てコージャ国を作ったとは意外だった。あまりにも小市民的な動機で国家主義者と呼べるのか紗緒里は判断に苦しんだ。 牛島来美は紗緒里の横で溜息を付いて首を振りながら言った。 「そうですよね。やっぱり、いくらビューロクラシー社と言っても大卒の総合職でも、永嶋課長のように八十歳超えても課長止まりですからね」 牛島来美は、ウンウンと頷きながら言った。 「永嶋課長は例外です。八十歳超えても課長をやっているのには何か理由が在るらしいのです」 紗緒里は言った。 「池野先輩は、その理由を知っていますか」 牛島来美は言った。 「それが、すぐやる課でも誰も知らないんだけれど」 紗緒里は言った。 「ビューロクラシー社には謎が多いんですね。すぐやる課に七不思議があるとしたら、まずトイレの花子さんの次が、永嶋課長の秘密ですね」 牛島来美は言った。 サラシナが男性型のアンドロイドを連れてやってきた。 「マスコミは追い返した。このコージャ国の建国宣言は、揉み消すことになる」 サラシナは言った。 「そんなに重要なのですか。ただの東京の町が起こした国家宣言なのですが」 紗緒里は言った。 「ああ、重要だ。今、国家主義者達が勢力を付けつつ在る。エリア・日本の中に賛同するポイントが出るかもしれない」 サラシナは頷いた。
第1章 現場の遺留物
耕太郎は現場を見ていた。科捜班の渡辺さんがアンドロイドと一緒に科学捜査を開始していた。 渡辺さんは顔を上げた。 「奇妙だね門倉君。ストッキングで首を絞めたにしては、藤田彩の爪には争った形跡がない。つまり首を絞めた人間の腕や手を引っ掻いたような痕跡が無いことになるでしょ。これは変よ」 「どんな痕跡だ」 ツワブキは言った。 「爪で引っ掻けば、犯人の皮膚が血液と共に残る事になる。だが、それが見当たら無い。一応、爪からDNAがでるか、調べては見る」 科捜班の渡辺さんは言った。 傍らでは科捜班の男性型アンドロイドが、藤田彩の指の爪から、一つずつ、綿棒のような物で証拠を集めていた。 科捜班の渡辺さんはツワブキにストッキングを指さした。 「ストッキングは伸びる。首を絞めても、よほど力を込めて伸縮の上限まで伸ばさなければ殺す事は出来ない。絞殺にしては奇妙だね」 科捜班の渡辺さんは言った。 「つまり、力が強い男か、筋肉質の女が藤田彩を殺した訳か」 ツワブキは言った。 科捜班の渡辺さんは首を横に振った。 「ストッキングで殺そうとした場合。確実に致命傷となる窒息を起こすには、二重三重に束ねて背後から、首を絞めないと力が入らないで伸びてしまう。体格が、よほど大きく、腕が長くないと出来ない犯行になる。つまり、この藤田彩の首に巻かれているような一重の巻き方では殺しにくい、確かに最初から、ストッキングを伸ばしきった状態で殺すなら出来るかもしれない、その場合には、首を絞めている犯人の腕や手に藤田彩の手は触れやすくなることになり、引っ掻いた傷が出来る事になる」 科捜班の渡辺さんは言った。 「そんな不自然な体格の犯人は居ないだろう」 ツワブキは言った。 耕太郎は気がついた。 「渡辺さん、もしかして、この殺人現場の証拠は全て偽造された物ですか」 耕太郎は室内を見回して言った。 「可能性は高くなるね」 科捜班の渡辺さんは頷いた。 「それでは、このコップが二つ用意されているのも、偽造ですか」 耕太郎は言った。 「その可能性は高くなる。少なくとも絞殺が死因では無い可能性が高い。?髪に血糊が付いている。後頭部を鈍器で殴られた可能性が出てきた」 科捜班の渡辺さんは言った。 耕太郎は部屋の中を見た。 ツワブキは辺りを見回した。 「それでは顔見知りの人間に殺された訳では無いのかもしれない。だが、どうやって部屋の中に入ったんだ」 ツワブキは、部屋のワイヤーラックに近づいた。そして顔が、どんどんと険しくなった。 「藤田彩は国家主義の紙製の本を持っている。これは奇妙だ。このトレーシーが書いた「国家主義原論」、サルトーリが書いた「アソシエーションから国家主義へ」などは、難解な為、国家主義者の中でも読んでいる人間は少ないはずだ。なぜ、藤田彩が持っているんだ」 耕太郎も困惑していた。 「政治商科研究大学の学生は学力が高いのでしょうか。藤田彩も学力が高い事が理由で、国家主義者の書いた難解な本を読めたのでは」 耕太郎も困惑して言った。 ツワブキは本のタイトルを見ていた。 「藤田彩は、熱心な国家主義者では無かったはずだ。だが、家に「国家主義原論」が在るとすると、警察に協力するフリをしていた二重スパイの可能性が出てくる」 ツワブキは言った。 「大学の講義で使った教科書かもしれませんよ。大学生なら考えられます」 耕太郎は言った。 「確かに国家主義を教える大学の教員達も少なからず居る。カヨ、藤田彩の書棚に在る「国家主義原論」と、藤田彩の出費の履歴が重なるか調べてくれ」 ツワブキは言った。 「重なりません」 カヨは言った。 「アソシエーションの購入履歴に残さずに手に入れた本だ。つまりアングラのルートだ」 ツワブキは言った。 科捜班の渡辺さんが言った 「人の手を介せば必ず指紋が出てくる。手袋を付けない限り」 「そうか、国家主義者の指紋が出るかもしれないな」 ツワブキは言った。 