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作品名:電脳世紀東京ネイショニスト・ワルツ上、中 作者:m.yamada

第3回   5分冊3
った。駐車場の説明を見るとコイン・パーキングだった。
 「車で移動したのか?ここに車を駐車した。ここから、石村教授の自宅に行ったのか」
 耕太郎は言った。
 「レイナ。狩川渉の移動速度が変わった場所はコイン・パーキングだ。狩川渉のGPS移動履歴と重なるトラフィック・セイフティ・システム上で記録されている車を調べて送ってくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました。ビンセント社の白いホースマンです」
 レイナは言った。
 「間違い無い。ここで、車に再び乗ったはずだ。レイナ、コインパーキングの監視カメラの映像を、狩川渉の移動速度が変わった時間を指定して表示してくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました」
 レイナは言った。
 耕太郎の携帯端末に、コインパーキング全体と、入り口の監視カメラの映像が出た。
 耕太郎は、コインパーキング全体を映し出す監視カメラの映像を選んで、早送りした。
 ビンセント社のSUV車、ホースマンがコインパーキングに入ってきて、石村教授の自宅のバンドー警備保障の監視カメラに記録された狩川渉と全く、同じ服装の人物が降りてきた。耕太郎は画像を拡大した。狩川渉の手には、ガソリン缶が握られて居た。
 「当たりだレイナ。石村教授の死亡時刻以降に、トラフィック・セイフティ・システムからホースマンが動き出した時刻を出してくれ。多分、コインパーキングを出た時間とも一致するはずだ」
 耕太郎は言った。
 「一致しました」
 レイナは言った。
 「ホースマンのトラフィック・セイフティ・システムの移動履歴を地図上に出してくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました」
 レイナは言った。
ホースマンはグラント・タウンを抜けて、筑波首都鉄道の高架を走り抜けて居た。
 耕太郎は、ホースマンのトラフィック・セイフティ・システムの地図上の移動履歴を拡大した。
 ホースマンのトラフィック・セイフティ・システムの移動履歴は停止していた。
 狩川渉はホースマンを乗り捨てたことになる。
 乗り捨てた時間は、五分前だった。
 「フライアーのスピードなら追いつける。レイナ。狩川渉がホースマンを止めた場所まで飛ばしてくれ」
 耕太郎は言った。

