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作品名:電脳世紀東京ネイショニスト・ワルツ上、中 作者:m.yamada

第4回   5分冊4
 皆瀬靜美は言った。
 なるほど、と耕太郎は思った。
 狩川渉の様に、犯歴上は前科無しで、きれいでも暴力を振るう傾向の在る人間は居る。
そういう人間の一人で在る、狩川渉は石村教授を殺した。殺人という一番やってはいけない暴力を振るったのだ。
 「つまり,狩川渉君が路線対立の議論で暴力を振るったところを君は見たことが在るのかな」
 耕太郎は聞いた。
 「ええ、在ります」
 皆瀬靜美は言った。
 「つまり、「国家建設漸進派」と「国家建設強硬派」が殴り合うような暴力事件を起こしていた」
 耕太郎は聞いた。
 「ええ、そうです」
 皆瀬靜美は言った。
 「警察には通報しなかった」
 耕太郎は言った。
 「え、ええ」
 皆瀬靜美は言葉に詰まって言った。
 「そういう、事件が起きた場合は、警察に通報してください。立派な傷害事件です」
 耕太郎は言った。
 「でも、国家主義者の仲間達を裏切って、警察に通報するような事は出来ません」
 皆瀬靜美は言った。
 「「国家建設会議」の中は裏切ることは出来ない状態なのかな」
 耕太郎は言った。
 「ええ,そうとも言えますし,そうとも言えない訳ですね」
 皆瀬靜美は,判りづらい言い回しで言った。
 「意味が取れませんが」
 耕太郎は言った。
 「私は、こうやって喋っていますから」
 皆瀬靜美は吹っ切れたような笑みを浮かべて自嘲気味に言った。
 耕太郎は話しを変える事にした。
 「アソシエーションを打倒する、国家主義者達の大規模なデモが計画されていることは知っているかな」
 耕太郎は尋ねた。
 「ええ、知っています」
 皆瀬靜美は言った。
 「君が所属している「国家建設会議」は、この大規模なデモに参加する予定なのかな」
 耕太郎は聞いた。
 「竹崎会長は、参加すると言っています。ですが彩達「国家建設強硬派」の考えている、暴力的なデモによる、アソシエーションの転覆計画は知らないはずです」
 皆瀬靜美は言った。
 「だが君は知っていた」
 耕太郎は言った。
 「彩は私に何でも話してくれるんです」
 皆瀬靜美は言った。
 「話さない事は在ったかな。例えば、アルバイトの話とかで」
 耕太郎はツワブキと藤田彩の関係を匂わせて言った。
 「え?ええ…良く判りません」
 皆瀬靜美は口ごもって言った。
 何かは知っているが、誤魔化している。耕太郎は、そう判断した。
 耕太郎は追求せずに話しを変えた。
 「国家主義者達のデモの内容は知っていますか」
 耕太郎は言った。
 「言って良いのか判らないのですが、彩達「国家建設強硬派」の考えていた事は、国家主義者達のデモを途中から暴力的に変えていくことなんです。そして、アソシエーション転覆の暴力的なデモに繋げていく。アソシエーションに加盟する企業の代表である、政治企業、行政企業、司法企業の集積地で在るクラスターで暴力的なデモを行うんだって彩は私に話していました。本物の革命を行うんだって興奮して話していて。私は、止めた方が良いって言っていたんですよ。でも彩はアソシエーションが嫌いだったんです」
 皆瀬靜美は言った。
 「なぜ、藤田彩さんはアソシエーションが嫌いだったのですか」
 耕太郎は聞いた。
 「私と同じです。大学進学のために多額の借金をして、返済に六十歳まで掛かる学費ローンを変動金利で組んでいるからです。アソシエーションが無くなって世界統一国家が出来れば、借金の返済は必要在りません」
 皆瀬靜美は言った。
 「それでは職務質問を終わります。捜査に、ご協力いただき、ありがとうございます」
 耕太郎は質問を切り上げて言った。そして、自習室の扉をレイナが開けた。
 「国家主義者の私が言うのも変ですが、彩を殺した犯人を捕まえ下さい。「国家建設会議」のメンバーが犯人だと思いますが。私は彩の友達として、命を奪った犯人を許せないんです」
 皆瀬靜美は言った。
 「最善を尽くします」
 耕太郎は言った。
 そして、政治商科研究大学の図書館から出てフライアーに乗った。
 「多分、皆瀬靜美は、ツワブキの事を知っている。だが俺には話さなかったな」
 耕太郎は言った。
 「私も、そう考えます」
 レイナは頷いて言った。
 「推測は色々と出来るが、理由は判らない」
 耕太郎は言った。
 「ええ、そうです」
 レイナは言った。
 「証言を集めて、科捜班の科学捜査の証拠と突き合わせていく。それしかないか」
 耕太郎は言った。
 「ええ、そうです。初心忘るべからずです」
 レイナはガッツポーズを作って笑顔で言った。
 耕太郎は、再び狩川渉の取り調べを行った。
志賀班長もアンドロイドのレイナとサブローと一緒に取り調べ室に入った。
「少しは、話す気になったかな」
 志賀班長は言った。
 「さあね」
 狩川渉は言った。
 「なぜ、「国家建設会議」に入った」
 耕太郎は聞いた。
 「決まっているだろう。アソシエーションが邪魔だからさ」
 狩川渉は言った。
 耕太郎は志賀班長を見た。志賀班長は頷いた。