科捜班の渡辺さんは頷いた。 耕太郎はレイナを見た。 「他の紙製の本の購入履歴を調べます。レイナ。調べてくれ」 耕太郎は言った。 「判りました」 レイナは、耕太郎の携帯端末にデータを送ってきた。だが紙製の本の購入履歴は存在しなかった。 藤田彩の電子書籍の購入履歴は、殆どが、 政治商科研究大学の生協だった。大学生が使う学術書も電子書籍で売っている。通常のB5サイズの携帯端末には、折りたたみ式のスタンドが付いているから、見やすい角度にセットすることが出来る。 ツワブキは耕太郎を見て言った。 「どうやら、我々、対テロ課は騙されていたようだ。藤田彩は、警察のスパイでは無く本物の国家主義者だ」 「紙製の本の購入履歴は在りません。電子書籍にも国家主義者の本が在るかもしれませんが」 耕太郎は言った。 「私が調べよう、門倉刑事、電子書籍の購入履歴を転送してくれ」 ツワブキは言った。 「レイナ、ツワブキ刑事の携帯端末に転送してくれ」 耕太郎は言った。 「判りました」 レイナは言った。 「国家主義者達が読むような電子書籍もある。カヨ。藤田彩の習得した政治商科研究大学の政治学部の単位を携帯端末に転送してくれ」 ツワブキは言った。 「どうですか」 耕太郎は聞いた。 「七十四単位を修得している。カヨ、その単位修得履歴と政治商科研究大学の国家主義者の大学教員が重なるか調べて送ってくれ」 ツワブキは言った。 「判りました」 カヨは言った。 「居ましたか?」 耕太郎は聞いた。 「居た。「比較政治学」という講義の柳川教授だ。他には「アソシエーション政治学」という講義の石村教授、「世界の革新思想」という講義の藤村准教授、「国家設立運動論」の加茂准教授。皆、対テロ課がマークしている、危険思想の持ち主達だ」 ツワブキは言った。 「どうやら、ここから調べていく必要が在りますね」 耕太郎は言った。 「いや、国家主義者達は、学者達の影響は大学の講義の受講で受けて居ても、実際に活動するのは政治商科研究大学内のサークルだ。国家主義の指導者は大学の教員達じゃ無い。だが、七十人以上居る政治的な集団はサークル活動の範囲を超えている学生運動だ」 ツワブキは言った。 「それでは、政治商科研究大学の四人の教授達から事情を聞きます。殺人課の刑事が最初に学ぶルールは、足を棒にして聞き込みをする事です。そこから始めます」 耕太郎は言った。 「昼食は、どうする」 ツワブキは言った。 「大体、コンビニの、あんパンと牛乳の昼食をとって、すぐ事件の続きです」 耕太郎は言った。 「それでは、私は、この単身者用のマンションの国家主義者達を締め上げる。カヨ、行くぞ」 ツワブキは言った。 「了解しました」 カヨは言った。そして、ツワブキの後を付いて藤田彩の部屋から出ていった。 「渡辺さん、証拠集めを、お願いします」 耕太郎は言った。 「任しておいて。今日の5時頃までには集まるはずだから。結果を期待していて」 科捜班の渡辺さんは言った。 耕太郎は、聞き込みを開始した。 インターネットの電子メールや、電話で質問することも在るが、結局、相手の顔や反応が判る、聞き込みを重要視していた。 耕太郎はレイナと政治商科研究大学に向かうためにフライアー型のパトカーに乗った。 フライアーに乗ると、携帯端末が振動した。 着信を見ると池野紗緒里さんからだった。 紗緒里さんは、耕太郎の姉の昔からの友人だった。 そして耕太郎とは幼なじみだった。 恋人のようでもあり、姉の親友といった。微妙な関係だった。 耕太郎は、恋人だと思いきれる自信が無かった。耕太郎が年下のせいも在るが、紗緒里さんは少し手が届かないような気がしていた。 耕太郎の姉は、警察官の仕事で頭に銃弾を受けて昏睡状態が続いていた。 「ねえ、耕ちゃん。対テロ課って何なの。今、ビューロクラシー社の仕事で現場に来ているんだけれど、なんか凄く、ぶっきらぼうなのよ。会話が続かなくて困っているんだけれど」 紗緒里さんは電話で耕太郎に、まくし立てるように言った。 「紗緒里さん、それは、しょうが無いよ。対テロ課は、警察でも特殊な部署なんだ。対テロ課の人間達の存在自体が秘密扱いなんだよ」 耕太郎は電話の向こうで言った。 「同じ警察でも知らないの」 紗緒里さんは言った。 「対テロ課は必要最小限の情報以外は知らせないんだ。それに普通の警察官は対テロ課について守秘義務が在るんだよ。だから、紗緒里さんにも、あまり詳しくは言えないんだよ」 耕太郎は言った。 「そうなの。それじゃ仕事に戻るけれど。耕ちゃん有り難う、電話を切るね」 紗緒里さんは言った。 耕太郎は政治商科研究大学へ向けてフライアー型のパトカーを飛ばした。
第2章 立て籠もり