 第1章 日本挺身電撃隊コージャ支部

 サラシナは言った。
 「埒があかないな、もう日が暮れてきた。ヤツラは人質を取って立て籠もったままだ」
 紗緒里と牛島来美はメガホンを持って説得に、あたっていたが、コージャ国は頑として、「年金を沢山もらうんだ」の一点張りで、受け付けなかった。
 「池野先輩、どうすれば良いのでしょうか。困りましたね」
 牛島来美は腕を組んだまま眉間にシワを寄せて眼鏡を直しながら言った。
 「また明日にすれば良いとは思うのだけれど。永嶋課長に連絡を取ってみるから。一度戻った方が良いかも」
 紗緒里は言った。
 「そうですね。私は新卒の新人ですから」
 牛島来美は頷いた。
 とつぜん、スメタナの「我が祖国」が大音量で流れ始めた。
 「……一体何が起きたの」
 紗緒里は大音量の音楽を怪訝に思って言った。
 「何でしょうか」
 牛島来美は言った。
 そして二人とも音楽が流れ始めた、車道がある後ろを同時に振り向いた。
 「我々は、日本挺身電撃隊である!コージャ国を日本人だけが住む国に変えるのだ!エイエイ!オー!」
 エイエイオー!
 エイエイオー!
 エイエイオー! 
 日の丸という、伝統行事の時に飾る日本民族旗を持った百人近くの大集団が旗を振っていた。昔、国旗と呼ばれていた事は紗緒里も知っていた。
 国が、あった時代の名残だった。
 「うっ、このコージャ国の国家は右傾化国家だったのですか。騙されていました。わたしは、もっと知的な人類規模の統一国家を目指す国家主義だと思っていました」
 牛島来美は顔をしかめて言った。
 「どちらも同じでしょ」
 紗緒里は言った。
 「全然、違います。月とスッポンぐらい違います」
 牛島来美は言った。
 「何か持ってきているな。何を運び入れようとしているんだ」
 サラシナは言った。
 確かに、百人前後の集団の中には、リアカーらしいモノが何台も見えた。先頭の金色のメタル・フレームのリアカーの上には、日の丸の民族旗を振り上げた若い男が居た。
 「コージャ国の同志達よ!食料と水を持ってきたぞ!」
 パンパカパーン!
 とラッパが鳴り響いた。
 頭に戦国大名の兜を被った、若い男が日の丸の民族旗を振り上げて、先頭の電動式のリアカーに載っていた。後に続くリアカーには、段ボールが山のように積んであった。テレビコマーシャルで散々流れている「ピュア・アクア」という飲料水の段ボールだった。
 それと、「熱々イチャイチャ弁当」のロコが入った。段ボールが積まれている。熱々のウソっぽいカップルがCMに出てくるキワモノ系の新しい弁当屋だった。
 「水と食料か。水道局に連絡して、断水しているが、水をコージャ国の連中に与えるつもりか。不味いな。電気も止めているが、ヤツラは自家発電機を用意している。立て籠もりを長引かせるつもりだ」
 サラシナは言った。
 電動式のリアカーを引っ張っている老若男女達は、皆、様々な格好をしていたが、日の丸の鉢巻きを締めていることは同じだった。
 「我々コージャ国は諸君等を歓迎する!」
 可児川がビューロクラシー社のコージャ支店の窓から出てきてメガホンで叫びながら言った。
 ビューロクラシー社コージャ支店の窓が一斉に開いた。そして男女が上半身を乗り出した。手には日の丸の民族旗を持っている。
 歓迎する!
 歓迎する!
 歓迎する!
 と民族旗を振り回して連呼し始めた。
 「水と食料の搬入を止めさせろ」
 警察の機動隊の隊長にサラシナは言った。全身に紺色のプロテクターとヘルメットを付けた、上背のある女性の隊長だった。
 「なぜ、止めさせる必要があるのですか。彼等は、普通の日本人よりも少し多めに日本人を愛しているだけです」
 警察の機動隊の隊長は感極まった声で言った。
 「アソシエーションの法律に違反している。ヤツラは、日本民族を愛している人間達では無い。重大な法律を破っていることに気がつかない愚か者達だ」
 サラシナは言った。
 「いえ、違います。彼等は大和民族を愛して止まない。真の国士達なのです」
