20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:電脳世紀東京ネイショニスト・ワルツ下 作者:m.yamada

第1回   三分冊1

電脳世紀東京 ネイショニスト・ワルツ(下)
              山田 夢幻
















 第24章 攻守逆転

 ビューロクラシー社のコージャ支店前には日の丸の民族旗を持った千人以上の老若男女の集団達が集まり、二十トントラックの大群がクラクションを鳴らして停車していた。
 「池野先輩どうしましょう。ネオウヨが大地を埋め尽くしていますよ」
 牛島来美は怯えた声で言った。
 「私に言われても困るけど」
 紗緒里も困惑していた。
 見て居ると、二十トン・トラックの屋根の上にサングラスに軍隊のヘルメットを被った男がメガホンを持って話し始めた。
 「アソシエーションは要らない!我々は日本民族の国を作る!」
 男はメガホンで叫んだ。
 エイエイオー!
 エイエイオー!
 コージャ国エイエイオー!
 そこにスメタナの「我が祖国」が鳴り響いた。
 「我々は、日本挺身電撃隊である!」
 戦国大名の兜を被った男が日の丸の民族旗を動力付きのリアカーの上で振るいながら叫んでいた。
 辺りは滅茶苦茶で何が何だか、紗緒里には判らなくなっていた。
 紗緒里は、辺りを見回していた。
 牛島来美も不安そうな顔で辺りを見回していた。
 辺りを見回すと、サラシナが、機動隊の猪井隊長と真面目な顔で話していた。
 猪井隊長が走って,部下達を集め始めた。
 サラシナは腕を組んで見て居た。
 紗緒里は、サラシナの肩を人差し指で突っついた。
 サラシナは振り向いた。
 「サラシナさん。なにが、どうなっているのでしょうか」
 紗緒里は不安を感じながら言った。
 「この陣地は放棄する」
 サラシナは言った。
 「どういうことですか?」
 紗緒里は言った。
 「攻守が逆転した。人数の差が大きすぎる。我々は、これ以上、ここに留まって、コージャ国の解体を行う事は出来ない」
 サラシナは言った。
 「ええ、確かに無理ですね」
 紗緒里は辺りの滅茶苦茶な光景を見ながら言った。
 「戦局としては、我々は不利だ。現在の我々の手勢は、猪井隊長指揮下の機動隊百人と私と、お前達二人の百三人だ。それに対してコージャ国側は、遙かに数が多い。二千人から三千人は居るはずだ」
 サラシナは言った。
 「それでは絶対にコージャ国の解体は出来ませんね」
 紗緒里は人数差を聞いて率直な感想を言った。
 「ああ、今は無理だ。ビューロクラシー社のコージャ支店だけで無く、エリア・コージャ全域にガス、水道、電気を止める、インフラ遮断の指示は出してある。そして、インターネットの使用も出来ないようにしている。ただ、問題は、道路封鎖が、国家主義者達のデモの結果、警察の人員を動員できず行えない状態だ。だから物資の搬入は原則的に簡単に行う事が出来る。あの二十トントラックの車列が運んで来た支援物資が、どれだけ、コージャ国の生存を長引かせるかが問題だ」
 サラシナは言った。
 「そうですか。コージャ国の解体は難しいのですね」
 紗緒里は言った。
 「問題はエリア・東京で行われる国家主義者達のデモの結末が、どうなるかだ。長引くか、短い期間で終わるかだ」
 サラシナは言った。
 「重要なのですか?」
 紗緒里は聞いた。
 「ああ、重要だ。今後の戦略が変わってくる」
 サラシナは言った。
 「そうなのですか」
 紗緒里は戦略と言われても良く判らなくて言った。
 「そうだ、今度の国家主義者達のデモは、かつてない大規模な物だ。だから、エリア・日本のアソシエーションが機能麻痺に陥る可能性に備えなければならない。そして最悪の場合には、転覆する事も視野に入れるべきだ」
 サラシナは言った。
 「コージャ国と、どう関係が在るのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「コージャ国は、アソシエーションの転覆が起きた場合、国家主義者達の世界統一国家とは別の、日本民族の独立国家として存在することが目的だ。だから、この時期に合わせてコージャ国の建国を行った。ネオウヨ達による、ただのカウンターの国家建設ではない。当初はネオウヨ達によるカウンターの国家建設だったはずだ。問題は、コージャ国に滝川班長の機動隊が合流した時点で戦局が変わった事になる」
 サラシナは言った。
 「もし、アソシエーションが転覆しなかった場合は、どうなるのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「物資が尽きるまでの持久戦に持ち込めば、時間は、かかるが必ず勝てる」
 サラシナは言った。

 第25章 密造拳銃

 ツワブキが話終えると、志賀班長は科捜班の鑑識の田辺(タナベ)さんを呼んだ。
 鑑識の田辺さんは、前に爆発物処理班に居たことが在り、犯罪に使われる爆発物の専門家だった。結婚したことで、鑑識に移動したらしい。
 電子黒板に拳銃が大写しで映し出された。
 狩川渉を捕まえたときに持って居た,密造拳銃だった。
 ツワブキは言った。
 「狩川渉が、石村教授殺害に使った密造拳銃だ。これは、国家主義者達が国家建設デモで使おうとしている密造拳銃と同じモノだ。狩川渉が持って居たと言う事は既に大分出回っている事になるな。これが、今度のアソシエーション転覆デモで大量に使われる密造拳銃だ」
 志賀班長が鑑識の田辺さんを見た。
 鑑識の田辺さんは説明を開始した。
 「この密造拳銃は、インターネットで公開されている改造法で、玩具のガスガンを改造して、簡単に殺傷力を上げる事が出来る」