志賀班長は言った。
 「アソシエーションが無ければ、昔の国家が在った時代のように世界は不安定になる。それは君も判っているはずだ」
 「戦争、経済格差、悪い物は全て、アソシエーションが生まれる前の国家が在った時代の物か?今のアソシエーションが支配する世界の何処に良い物が在ると言うんだよ」
 狩川渉は言った。
 「だから、国家主義者になったのか」
 耕太郎は言った。
 「ああ,そうだよ」
 狩川渉は言った。
 「お前は、「国家建設強硬派」だろう」
 耕太郎は言った。
 「なんで、そんなことまで知っているんだ。誰が喋った」
 狩川渉は驚いた顔をした。
 志賀班長が言った。
 「警察が調べれば、事実は浮かび上がってくる」
 「どうせ、対テロ課の刑事から聞いたんだろう」
 狩川渉は言った。
 耕太郎は引っ掛かりを持った。
 「対テロ課のツワブキを知っているのか?」
 耕太郎は引っ掛かりを確認するように言った。
 「ああ、バカな刑事だって、藤田彩は言っていたよ。スパイのフリして警察からカネをアルバイト代わりに受け取っていたんだ」
 狩川渉は言った。
 「つまり、藤田彩は警察に虚偽の情報を渡していたのかな」
 志賀班長は言った。
 「そう言っていたよ。エゴギャルの格好をしていれば、外見で判断して簡単に騙せると言っていた」
 狩川渉は、ふてぶてしい顔で言った。
 志賀班長が言った。
 「なぜ、君は国家主義者達の中でも先鋭的な「国家建設強硬派」に入っていたんだ」
 「さあね、当ててみな。判ったら大笑いだぜ」
 狩川渉は吹き出して言った。
 「ふざけるな。なぜ「国家建設強硬派」になったんだ」
 耕太郎は言った。
 「さあね。俺も知らない。とか言っちゃう」
 狩川渉は言った。
 狩川渉は、警察官に留置場に連れて行かれた。
 「大分、落ち着いたな」
 志賀班長は言った。
 「そうですか」
 耕太郎は狩川渉の態度の変化に戸惑いを感じていた。
 「そうだ。時間を掛けて何度も取り調べを行うしか無い。証拠と証言から,真実を焙り出していく。まだ証拠が集まってきていない。科捜班の証拠の分析結果が出てきてから追い詰めていく」
 志賀班長は言った。
 耕太郎は対テロ課のツワブキに携帯電話で電話を掛けた。
 「藤田彩は、あなたの事を国家主義者の仲間内で話していた。石村教授を殺した、狩川渉は、あなたの事を対テロ課の刑事だと知っていた」
 耕太郎は言った。
 「そうか。政治商科研究大学の国家主義者達の担当は私だけだ。国家主義者達に手玉に取られていたわけだな」
 ツワブキは言った。
 「そんなに国家主義者達は多いのですか」
 耕太郎は怪訝に思って言った。
 「多いな。普通に生活している人間達の中にもアソシエーションに不満を持つ潜在的な国家主義への賛同者達は多い。つまり、学生だけの運動では無い。国家主義者の学生達は大学を卒業すれば、入った企業の職場で、国家建設運動を行おうとする。そして、入った企業の職場で「イェーリングはイェイ」を見せたりして、国家主義への理解を浸透させようとしている」
 ツワブキは言った。
 「そうですか」
 耕太郎は言った。
 ツワブキは頷いた。
 「だが、国家主義者達が唱える,全世界統一国家は,歴史上に存在していない。上手く行く保障なんか何処にも無い。だが、国家主義者達はアソシエーションが無くなり、世界統一国家が実現すれば全て上手く行くと信じている」
 ツワブキは言った。
 「まるで宗教の様な話ですね」
 耕太郎は他に、言い方が思いつかず、そう言った。
 「そうだ。だが、国家主義者達は、全世界統一国家を作り上げて実験をしなければ,何も証明できないと言っている。だが、全人類全てを安全なアソシエーションを捨てさせて危険な実験に掛ける事など、出来るわけもない。だが、国家主義者達は大真面目に世界全体を使って実験をしようとしている」
 ツワブキは言った。
 「途方も無い話です」
 耕太郎は言った。
 「そうだ、途方も無い話だ」
 ツワブキは確認するように言った。

 第1章 コージャ国攻防戦
 
 紗緒里と牛島来美は、サラシナに新しく配属された機動隊の隊長を紹介された。
 「私が本庁から派遣された、機動隊隊長猪井(イイ)です」
 眼鏡を掛けた青白い顔の男性は言った。
 「私は、ビューロクラシー社、すぐやる課の池野です」
 紗緒里は挨拶した。
 「牛島です」
 牛島来美も挨拶をしながら言った。
 「今、水を掛けていますが。何をやっているのでしょうか」
 紗緒里は聞いた。
 「水攻めだ」
 サラシナは言った。
 「水攻めですか?」
 紗緒里は言った。
 「高圧放水車で水をかける」
 サラシナは言った。
 確かに高圧放水車が水をビューロクラシー社コージャ支店にかけていた。
 「私達が説得を続けましょうか」
 紗緒里は言った。
 「いや方針を変えている」
 サラシナは言った。
 「どのように変えたのでしょうか」
 紗緒里は聞いた。
 「兵糧攻めだ」
 サラシナは言った。
 「兵糧攻め?」
 紗緒里は聞き返した。
 「そうだ。古典的な方法だ。既に昨日のコージャ国独立宣言の時点で、インフラはストップさせている」