 機動隊の隊長は言った。
 「何を考えている」
 サラシナは、機動隊の隊長の、怪しい自己陶酔している感極まった声に、紗緒里と同じ危険なモノを感じ取ったのか、睨め付けるように言った。
 「つまり、こういうことです!これから、機動隊、第8班はコージャ国と合流して、コージャ国と共に戦い抜くことを決意する!」
 機動隊の隊長は言った。
 「滝川(タキガワ)班長!良く言ってくれました!」
 眼鏡を掛けた女性の機動隊員が頷いて言った。
 「女にしておくには惜しい見事な男っぷりです!」
 丸顔の男性の機動隊員が興奮した顔で言った。
 「日本民族の血を引く者達よ!付いてこい!我々もコージャ国と共に行くぞ!」
 滝川班長は右手に持った、金属製の棒を振るい上げた。
 おおおおおおおおお!
 おおおおおおおおお!
 おおおおおおおおお!
 機動隊達は金属製の棒を振り上げて、絶叫して叫び尽くした。
 「コラ!職場放棄をするな!」
 サラシナが怒ってアンドロイドと一緒に、
日本挺身電撃隊に合流する為に歩いて行く滝川班長達機動隊の後ろ姿を追いかけていった。
 滝川班長の機動隊に守られながら、日本挺身電撃隊はビューロクラシー社のコージャ支店に入っていった。
 金属製のモーター付きのリアカーを引いて弁当とペットボトルの飲料水をビューロクラシー社、コージャ支店に運び込んだ。
 「最近ネオウヨという、新しい右翼が現れたって聞いているけれど。この人達はネオウヨなの」
 紗緒里は呆れて見て居た。
 「そうですね、多いんですよ、この手の手合いが。私が深夜に国家主義のビラを配っているとネオウヨ達に取り上げられて燃やされた事も在るんですよ」
 牛島来美は言った。
 「深夜に歩いているから危ない目に遭うのよ」
 紗緒里は言った。
 「それでは、池野先輩が、一緒に歩いて私を守ってくれますか?」
 牛島来美はニヤニヤ笑いながら言った。
 「そんなに私は強くありません」
 紗緒里は言った。
 「またまた。実は格闘技や武術の達人じゃないのですか?」
 牛島来美はニヤニヤ笑いながら言った。
 「違います」
 紗緒里は言った。
 そしてポケットから携帯端末を出した。
 紗緒里は携帯端末を使って、電話で永嶋課長と連絡をとった。
 「あー池野君と牛島君は、一度ビューロクラシー社に帰ってきてくれ。タイムカードを押す時間がある。もうすぐ終礼の時間だ。今日の国家建設の仕事は時間が来たから終わり。終礼に間に合うように帰ってきてくれ。他の課の、みんなもアフター・ファイブの予定があるから」
 永嶋課長は電話の向こうで言った。
 「そうですか。コージャ国は、ネオウヨが作った国だったんですよ」
 紗緒里は携帯端末に言った。
 「ネオウヨでも何でもいいよ。喜里川(キリカワ)君達は、人間と犬の遺伝子を混ぜて作られた野良人面犬を捕まえる仕事で噛まれて怪我をしたらしい。君達も怪我には気をつけてくれ。今、ビューロ・クラシー社が団体で加入している医療保険は、保険の使用回数が多いと、毎月払う保険料が値上がりしていく仕組みで不味いんだよ。ビューロ・クラシー社は、時間外勤務をしないことが原則的に決まっているから、早く戻ってきてくれ」
 永嶋課長は電話の向こうで言った。
 「池野先輩。一度帰りますか。でも明日も、この仕事でしょう。ネオウヨ国家相手とは気が重くなります……ハア」
 牛島来美は腕を組んだまま溜息をついて言った。
 「それじゃ、帰りましょう。サラシナさんは帰らないのですか」
 紗緒里は言った。
 「ああ、そうだ対テロ課は、そういう仕事だ。もうすぐ警視庁から機動隊の応援が来る」
 サラシナは腕を組んだまま仁王立ちしたまま言った。
 「大変ですね」
 紗緒里は言った。
 「大変だが、誰かがやれねばならない重要な仕事だ。コージャ国の国家建設の動きに呼応する、頭のネジが弛んだ連中達がエリア・日本の各地に出てくるとマズイ。水際で阻止しなければならない」
 サラシナは言った。
 そして紗緒里は、エコプリに牛島来美と乗って、ビューロクラシー社を目指した。