「ほう、池野先輩も堅そうな顔をしていて、しっかりと恋人が居るのですか?」 牛島来美はニヤリと笑って言った。 「耕ちゃんは、そんなんじゃないのよ」 紗緒里は言った。 「こうちゃん、という親しげな呼び名。恋人は男性ですか、それとも女性ですか?」 牛島来美はニヤニヤと笑い出して言った。 「わたしは異性愛者です」 紗緒里は言った。 「国家主義者の私が、うだる夏の夜の深夜遅くに、汗水垂らして紙製のビラを配っている頃、一つ屋根の下で仲良く、よろしくしているのですね」 牛島来美は言った。 「同じ所に住んでいません」 紗緒里は言った。 「ほう、通い婚の伝統とは、国家が在った昔でも、更に大分昔ですよ」 牛島来美は言った。 「だから私達は、そんな関係じゃ在りません。親友の弟です」 紗緒里は言った。 「まあ、いいでしょう。大分情報は得ましたから。国家主義者のカップル向けのロマンチックなツアー・プランが在るんですよ。参加の案内でも、あげましょうか。キャッチコピーは「星空を見上げながらデモ参加」と言うんですよ」 牛島来美はニヤニヤ笑いながら言った。 「結構です。仕事に戻りましょう」 紗緒里は頑として言った。 牛島来美もニヤニヤ笑いをやめた。 「問題はですね。コージャ国に在るんですよ。コージャ国のビューロクラシー社の全員がコージャ国設立に賛成していないんですよ。賛成していないビューロクラシー社の社員を人質に取っているわけです」 牛島来美は言った。 「確かにそうだけれど」 紗緒里は言った。 「大体、国家主義者と言っても、このコージャ国は、どう考えても、東京の中とはいえ、ローカルな地域国家ですよ。正統な国家主義者の国家ではありません。解せません」 牛島来美は言った。 「とにかく、ビューロクラシー社の社員達を解放するようにS装備で説得しないと」 紗緒里は、拡声器を取り出した。 「そうですね、革命を起こした形式になっているのですから。つまり、コージャ国建設をアソシエーションに認めさせる為に、コージャ国建設に反対している、ビューロクラシー社の社員達を監禁して人質にしているのですよ」 牛島来美は頷いて言った。 「さっき、包丁を持っている人達が居たけれど、あれで脅しているのね」 紗緒里は、拡声器を持って言った。 「高周波包丁は切れ味が良すぎて危ないですからね。アレで脅されたら、言う事を聞かなければならないでしょう。まな板を切らないためにはセンサー付きの高周波包丁専用の、まな板が必要ですからね」 牛島来美は言った。 紗緒里は、拡声器を操作した。 「コージャ国の皆さん。人質を解放して下さい」 紗緒里は拡声器で言った。 「我々コージャ国の独立を認めなければ、交渉には応じられない」 可児川は拡声器を持って言った。 「どうすれば、人質を解放してくれるのですか」 紗緒里は拡声器で言った。 「手ぬるい。拡声器を貸せ」 サラシナは言った。 サラシナは、紗緒里の横に来ると、拡声器を紗緒里の手から乱暴に奪い取った。 「お前達は、国家を作ったのでは無い。犯罪を犯している」 サラシナは拡声器を通して言った。 「コージャ国が独立した国家として成立すれば、アソシエーションが定めている法律はコージャ国に対して全て意味を持たない」 可児川は拡声器で言った。 「国家を作れば、重犯罪だ。お前達は、国家原理主義者としてテロを行った事になる。お前達は何をしているのか判っていないな」 サラシナは拡声器で言った。 「嫌だ。僕達は、年金を沢山もらうために国家を作るんだ」 可児川は言った。 ビューロクラシー社の建物の窓が開いて、中から、背広やスーツを着た男女が沢山を身を乗り出してきて、拍手を始めた。 そうだ!年金を沢山もらうんだ! そうだ!年金を沢山もらうんだ! そうだ!年金を沢山もらうんだ! 延々と唱和が続いた。 「愚か者共が。話にならん」 サラシナは、怒りで顔を強ばらせて拡声器のスイッチをオフにしてから言った。そして拡声器を紗緒里に渡した。 「どうしましょうか。困りましたね」 牛島来美は言った。 「とにかく人質を解放させないと。説得を続けましょう」 紗緒里は言った。 「籠城戦になるな。ヤツラは説得には応じる気は無いぞ。少なくとも年金を増やすまでは説得に応じないだろう」 サラシナは言った。 「冗談のつもりですか」 紗緒里は言った。 「私は冗談は嫌いだ」 サラシナは言った。 「そうだと思いました」 紗緒里は頷いて言った。 「だが、問題はヤツラは私が嫌いな冗談のようなことを真面目にやっている」 サラシナは言った。
第3章 聞き込み
「ここが、藤田彩が殺害される前に通っていた政治商科研究大学だ。この文京キャンパスの他にもキャンパスは東京近郊のエリアにある。比較的大きい総合大学だな」 耕太郎は駐車場にフライアー型のパトカーを駐車させながら、上空から見た感想を言った。 耕太郎は携帯端末を操作した。 「購買部と学生食堂、コンビニエンス・ストアが、敷地内のタワー型高層ビルの校舎にある。校庭のような物は存在していない。まずは、コンビニエンス・ストアで、牛乳と、あんパンを買うか。店舗情報では、牛乳と、あんパンは棚に在るようだ。だが、あんパンが嫌いなメーカー製だ」 携帯情報端末を見ながら、耕太郎は確認した。 「門倉刑事。私も食事を摂ります」 レイナは言った。 アンドロイドも身体を覆う人工細胞を維持する為に食事を摂る必要が在った。 「判った」 耕太郎は携帯端末を操作しながら答えた。 「レイナ。藤田彩の去年の大学入学時からのライフログのGPSの移動履歴と、この四人の国家主義者の教授達のGPSの移動履歴の間に接点があるか調べてくれ」 耕太郎は言った。 「判りました。転送します」 レイナが携帯端末に転送してきたデータは藤村准教授が講義室で藤田彩と1メートル前後の距離で接触しているデータだった。 