 サラシナは頷いて言った。
 「つまり、どういう事ですか」
 紗緒里は聞いた。
 「電気、ガス、水道、そして、通信設備もアソシエーションから切り離した」
 サラシナは言った。
 機動隊の猪井隊長は笑い出した。
 「イヒヒッ!そうです。立て籠もりには、インフラ遮断作戦が有効です!」
 機動隊の猪井隊長は不気味な笑い声を上げながら言った。
 「それで、上手く行くのでしょうか?」
 紗緒里は疑問を感じて尋ねてみた。
 「イヒヒッ!大丈夫です!トイレの水も流れず、飲み水も無く、空調設備も使えず、ガスも使えず、電気も発電機頼りでしか点かない!それで何日耐えられますかね?イヒヒヒッ!無理です!絶対無理です!イヒヒヒッ!」
 機動隊の猪井隊長は不気味な笑い声を上げながら言った。
 「時間は掛かるが確実だ}
 サラシナは頷いて言った。
 「そうなんですか」
 紗緒里は言った。
 「ああ、そうだ。だが、昨日の段階で問題が発生している」
 サラシナは下唇を噛みながら言った。
 「もしかして、日本挺身電撃隊ですか?」
 紗緒里はスメタナの「我が祖国」を思い出しながら言った。
 「その通りだ」
 サラシナは頷いた。そして続けた。
 「昨日、日本挺身電撃隊が,運び込んだ物資は、コージャ国の連中達を最低でも一日は、生きながらえされることが出来る」
 サラシナは言った。
 「イヒヒヒッ!既に、コージャ国の拠点で在る、ビューロクラシー社のコージャ支店の内部の災害備蓄食料を調べています。イヒヒッ!残念ながら災害備蓄食料は防災袋の中の一週間分しか在りません。イヒヒヒッ!」
 機動隊の猪井隊長は笑いながら言った。
 「だが問題は、日本挺身電撃隊のような頭のネジの弛んだ連中が、食料や水などの生活物資や、燃料電池の照明器具などをビューロクラシー社、コージャ支店に持ち込む可能性が在る事だ」
 サラシナは言った。
 「イヒヒヒッ!させませんよ。この猪井の機動隊18班がさせません!イヒヒヒッ!」
 機動隊の猪井隊長は不気味な笑い声を上げながら言った。
 遠くから、スメタナの「我が祖国」の音が聞こえ始めた。
 「はっ!この音楽は……」
 紗緒里は気がついた。
 「私の耳鳴りや幻聴ではありませんね」
 牛島来美は言った。
 後ろを振り向くと、昨日と同じように何台もの金属フレームのリアカーに段ボール箱を積んだ、百人ぐらいの集団が現れた。
 先頭の人間が戦国大名の兜を被って、日の丸の民族旗を振り回している。
 昨日と同じ日本挺身電撃隊だった。
 「またヤツラか」
 サラシナは言った。
 「任せてください。我々、警視庁機動隊猪井班が、断固、阻止して見せます。全員整列!」
 突然、機動隊の猪井隊長の不気味な笑い声は、なりを潜めて,プロテクターの肩のマイクを取って掛け声を掛けた。掛け声は、スピーカーを搭載した大型の警察車両のスピーカーから増幅されて鳴り響いた。
 百人近くいる機動隊の隊員達が整列した。
 「第18機動班!コージャ国への物資搬入を阻止しろ!国家主義者達を逮捕しろ!」
 機動隊の猪井隊長は指示を出した。
 機動隊第18班は、金属製の棒と透明な強化プラスチック製の盾を持って整列したまま前進を開始した。
 だが、ビューロクラシー社のコージャ支店の建物の中からも機動隊のプロテクターを付けた人間達が次々と現れた。
 「我々は、コージャ国、国家軍だ!」
 スピーカーから女性の声が鳴り響いた。
 昨日造反してコージャ国と合流した、機動隊の滝川隊長の第8班がビューロクラシー社コージャ支店から飛び出してきた。
 身体を覆うプロテクターの胸と背中に書かれた警視庁の文字は、白いペンキで消されている。そしてヘルメットには日の丸の鉢巻きが締められていた。
 そして機動隊の猪井隊長の18班と手に持った金属製の長い棒とプラスチック製の盾を使って殴り合いを開始した。
 そこに放水車の放水が加わった。
 辺りが一体何だか判らない状態で、合戦が始まっていた。
 戦局は一進一退。どちらもひるまず、日本挺身電撃隊の持ってきた物資を巡っての争いが続いていた。
 「ああっ、何て原始的な光景なの」
 紗緒里は呆れて事の推移を見ていた。
 牛島来美は溜息を付いて、両手を広げて、やれやれのジェスチャーをしながら言った。
 「まるで戦国時代の合戦ですよ。時代錯誤も良いところです。これだからネオウヨは知的では無いのです」
 「お前達は、黙って見て居ろ。兵糧攻めを行うには、コージャ国に食料や、水を入れさせないことが重要だ。放水車が我々警察側にある分有利だ」
 サラシナは言った。
 紗緒里は、機動隊同士の戦いを見て居た。
 コージャ国の方が警察の放水車によって不利なようだった。
 だが、コージャ国の方も 滝川隊長が指揮している警察車両が動き出して、電動リアカーに積んだ段ボール箱の中の物資を、車体の大きい大型の警察車両を使って放水車の放水から守ろうとしていた。
 「物資を守れ!」
 コージャ国、国家軍?の、滝川隊長の命令が拡声器で響いた。
 「物資を入れさせるな!」
 警視庁機動隊第18班の猪井隊長の声が拡声器で響いた。
 紗緒里は、呆れて、事の推移を見守っていた。
 一体、今は、いつの時代なの?