 鑑識の田辺さんは言った。
 耕太郎は言った。
 「石村教授は胸を撃たれて死んでいました」
 鑑識の田辺さんは頷いてから言った。
 「元は玩具とはいえ、十分な殺傷力を持っている。強化プラスチックの弾倉には平均して十発以上のボール・ベアリングを装填できる。普通の火薬式の拳銃と変わらない銃器だ。
この銃器の改造部品の大部分は、強化樹脂を使って3Dプリンターで作成できる。四時間から五時間程度で一丁の自家製密造拳銃が出来る計算だ」
 志賀班長が、鑑識の田辺さんの後を続けた。
 「問題は、これが大量に作られて、国家主義者達のデモに使われる事だ。既に、3Dプリンター用のCADデータが、ダウンロードされている件数は、五十万件越えている。五十万件のダウンロードされたデータ全てが国家主義者達のアソシエーションの転覆デモ使われる可能性は低い」
 ツワブキが続けた。
 「そうだ。だが国家主義者達が警察の捜査を攪乱する目的でダウンロードしている分も五十万件の中には含まれている。3Dプリンターの保有している。または使用可能な状態にある国家主義者達を、アソシエーションのデーター・センターのライフ・ログから統計学的な数値で絞り込んでいけば,実際のダウンロードされて3Dプリンターで密造拳銃の作成に使われる件数は、二千五百件程度だ」
 志賀班長が続けた。
 「山川、和崎、如月は、これらの密造拳銃に使われる、銃弾のボール・ベアリングと、火薬に相当する液化高圧ガスの流通ルートを押さえる事になる」
 耕太郎は、なぜ自分が含まれていないのか、怪訝に思った。
 だが、耕太郎が口を挟むよりも先に、ツワブキが続けた。
 「国家主義者達の中の「国家建設強硬派」は、今回行われる暴力的なデモに、投石や、鉄パイプ、火焔瓶の様な原始的な武器を使う訳では無い。3Dプリンターで部品を作って改造した密造拳銃を大量に使うつもりだ。そして農薬から作った化学薬品の爆発物を用意している」
 鑑識の田辺さんが続けた。
 そして電子黒板を操作した。
 ライフルが映し出された。
 「密造拳銃だけで無く、密造ライフルも使われるはずだ。同じように玩具のガス・ライフルを3Dプリンターの改造パーツで殺傷力を上げていく。単純な方法だが、ライフル型の分、近距離から中距離での射撃戦では精度が高くなる。以前に犯罪に使われたデータからは、そうなる」
 耕太郎は焦りを感じた。
 事態は不利そのものだった。
 耕太郎は言った。
 「国家主義者達のデモに対して勝算は在るのですか」
 志賀班長は頷いた。
 「門倉。確かに殺人課に出来る事としては、密造拳銃の流通ルートを押さえる事ぐらいしか、できない。対テロ課の情報統制が解けたのは、今日に入ってからだ」
 志賀班長はツワブキを見て言った。
 「どういう事ですか」
 耕太郎は言った。
 「門倉、お前には、まだ詳しく説明していなかったな」
 志賀班長は言った。
 そして続けた。
 「密造拳銃や、密造ライフル自体は、3Dプリンターで改造パーツを作って取り付ければ、所持している国家主義者達、全てを取り締まる事は難しい。だが、密造拳銃には、必ず、弾丸と火薬の役割をする、ボール・ベアリングと液化高圧ガスが必要になる。この二つの流通ルートを警察が押さえる。流通ルート自体は数が多くない。ボール・ベアリングと液化高圧ガスを扱う業者の数は、海外の他のエリアからの輸入も含めて少ない。国内ではボール・ベアリングはエリア・日本内部では二十三社、液化高圧ガスは五十三社だ。海外のエリアからのエリア・日本への輸入品は差し止める」
 志賀班長は折れ線グラフを電子黒板に表示した。月ごとにボール・ベアリングと液化高圧ガスの折れ線グラフが表示される。今日に向かって、取引量は急激に増加し続けていた。
 志賀班長は続けた。
 「これらのボール・ベアリングと液化高圧ガスを扱う業者の会計記録を調べた。取引量について重要な結果が出た、ここ半年の間に個人の取引が増えている。つまり、国家主義者達が、密造拳銃を作成している事を証明している。田辺さん、爆発物の方を説明してくれ」
 鑑識の田辺さんが話し始めた。
 「問題は爆発物の方だ。マイクロ・ケミストリー・プラントを使えば、爆発物の原料は原則的に簡単に家庭の台所で作れる。かなり、強力な爆発物が作られている。農薬をマイクロ・ケミストリー・プラントで、化学薬品に精製して爆発物を作る。簡単に作れるが十分危険な爆発物が出来上がる」
 鑑識の田辺さんは言った。
 志賀班長は後を続けた。
 「インターネットには、爆発物の作り方も公開されている。その電子ファイルのダウンロードも五十万件近く行われた。だが、実際に製造可能な個人所有のマイクロ・ケミストリー・プラントは、三千四百件程度だ」
 鑑識の田辺さんは続けた。
 「国家主義者達が使う、爆弾は、一升瓶のようなガラス製の瓶の中に、爆発物を詰めて作る。点火プラグで発火させて爆発させる方法,花火から作った導火線で爆発させる方法の二種類が大きく分けて在る」
 志賀班長は続けた。
 「どちらも簡単に手に入る。だから簡単に爆発物は製造が可能となる」
 鑑識の田辺さんは続けた。
 「だが、威力は通常の手榴弾よりも爆発物の量が多い分、桁違いに大きくなる。これを大量に使われれば、通常の警察官や機動隊の装備では、対処できなくなる。これだけ大規模に爆薬を使ってのデモは久しぶりだ。原材料の農薬の購入履歴から作られている爆発物の量を推計した。爆発物の容器を一升瓶に換算して、概算で五千本の爆発物を製造している事になる」
 志賀班長は続けた。
 「山川と、和崎、如月は、流通ルートから、ボール・ベアリングと、液化高圧ガス、農薬の購入を行った人間達を追うことになる。国家主義者達のデモ隊に密造拳銃や爆発物を渡す搬入ルートが必ず在る。それを押さえろ。いいな」