 第2章 容疑者逮捕

 フライアーは空中で停まった。
 「狩川渉が、ホースマンを乗り捨てた場所は、ここだ。レイナ、隣りに降下してくれ」
 レイナの操縦で、フライアーは降下させた。
 アソシエーションのトラフィック・セイフティ・システムが有効に機能している。
 間違い無く、狩川渉が犯行に使い、逃走に使った、白いホースマンだった。
 「路肩に違法駐車をしている。つくづく、法律を破ることが好きなヤツだ」
 耕太郎は言った。
 「違反キップを切りましょうか」
 レイナは言った。
 「レイナ、管区の警察に任せれば良い。エリア・筑波の警察は縄張り意識が強すぎる」
 耕太郎は名波刑事と科捜班の鑑識の態度を思い出して言った。
 耕太郎は辺りを見回した。古びた、ビルディングが立ち並んでいる。車が広い立体駐車場に、やって来ては停止をしている。
 「レイナ。ここは、どこだ」
 耕太郎は言った。
 「ビューロクラシー社、筑波本店です」
 耕太郎は辺りを見回した。
 「狩川渉は、なぜ、こんな所に来た。完全に足が途切れた」
 耕太郎はホースマンを捨てた後の狩川渉の逃走経路が読めず言った。
 「門倉刑事。犯人の移動方法を考えるべきです」
 レイナは言った。
 「歩きか?いや、歩くにしては、携帯端末が無ければ、電子マネーが使えず交通手段を手に入れる事は出来ない。無料の乗り物があるのか?レイナ、この近辺にある、無料の乗り物を調べてくれ」
 耕太郎は途方に暮れて言った。
 「ビューロクラシー社、筑波本店にはエリア・筑波無料レンタル自転車があります」
 レイナは言った。
 「なるほど、これを使ったのか」
 耕太郎は合点がいった。
 「こちらに現物が、あります」
 レイナは耕太郎を連れて、無料レンタル自転車置き場に向かった。
 変速機の着いた白と青の電動自転車だった。
 マウンテン・バイクのようなハンドルにはGPSと連動するナビゲーションシステムが着いていた。
 フレームは長いスカートを履いた女性でも乗れるような形で、買い物かごと荷台も付いていた。自転車を固定する駐輪場の固定具は、充電器と一体化しているようだった。
 駐輪場には八十台近くの自転車が並べられるスペースと固定具が在ったが、使用中の自転車も多く、大体、八十台駐められる固定具の内、開いている固定具は七割近かった。
 「レイナ。どういう仕組みになっているか説明してくれ」
 耕太郎は駐輪場を見ながら言った。
 「このレンタル自転車は、無登録でエリア・筑波以外の住人でも借りることが出来ます。原則的には、専用の充電器付きの駐輪場がエリア・筑波各地にあり、使用が終わったら、そこに返す事になっています。全てのレンタル自転車には、GPSの通信装置が取り付けられており、乗り捨てられた場合、専門の業者が回収するシステムになっています」
 レイナは言った。
 「よし、それなら、足取りが掴める。レイナ。狩川渉がホースマンを乗り捨てた時間以降にレンタル自転車をビューロクラシー社、筑波本店で借りた履歴をアソシエーションのデータ・センターから調べてくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました。三台です」
 レイナは言った。
 「三台か。この中に狩川渉が居る」
 耕太郎は考えながら言った。
 耕太郎は、狩川渉の今までの逃走ルートを考えてみた。
 狩川渉のデータは、常に一定の方向に向かっている。つまり東京方面へ向かっていた。
 「レイナ。三台の内、東京方面へ向かった自転車は何台在る」
 耕太郎は言った。
 「一台です」
 レイナは言った。
 「データからの推論に賭けてみるか。レイナ。その一台を追うぞ。いや、待てよ。ビューロ・クラシー社が管理するレンタル自転車のGPSの移動履歴から、時間を同期させてトラフィック・セイフティ・システムの監視カメラの映像を出してくれ」
 耕太郎は携帯端末を見た。
 レイナが捜しだした映像には、狩川渉が車道沿いの歩道をレンタル自転車に乗って走っていた。レンタル自転車のカゴにはスポーツ・バッグが入っている。
 「当たりだ」
 耕太郎は頷いた。
 耕太郎とレイナは、フライアーを駐めた、駐車場に戻った。
 そしてレイナの操縦で、フライアーは飛び上がった。
 耕太郎の携帯端末に映し出されたレンタル自転車のGPS移動履歴に向かって、フライアーは飛んでいった。
 「どこかに入ろうとしているな。これは、ドラマチック・タウン。郊外型の様々な店舗が入ったショッピング・モールだ。中心となるスーパーは、スゴイ屋だ。だが、携帯端末を持って居なければ、買い物は出来ないはずだ」
 耕太郎は怪訝に思って言った。
 「レイナ。ドラマチック・タウンの中の警備会社の監視カメラ映像から、狩川渉を追跡して座標を転送してくれ」
 耕太郎は言った。
 「判りました」
 レイナは言った。
 耕太郎の携帯端末のドラマチック・タウンの地図上に狩川渉の座標が表示された。
 フライアーは降下を開始した。
 「レイナ。行くぞ」
 耕太郎は言った。
 一応、ブラスターのナンブ四十一式のエネルギーカートリッジを調べた。狩川渉が、石村教授を撃ち殺した銃を、まだ持っている可能性が高かった。持ち歩いているスポーツ・バッグには、銃が入っている可能性が高い。
 問題なく撃てる。
 耕太郎はナンブ四十一式を左脇のショルダー・ホルスターに戻した。直ぐに抜き撃ちが出来る様に、ホルスターのストラップはリリースしておいた。
 耕太郎は、狩川渉を逮捕するために、フライアーから出た。
 「門倉刑事、現在容疑者は、スゴイ屋の一階のフロアーを移動しています」
 レイナは言った。
 「銃撃戦になると不味いな。一般人の買い物客が多すぎる」
 耕太郎は神経質に辺りの客達を見回しながら言った。
 「門倉刑事、二十メートル前方に、容疑者が視認できます」
 レイナは言った。
 バンドー警備保障の監視カメラの全く同じ格好をしている狩川渉が居た。
 手には、紙コップを持って居る。
 狩川渉は、アンドロイドの外見と婦人警官の制服を着たレイナに気がついたのか、ハッとした顔をした。
 「狩川渉だな!殺人容疑で逮捕する!」
 耕太郎は足を速め、小走りになりながら言った。
 「やべっ」
 狩川渉は耕太郎を見ると手に持った紙コップを捨てて逃げ出した。
 耕太郎は走って追いかけた。
 「待て!」
 耕太郎は全力疾走をしながら言った。
 「待てと言われて待つヤツが居るかよ!上から目線じゃ、言う事聞けないな!」
 狩川渉は笑って駆けだした。
 「ふざけるな!」
 耕太郎は走りながら叫んだ。
 「ふざけているに決まっているだろ!」
 狩川渉は走りながら言った。
 耕太郎は短距離走が速かった。簡単に狩川渉に追いついた。スノッブ・コートを着た左肩を掴んだ。手には武器を持って居ないことを確認している。
 「捕まえたぞ」
 耕太郎は、狩川渉を睨みつけて言った。
 狩川渉は走るスピードを落とした。耕太郎も合わせた。
 「なんだ捕まったか。意外と早かったじゃないか刑事さん」
 狩川渉は、走って荒い息で、ふてぶてしく笑いながら言った。
 「一応、言っておく。お前は自分の不利になる証言をしなくてもよい。そして、弁護士を呼ぶ権利がある」
 耕太郎は、狩川渉の、ふてぶてしい態度に殴りつけたい衝動を抑えてC40製の手錠を掛けて言った。