 紗緒里は、本気で、そう思った。

 第2章 データ交換端末

 耕太郎は、エリア・筑波の警察の証拠品のデータ・ベースにアクセスした。
 エリア・筑波の科捜班の鑑識が、レッド・コード規格のデータ交換端末を証拠品として、警察の押収物のデータ・ベースに載せていた。
 端末のデータ内容も、藤田彩が持って居た、レッドコード規格のデータ交換端末と全て同じだった。
 藤田彩は国家主義者である石村教授と、国家主義に関する議論をしていたことになる。
 耕太郎は鑑識の渡辺さんに携帯端末で電話を掛けた。
 「渡辺さん。藤田彩のワンルーム・マンションで発見された、データ交換端末は、どのような機能を持っているのですか」
 耕太郎は聞いた。
 「門倉君。あの、レッド・コード規格のデータ交換端末は子供向けの玩具として売っている物よ。二つ一組で販売されている。商品名は「スパイ・キャッチ」。テクノ・ホビー社が製造販売している」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「流通ルートは判りますか」
 耕太郎聞いた。
 「ええ、インターネット上の仮想商店街で販売している他、大手のトイ・ショップなどでも売っている。そして小売店に配慮して、メーカーの直販は行って居ない。比較的ポピュラーな部類の商品ね。だけど、「シークレット・レーザー」や「繋がりんこ」の様にエリア・関東では有名では無い」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「渡辺さん「スパイ・キャッチ」からは、藤田彩の指紋は採取されましたか」
 耕太郎は確認した。
 「ええ、藤田彩の指紋が出てきている。間違い無く、藤田彩が所持して、操作していた事が立証される」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「藤田彩が持っている国家主義の本から,藤田彩以外の指紋は出ましたか」
 耕太郎は期待しながら聞いた。
 「それが残念ながら出てきていないのよ」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「どういう事ですか」
 耕太郎は言った。
 「あの国家主義の蔵書は全て活版印刷で作られている本だけれど。今時、幾ら紙製でも、こんな本は珍しいでしょ?」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「ISBNは判りますか?流通ルートが判れば国家主義者のネットワークが出てきます」
 耕太郎は言った。
 「そう言う物が一切付いていない本なのよ。これは国家主義者達のアングラ・ルートで出回っている本よ」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 耕太郎は、携帯端末での通話を終えると藤田彩のアソシエーションのライフ・ログの購入履歴に、「スパイ・キャッチ」が在るか確認した。
 だが、藤田彩は「スパイ・キャッチ」を買っていなかった。
 石村教授が「スパイ・キャッチ」を買ったか、アソシエーションのライフ・ログの購入履歴を調べた。
 だが、石村教授も買っていない。
 誰かから譲り受けた物なのか。
 国家主義者が「スパイ・キャッチ」を買うことは十分考えられる。
 そして、レッド・コード規格の赤外線通信で、国家主義者達は情報の、やり取りをする。
 すれ違いざまに、データを送信すれば、「スパイ・キャッチ」は、データを受信することが出来る。
 だが、これは、犯罪者の、やり方だった。
 耕太郎は、インターネットのショッピング・モール、アソシエーション・アーケードで「レッド・コード規格 データ交換端末」を入力して検索した。
 検索結果は、百件以上出てきた。
 世界中には、これだけ沢山の種類の、レッド・コード規格のデータ交換端末が出回っていることになる。
 耕太郎は「スパイ・キャッチ」を刑事の仕事の中で見たことが無かった。他の「シークレット・レーザー」とか、「繋がりんこ」と言う名前の、犯罪者が使う、レッド・コード規格のデータ交換端末は見たことが在った。
 だが、「スパイ・キャッチ」は見たことが無かった。
 耕太郎は、テクノ・ホビー社のホームページを開いた。そして、「スパイ・キャッチ」を捜した。
 ホームページには業者用のリンクが在った。
 アクセス権限は業者に限られているが、明察の捜査権限で、アクセスして、リンクを開いた。
 テクノ・ホビー社はドウトン玩具社の子会社だった。
 業者向けに詳細な性能表と説明書が電子書類の形でダウンロード出来た。
 性能表を見てみた。
 レッド・コード規格に基づく赤外線通信装置。通信可能距離は、10メートルまで。
 人体に無害な、レッド・コード規格の赤外線通信を使っている。
 そして取扱説明書の画像ファイルを開いて見た。
 子供向けの説明書のため平仮名とイラストが多い。
 データの保存は、内部メモリーで行う。データの作成は、携帯端末に繋いで行う。つまり携帯端末などのコンピュータで作成したデータを「スパイ・キャッチ」に内蔵されているメモリーに保存して通信を行う。
 「レイナおかしいと思わないか。このレッド・コード規格のデータ交換端末は、メモリー上のデータをコンピュータに接続すれば書き換えることが出来る様だ。つまり、このレッド・コード規格のデータ交換端末は、証拠品としては役に立たないとも言える」
 耕太郎は怪訝に思って言った。犯罪者が使う「シークレット・レーザー」や「繋がりんこ」には、文字入力用のキーが十字キーの他に付いていた。だが、「スパイ・キャッチ」には、キーが付いていなかった。
 「ですが、わざわざ書き換えて捜査を混乱させる必要があるのでしょうか」
 レイナは言った。
 「だが、引っかかる。通常のアソシエーションが管理するコンピュータのデータの様に、データに付けられる日付や時間のログの記録が付いていない。だから、このデータは、いつ、作られたのか、正確な日時が出てこない」
 耕太郎は言った。