 志賀班長は言った。
 「了解」
 山川刑事と和崎女刑事、如月女刑事は,敬礼した。
 耕太郎は、なぜ自分が呼ばれなかったのか不思議に思った。
 「門倉」
 志賀班長が呼んだ。
 耕太郎は敬礼をした。
 「門倉は、国家主義者、藤田彩と石村教授が殺された事件を追え」
 志賀班長は言った。
 「なぜですか」
 耕太郎は怪訝に思って言った。
 「国家主義者達の中の「国家建設強硬派」を組織している人間を捕まえることが、流通ルートを潰す捜査と同じぐらいに有効なプレッシャーを、国家主義者達のデモに対して与えるはずだ。必ず犯人は国家主義者達のデモに指導的な役割を果たしているはずだ」
 志賀班長は言った。 

第26章 脱出作戦

 「マズイな」
 サラシナは言った。
 「ええ、とてもマズイと思います」
 紗緒里は頷いて言った。
 隣りで、牛島来美も、しきりに頷いていた。
 「転進だ」
 サラシナは言った。
 「転進って何ですか」
 紗緒里は言った。
 「つまり、我々は、兵力の温存を図るために、脱出作戦を行う」
 サラシナは言った。
 「それが転進ですか」
 紗緒里は何となく首肯できて言った。
 「ああ,そうだ」
 サラシナは頷いて言った。
 「脱出作戦の準備は整いました」
 機動隊の猪井隊長が、走って来て敬礼をして言った。
 「それでは、お前達にも説明しよう」
 サラシナは、携帯端末を、紗緒里と牛島来美に見せた。
 「これが無人偵察機が撮影した、現在のビューロクラシー社のコージャ支店付近の様子だ」
 サラシナは言った。
 「偵察機って何ですか」
 紗緒里は言った。
 「有人のヘリコプターや飛行機を使うと経費が掛かりすぎるため、対テロ課は安価な無人偵察機を使っている。アレだ」
 サラシナは空を人差し指で指さして言った。
 紗緒里と牛島来美は、その方向を見た。
 確かに,空には、小型の飛行機の様な物が飛んでいた。
 「あれですか」
 紗緒里は言った。
 「ああ、アレだ。画面を見ろ」
 サラシナは言った。
 紗緒里と牛島久美は、サラシナの携帯端末の画面を、のぞき込んだ。
 確かに、上空からの写真が写っていた。
 「我々がコージャ国の人間達に囲まれているように思うだろう」
 サラシナは言った。
 「ええ、十分、たっぷり、囲まれています」
 紗緒里は辺りを見回して言った。
 二十トン、トラックと、日本挺身電撃隊と
コージャ国の日の丸の民族旗を掲げる人間達が居た。
 やっぱり、十分、たっぷり、囲まれていた。
 「だが、上空から偵察を行えば、より俯瞰的な情報が手に入る。よく見てみろ、手薄な所が在る」
 サラシナは携帯端末の画面を指して言った。
 確かにサラシナの言うとおり、幹線道路にコージャ国の人間達は溢れていた。
 実際、二十トン・トラックも、幹線道路に車列を作って停まっている。
 だがサラシナの指で示した枝道になるビルの谷間には人は少ない。
 「判るな。我々の脱出ルートは、こうなる」
 サラシナは携帯端末の画面を指で、なぞると、それに沿って矢印が描かれた。ビルの谷間を縫っていくように脱出ルートは描かれた。
 「これが、脱出ルートですか」
 紗緒里は言った。
 「ああ、そうだ」
 サラシナは頷いて言った。
 紗緒里は、自分の携帯端末を出した。
 「エコプリに転送します。情報を下さい」
 紗緒里は言った。
 「良いだろう」
 サラシナは紗緒里の携帯端末にゴツンと接触させて情報を送った。
 紗緒里の携帯端末に、カーナビゲーション・システムの経路データが来た。
 サラシナは、紗緒里と牛島来美に言った。
 「いいか、微速前進だ。目的は我々の脱出だが、車列の移動は極めてユックリとしたスピードで微速前進を行う。慌てて、早く逃げだそうとして車のスピードを上げるな。コージャ国の人間相手に、人身事故を起こしたら、コージャ国の連中達を刺激してしまう。つまり群集心理によって暴徒化を招くことになる。いいか。微速前進だ。人身事故は決して起こすな。この二つを、しっかりと頭の中に叩き込め」
 サラシナは言った。
 紗緒里と牛島来美はエコプリに乗った。紗緒里は、サラシナから受け取った、カーナビゲーション・システムの経路データをエコプリに転送した。
 トラフィック・セイフティ・システムが起動して、経路のアシスト機能がエコプリのフロント・ガラスに浮き上がった。後は、このナビゲーションに従って、エコプリを進めていく事になる。 
 「池野先輩大丈夫なんでしょうか」
 牛島来美は不安そうな顔で辺りを見回しながら言った。
 「サラシナさんを信じましょう」
 紗緒里は言った。
 「池野先輩、あの人は、多分、平然と人を切り捨てるような人ですよ。物凄く割り切りが強いです。本当に大丈夫なのですか?」
 牛島来美は不安そうな顔で言った。
 「こういう場合は、深く考えないで、前向きに真っ直ぐ、突進していけば良いのよ」
 紗緒里は言った。
 「それじゃ、日本挺身電撃隊と同じですよ」
 牛島来美は言った。
 「私も一応日本民族だし、日本挺身電撃隊と似たような思考パターンを持って居るのかも」
 紗緒里は言った。
 「池野先輩、そんな事言わないでくださいよ。急にネオウヨ化しないでください」
 牛島来美は言った。
 「あ、車列が動き出した」
 紗緒里は、動き出した警察車両の車列を見た。
 「早く逃げましょうよ」
 牛島来美は言った。
 「微速前進…微速前進……」
 紗緒里は繰り返して言った。
 「警察車両が通過します。道を開けてください」
 猪井隊長の声がスピーカー越しに鳴り響いた。
 コージャ国エイエイオー!