 電脳世紀東京 ネイショニスト・ワルツ(上)了

















電脳世紀東京 ネイショニスト・ワルツ(中)

      山田夢幻














 第3章 国家主義者の計画

 耕太郎は、フライアーで、東京まで狩川渉を護送する途中の時間を利用して、捜査のデータを編集していった。
 狩川渉は、ホームセンター・ガスパール・筑波で、ガソリン缶を買った。そして同じ敷地内にあるガソリンの販売店で、携帯端末の電子認証でガソリンを買った。
 それらの移動には、ビンセント社のSUV車ホースマンの昨年度モデルが使われた。ホースマンの持ち主は狩川渉の兄だった。兄は、現在、羽田宇宙港で働いている。
 狩川渉は、トラフィック・セイフティ・システムの移動履歴とライフログの携帯端末の移動履歴の照合から、午前八時十分にホースマンで家を出ている事が判明した。
 狩川渉は東京都内の両親の家に兄と一緒に住んでいる。兄は、その家から電車で職場の羽田宇宙港に向かう。狩川渉は兄が通勤に使っていないSUVホースマンで外出した。
 そして筑波の石村教授の自宅に向かって走って行く。その途中にある、ホームセンター・ガスパール・筑波でガソリンを買っている。
 SUVホースマンに搭載されているトラフィック・セイフティ・システムと連動するGPSのカーナビゲーション・システムには、エリア・筑波の石村教授の自宅が目的地としてインプットされていた事が証拠として残っている。なぜ狩川渉が石村教授の自宅の住所を知っていたかは判っていない。
 狩川渉のアソシエーションのデータ・センターのライフログから、狩川渉が、アソシエーションが行う、地図情報のサービス見て居たことが判った。 
 これで土地勘の無いはずのエリア・筑波で自由に行動していた理由が判る。
 狩川渉のライフ・ログでは、生まれてから一度もエリア・筑波に行ったことが無いからだ。
 石村教授を殺したと思われる凶器の密造拳銃は狩川渉が持って居た、スポーツ・バッグの中に入っていた。
 レイナの操縦で、耕太郎は東京の警視庁に戻ってきた。
 狩川渉は警察官の手に渡されて留置場に送られた。
 耕太郎は対テロ課のツワブキに携帯端末で電話を掛けた。原則としては対テロ課の職員には電話が繋がらないが。現在は、対テロ課と合同で殺人課の耕太郎は捜査をしているため。通信履歴から一時的に繋がるようになっていた。だが、対テロ課との合同捜査が終われば通信履歴は自動的に削除されることになる。
 対テロ課は課の警察官の個人情報を明らかにしない特殊な部署だった。
 耕太郎も、その秘密主義には、辟易としていた。
 「政治商科研究大学の教授、石村教授を殺害した犯人。狩川渉に関する情報が知りたい」
 耕太郎は言った。
 「狩川渉は国家主義者だ」
 ツワブキは携帯端末の電話で言った。
 「国家主義者の中で、どのような地位に居るのか」
 耕太郎は聞いた。
 「政治商科研究大学の国家主義者たちのサークル「国家建設会議」に所属している。サークルの代表者、竹崎悦子は、国家主義者たちのインターネット・番組「イェーリングはイェイ」に何度も出ている」
 ツワブキは言った。
 「「イェーリングはイェイ」とは、どのような番組ですか」
 耕太郎は見当が付かず判らなくて聞いた。
 「国家主義者の大学生達のインターネット上の討論番組だ。毎日、テレビや新聞に出るような時事的なテーマを取り上げて討論する様子を生放送している。ただ「イェーリング」という水道橋の近くに在る喫茶店の中に椅子を並べてコーヒーを飲みながら討論する。動画などがあるわけでもない。普通の人間は退屈だから見るような番組ではない。国家主義者の中でも熱心な国家主義者達が見るような番組だ。だが、それでも画像投降サイトやホームページのヒット数の合計は一ヶ月平均で二千万を越している。リピーターが多いはずだが。それでも膨大な数だ」
 ツワブキは言った。
 「有名なのですか」
 耕太郎は理解できなくて言った。
 「ああ、国家主義者たちの間では有名だ。「知的な議論はコーヒーハウスでする」というのが奴らの言い分だ。コーヒーハウスのどこが知的かは判らないが、ヤツラは、そう言っている。殺された石村教授も国家主義者らしく「イェーリングはイェイ」に出演したことがある」
 ツワブキは言った。
 「国家主義者の大学教授しか出演しないのですか」
 耕太郎は聞いた。
 「原則的には国家主義者と関係の在る大学の教授しか出ない」
 ツワブキは言った。
 「原則以外の可能性は無いのですか。つまり石村教授が国家主義者でない可能性です」
 耕太郎は石村教授の妻が国家主義者と関係が無いと、言いきったことに引っかかりを感じて言った。
 「石村教授は国家主義者だ。対テロ課は国家主義者と認定してデータ・ベースに登録している」
 ツワブキは言った。
 狩川渉の取り調べが始まった。志賀班長も参加した。レイナと、志賀班長のアンドロイド、サブローも参加した。
 「なぜ、石村教授を殺した」
 耕太郎は言った。
 「決まっているだろ。殺したくなったから殺したんだよ」
 狩川渉は言った。
 「ふざけるな」
 耕太郎は睨みつけて言った。
 「俺、本当の事言ったんだぜ。それなのに怒るなよ。傷つくだろう」
 狩川渉は、吹き出して笑いながら言った。
 「殺したくなるにしても理由があるはずだ。その理由を知りたい」
 志賀班長は言った。
 「やっぱり殺したくなったから」
 狩川渉は笑って言った。
 「ふざけるな、と言っているだろ」
 耕太郎は辛抱強く怒りを抑えながら言った。
 「今は話す気は無いのかな」
 志賀班長は言った。
 「俺は正直に話しているだろ?」
 狩川渉は言った。
 「君は一度、頭を冷やした方が良いな。連れて行ってくれ」
 志賀班長は言った。
 警察官が入ってきて、手錠を掛けられた、狩川渉を留置場に連れて行った。
 ドアを潜るとき、狩川渉は、振り向いた。
 「ああ、いいこと教えてやるよ。藤田彩を殺したのはオレだ。どうだ驚いた?ははっ!」
 狩川渉は、せせら笑いながら言った。
 「なにっ!」
 耕太郎は熱くなった。
 だが、狩川渉は、ふてぶてしく、笑ったまま警察官に連れて行かれた。
 その、狩川渉の背中を耕太郎は睨んでいた。
「狩川渉は、話しませんよ」
 耕太郎は言った。
 「確かにそうだ。少なくとも今は話す気は無いのだろう」
 志賀班長は言った。
 「なぜなんだ。石村教授殺害の理由も読めない。国家主義者同士の仲間割れなのか」
 耕太郎は苛立って言った。
 「焦るな門倉。証拠が出そろうまで待て。集まった証拠で狩川渉を追い詰めろ」