時間は大体、講義の一コマ90分の最後の方だった。藤田彩は熱心な学生なのか、藤村准教授の十四回の講義全てで接触していた。 おそらく、講義の内容に対する質問を行っていたのだろう。 「丁度、今は、昼食時だ。この四人の国家主義者の教授達の中では藤田彩が、去年に「」世界の革新思想」という講義を受講している。接点は藤村准教授にある。レイナ、藤村准教授のライフログのGPS移動履歴から、現在地を探し出して携帯端末に転送してくれ」 耕太郎は、あんパンを口に、くわえながら 言った。レイナは、クリームパンを食べながら歩いていた。 レイナはクリーム・パンを食べながらデータを転送してきた。 「どうやら、藤村准教授は別の棟に居るようだな、動く床で繋がっている、ここから南西側の棟だ。移動はしている」 耕太郎は歩きながら、あんパンを食べ終わると包装を背広の上着のポケットに突っ込みながら言った。 レイナは、持っているコンビニのビニール袋から、牛乳の五百ミリ・リットルの紙パックを取り出して口を開けて耕太郎に渡した。 耕太郎は牛乳を飲みながら携帯端末で移動している藤村准教授を追った。 途中で耕太郎はゴミ箱を携帯端末で捜して非常階段の近くに見つけて、飲み終えた牛乳の紙パックに、あんパンの包装を入れて捨てた。レイナもクリーム・パンの包装と五百ミリ・リットルのミネラルウォーターのペットボトルを捨てた。 学生らしい、今風の若者のファッションをしている学生達の間にスーツ姿の三十代中頃の男性が居た。 「藤村准教授、警察です。お伺いしたい事が在ります」 耕太郎は警察証を見せた。 「何の用ですか、警察と言われましても困ります」 藤村准教授は言った。 「藤田彩という学生を、ご存じですか。あなたの「世界の革新思想」という講義を受講して単位を去年習得しています」 耕太郎は藤田彩の学生証の顔写真を携帯端末に映し出して見せた。 「覚えていませんね。この政治商科研究大学で行う、「世界の革新思想」という講義は、他の大学でも行っています」 藤村准教授は言った。 「去年の前期の講義で、藤田彩は、十四回の講義全てで、あなたに講義の内容について質問をしているはずです」 耕太郎は言った。 「その学生なら覚えています。でも顔は大分違いますよ。化粧のせいか、顔の印象が、その写真とは違います」 藤村准教授は不承不承答えるように言った。 「どのような感じですか」 耕太郎は言った。 「最近流行っているエゴギャル風の化粧をしています。その学生証の写真とは印象が大きく異なります」 藤村准教授は言った。 「藤田彩は、どのような事を質問しましたか?」 耕太郎は聞いた。 「全て講義の内容ですね。勉強熱心な学生ですよ。私が担当する「世界の革新思想」という講義では、国家への回帰がテーマになります」 藤村准教授は言った。 「革新思想なのに国家が在った過去に戻るのですか」 耕太郎は聞いた。 「アソシエーションの方が不自然とは言えますね。不安定すぎるんですよ、現在の状態は。新しい国家は、昔の国家とは大きく枠組みが異なるはずです。アソシエーションの良いところと、昔の国家の良いところを両方備えさせる事が出来るはずです」 藤村准教授は言った。 「アソシエーションの悪い所と昔の国家の悪い所を両方備える可能性が在るのでは」 耕太郎は言った。 「それは学問的な論争の話です。思いつきで言っているのですか」 藤村准教授は言った。 「ええ、そうです」 学問的な論争と言われて、耕太郎は困って言った。 そこまで言うと耕太郎の携帯端末が振動した。 耕太郎は、携帯端末を取った。科捜班の渡辺さんからだった。 「ちょっと待ってて下さい」 耕太郎は藤村准教授に携帯端末を見せて言った。 「ええ、良いですよ」 藤村准教授は言った。 耕太郎は、藤村准教授に聞こえない距離まで離れて電話に出た。 「門倉刑事、科捜班の渡辺よ。藤田彩の部屋から、赤外線通信規格、レッド・コード規格のデータ交換端末が出てきた」 科捜班の渡辺さんは言った。 「どういう事ですか。赤外線通信は犯罪者達が連絡に使う方法です。ですが、近距離でしかデータの、やり取りは出来ない欠点が在ります」 耕太郎は聞いた。 「確かにこれは、インターネットに繋げずにデータ通信を近距離で行う為の道具よ。これを使えば、アソシエーションのライフ・ログに残らなくなる」 科捜班の渡辺さんは電話の向こうで言った。 「前に証拠として見たことが在ります」 耕太郎は言った。 「通信内容のデータは残っている。証拠品の中から回収が出来たから。今、どこに居るの?」 科捜班の渡辺さんは言った。 「今、政治商科研究大学で、聞き込みをしています」 耕太郎は言った。 「交換したデータのログの中には、石村と書かれているログが在る、政治商科研究大学の国家主義者の教授よ」 科捜班の渡辺さんは言った。 「今日は出勤していませんね。講義が無いようです」 耕太郎は、携帯端末で警察の殺人課の刑事の権限で石村教授のライフログを見た、自宅に居るようだった。 「これから自宅に向かいます」 耕太郎は言った。 「でも、これだけでは、捜査令状は下りないか」 科捜班の渡辺さんは言った。 