 コージャ国エイエイオー!
 サラシナが指揮する機動隊の車列が移動を開始した。
 微速前進だった。機動隊の車列は、ゆっくりと動き出した。
 紗緒里もエコプリを微速前進させた。
 「警察車両が通過します。道を空けてください」
 コージャ国エイエイオー!
 コージャ国エイエイオー!
 警察車両やエコプリの回りで、コージャ国の国民?達はエイエイオー!と日の丸の民族旗を振って叫んでいた。
 「池野先輩、スピードを上げましょうよ」
 牛島来美は怯えた声で言った。
 「微速前進…微速前進……」
 紗緒里は繰り返して言った。
 「警察車両が通過します。道を空けてください」
 コージャ国エイエイオー!
 コージャ国エイエイオー!
 「池野先輩、もう限界ですよ…スピードを上げましょう…」
 牛島来美は、ぐずりながら言った。
 「微速前進…微速前進……」
 紗緒里はエコプリを警察車両のスピードに合わせて進めた。
 ビューロクラシー社のコージャ支店前を抜けて、ビルの谷間に入っていくと、急激にコージャ国の国民?の数は減っていった。
 しばらく進んで行った。
 「微速前進…微速前進……通り抜けた?」
 紗緒里は、先導する警察車両がスピードを上げたのを見て、エコプリのスピードを上げた。
 「池野先輩…怖かったです……」
 牛島来美は言った。
 「どうやら上手く行ったようだけれど」
 紗緒里は辺りを見回しながら言った。
 サラシナが乗っている、空を飛ぶ車は警察車両と同じぐらいの高さを飛んでいたが、エリア・コージャから出ると地面に降りた。そして警察車両の車列は停止した。
 紗緒里は牛島来美と乗っている、エコプリを止めた。
 猪井班長が警察の車列から出てきた。
 サラシナが空飛ぶ車から出てきて腕を組んで点呼を取る猪井班長を見て居た。
 「コージャ国から脱出に成功したな。脱落者、欠員無しだ。転進としては上々の出来だ」
 サラシナは言った。
 「結構、アッサリと、通り抜けましたね」
 紗緒里は言った。
 「まあ、そうだろう。コージャ国の連中は、日本民族の国家を作れば良いだけのネオウヨ達だ。世界統一国家の建設を目指して、全世界でアソシエーションと戦い転覆させることを考える国家主義者達とは違う訳だ」
 サラシナは言った。
 「それでは、コージャ国の解体は、どうなるのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「池野先輩やめてくださいよ、絶対無理ですよ」
 牛島来美は慌てた声で言った。
 「でも、永嶋課長に報告するにしても、責任者のサラシナさんの話を聞いておかないと」
 紗緒里は言った。
 「確かに、現状では今日中の解体は無理だ。日を改めて、解体を行う必要がある」
 サラシナは言った。
 「そう報告すれば良いのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「そうなる」
 サラシナは頷いた。
 「それでは私達は、一度ビューロクラシー社に戻ります」
 紗緒里は言った。
 紗緒里と牛島来美はエコプリに乗って、ビューロクラシー社を目指した。
 「池野先輩、明日は、国家主義者達の大規模なデモが在るんですよ」
 牛島来美は言った。
 「牛島さんは参加したいの?」
 紗緒里は言った。
 「ええ。でも、ビューロクラシー社の仕事は休みが取れませんから」
 牛島来美は言った。
 「国家主義者達のデモって急に決まったの?」
 紗緒里は聞いた。
 「ええ、そうなんですよ。私が正確な日時を知ったのは大体二日ぐらい前です」
 牛島来美は言った。
 「それが明日なの」
 紗緒里は言った。
 「ええ、そうです。だから休暇の申請が出来なかったんです。大体、国家主義者のデモは警察の裏を、かくために、日時は隠される場合があるんです」
 牛島来美は言った。

 第27章 ニケ出版

 耕太郎とレイナは、藤田彩と石村教授の殺人事件を解決する為にデータ処理室に入った。
 「レイナ。なぜ、藤田彩が殺されたのか判らない。確か、藤田彩の家族は、マンションに来ていない。それは、家族と藤田彩の繋がりの疎遠さを表している。ここが問題だ。アソシエーションのデーター・センターのライフ・ログでは藤田彩の人間関係は希薄に見える。だから、対テロ課も騙されていた。ライフ・ログに残らないように隠蔽された国家主義者達の繋がりが在るのかもしれない」
 耕太郎は溜息を付いてレイナに言った。
 「門倉刑事、我々の捜査では、まだ殺された被害者、藤田彩の親族などの人間関係が明らかになっていません」
 レイナは言った。
 「だが、レイナ。藤田彩の親族は、両親と弟の家族だ。それ以上を調べる必要があるのか。仲が悪いにしても子供を殺すほど仲の悪い家族は珍しい。弟にしても、まだ小学生だ。ハンマーで殴り、深い脳挫傷を起こすにして無理がある」
 耕太郎は言った。
 「門倉刑事、私が以前担当した事件の中には、家族関係のトラブルとして、血縁の在る子供を児童虐待で殺すような陰惨な事件もあります」
 レイナは言った。
 「レイナ。どういう事なんだ」
 耕太郎は怪訝に思って言った。
 「つまり、遺伝学上の実子でも殺すような親も居るのです。遺伝学上の繋がりの無い、子供でも殺す事も在ります。藤田彩が両親と疎遠な理由には、幼少期に児童虐待を受けて居た可能性が在ります」
 レイナは言った。
 「それでは、藤田彩の家族関係は、両親を調べる事で明らかになるか。アソシエーションのデータ・センターのライフ・ログの履歴の精度を上げて調べるか」
 耕太郎はデータ処理室のコンピュータを操作した。
 データが出てきた。藤田彩の父親、藤田健次郎(フジタ・ケンジロウ)は、ファイン・トレードという貿易会社に大学を卒業した後、勤めている。そして現在に至っている。現在の役職は課長だった。現在54歳。
 平凡な容姿の痩せた男性だった。眼鏡を掛けている。
 子供が生まれたのは、11年前。子供の名前は藤田健一郎(フジタ・ケンイチロウ)。
 ?