 志賀班長は言った。
 「アイツは、人殺しをして悪びれる様子が無い。許せませんよ」
 耕太郎は熱くなって言った。
 「だが、証拠を突きつければ、犯罪を立証できる。そして反省させるために刑務所に送り込む事が出来る」
 志賀班長は言った。
 「ですが、しかし!」
 耕太郎は憤りの、ぶつけ場所が見つからず吐き捨てるように言った。
 「多分、狩川渉は初犯の筈だ。殺人を行った事で興奮している可能性が高い。喋っては居るが黙秘と同じだ」
 志賀班長は言った。 
 「アイツは、そんな風には見えません」
 耕太郎は言った。
 「門倉、熱くなるな。冷静に藤田彩と石村教授が殺された二つの事件を分析しろ。そして事件を解決しろ。それが殺人課の刑事が行う仕事だ」
 志賀班長は言った。
 「判りましたよ」
 耕太郎は、まだ憤りが収まらず言った。
 「門倉。これから、国家主義者が騒動を起こすかもしれないぞ」
 志賀班長は言った。
 「もう既に起こしていますよ」
 耕太郎は吐き捨てるように言った。
 「いや、違う、エリア・日本の国家主義者達だけでなく、全世界の国家主義者達が反アソシエーションの大規模な転覆デモを行おうとしている」
 志賀班長は言った。
 「まさか。藤田彩と石村教授が殺された原因には、国家主義者達が進めていく、デモの計画と関係が在るのでは?つまり国家主義者内部の権力争いや路線争いで殺された」
 耕太郎は言った。
 「確かに、その可能性もある。だが、最終的には科捜班が分析する証拠で犯人を追い詰めていかなければならない。余計な先入観は不要だ。証拠と証言を一致させるしかない」
 志賀班長は言った。
 「判りました」
 耕太郎は頷いた。
 耕太郎とレイナは、藤田彩の殺人事件に戻る事になった。藤田彩の殺人事件と、石村教授の殺人事件を繋ぐ接点を調べ出すことが重要になる。
 二つの事件を繋ぐキーワードは「国家主義者」だった。
 国家主義者の人間関係を調べ上げていく必要がある。
 耕太郎は対テロ課のツワブキと連絡を取った。
 「なぜ、藤田彩と、石村教授が殺されたのですか。レッド・コード規格のデータ交換端末には,二人の交信記録が残されています、藤田彩の部屋から見つかった、レッド・コード規格のデータ交換端末の内容を、エリア・筑波に行く途中で見ました。内容はアソシエーションへの批判です。国家建設を正当化している所は、藤田彩も石村教授も同じです。つまり、国家主義者として二人は同じ派閥に属している様に思えます。その二人が殺された。つまり、国家主義者として別の派閥の人間達が二人を殺した。その別の派閥の中に、狩川渉が含まれるように思えます」
 耕太郎は言った。
 「たしかに、藤田彩の,部屋から見つかった、「国家主義原論」、「アソシエーションから国家主義へ」などの国家主義者の代表的な著作は、対テロ課の掴んでいる情報とは、藤田彩が異なる人間だったことを証明している。藤田彩は警察のスパイでは無く本物の国家主義者であり、警察を欺いていた。藤田彩が殺された理由については対テロ課の刑事としても判らない。今までの情報は、藤田彩による、捏造が加えられている情報だ。藤田彩が、今まで対テロ課に流していた情報の真贋を確かめなければいけない」
 ツワブキは弁解するように言った。
 「そうですか。対テロ課でも国家主義者の全容は掴めていないのですか」
 耕太郎は言った。
「そうだ。問題は国家主義を主張する交流サイトで支持者を集めている人間が少なからず居る事も事態を複雑にしている。政治商科研究大学の「国家建設会議」だけが、国家主義者ではないのだ。私も対テロ課の人員の都合から、他の大学の国家主義者のサークルも担当している。つまり、対テロ課は、全ての大学の国家主義者達のサークルに藤田彩の様に警察から情報提供料の報奨金を渡すスパイを送り込んでいる」
 ツワブキは言った。
 「どうやってスパイを選定するのですか」
 耕太郎は言った。 
 犯罪組織にスパイを送り込むやり方は、警察の潜入捜査でも在るが、金で買収したスパイを送り込む手口が、耕太郎には、あざとく思えた。
 「それは、対テロ課の捜査方法に関わる問題だ、公言はできない」
 ツワブキは言った。
 「それでは、国家主義を、どう考えれば良いのですか、とらえどころが在りません。例えば、指導者の様なリーダーが居るのでしょうか」
 耕太郎は言った。
 「国家主義者達の言論を支配する、リーダー達は無数に居る事が問題だ。政治商科研究大学の国家主義者の学生だけで、在籍中の学生全体の三十七パーセントも居る。「国家建設会議」に入っていない賛同者の学生達も含めてだ」
 ツワブキは言った。
 「どこから、その情報を得たのですか」
 耕太郎は、なぜ賛同者の学生まで、判っているのか怪訝に思って聞いた。
 「アソシエーションのデータ・センターが収集しているライフログのビッグ・データから推測している数字だ」
 ツワブキは言った。
 「それは殺人課でもアクセス出来ない個人情報では。つまり、アソシエーションのデータ・センターが管理する、電話の通話内容や、電子メールの内容、個人的な電子書類や文書ファイルなどの個人情報から導き出したパーセンテージのはずです」
 耕太郎は怪訝に思って聞いた。
 「対テロ課は特殊な権限を持っている。だから個人情報にアクセスする権限がある。そして個人情報の集合体で在る、アソシエーションのデータ・センターのビッグ・データから統計学的な資料の作成を行う権限を持っている」
 ツワブキは言った。
 「そうですか」
 耕太郎は釈然としないモノを感じながら言った。
 「個人情報のビッグ・データを使って対テロ課も分析をしなくては、人員の都合がつかない。人海戦術だけに頼るわけにはいかない。国家主義者達のビッグ・データから、アソシエーションに、とって危険な傾向を持つ人間を割り出していく。国家主義者達のサークルや組織、団体に送り込むスパイの選定にもビッグ・データが使われる。詳しくは言えないが年齢、所得水準、学歴などの個人情報を基に、スパイの選定は行われる」
 ツワブキは弁解するように淡々と言った。
 「判りました」
 釈然としない物を感じながら、耕太郎は言った。
 「門倉刑事」
 突然、ツワブキは、改まったように言った。
 「何ですか」
 耕太郎は、ツワブキが重要な事を言おうとしていることを理解しながら返事をした。
 「情報統制が終わったから話そう。国家主義者達はアソシエーションを転覆させるための大規模なデモを計画している。3日以内に開始されるはずだ」
 ツワブキは言った。