 「原則的には、今のコンピュータは全てインターネットに繋がっています」
 レイナは言った。
 「そうだレイナ。藤田彩と石村教授の、データ・センターのライフ・ログで、二人のアカウントの中に、「スパイ・キャッチ」を接続して、編集した記録が残っているから検索してくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました。検索結果は、証拠品のレッドコード・規格のデータ交換端末「スパイ・キャッチ」の中の文章と該当する文章の編集を行った記録は残っていません」
 レイナは言った。
 「つまり、この「スパイ・キャッチ」の中のデータは作成日を特定することが出来ない。つまりデータの内容は信用が出来ない。だが、証拠品として見つかった「スパイ・キャッチ」のデータを、どうやって作成したかが問題だ。今の時代、コンピュータは全て、インターネットに接続するようになっているはずだ」
 耕太郎は言った。
 「門倉刑事。私が以前に担当した事件では。「スパイ・キャッチ」の様な、レッド・コード規格のデータ交換端末に、インターネットに接続しないコンピュータを接続して通信を行う事例がありました」
 レイナは言った。
 「判ったレイナ。インターネットに接続しないコンピュータを捜せば、いいんだな」
 耕太郎は言った。
 「ええ、そうです」
 レイナは言った。
 耕太郎は携帯端末を取り出して操作した。
 筑波の名波刑事に電話をかけた。
 「東京の門倉だ。石村教授の殺人事件で調べて欲しいことが在る」
 耕太郎は、ぶっきらぼうに言った。
 「東京の若造が何の用だ。もう事件は片付いただろう。お前が捕まえた、狩川渉が犯人だ。後で身柄を引き取りに行くぞ。エリア・筑波で起きた殺人事件の犯人だ」
 名波刑事は言った。
 「その件で、頼み事を要請する。殺された石村教授の自宅に、珍しいコンピュータは在ったか。つまり、インターネットに接続しない、つまりアソシエーションのデータ・センターにアクセスする機能の無いタイプのコンピュータが在ったか。このタイプのコンピュータを捜して欲しい」
 耕太郎は言った。
 「なんで、そんな物を必要とするんだ」
 名波刑事は言った。
「石村教授の自宅で発見されたレッド・コード規格のデータ交換端末を使うには、携帯端末のようなコンピュータが必要だ。だが、アソシエーションのデータ・センターの石村教授のライフログの履歴にはデータを編集した痕跡が残っていない」
 耕太郎は言った。
 「それは変な話だな」
 名波刑事は言った。
 「だから、インターネットに繋がらず、アソシエーションのデータ・センターのライフ・ログにも残らないコンピュータを石村教授が持って居るか、確認して欲しい」
 耕太郎は言った。
 「東京の若造。再調査になる、少し時間が掛かるが良いのか」
 名波刑事は言った。
 「構わないが、出来るだけ早くやって欲しい」
 耕太郎は言った。
 「判った。もう一度、捜査の申請を出しておく。それで、いいな東京の若造」
 名波刑事は念を押すように言った。
 「問題ない」
 耕太郎は言った。
 「そういえば、科捜班の鑑識が不思議がっていたぞ。レッド・コード規格のデータ交換端末は指紋が全く付いていない状態で発見された」
 名波刑事は言った。
 「それは変だ。石村教授の指紋が出てくるはずだ」
 耕太郎も怪訝に思った。
 「ああ,変だ。簡単な事件に見えるが、少し込み入った事件かもしれないな。東京の若造、心してかかれよ」
 名波刑事は言った。
 耕太郎は、誰がレッド・コード規格のデータ交換端末を買ったのか判らなかった。
 藤田彩も石村教授も買っていない。現在の所、この二人に接点がある人間は、国家主義者の中では、「国家建設強硬派」の狩川渉だ。だが、藤田彩と石村教授、狩川渉を繋ぐ線は見えなかった。
 耕太郎は,あれこれ考えないで、データを信用するべく、狩川渉のライフ・ログの購買履歴を辿ることにした。
 「レイナ。狩川渉のライフ・ログから、「スパイ・キャッチ」買った記録があるか調べてくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました。狩川渉は、スパイ・キャッチを買っていません」
 レイナは言った。
 「そうか、藤田彩、石村教授、狩川渉が、インターネットに接続しないコンピュータを買った履歴があるかアソシエーションのライフ・ログから調べてくれ」
 耕太郎は言った。
 「いえ、在りません」
 レイナは言った。
 「まだ、証拠と証言が集まっていないか。事件の全体像は、皆目見当が付かない状態だ」
 耕太郎は、苛立ちを感じながら言った。

 第3章 人質解放交渉

 「全部の物資搬入は阻止できなかったが。三分の二は阻止した。上出来とは言えるな」
 サラシナは言った。
 「イヒヒヒッ!本庁に応援を要請しますか?イヒヒヒッ!」
 機動隊の猪井隊長は、プロテクターを外して、ずぶ濡れになった紺色の服を絞って水を出しながら言った。
 「ああ、要請は出した。だが、国家主義者達の国家建設デモの警備に、機動隊を動員する予定だ。コージャ国に機動隊の人員を回す余裕が無い」
 サラシナは言った。
 「イヒヒヒッ!これから、どうします?イヒヒヒッ!」
 猪井隊長は言った。
 「これから、行う事は、人質の解放だ。人質に取られているビューロクラシー社のコージャ支店の人間達を解放しなければならない」
 サラシナは言った。
 「イヒヒヒッ!人質の解放は重要ですねイヒヒヒッ!」
 猪井隊長は言った。
 「池野紗緒里、牛島来美」
 サラシナは言った。
 「何でしょうか」
 紗緒里はサラシナの言い回しに不吉な予感を覚えて言った。
 「ビューロクラシー社の代表として、人質解放交渉を行え」
 サラシナは言った。
 「まさか、私達が行くのでしょうか」
 紗緒里は動揺しながら言った。
 「私は嫌ですよ。絶対嫌です」
 牛島来美は慌てた様子で両腕と首を振って拒否しようとした。
 「ダメだ。行ってこい。お前達も仕事らしい仕事をしてこい」
 サラシナは言った。
 「本当に私達が行くのですか?」