 「レイナ、確かに変だぞ。姉の藤田彩が生まれていない」
 耕太郎はデータを見て言った。
 「門倉刑事。間違い在りません。藤田彩の死亡時点での父親、藤田健次郎は再婚をしています。藤田健次郎は被害者、藤田彩の実父では在りません」
 レイナは言った。
 「それでは、母親の藤田與志美(フジタ・ヨシミ)を調べてみる」
 耕太郎はコンピュータを操作した。
 生まれたときの名前は。加川與志美(カガワ・ヨシミ)、二十五歳で結婚して、夫の姓の半藤與志美(ハンドウ・ヨシミ)に変わって居る。生まれた子供は二人。名前は長男の半藤孝志(ハンドウ・タカシ)、長女の半藤彩の二人。
 だが、加川與志美は夫と離婚し,一度、元の加川の姓に戻している。離婚の時に親権を得た子供が、娘の藤田彩だった。長男の半藤孝志の親権は失っている。
 そして、数年後に加川與志美は藤田健次郎
と結婚をしている。そして藤田の姓を名乗っている。藤田彩のアソシエーションのデータ・センターのライフ・ログに登録されている個人情報と照会をした。藤田彩が、十三歳の時に再婚している。
 藤田彩は政治商科研究大学に入った。藤田彩の収入と支出の内訳を調べた。藤田彩の収入の殆どは、両親から送られたモノだ。それと、返還が必要な、銀行の学資ローンを組んでいる。このローンは大学卒業までは支払わなくて良い仕組みになっている。
 だが、企業が運営する大学は、サービスの質の高さを謳って競争をしていた。その結果、サービスの質高さの対価として高額な授業料を請求する仕組みだった。皆瀬靜美が、耕太郎に言ったように、藤田彩のローンの返済は、六十歳までかかる長い物だった。六十歳での最終的な返還完了時には、変動式の複利計算で、借りた学資ローンの融資額の三倍にも及ぶ利子を支払う事になる。確かに大学を出て、その学歴で高収入が得られる企業の役職に就いたり、起業して高収入が得られれば、学資ローンの返済は短期間で済む。だが大概の大学の卒業生達が、学資ローンの返済に追われるのが、世間的な常識だった。
 だから、藤田彩は、生活費を稼ぐために、警察の対テロ課に接触していた。確かに効率の良いアルバイトだったのだろう。
 だが、藤田彩は、ツワブキを騙していた。
警察が送り込んだスパイでは無く、本物の国家主義者だった。それもアソシエーションを暴力に、よって転覆させようとする「国家建設強硬派」の一員だった。
 耕太郎はインターネットで、石村教授の本を調べた。様々な言語で本が出版されていた。その中に、日本語の本に検索を絞ってみた。
 石村教授の、日本語で書かれた本は全てニケ出版という、耕太郎の聞いたことのない、出版社から出版されていた。
 「レイナ、ニケ出版に電話を繋いでくれ」
 耕太郎は携帯端末を取り出して言った。
 「判りました。ニケ出版の代表に繋ぎます」
 レイナは言った。
 呼び出し音が、しばらく耕太郎の携帯端末に流れていた。
 「はい,ニケ出版です」
 一分近く待たされて,ボソボソ声の男が電話に出た。
 「警視庁の門倉耕太郎です。電子認証が出ている筈です。石村教授について、説明を受けたいのですが」
 耕太郎は言った。
 「あ、丁度、石村教授担当の田原(タバラ)さんが居ます」
 ボソボソ声の男は言った。
 「これから話を聞きに伺います」
 耕太郎は言った。
 耕太郎とレイナはニケ出版にフライアーで向かった。
 耕太郎はニケ出版の建物を見た。そう立派なビルとは言えない。雑居ビルの様な、裏通りのビルで、タワー型のビルが主流の都内に比べて十階程度の高さしか無い、古いビルだった。入り口には、このビルの入っているテナントが電子式で無感情に書かれていた。そうとう古いモノか、発光素子の色が暗かった。
 ビルの入り口には、バンドー警備保障が警備している事を示すステッカーが貼られていた。そして監視カメラが設置されていた。
 耕太郎とレイナは、ビルのエレベータに乗った。七階で降りた。
 だが、ニケ出版のオフィスの中に入ると、かなりのスペースがあった。
 古びた白色の事務机が並んで、乱雑に、封筒や、プリントアウトされた紙束などが置かれていた。
 そして、高価な紙製の本が置かれていた。
背広やスーツ姿の男女が,働いて居た。
 婦人警官の制服を着ているアンドロイドのレイナは目立つ。
 慣れていることだが、ニケ出版の社員達の視線を集めた。
 近くにいた男性が近づいてきた。
 「警察の門倉さん?」
 男性は言った。
 「そうです」
 耕太郎は言った。
 「田原さん、警察の人が来ました」
 男性は言った。
 田原と呼ばれた、女性がやって来た。
 「私が石村教授の担当の編集者です。田原承子(タバラ・ショウコ)と言います」
 眼鏡を掛けた五十代ぐらいの女性は丁寧な物腰と口調で言った。
 「石村教授の殺人事件を捜査している、警視庁の門倉耕太郎です」
 耕太郎も礼儀正しく挨拶した。レイナも、お辞儀をした。
 「ささっ、立ち話も何ですから、こちらでお茶でも飲みながら話をしましょう」
 編集者、田原承子は言った。
 耕太郎とレイナは、田原承子の後に付いて、衝立で簡単に仕切られた、応接室らしい、ソファーとテーブルのある空間に入った。
 急須と湯飲み茶碗、茶筒が載った盆が年期の入った変色したプラスチックのポットの横に置かれていた。雷おこしの箱が置いてあった。
 「お菓子でも、いかがですか?」
 編集者、田原承子は雷おこしの箱を開けようとして言った。
 「今、ダイエット中です」
 耕太郎は申し訳なく思ったが断った。
 「石村教授について何を知りたいのですか」
 編集者、田原承子は雷おこしの箱をテーブルに置いて、お茶を急須に入れながら言った。
 「石村教授は国家主義者なのですか」
 耕太郎は燻っていた疑問点の確認を取るために聞いた。
 「どこで、その話を聞きましたか」
 編集者、田原承子は驚いた顔をして言った。
 「警察関係者からです」
 存在自体が秘密に近い、対テロ課とは言いづらくて、耕太郎は、迷いながら言った。
 「石村教授は、アソシエーションの支持者です」
 編集者、田原承子は断言するように言った。
 「変ですね。石村教授は国家主義者のインターネット上の番組「イェーリングはイェイ」に出演したこともある、れっきとした国家主義者のはずです」
 耕太郎は困惑して言った。
 「失礼ですが、石村教授の専門の「アソシエーション政治学」については詳しくないのですね」
 編集者、田原承子は問い詰めるように言った。
