を感じさせるように話を締めたけれど」 紗緒里は言った。 紗緒里と牛島来美は、エコプリに乗って、対テロ課の対策本部が置かれている、コージャ国近くの公園に向かった。 テントの下でサラシナがパイプ椅子に座っていた。猪井隊長も居た。 「これより反攻作戦の説明に入る」 サラシナは電子黒板の前で言った。 そして続けた。 「まず,我々は、コージャ国を建設したネオウヨ達を弱らせるために、国家主義者達のデモ隊をコージャ国に誘導する」 紗緒里は怪訝に思って言った。 「そんなことが出来るのですか」 サラシナは頷いて説明した。 「国家主義者達とネオウヨ達は、国家建設の路線が異なる」 「どう違うんですか」 紗緒里は言った。。 「世界統一国家建設を目指す国家主義者達と、日本民族の国を作ろうとするネオウヨ達は根本的に水と油の関係だ。インターネット上では、互いに誹謗中傷を繰り返して、不毛な論戦以前の、罵り合いの戦いをしている」 サラシナは言った。 「牛島さん本当なの?」 紗緒里は牛島来美を見て言った。 「ええ、そうですよ。国家主義者達とネオウヨは仲が悪いんです」 牛島来美は言った。 「どちらも国家を作ることでは同じように思えるのだけれど」 紗緒里は、良く判らなくて言った。 「今、インターネットでは、国家主義者達のデモ隊をコージャ国に誘導するために、情報操作を対テロ課は行って居る」
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