 紗緒里は確認の為に言った。
 「お前達はビューロクラシー社の人間だろう。コージャ国、首班の可児川もビューロクラシー社のコージャ支店の人間だ」
 サラシナは真面目なようだった。
 「人質解放に必要な、ヤツラの要求を聞いてこい。つまり人質解放の条件を明らかにしてくる。いいな」
 サラシナは言った。
 「嫌です,私は嫌ですよ」
 牛島来美は頭を抱えて座り込んで言った。
 「牛島さん、行きましょう」
 紗緒里は覚悟を決めた。
 座り込んでいる牛島来美の背中を、手の平で軽く叩いて言った。
 「本当に行くんですか?」
 牛島来美は言った。
 「ええ、そんな危険な目には遭わないでしょう。これも仕事です」
 紗緒里は観念して言った。
 そしてサラシナを見た。
 「ヘルメット、貸していただけませんか?」
 紗緒里は言った。
 紗緒里と牛島来美は機動隊のヘルメットを被った。そして紗緒里がメガホンを持ち、牛島来美が白旗を持って、ビューロクラシー社のコージャ支店の玄関に向かって歩いて行った。
 「えー、私達は、ビューロクラシー社の代表です。人質解放交渉に来ました。代表者の可児川さんと交渉がしたいのですか。取り次いで貰えますか?」
 紗緒里は日の丸の鉢巻きを締めた,元警察の機動隊員で、今は、コージャ国、国家軍の人間が突きつける、金属製の棒を見ながら言った。
 入り口の近くにはスチール製の事務机が重ねられて、パリケードを作って居た。
 「滝川隊長。ビューロクラシー社の代表が人質解放交渉に来ました」
 入り口のコージャ国、国家軍の元機動隊員はマイクで連絡を取った。
 紗緒里と牛島来美は元機動隊員に案内されて、ビューロクラシー社、コージャ支店の中に入っていった。
 比較的作りは古い部類に入る建築物だった。
 紗緒里は、途中で、事務机を重ねて作られた、檻のような物の前を通った。
 元機動隊が五人、監視するように立ち、檻のような場所では背広や、スーツを着たビューロクラシー社のコージャ支店の職員らしい老若男女達が、床の上でバタバタと手足を動かしていた。
 「あれは一体何を、やっているんですか」
 紗緒里は言った。
 「人質が脱走しないように疲れさせるため、床でクロールをさせている」
 元機動隊員は言った。
 「何て酷いことを」
 紗緒里は、床の上でクロールしている、ビューロクラシー社、コージャ支店の職員を見て、いたたまれなくなって言った。
 「食事も与えず、床でクロール、腿上げ、腕立て伏せなどを続けさせれば、身体も精神も疲れて、脱走する気力も失われる」
 元機動隊員は言った。
 「あなた達は、なんて恐ろしいことを、やっているのですか」
 紗緒里は言った。
 そして、ビューロクラシー社のコージャ支店の支店長室に入っていった。
 「僕が可児川だ。判ったか、この野郎」
 コージャ国の代表可児川は、腕と足を組んでソファに座って言った。
 その横には、プロテクターを付けて、ヘルメットを外した、コージャ国、国家軍の滝川隊長が居た。
 「あのう、ビューロクラシー社の、すぐやる課の池野です」
 紗緒里は言った。
 「牛島です」
 牛島来美は言った。
 「人質解放なんかしないぞ。僕達の要求を受け入れるんだ」
 コージャ国の代表可児川は言った。
 「要求とは何でしょうか」
 紗緒里は言った。
 「それは、コージャ国の独立を認める事だ」
 コージャ国の代表可児川は言った。
 「認めれば、人質を解放するのですか?コージャ国の独立の承認が人質解放の条件ですか?」
 紗緒里は聞いた。
 「しないよ」
 コージャ国の代表可児川は言った。
 紗緒里はガクッと来た。 
 「それでは、私達が困ります」
 紗緒里は怒りが溜まりながら言った。
 「お前達が困っても知るものか。コージャ国はアソシエーションから独立したんだ」
 コージャ国の代表可児川は言った。
 「アソシエーションから独立して何か良いことが在るのでしょうか」
 紗緒里は言った。
 「年金が沢山貰えるんだ」
 コージャ国の代表可児川は言った。
 「どうして、コージャ国だけで、沢山年金が貰えるのですか」
 紗緒里は言った。
 「うるさい!国家があれば年金が沢山貰えるんだ!昔から、国家の役人には天から金が降ってくるという伝説があるんだ!だけど、行政企業は企業だから、沢山年金が貰えないんだ!」
 コージャ国の代表、可児川は言った。
 「そうだ。可児川様は、我々の老後の事を考えてくださっているのだ」
 コージャ国、国家軍の隊長らしい滝川隊長が言った。
 「わかったか、この野郎!」
 コージャ国の代表、可児川は言った。
 紗緒里は我慢の臨界点が切れた。
 「何、言っているんですか!人質を解放してください!彼等は一般人です!無害です!コージャ国とは、全然関係在りません!だから床でクロールなんかさせないで解放してください!」
 紗緒里は怒鳴りつけた。
 「うっ、僕に逆らうのか…僕はコージャ国の代表だぞ!権力持って居るんだぞ!偉いんだぞ!凄いんだぞ!そこの所、判っているのか!お前!この野郎!」
 コージャ国の代表、可児川は言った。
 可児川は怒りだし、結局、紗緒里と牛島来美は、ビューロクラシー社のコージャ支店の建物から追い出された。
 「ごめんなさい。私が、怒らせたせいで、人質解放交渉は失敗しちゃった」
 紗緒里は言った。
 「池野先輩のせいじゃないです。誰でも、あんな滅茶苦茶な状況では怒り出したくもなります。私は、さすがに可児川の前で怒鳴りつける勇気は在りませんでした」
 牛島来美は、何度も頷いて言った。
 「サラシナさんに何て言えば、いいんだろう。私ってダメね」
 紗緒里は、ぼやくように言った。
 牛島来美は、肩に白旗を担ぎながら、紗緒里の横に歩いてきた。
「あの可児川は完全に小物ですよ。滝川隊長は勝手に勘違いして持ち上げているだけです」
 牛島来美は言った。
 「でも、どうすれば、コージャ国を解体できるんだろう。サラシナさんには勝算が在るようだけれど」
 紗緒里は言った。
 そして、後ろを振り返って、ビューロクラシー社のコージャ支店の建物を見た。
 建物には様々な横断幕が掛けられていた。
 祝!国家建設!