 「ええ、詳しくは在りません」
 耕太郎は問い詰められて答えに窮して言った。
 「あの「イェーリングはイェイ」は、国家主義に反対する学者も出るのですよ。国家主義に対する反対の論陣を張るために結構、色々なアソシエーション支持派の学者達が出ています」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「まさか、それが石村教授だった」
 耕太郎は狼狽して言った。
 「失礼ですが石村教授が「イェーリングはイェイ」に出演した動画を見て居ませんね」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「ええ。見て居ません」
 耕太郎は言葉に詰まって言った。
 「インターネットの動画サイトに載っています。見てください。石村教授が国家主義者達を、やり込めているところが載っています」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「ええ、そうなんですか」
 耕太郎は燻っていた疑問点が解けた。
 「困ります。石村教授は、国家主義者達にとっては天敵の様な存在なんですよ。断じて、国家主義者では在りません」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「それでは、石村教授夫人が、国家主義者ではないと言っていた事は事実なのですか」
 耕太郎は
 「当然です。私も石村教授夫人に筑波の自宅で会ったことは在ります」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「それでは、石村教授はアソシエーション支持派の学者であって、国家主義者では無い」
 耕太郎は言った。
 「そうです」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 そして続けた。
 「大体、ウチのニケ出版は、アソシエーションを支持しているのですよ。具体的にはアソシエーション支持派の学者以外、本は出版できません。こういう目に見えない壁が学問の世界には在ります」
 編集者、田原承子は言った。
 「しかし、石村教授は有名な学者では在りませんよ。テレビで見たこともない」
 耕太郎は言った。
 「勘違いしてはダメです。石村教授は日本での学者としての活動の時間は少ないのです。だから、学者としてはエリア・日本では有名では無い。だが、エリア・アメリカや、エリア・イングランド、エリア・フランスなどでは超有名です。余所のエリアの学会や、政治企業の行う、褒章会から勲章も幾つも貰っています。それも学者としては最高の勲章ばかりです」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「そういえば、石村教授夫人は議論相手が高齢の学者だと言っていました」
 耕太郎は思い出しながら言った。
 「石村教授は殆ど引退しているのですよ。大体、頭脳明晰、博覧強記の石村教授の議論の相手が務まるのは世界的な仕事をしている学者だけです。当然年齢は高くなるはずです」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「しかし、石村教授の自宅から証拠物が出てきているのです。レッド・コード規格のデータ交換端末です」
 耕太郎は反論するように言った。
 「そんな物を信じているのですか。私が、自然言語分析を使って調べましょう」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「何ですか、自然言語分析とは」
 耕太郎は言った。
 「インターネットで公開されている、文章の書き手を調べる計量文献学のソフトウェアを使った統計学的な分析方法です。テキストの入ったファイルのコピーを良ければ渡してくれませんか」
 編集者、田原承子は声を潜めるように机の上のコンピュータを指で指して言った。
 耕太郎とレイナは、机の上のコンピュータの前に行った。
 「レイナ、石村教授の自宅から発見された、レッド・コード規格のデータ交換端末の内蔵メモリーのファイルを転送してくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました」
 レイナは言った。
 「来ましたよ。それでは、私が、自然言語分析を行いましょう」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。そして、デスクにアームの付いたコンピュータのモニターを操作し始めた。
 そして結果が出た。
 「明らかに違いますね。この証拠物件と呼ばれるファイルの中に入っている石村教授を名乗る書き手とは、単語の使い方などが、文法の選択の統計なども含めて異なります」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「なぜ、このような分析が必要なのですか」
 耕太郎も声を潜めて言った。
 「当然ですよ。盗作、出典の記述との比較など、今の時代の,出版社は、著作権の管理も行いますから。学術系の出版社で在る、ニケ出版は、世界中の学者の論文や電子書籍などとの比較を行う為に、自然言語分析のツールを使うのです」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「誰かが石村教授の自宅にレッド・コード規格のデータ交換端末を置いていった」
 耕太郎は、狩川渉が思い当たった。石村教授の自宅から発見されたレッド・コード規格のデータ交換端末から指紋が出なかったことも理解できる。狩川渉が石村教授の殺害時に置いていった物ならば石村教授はレッド・コード規格のデータ交換端末に触れることは無かったことになる。
 「大きい声では言えませんが、石村教授は国家主義者に仕立て上げられて死んでいったんですよ。私は、そう考えます。これは、国家主義者達の昔からある手口の一つなんですよ。自分達国家主義者の仲間だと身辺でデマを主張して仲間に取り込んだり。警察にウソの密告をして国家主義者としてアソシエーションのデータ・センターに登録するような、姑息というか陰湿というか、そういう手口が見え隠れしますね」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「つまり石村教授は,国家主義者に仕立て上げられた」