耕太郎は、藤村准教授に急用が出来たことを伝えると、レイナと、フライアー型のパトカーで筑波に在る石村教授の自宅へ向かった。 レイナが運転を担当し、耕太郎は、石村教授と藤田彩のレッド・コード規格のデータ通信内容を、証拠品としてデータベース化された中から調べていた。 どうやら藤田彩は、本物の国家主義者だったようだ。対テロ課のツワブキにもレッド・コード規格のデータ交換端末からデータが出てきたことを知らせた。 1藤田「世界規模の統一国家は現状では暴力的な闘争を行わなければ建設できないと思います」 2石村「暴力革命を起こすことが、国家主義者達の行うべき道だ。現実にセカンドでは地球から離れた宇宙の惑星で国家を建設している」 3藤田「国家主義者達のネットワークを建設していき。国家を作ることをアソシエーションに認めさせなければ駄目です」 4石村「確かに現状の国家主義者達のネットワークは強固とは言えない。アソシエーションは、国家が建設されないように幾つもの防御壁を法的な制度の形で用意している」 5藤田「アソシエーションに替わる、地球全土を覆う国家を作るには、アソシエーションの中で暮らす全ての人間達の思考様式を国家建設に向けさせなければならない」 このような、やり取りが延々と続いていた。 「これが、国家主義者か」 耕太郎は、石村教授と藤田彩の赤外線通信の内容を読んで、異質な考えだと思った。 耕太郎は、アソシエーションが世界を覆うことに不満はなかった。 子供の頃から、アソシエーションは在った。だから国家主義者の求める国家の方が異質に感じられた。 「もうすぐ到着します」 レイナは言った。 耕太郎は、携帯端末から顔を上げた。 黒煙が見えた。 「煙が上がっている。まさか?」 耕太郎は、携帯端末を使って、場所を確認した。 「間違い無い、石村教授の自宅だ。火事に遭ったのか」 耕太郎は言った。 「既に管区の消防署から消防車が出動しています」 レイナは言った。 「こんなに都合良く火事が起きるのか?不審火だ」 耕太郎は言った。 レイナはフライアー型のパトカーを降下させた。既に、消防車が何台も来ていた。 そして石村教授の家には放水がされていた。 だが窓から吹き上がる黒煙が収まる気配は無かった。 「警察です。どうしました」 耕太郎は科学消防車の近くの消防隊員に警察証を見せて聞いた。 「火事です。不審火の可能性が高いです」 消防隊員は言った。 「なぜ不審火だと考えますか」 耕太郎は言った。 消防隊員は煙を上げている家を指で示して大声で言った。 「アソシエーションの建築許可データ・ベースの設計履歴から比較的新しい耐火建材を使った家であることが判りますが。家の内部は、木材を使っています。内部から燃え上がりました。ですが、内部から火災が起きた場合、他の部屋に燃え移らないように隔壁が機能するように設計されています。だが、内部全体が燃えている。不審火です」 消防隊員は頑丈な作りの端末を見ながら言った。 「家の周りは、植えられた木で覆われているようですが」 耕太郎は黒く焼けて炭化して煙りを放っている木々を言った。既に鎮火はしていた。 「延焼したようです。消火プロセスは第四段階に入ります。部下の消防隊員が中に入って消化剤を散布します。鎮火まで、後、少し時間がかかります」 消防隊員は言った。 化学消防車から消化剤のホースを持って、消防隊員三人が黒煙を上げる、石村教授の家に入っていった。 耕太郎はレイナと、消防隊の仕事を見ていた。 突然、腕を乱暴に掴まれた。 「ここは、管区がエリア・筑波だ。なぜ、東京の刑事が来ている」 耕太郎がムッとして振り返ると四十代ぐらいの背広を着た男性だった。 怒気で顔を紅潮させていた。 傍らには、水色の髪をした女性型のアンドロイドが居た。 エリア・筑波の警察関係者だと判った。 「殺人事件の捜査で、石村教授に事情聴取に来た」 耕太郎は男の不躾な態度にカチンと来て、乱暴に掴まれた腕を振って払って言った。 その耕太郎の喧嘩腰の態度に男は更に目を怒らせた。 「そうか、ここはエリア・筑波だ。東京の刑事がデカイ顔するな。駆け出しの若造が」 男は言った。 「門倉刑事、トラブルを起こしてはダメです。こちらはエリア・筑波の警察署の名波(ナナミ)刑事です」 レイナは、なだめるように言った。 「アンドロイドの方が話が判るな。かなり現場慣れしているようだ」 名波刑事は言った。 「判ったよレイナ」 耕太郎は、怒りすぎていることに気がついて言った。確かに、冷静になって考えれば、名波刑事が怒る理由も判った。耕太郎は、事情聴取にエリア・筑波に来たが、今居る場所は不審火の現場で、エリア・筑波の警察の管轄だった。捜査権限の発行が為されていないことになる。耕太郎は捜査権限の発行を携帯端末で志賀班長に申請し受理された。 「科捜班も到着している。鎮火も済んだ。これから現場検証を行う。お前も来るか東京の若造」 名波刑事は言った。 「ええ、行きますよ」 耕太郎は頷いて言った。 耕太郎とレイナは名波刑事とアンドロイドの後に着いて、全焼した石村教授の自宅の敷地内に入っていった。 科捜班の鑑識の男性もアンドロイドを連れて入ってきた。 「被害者は何処で死んでいる」 名波刑事は消防隊員達に聞いた。 