 コージャ国独立宣言!
国家建設!

第4章 鈍器

 耕太郎はレイナとデータ処理室に入った。他の課や、他の班の刑事達も居る。
 そして大型のディスプレイに藤田彩の殺人事件の捜査の結果からデータの編集を行った。藤田彩の殺人事件の容疑者を絞り込んでいこうとしたが。証拠が集まらず、どうやって、犯人が、藤田彩のワンルーム・マンションの部屋に入ったのか判らなかった。
 国家主義者達の繋がりが、藤田彩が住んでいる独身者用のワンルーム・マンションの棟の中に在るか、GPSの移動履歴と照合させるべく、レイナが検索した。だが、藤田彩の部屋を訪れた移動履歴を持つ国家主義者達は一人も居なかった。
 ただ、例外は皆瀬靜美が毎日のように何度も来ただけだった。
 耕太郎は更に、データを分析していった。
藤田彩の部屋に、政治商科研究大学の学生や教員、関係者達が来た履歴が在るか。
 だが、それも合わなかった。
 皆瀬靜美以外は、政治商科研究大学の人間は立ち寄った形跡がアソシエーションのデータ・センターのGPS移動履歴から無かった。
 藤田彩と、国家主義者を繋ぐ接点は皆瀬靜美だけだった。
 だが、他の国家主義者達と結びついて居る可能性も高い。
 皆瀬靜美が証言したように、藤田彩が「国家建設強硬派」ならば、他の大学の国家主義者達との接点も、十分に考えられる。
 狩川渉と藤田彩の接点も、「国家建設強硬派」と一括りに出来ず、全く異なる可能性が出てくる。
 だが、その場合、国家主義者のデータ・ベースは対テロ課が握っているため、殺人課の捜査権限でもアクセスは出来ない。
 現在は一時的に,対テロ課のツワブキと捜査協力をしているが、耕太郎は本来は殺人課の刑事だった。
 「このままでは迷宮入りだ」
 耕太郎は捜査が行き詰まったため、苛立ち混じりの独り言を言った。
 「対テロ課のツワブキ刑事に、国家主義者のデータ提供を依頼する電話を掛けますか?」
 レイナは耕太郎の考えを推論して言った。
 「ああ、そうする」
 耕太郎は、携帯端末を取り出した。そしてツワブキに電話を掛けた。
 「藤田彩と国家主義者の関係を示す情報について、対テロ課のデータ・ベースから情報提供を受けたいのですが」
 耕太郎は言った。
 ツワブキは答えた。
 「藤田彩は、東京政治商科研究大学以外の「国家建設会議」の国家主義者達とは、アソシエーションのデータ・センターのGPS移動履歴上は連絡を取った形跡が無い」
 「どういう事ですか」
 耕太郎は言った。
 「つまり、藤田彩は、対テロ課を騙していた。だから、他の国家主義者達とは皆瀬靜美以外に、連絡を取った形跡が無い。我々、対テロ課も、アソシエーションのデータ・センターのGPS移動履歴を追跡している。だが藤田彩は、警察のスパイを演じ続けていた。私も気がつくのが遅かった。藤田彩が殺されて、マンションの書架の「国家主義原論」「アソシエーションから国家主義へ」などを見るまで、藤田彩が、国家主義に傾倒していた事に気がつかなかった。警察の報奨金目当ての大学生のアルバイトとしか思えなかった」
 ツワブキは言った。
 「つまり、藤田彩は、レッド・コード規格のデータ交換端末「スパイ・キャッチ」を使って、他の国家主義者達と情報の交換をしていた。石村教授と同じように」
 耕太郎は言った。
 「その可能性は出てくる。藤田彩のアソシエーションのデータ・センターのライフ・ログのGPS移動履歴。つまり、この移動履歴と10メートル以内に近づいた移動履歴を持つ国家主義者達は、総計で八千五百八十三人だ」
 ツワブキは言った。
 「数が多すぎる」
 耕太郎は呆れて言った。
 「この八千五百八十三人という数字は、藤田彩が生まれてから、死亡するまでの間の数字だ。政治商科研究大学に入学し、「国家建設会議」に入会した後は、一八五三人にまで減少する。だが、それでも、膨大なデータだ。一人一人聞き回るには多すぎる人数だ」
 ツワブキは言った。
 「データを絞り込んで人数を減らしていく必要がある。藤田彩のマンションに住んでいる国家主義者達はどうですか」
 耕太郎は言った。
 「藤田彩は合計十人、全てと、「スパイ・キャッチ」の範囲である10メートル以内に近づいた形跡がある」
 ツワブキは言った。
 「だが、一回や二回、近づいただけでは、何度も交信したとは言えない」
 耕太郎は言った。
 「問題は、バンドー警備保障のガード・ロボットは、マンションへの入り口しか警備していない。マンションの内部には、バンドー警備保障の監視カメラは無い。だから、自分の部屋に携帯端末を置いて、藤田彩の部屋に行けばGPSの移動履歴を誤魔化すことは容易い。わざわざ、「スパイ・キャッチ」を使って、交信する必要が無い」
 ツワブキは言った。
 「確かに、容疑者の数が,現時点では減っていない。隣りや近所のマンションの住人達から事情聴取を行いますか。既に、警察官が聞き込みは行って居ますが。めぼしい証言は出ていない」
 耕太郎は先ほどのデータ処理室での証言のファイルを調べた結果を言った。データ処理室で調べた、警察官の聞き込みの証言は、犯人に繋がる証言が出ていなかった。
 「確かに、警察官の聞き込みでは証言が出ていない。現時点では行き詰まっている。だが、皆瀬靜美の目撃証言は集まっている」
 ツワブキは言った。
 「そうです。皆瀬靜美は警察官の聞き込みでも目撃されている。だが、犯人の目撃証言が出てこない」
 耕太郎も苛立ち混じりで言った。
 「藤田彩は、人間関係が少ないのかもしれないな」
 ツワブキは言った。