 耕太郎は狼狽して言った。
 ツワブキ達対テロ課は騙されていた。石村教授は、国家主義者では無かったことになる。
 「間違い無いはずです」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「石村教授が心変わりして、アソシエーション支持派から、国家主義者に転向した可能性は無いのですか」
 耕太郎は、まだ信じられない部分が在って言った。
 「一パーセントも在りません。石村教授は,人生をアソシエーションの政治の研究に捧げています。そんな人が、チンピラ以下の国家主義者になると思いますか?年取って耄碌することも、まだ在りません」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「証拠として保存していいですか」
 耕太郎は言った。
 「ええ、いいですよ。私も石村教授の晩節を汚すような国家主義者達に内心むかっ腹が立っています」
 編集者、田原承子は声を潜めるように言った。
 「レイナ。自然言語分析の結果を、警察の証拠品のデータベースに載せてくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました」
 レイナは言った。
 耕太郎とレイナは一度警視庁に戻った。
 耕太郎とレイナは、データ処理室に入った。
開いている大画面のモニターを点けた。
 「レイナ、石村教授が出ている「イェーリングはイェイ」を調べて転送してくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました」
 レイナは言った。
 データ処理室の大画面のモニター一杯に,太い墨字で書かれた「イェーリングはイェイ」の題字が出てきた。題字の下には、第一万三千四百七十八回とテロップが書かれていた。
 そして動画の説明が映し出された。
 討論の参加者の中に、石村教授の名前があった。
 耕太郎は手元を操作して、動画を再生させた。
 イェーリングはイェイが収録されるイェーリングという喫茶店は、水道橋にある。
 その喫茶店の中で、木製の椅子を並べて,テーブルを囲むように、七人の人間達が居た。真ん中に座って居る学生風の二十代前後の女性が司会を開始した。
 司会「イェーリングはイェイも長いこと続いて既に、三千四百七十八回を数えました。今日は特別な超有名な大物ゲストを招いています、「アソシエーション政治学」の世界的な泰斗、石村教授です。早くも、本日の討論は国家主義者達の惨敗が確定するようなアソシエーション擁護派の大物が登場です。対して国家主義者側の論陣の代表は、政治商科研究大学の希望のホープ藤村准教授です。ですがフライ級の三回戦ボーイが、ヘビー級の世界王者に挑戦するような無謀な顔合わせです……」
 「藤村准教授が出ているのか?」
 耕太郎は見た顔を見て驚いた。
 「そうなります」
 レイナは言った。
 他の出演者達の紹介が続いた。
 四人の大学の教授や准教授達が紹介された。
 アソシエーション擁護派は三人。国家主義者側も三人。そして司会の女が一人いた。司会の女はマイクを持って立っていた。
 司会「さあ、それでは、討論を始めましょう。イェーリングはイェイの本日のテーマは、ズバリ、「アソシエーションは必要か?」です。石村教授が出演条件として、提示した討論のテーマが「アソシエーションは必要か?」です。石村教授に質問します。なぜ、このテーマを選択したのでしょうか?」
 司会の女は石村教授にマイクを渡した。
 「それは、国家主義者達の多くがアソシエーションに対して間違った認識を持っているからです。アソシエーションは人間が生み出した政治、経済システムの中で最も、優れたシステムであることを証明する為に,私は、この討論番組に参加することを決めました」
 石村教授は言った。
 そして藤村准教授をはじめとする国家主義者側の三人は、石村教授に対して、論戦を挑んでいった。
 藤村准教授「……アソシエーションは国家の役割を擬似的に行って居るに過ぎない、だから国家は必要だ」
 石村教授「国家は、世界を分割し、個人の自由よりも国家へ忠誠を要求する。過去の国家よりも強力な世界統一国家の設立を目指す国家主義では、個人の自由の実現を図る事は出来ない……国家は一度全て人類の歴史から消え去る必要があった。その結果生まれたのがアソシエーションだ」
 だが、素人目の耕太郎から見ても、藤村准教授達、三人の国家主義者達は劣勢に追い込まれていた。
 議論は続いていた。
 藤村准教授「だが、アソシエーションは、国家が在った時代よりも経済問題を解消できないで居る。これを、どう説明するのか」
 石村教授「経済問題は解消されている。マルサス的な根拠無き悲観論は、人口の増大を支える科学技術の進歩によるイノベーションに支えられて解消されている。その科学技術のイノベーションを生み出す原動力は、アソシエーションに加盟する企業の生産活動が担っている。経済問題は十分に解消されている……」
 耕太郎には理解できない議論も在ったが、石村教授がアソシエーションの擁護を行い、論戦で勝っていることは判った。
 そして論戦は続いていった。
 藤村准教授「……だから、世界は一つの国家に統一されるべきだ」
 石村教授「だからや、それで、などの言い回しで世界を統一する危険な国家を作ることは人道上の最悪の結論だと言える。国家主義者が作ろうとしている、世界統一国家とは、人類史上、最大最悪の全体主義のテロリスト国家だ。その様な最悪の政治社会体制にアソシエーションから移行することは望ましいとは言えない……」
 議論の流れは、石村教授と藤村准教授の一騎打ちの様相を見せていった。だが、藤村准教授の主張は石村教授の議論で軽やかに封じられていった。
 最後の方では石村教授よりも、はるかに若い藤村准教授が憔悴して見えた。
 石村教授「国家は必要では無い。必要なのはアソシエーションだ」
 石村教授は、そう最後に締めくくる様に言った。
 司会「放送時間も、在りません。どうやら、予想通り、石村教授の圧勝で国家主義者側は、惨敗を喫しました。やはり、世界的な泰斗相手に国家主義者側も健闘しましたが、アソシエーションの壁は、今尚高かったようです。それでは、明日の十二時から、お目にかかりましょう」
 司会の女はカメラ目線で手を振っていた。
 完!