 第4章 紗緒里ビックリ仰天

 次の日、紗緒里は、牛島来美と一緒にエコプリに乗って、ビューロクラシー社のコージャ支店に向かった。
 途中で牛島来美は文句ばかり言っていた。
 「最悪ですよ。最悪。右傾化国家の解体とか、全然理知的な話では無いですよ。何ですか?あの、日本挺身電撃隊という人間達は、悪しき軍国主義者達の末裔ですよ。ああいう人達が、竹槍持って、空を飛んでいるB29を撃ち落とせとか絶対に不可能な事を言って真面目にやっていたんですよ」
 「でも、ビューロクラシー社から国家建設運動が始まる事は、問題とは思うのだけれど」
 紗緒里は言った。
 「家に帰って,眠ろうとしたら、スメタナの「我が祖国」が耳に鳴り響いていて、全然眠れないのですよ?最悪です」
 牛島来美は言った。
 「サラシナさんの様に、徹夜覚悟で働いている人も居るんだし、文句は言えないでしょ」
 紗緒里は、しっかり睡眠を取っていたため言った。
 「ふぁあああう。眠たいです。とてつもなく眠たいです。眠りに就いたのは四時頃ですよ?何時間眠ったと思います?6時半起床で、目覚まし鳴って、二時間半ですよ。二時間半?これで眠たくない方が変です。妙です」
 牛島来美は大あくびをしながら言った。
 紗緒里と、牛島来美がエコプリでビューロクラシー社のコージャ支店に辿り着くと、機動隊の放水車が。放水を行って居た。
 だが、ビューロクラシー社のコージャ支店は、窓を全部閉めて放水を防いでいた。
 対テロ課のサラシナはアンドロイドと一緒に、機動隊の中で放水を見て居た。
 紗緒里と牛島来美に気がつくと、手で,こっちに来いと合図した。
 紗緒里と牛島来美は、サラシナの所に行った。
「情報統制が終わったから、説明しよう」 サラシナは言った。
 「情報統制が終わったとは、どういう事ですか」
 紗緒里は言った。
 「国家主義者達はアソシエーションを転覆させるための大規模なデモを計画している」
 サラシナは言った。
 「コージャ国がアソシエーションを転覆するのですか?ちょっと無理が在るように思うのですが」
 紗緒里は頭が、こんがらがって言った。
 「だろうな」
 サラシナは頷いた。
 「はい。全然判りません」
 紗緒里は気まずく思いながら言った。
 「ネオウヨ系の国家主義者達と、世界統一国家を目指す国家主義者達は、原則的には異なる。だが、一般人には、この二つは区別が付かない」
 サラシナは言った。
 「それが問題ですか」
 紗緒里は区別がイマイチ付かずに居たため、自分に言い聞かせるように質問するような感じで言った。
 「大問題だ」
 サラシナは頷いて言った。
 「なぜ、情報統制が終わったのですか」
 紗緒里は不思議に思って尋ねた。
 「既に、事態が対テロ課の情報統制が及ぶ段階を通り越した。国家主義者達の大規模なデモは止められない段階に入った。つまり対テロ課の情報統制が意味を為さなくなっている。だから、情報統制のレベルを下げざるを得ない。マスコミに対してデモ参加者の数値の改竄などの対策は行われても、デモの存在自体は隠すことが出来なくなった。デモの存在自体を隠せば、アソシエーションに対する不信感が高まることになる」
 サラシナは唇を噛みながら言った。
 「池野先輩、私も、国家主義者達の大規模なデモが行われるとは聞いていたのですが。どうも桁が違うようですね」
 牛島来美は言った。
 「十万人は越えるだろう。合計で二十万人には届くかもしれない。反アソシエーションのデモとしては、エリア・日本内では近年最大規模だ」
 サラシナは言った。
 「それで、このコージャ国とは、どのような関係が在るのでしょうか?」
 紗緒里は聞いた。
 「つまり、問題は、エリア・日本各地で、コージャ国の様なネオウヨ系の国家建設が始まると言う事だ。同時に,世界統一国家を目指す、国家主義者達の国家建設の動きが,反アソシエーションのデモとして起きようとしている、この二つの国家主義が絡み合って動いている。まさに国家主義者達の踊り。ネイショニスト・ワルツだ」
 サラシナは言った。
 「エリア・日本各地で、コージャ国の様なネオウヨ系の国家が出来るのでしょうか?」
 紗緒里は何となく話が判ってきて言った。
 「昨日、一日の段階で、エリア・日本の中で、コージャ国のようなローカルな右傾化国家を建設した事例が、六件起きた。コージャ国以外は、直ぐに解体され、首謀者達は全員捕まった。コージャ国も無計画な訳では無い。エリア・日本各地にネオウヨの仲間達が居る」
 サラシナは言った。
 「そうなんですか」
 紗緒里は、ようやく事情が理解できて言った。
 「そうだ」
 サラシナは頷いた。