 「確かに、皆瀬靜美以外の人間が、藤田彩のマンションに来た形跡はアソシエーションのデータセンターのGPS移動履歴上では、ありません。それは、偽装の疑いが出てきます。ですが、皆瀬靜美以外の目撃証言が出ていない。皆瀬靜美は、毎日のように藤田彩の部屋に来ている。仲の良い友達なのか、国家主義者としての繋がりなのか、現時点では判断のしようが無い」
 耕太郎は言った。
 「確かにそうだな。この事件は、藤田彩が、「国家建設強硬派」として、他の大学の「国家建設会議」と関係を持っているのか。ここが焦点となる」
 ツワブキは言った。
 「だが、藤田彩は、アソシエーションのデータ・センターのGPS移動履歴上は、他の大学の国家主義者達と会った形跡が無い」
 耕太郎は言った。
 「対テロ課の他の刑事達も藤田彩が「国家建設会議」のメンバーとして、他の大学の国家主義者達と、接触した形跡は無いと言っている」
 ツワブキは言った。
 完全に行き詰まっていた。
 耕太郎はフト思い出した。藤田彩の部屋から、「スパイ・キャッチ」は出てきたが。「スパイ・キャッチ」の内蔵メモリーに書き込むためのコンピュータが出てこなかったことを。アソシエーションのデータ・センターに記録される携帯端末とは別のコンピュータを使った事は間違いなかった。
 「なぜ、藤田彩の部屋から、インターネットに接続しない、コンピュータが出なかったのか判りません」
 耕太郎は言った。
 「誰かが。多分、犯人が「スパイ・キャッチ」と繋がる、インターネットに接続しないコンピュータを、藤田彩の部屋から持って行ったのだろう」
 ツワブキは言った。
 「それならば、石村教授との交信記録がある、「スパイ・キャッチ」も持って行くはずです。なぜ、「スパイ・キャッチ」を残したのか判りません」
 耕太郎は言った。
 「なぜだろうな。「スパイ・キャッチ」を残した動機が読めないな」
 ツワブキは言った。
 耕太郎は、ツワブキとの電話での会話を終えた。事件は進展がしていなかった。
 証拠は出揃っていない。
 犯人に結びつく証拠が出てこなかった。
 耕太郎は苛立っていた。
 データ処理室で情報を調べるか迷っていた。 携帯端末が電話の着信を知らせた。
 耕太郎は、携帯端末の電話に出た。
 科捜班の鑑識の渡辺さんからだった。
 「門倉君、科捜班の渡辺よ。被害者、藤田彩の頭蓋骨には、背後から鈍器で後頭部を殴られた跡が在る。検死が行った、3Dスキャンによる立体画像を見て頂戴」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「判りました。進展が在ったようですね」
 耕太郎は携帯端末に送られてきた立体画像ファイルを開いた。
 藤田彩の頭蓋骨には、後頭部に鈍器による脳挫傷の傷があった。
 立体画像のファイルを見ていくと完全に頭蓋骨が砕けて、内部の脳組織に突き刺さっていた。
 「検死の結果が出たから知らせたけれど。藤田彩の遺体を調べた結果、重要な事が幾つも判った」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「今、丁度、行き詰まって居たんです」
 耕太郎は言った。
 「藤田彩は鈍器で殴られている。だが、確実な致命傷は絞殺による窒息死で間違い無い」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「つまり、藤田彩は、背後から鈍器で頭を殴られた後で、ストッキングで、首を絞められて殺された」
 耕太郎は言った。
 「そう。多分、意識は無かったはずね。相当力が強くなければ、ここまで深い脳挫傷は起こすことが出来ない。それか、余程柄の長い、ハンマーを使って遠心力を大きくして、力学的なエネルギーを増やす必要が在る」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「男の犯行ですか」
 耕太郎は言った。
 「女性でも力が強く無ければ出来ない。そして男性でも力が強くなければ出来ない」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「検死が行った死体の解剖写真を見て頂戴。これは、砕けた頭蓋骨の破片が皮膚から飛び出て出血しているのよ。だけど動脈や静脈のように太い血管が切れている訳では無い。だから、出血の量も少なかった」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「鈍器の形は、ハンマー状の可能性が高い。だけど、登山に使う、ピッケルのような尖ったモノでは無い」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「凶器はハンマーですか?」
 耕太郎は言った。
 「ほぼ確実にハンマーのはず」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「ゴルフ・クラブの様な柄の長いスポーツ用品は考えられませんが」
 耕太郎は言った。
 「ゴルフ・クラブは、除外されるでしょう」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「何故ですか」
 耕太郎は言った。
 「ゴルフクラブを振りかぶって、遠心力を利用して同じ脳挫傷を起こそうとすれば、角度が異なる事になる。つまり、殺された藤田彩の脳挫傷とは異なる位置に脳挫傷が出来る事になる。納得出来なければ、シミュレーションの結果を送った方がいい?」
 鑑識の渡辺さんは言った。
 「お願いします」
 耕太郎は言った。
 耕太郎の携帯端末に、画像が送られてきた。


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