消防隊員達は消化剤のホースを庭に置いて、消防服のフルフェイスのヘルメットを脱いで手で顔を仰いでいた。 「一階のリビングです。助かりませんでした」 年配の消防隊員が首を横に振って言った。 「判った」 名波刑事は頷いて言った。 そして、消火の為に消防隊員達が破壊した、一階の窓から、科捜班と一緒に中に入っていった。 耕太郎とレイナは後から入った。 リビングの中は火災の跡らしく黒く炭化していた。 品の良い、しっかりした作りの、洋風のソファやテーブルなどの家具が配置されていたが、全て焼け焦げていた。 だが、それでも中国趣味の陶器の壺などは焦げた跡は在るにしても、完全に燃えては居なかった。 そして、ソファの残骸とテーブルの残骸の間に真っ黒に焦げた石村教授の死体は倒れていた。 「名波刑事、ガソリンを撒いたようだ。独特の匂いがする」 科捜班の鑑識が言った。 「そうか。随分と大雑把な犯行だな」 名波刑事は言った。 「確かに、ずさんだ。銃で撃った痕跡を消すにしては、ガソリンを撒いて火を付けているだけだ」 科捜班の鑑識は言った。 「銃で撃たれたのか」 名波刑事は言った。 「胸に銃創が在る」 科捜班の鑑識は頷いて言った。 そして、黒く焼け焦げた石村教授の胸部を指で指した。二つの小さな穴が開いていた。 「簡単に犯人は捕まりそうだな」 名波刑事は言った。 確かに大雑把な犯行に見えた。 だが、なぜ火を付けたのか。 「なぜ火を付けたのか」 耕太郎は、つぶやいた。 「偽装工作だろう。殺人事件ではなく、火事に見せかけようとした」 名波刑事は耕太郎の、つぶやきを聞いて言った。 「何を隠そうとしたのか判らない」 耕太郎は言った。 「死体を燃やせば、被害者は火事で死んだように見える。大雑把な犯人だ。大雑把な偽装工作をしたのだろう」 名波刑事は言った。 「名波刑事、この家はバンドー警備保障の二十四時間警備サービスに加入している。最近テレビで、やっている「二十四時間ガード・パック」だ」 科捜班の鑑識は言った。 「それなら、警察の捜査権限で、バンドー警備保障の警備データにアクセス出来る」 名波刑事は言った。 「レイナ、警備データから火事が起きる時刻以前の警備網の通過者の画像ファイルを転送してくれ」 耕太郎は言った。 「判りました」 レイナは言った。 耕太郎の携帯端末に画像ファイルが送られてきた。 八時十五分に、シュツルムント社の白いセダンがガレージから出て行った。 そして、十時三十七分に正門から、ガソリン缶を持った若い男が入ってきた。 最近流行のスノッブ・コートを着ている。そしてグランジ風のブラック・ジーンズに、メタリック・カラーのレザー・ブーツ。今の流行では定番の服装だった。大学生ぐらいならおかしくない服装だった。そして小型のスポーツ・バッグを肩から掛けている。 持って居るガソリン缶は間違い無く、この部屋を燃やしたガソリンが入っていたのだろう。 「レイナ、他に通過者は居ないか」 耕太郎はレイナに確認した。 「居ません」 レイナは言った。 「十一時三十七分の男の追跡データを表示してくれ」 正門の監視カメラではガソリン缶を持って居たが、玄関の監視カメラに映った時点ではガソリン缶を持って居なかった。 玄関の監視カメラでは、石村教授が出て家の中に入れている。 しばらくすると、中から若い男は出てきた。 手には、拳銃らしき物を持って居る。そしてガソリン缶を持って石村教授の家に再び入っていった。 そして、ガソリン缶を持たずに出てきた。拳銃も持っていなかった。 そして火災が発生した。 「コイツが犯人だ。家の中に、ガソリン缶が在る」 名波刑事は携帯端末を見ながら言った。 「レイナ、ガソリン缶を持った若い男を、ライフログのGPSデータから捜してくれ」 耕太郎は言った。 「わかりました」 レイナは、直ぐに耕太郎の携帯端末にデータを送ってきた。 「狩川渉(カリカワ・ワタル)、20歳。政治商科研究大学の学生だ」 耕太郎はデータを読み上げた。 「怨恨殺人だな。わざわざ、拳銃で殺した上にガソリンで火を付けている。トラブルが在った可能性が高い」 名波刑事は言った。 「もしかしたら、レッドコード規格のデータ交換端末が在るかもしれない」 耕太郎は、科捜班の鑑識の渡辺さんとの電話での、やり取りを思い出した。 レッドコード・規格のデータ交換端末が、この殺人現場の石村教授の家から出てくる可能性が在った。 耕太郎がリビングから出るドアに向かおうとしたら不機嫌そうな声がした。 「現場を荒らすな。先に犯罪現場の保存だ。それからアンドロイドが記録を取りながら現場の検証が進む」 筑波の科捜班の鑑識が、ぶっきらぼうに耕太郎に言った。 耕太郎は踏みとどまった。 「東京とは、やり方が違う」 耕太郎は不満を感じて言った。 「ここには、ここのやり方があるんだよ。駆け出しの若造が」 名波刑事は、よほど耕太郎の第一印象が悪かったのか。若造と言い続けていた。 耕太郎は相手にして熱くならないように、もう一度リビングを見回した。 金属製の地球儀が在った。 耕太郎は地球儀に近づいた。世界が、様々な国で国境が分断されるアソシエーションが誕生する以前の時代の地球儀だった。年代を打ち込むボタンが在った。