 第5章 第一発見者

 耕太郎は、もう一度、藤田彩の事件を最初から調べることにした。
 第一発見者の藤田彩の友人を調べた。
 政治商科研究大学の二年生で19歳の皆瀬靜美(ミナセ・シズミ)だった。学部も政治学部と、藤田彩と同じだった。
 ツワブキに携帯端末で電話を掛けた。
 「第一発見者の藤田彩の友人、皆瀬靜美は、対テロ課が担当する国家主義者なのですか」
 耕太郎は言った。
 「ああ、そうだ。国家主義者のサークル「国家建設会議」のメンバーだ」
 ツワブキは言った。
 「国家主義者の藤田彩の友人だと、管区の警察官が事情聴取した記録が証拠のデータ・ベースに残っています」
 耕太郎は言った。
 「多分、間違い無いだろう」
 ツワブキは言った。
 「対テロ課は人間関係の繋がりを調べないのですか」
 耕太郎は怪訝に思って言った。
 「殺された藤田彩と、皆瀬靜美の関係は国家主義者の仲間としての関係だと把握している」
 ツワブキは言った。
 「何故、それ以外の、友人関係などの人間的な繋がりが在るとは考えないのですか」
 耕太郎は怪訝に思って言った。
 「国家主義者相手に余計な感傷は不要だ。国家主義者の繋がりは、アソシエーションの転覆を目的としている。つまり重犯罪を犯そうと準備を進めている人間達だ。それ以外に考える必要はない」
 ツワブキは断言するように言った。
 耕太郎は藤田彩のライフ・ログのGPS移動履歴と皆瀬靜美のライフ・ログのGPS移動履歴を照合した。
 データの統計を取ると、ほぼ毎日、藤田彩と皆瀬靜美は会っていることになる。
 友人だとしたら、相当、仲が良い事になる。
 ツワブキは、国家主義者同士だと、割り切っていた。だが、耕太郎には、第一発見者という事も含めて、人間的な繋がりが在る、友人関係と、国家主義者の活動が入り交じっているように思えた。
 第一発見者の藤田彩の友人、皆瀬靜美を尋ねることにした。
 アソシエーションのデータ・センターのライフ・ログに警察の権限でアクセスして、居場所を確認した。政治商科研究大学の図書館に居た。
 耕太郎はレイナの運転するフライアーで、政治商科研究大学に向かった。
 皆瀬靜美は、まだ、図書館に入っていた。
耕太郎はレイナと一緒に図書館に入っていった。入り口の近くにはカバンや荷物をしまうためのロッカーが在る。携帯端末の電子認証を使わない昔ながらの機械式の鍵を使う形式のようだった。警察の権限で図書館の蔵書を持ち出せないように閉じられたゲートを開けて、図書館の中の階段を昇って二階に上がると、自習室の中に皆瀬靜美は居た。
 皆瀬靜美は、ツワブキと、やりとりしていた映像の中の藤田彩と同じようなエゴギャルの服装をしていた。
 耕太郎は、ガラス張りの自習室の扉をノックした。
 電子書籍の端末を読んでレポートらしいモノを作って居た皆瀬靜美は気がついた。
 耕太郎は、警察証を見せた。
 皆瀬靜美はハッとした顔をした。
 そして、ガラス張りの扉を開けた。
 耕太郎とレイナは、自習室の中に入った。
 「君が、藤田彩さんの友人の第一発見者、皆瀬靜美さんだね」
 耕太郎は丁寧な口調で聞いた。
 「はい。彩の友達です」
 皆瀬靜美は言った。
 「君は、国家主義者だね」
 耕太郎は言った。
 「え?そこまで判っているのですか」
 皆瀬靜美は驚いた顔で言った。
 「ああ、判っている」
 耕太郎は頷いた。
 そして続けた。
 「藤田彩さんとは、どうやって知り合ったか、良かったら聞かせて貰えないかな」
 耕太郎は言った。
 「入学したときに国家主義者のサークル「国家建設会議」で知り合ったんです。そして、学部も学年も年齢も同じ事が判って。仲良くなったんです。仲の、いい友達です。私は大学に入るまで、心を許せる友達がいなかったんです。彩は、心を許せる初めての友達でした」
 皆瀬靜美は俯いて言った。
 「なぜ、藤田彩さんが殺されたか判るかな」
 耕太郎は言った。
 「多分「国家建設会議」の中の路線対立が原因だと思います」
 皆瀬靜美は言った。
 「どのような路線対立が在ったのかな」
 耕太郎は言った。
 「アソシエーションの法律を破って、暴力的なデモを行って、アソシエーションを打倒するって主張する「国家建設強硬派」が居て、アソシエーションの法律を破らずに、アソシエーションを打倒する「国家建設漸進派」と対立していました」
 皆瀬靜美は言った。
 「それが、内部対立だった」
 耕太郎は確認しながら言った。
 「ええ、そうです。彩もアソシエーションの法律を破ってデモを行って国家建設を行う事を支持していたんです。「国家建設強硬派」です。でも私は、そこまで国家主義に、のめり込むことは出来なかった」
 皆瀬靜美は言った。
 「狩川渉君を知っているかな」
 耕太郎は聞いた。
 「知っています」
 皆瀬靜美は言った。
 「彼は、どんな人なのかな。「国家建設会議」の中で、どのような地位に居たのか、良ければ教えてくれないかな」
 耕太郎は言った。
 「狩川君は、彩と同じ、「国家建設強硬派」です」
 耕太郎は怪訝に思った。なぜ、路線が同じ、「国家建設強硬派」の狩川渉が藤田彩を殺したと言うのか。
 「狩川君は、普段は、どんな人だったのかな」
 耕太郎は狩川渉について探りを入れた。
 「いつも冗談を言って、みんなを笑わせるような人です。でも国家主義に関しては真面目で、「国家建設強硬派」として本当にアソシエーションの転覆を考えている様でした」
 皆瀬靜美は言った。
 「藤田彩さんは、狩川渉君と仲が良かったのかな」
 耕太郎は尋ねた。
 「仲が良いと言うよりも。「国家建設強硬派」としての同志という感じです」
 皆瀬靜美は顔をしかめて言った。
 耕太郎は引っかかった。
 「狩川渉君は藤田彩さんの恋人だったのかな?」
 耕太郎は少し人間関係に踏み込んで尋ねた。
 「全然違います。あの二人は、「国家建設」強硬派」として協力しているだけです」
 皆瀬靜美は言い切るように言った。
 「藤田彩さんは、「国家建設強硬派」の中で指導的な地位に居たのかな」
 耕太郎は
 「「国家建設強硬派」には明確なリーダーは居ません」
 皆瀬靜美は言った。
 「本当に居ないのですか」
 耕太郎は怪訝に思って聞いた。
 「私の知る限りでは、リーダーは居ません。彩は何でも話してくれますから、居ないはずです」
 皆瀬靜美は言った。
 「判りました。それでは、「国家建設会議」の中で、「国家建設強硬派」は、どのような立場に居ますか」
 耕太郎は言った。
 「彩達、「国家建設強硬派」は、「国家建設会議」の中でも少数派です。サークルの殆どのメンバー達は、国家主義に賛同していても暴力的なアソシエーション転覆を行おうとは思っていません」
 皆瀬靜美は言った。
 「君達の国家主義のサークルに入っている人達は、殆どが、「国家建設漸進派」だったのかな?」
 耕太郎は聞いた。
 「そうです。だけど、路線対立は、本当に笑い事じゃ済まないんですよ。激しく議論が衝突していました。私なんか怖くて議論に加わることは出来ません。殴り合いになったことも在ります」
 皆瀬靜美は言った。
 「狩川渉君も参加したのかな」
 耕太郎は聞いた。
 「ええ、そうです。普段は、面白い人なんですが、国家主義については、真面目というか、暴力を振るうこともあるんです」


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