 と、太い墨字でテロップが入った。
 そして動画は止まった。1時間ジャストの長さだった。
 「レイナ、良く判ったぞ。これは、ニケ出版の田原さんの言うとおりだ。間違い無く石村教授はアソシエーション支持者だ」
 耕太郎は言った。
 「そうなります」
 レイナは頷いた。
 耕太郎は、ようやく取っかかりが見つかった。
「レイナ、藤村准教授の犯罪歴をモニターに転送してくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました。国家主義者の反アソシエーションのデモに参加して、警察に捕まって居ます」
 レイナは言った。
 「年齢は、いつ頃だ?」
 耕太郎は言った。
 「二十一歳です」
 レイナは言った。
 「現在、藤村准教授は三十五歳だ。学生時代からの国家主義者だったわけだ。レイナ。藤村准教授が逮捕されていた時点で在籍していた学校は判るか」
 耕太郎は言った。
 「政治商科研究大学、政治学部政治学科です」
 レイナは言った。
 「他に犯罪歴はあるか?」
 耕太郎は言った。
 「在りません」
 レイナは言った。
 「国家主義者達の学生運動に参加していたのか。レイナ、藤村准教授が所属してた学生運動の団体は判るか?」
 耕太郎は言った。
 「対テロ課の規制が掛かります」
 レイナは言った。
 「判った、連絡を取る」
 耕太郎は言った。
 そしてツワブキに携帯端末で電話を掛けた。
 「私だ」
 ツワブキは言った。
 「藤村准教授が学生時代に所属してた国家主義者の団体を教えてください」
 耕太郎は言った。
 「判った。カヨが転送する」
 ツワブキは言った。
 耕太郎は藤村准教授の所属していた国家主義者の団体の名前が判った。
 新世界国家同盟だった。
 ツワブキは説明した。
 「門倉刑事、「新世界国家同盟」だ。8年前に解散し「国家建設会議」に名前が変わり新組織となった。「国家建設会議」はエリア・日本の国家主義者達の団体を8年前の「国家建設共闘宣言」によって統合し、一つの意思の在る団体へと成長させようとしている。つまりアソシエーションと対峙し転覆させようとする意志だ。「国家建設会議」は重要な宣言を「国家建設共闘宣言」の中で行って居る。内容はこうだ。「世界は一つの世界統一国家、人類は一つの人種と一つの民族、一つの世界市民達によって統一される」と言う絵空事だ。そして、国家主義者達は、自分達を、世界の一つの民族による本物の民族主義者、真のネイショニスト達だと主張している」
耕太郎は国家主義者達の主張の全てを理解出来なかった。だが、ツワブキの話しで、藤村准教授が学生時代からの国家主義者だと判った。
 「藤村准教授の事で何か判ったのか」
 ツワブキは言った。
 「藤村准教授が捜査線上に出てきました」
 耕太郎は言った。
 「石村教授の事件か」
 ツワブキは言った。
 「そうです。捜査に戻ります」
 耕太郎は言った。
 携帯端末の電話を切ると、耕太郎はレイナに話した。
 「レイナ、大分判ったぞ。藤村准教授は国家主義者として、「新世界国家同盟」時代から、国家建設運動に関わっている。つまり、藤村准教授は「国家建設会議」と関係が在るはずだ。今でも、「イェーリングはイェイ」
で国家主義者達の論陣を張っている。確実に「国家建設会議」と接点が在るはずだ。だが、アソシエーションのデーター・センターのライフ・ログ上のデータでは、表向き国家主義者達と関係が無い。これは国家主義者達との繋がりが在るのに、繋がりを隠す必要があるからだ。隠す必要がある繋がりとは、「国家建設会議」の「国家建設漸進派」との繋がりでは無い。その中でも暴力的な「国家建設強硬派」との繋がりのはずだ。藤村准教授は政治商科研究大学の「国家建設強硬派」の指導者的な地位に居るはずだ。藤村准教授は狩川渉が起こした石村教授の殺人事件に対して何らかの形で関わっている」
 「間違いないはずです」
 レイナは言った。
 「レイナ、藤村准教授がレッド・コード規格のデータ交換端末「スパイ・キャッチ」を買った履歴があるか調べてくれ」
 耕太郎は言った。
 「在りません」
 レイナは言った。
 「レイナ、藤村准教授の家族の親等数を三親等にして「スパイ・キャッチ」の購入履歴を調べてくれ」
 耕太郎は言った。
 「在りました。子供の藤村郁夫が中古品をネット・オークションで買っています」
 レイナは言った。
 「足が付かないように子供の携帯端末でネット・オークションを使って買った。子供が玩具の「スパイ・キャッチ」を買えば不審がられないと考えた。だが、アソシエーションのデータ・センターのライフ・ログには、履歴が残る。用心深い男だが、ミスを犯したな」
 耕太郎は言った。
 「ええ、そうです」
 レイナは頷いて言った。
 「レイナ、藤村准教授の家族の親等数を三にして、インターネットに接続しないコンピュータの購入履歴が在るか調べてくれ」
 耕太郎は言った。
 「在りません」
 レイナは言った。
 「そうか,それでは、藤田彩の家族の親等数を三にして、インターネットに接続しないコンピュータの購入履歴が在るか調べてくれ」
 耕太郎は言った。
 「在りません」


次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 842