各時代の国家の国境線と国家名を地球儀の表面に映し出す。学校に置いてある地球儀と同じ仕組みの様だった。だが黒く焼け焦げていた。 そして、紙製の本が書架には並べられていたが、黒く焼け焦げていた。化学消防車の消化剤が散布されて、白い化学薬品で汚れていた。 「何かを隠すために、ガソリンを撒いた事は間違いない」 耕太郎は辺りを見回して言った。 石村教授の遺体は黒く焼け焦げて何も語らずにいた。 だが、必ず、証拠が真実を語りかけるはずだった。 耕太郎は自分に言い聞かせるように辺りを見回した。藤田彩の死と石村教授の死には関係が在るはずだった。 それは国家主義で結びついて居ることは間違い無かった。 婦人警察官に付き添われて60代前後の女性が入ってきた。 「石村の妻です」 60代前後の女性は、黒く焼け焦げた夫の遺体を見て、声を詰まらせて言った。 「失礼ですが、なぜ事件当時に外出をしていたのですか」 名波刑事は石村教授の妻に聞いた。 「夫は、仕事の話が在ると言うことで、私に外出を促しました。私は買い物に出かけました」 石村教授の妻は言った。 「白いシュツルムント社のセダンですね」 耕太郎は聞いた。 「そうです」 石村教授の妻は頷いた。 「不審な点は在りましたか。何か、不審火を予感させるような、前兆のようなモノはありましたか」 名波刑事は言った。 「夫は、学者ですから、来客が来て学問の話をする時は人払いをして集中した議論を好みます。長ければ、数時間以上議論し続けます」 石村教授の妻は言った。 「来客への、つまり、お茶などは、どうするのですか」 名波刑事は言った。 「アールグレイの紅茶を自分で淹れて接待します。私は、その、お茶菓子を買いに行ったのです」 石村教授の妻は言った。 「ご主人の職業の専門は判っていますか」 耕太郎は聞いた。 「アソシエーション政治学です。主人は、この分野では有名な学者です」 石村教授の妻は言った。 「国家主義者との関係は在りますか」 耕太郎は言った。 「在りますが、学問的な物です。実際の国家主義者達とは関係していないはずです」 石村教授の妻は言った。 「石村教授は国家主義者では?国家主義の講義を大学で行って居ると思いますが」 耕太郎は怪訝に思って聞いた。 「違います。主人の専門のアソシエーション政治学は、アソシエーションの政治的な意味を研究する学問です。つまり国家が在った時代に立ち返って、アソシエーションに至るまでの様々な国家を比較研究することによって、アソシエーションの政治的な独自性を解明していく学問です」 石村教授の妻は言った。 対テロ課の情報と食い違いが生じていた。 ツワブキの話では石村教授は国家主義者のはずだった。 対テロ課は国家主義者としてデータ・ベースを作って居る。 家族には隠していた? それとも、妻が虚偽証言をしているのか? 「どこで、火災の発生を知りましたか」 名波刑事は言った。 「バンドー警備保障の火災報知器が私の携帯端末に知らせを入れました。それで慌てて帰ってきたのです。ですが、バンドー警備の警備システムが、夫が外出していないことを伝えてきて、それを知って私は……」 石村教授の妻は、終わりの方で涙を流し、声を詰まらせて言った。 名波刑事は、携帯端末を操作して見せた。 「失礼ですが、これが、バンドー警備の画像データです。この人物に心当たりは在りますか。狩川渉という名前です。現在、ご主人を殺害した容疑者となっています」 名波刑事は携帯端末のバンドー警備保障の監視カメラの画像を見せながら言った。 「在りません」 石村教授の妻はキッパリと言い切るように言った。 「こんな若い男が、石村教授の議論の相手なのですか」 名波刑事は言った。 「いえ、主人と議論する学者は、皆、一流の業績を残している学者です。こんなにも若い学者は居ないと思います」 石村教授の妻は言った。 「つまり、この犯人は、石村教授の客では無かった」 名波刑事は言った。 「変ですね、バンドー警備保障の監視カメラの映像では、石村教授は玄関の扉を自分で開けて家の中に入れています」 耕太郎は携帯端末の映像を名波刑事と、石村教授の妻に見せて言った。 「石村が家の中に入れるのならば顔見知りのはずです」 石村教授の妻は言った。 「つまり、政治商科研究大学の教授と学生として面識が在った」 名波刑事は言った。 「ですが、今まで石村は学生を家に呼んだことは在りません」 石村教授の妻は言った。 「それは変だ。この狩川渉という政治商科研究大学の学生は家の中に入っている」 名波刑事は言った。 「私も判りません」 石村教授の妻は怪訝そうな声で言った。 「さすが大学の教授だ。紙製の本を沢山持って居たようですね」 名波刑事は言った。 「石村は書痴なのです。紙製の書物が全盛期の時代の学術書を集める趣味があります。もっとも、アソシエーションの文化遺産取引規制法のせいでレプリカが殆どですが。オリジナルそっくりの工程で作られたレプリカの本を持って読みながら作られた時代に思いをはせるのが趣味なのです」 石村教授の妻は言った。 「その業者は家に来ますか」 名波刑事は聞いた。 「いえ、主人は、自分の足で神田や学生街近くの古書店などを散策するのが趣味なんです。紙製の初版本のレプリカを扱う、本屋も神田の古書店街にクラスターを形成しています」 石村教授の妻は言った。 「それでは、その業者を装った犯行とも言い難いですな」 名波刑事は言った。 「書斎は、どこにありますか」 耕太郎は石村教授の妻に聞いた。 「二階です」 石村教授の妻は言った。 「名波刑事、鑑識の方と一緒に、二階の書斎を捜させてくれませんが。捜したい証拠品が在るんです」 耕太郎はレッドコード・規格のデータ交換端末を捜したく言った。 「ダメだ現場保存と証拠集めが優先される」 筑波の科捜班の鑑識が言った。 「そういう事だ、鑑識が証拠を集めるまで待っていろ。せっかちな所は、まだ駆け出しの若造だな」 名波刑事は言った。 「狩川渉の捜査権限は、エリア・筑波にある。指名手配はしたのか」 耕太郎は、駆け出しの若造と言われて、ぶっきらぼうに言った。 名波刑事も目つきを鋭くして言った。 「殺人容疑で指名手配した。ライフ・ログのGPSから現在地を特定出来るだろう。まだ狩川渉がGPSの入った携帯端末を捨てていなければだがな。判ったか駆け出しの若造」 「判りましたよ」 耕太郎も、苛立って言葉尻を少し上げた敬語を使って言った。 「レイナ、狩川渉のGPSの位置情報を教えてくれ。車道上を動いている、このスピードは現在、車で移動中か、レイナ。狩川渉の乗っている車を教えてくれ」 「筑波循環公営バス・グルングル号です。実際の運営は行政企業ではなく、亜細亜バス株式会社が行って居ます」 レイナは言った。 「レイナ、警察は、どうしている」 耕太郎は言った。 「現在パトカーが追跡しています。位置情報を転送します」 レイナは言った。 狩川渉の乗ったグルングル号の後をパトカーが追跡していた、トラフィック・セイフティ・システムが警察車両の停止命令を伝えれば、グルングル号の運転手が停めるはずだった。 「レイナ、フライアーで捕まえに行く」 耕太郎は言った。 「どうした駆け出しの若造」 名波刑事は言った。 「フライアーで、狩川渉を捕まえてきますよ。東京で取り調べを行う必要がある」 耕太郎は言った。 「おい、エリア・筑波の警察の管轄だ」 名波刑事は驚いた声で言った。 「対テロ課が関わっている。東京で取り調べる必要がある」 耕太郎は事務的に言った。 「対テロ課?なぜ対テロ課が出てくる」 名波刑事は言った。 「国家主義ですよ」 耕太郎は言った。 「なるほど、それが原因か」 名波刑事は頷いた。 「レッド・コード規格のデータ交換端末を捜してほしい。東京の殺人事件の証拠品が出てくる可能性が高い。レイナ、行くぞ」 耕太郎は早歩きをしながら言った。 レイナは言われるまでもなく着いてきた。 耕太郎とレイナはフライアーに乗った。 フライアーは、レイナの操縦で空中に浮かび上がった。 「レイナ。狩川渉は捕まったか?」 耕太郎は携帯端末を見ながら言った。 「いえ、バスから見つかったのは、被疑者、狩川渉の携帯端末です」 レイナは操縦しながら言った。 「一杯食わされた。携帯端末だけ、グルングル号に置いただけだ」 耕太郎は言った。 「目的地を変更しますか」 レイナは言った。 「ああ。狩川渉がグルングル号に乗るまでの逃走経路をGPSの移動履歴から、捜して転送してくれ」 耕太郎は言った。 「判りました」 レイナは言った。 耕太郎の携帯端末に、石村教授の自宅から、 グルングル号に乗るまでの逃走経路が映し出された。 石村教授の自宅から、約百メートルの距離にグルングル号のバス停は在った。 「レイナ、狩川渉が乗った、グルングル号のバス停の時刻表を転送してくれ」 耕太郎は言った。 「朝と夕方の通勤ラッシュのピーク時は五分に一本の割合だが、狩川渉が乗った時間帯は十五分に一本だ」 耕太郎は携帯端末に表示された時刻表を確認しながら言った。 「レイナ、狩川渉が、石村教授の自宅に来るまでのライフログのGPS移動履歴と、石村教授の自宅から出て以降のライフログのGPS移動履歴を重ね合わせてくれ。重なるところは在るか?」 耕太郎は聞いた。 「重なるところは在りません」 レイナは言った。 「それでは、狩川渉が石村教授の自宅に辿り着くまでの、ライフログのGPS移動履歴で移動スピードの変化した地点を捜しだして転送してくれ」 耕太郎は言った。 「ここです」 レイナは言った。 耕太郎の携帯端末に石村教授の自宅までのルート上で移動速度が変わった場所が表示された。 高層マンション街グラント・タウンと書かれていた。そして、商店街が在り、東京に向かう筑波首都鉄道の駅、「グラント・タウン前」が在った。 「駅から電車で逃走したのか?何かが違うな。携帯端末無しでは電子マネーが使えず電車での移動は困難だ。必ず、改札で携帯端末を紛失した理由を述べて駅員と、やり取りをしなければならない。身分確認をしなければ、運賃は支給されない。レイナ、狩川渉が、携帯端末の紛失を理由として公共の交通機関に乗った履歴が、今日の時点で、あるか確認してくれ」 耕太郎は考えながら言った。 「ありません」 レイナは言った。 「判った」 耕太郎は言った。 地図上の場所を確認すると、有料駐車場だ
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